シンカー:2019年10月に消費税率が8%から10%に引き上げられる。増収分のうち50%は社会保障や教育などに使われる。一方、残りの50%は引き続き将来に向けた貯蓄としての財政再建に使われる形となっている。確かに、団塊ジュニアがすべて年金受給者となる30年後には国内貯蓄が不足することが見込まれる。しかし、30年後に国内貯蓄が不足するからといって、ミクロの会計のように前倒しで貯蓄をしていくことが、逆に国内貯蓄の不足幅を拡大させてしまうリスクとなるのがマクロの考え方である。過度の悲観マインドと財政緊縮が過剰貯蓄として景気の著しい悪化を生み、投資活動の低迷により生産性が低下し、国民所得が減少することにより財政破綻に近づくリスクとなってしまうからだ。将来の国民貯蓄の不足に対処するために消費税率引き上げをするのであれば、現時点でのマクロの過剰貯蓄にならないように、増収分のすべてを、市場経済の失敗の是正、教育への投資、生産性の向上や少子化対策、長期的なインフラ整備、防災対策、地方創生、そして貧富の格差の是正と貧困の世代連鎖の防止などを目的とした財政政策として支出すべきだろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

2019年10月に消費税率が8%から10%に引き上げられる。増収分のうち50%は社会保障や教育などに使われる。一方、残りの50%は引き続き将来に向けた貯蓄としての財政再建に使われる形となっている。確かに、団塊ジュニアがすべて年金受給者となる30年後には国内貯蓄が不足することが見込まれる。しかし、30年後に国内貯蓄が不足するからといって、ミクロの会計のように前倒しで貯蓄をしていくことが、逆に国内貯蓄の不足幅を拡大させてしまうリスクとなるのがマクロの考え方である。過度の悲観マインドと財政緊縮が過剰貯蓄として景気の著しい悪化を生み、投資活動の低迷により生産性が低下し、国民所得が減少することにより財政破綻に近づくリスクとなってしまうからだ。

財政債務残高や高齢化を恐れる過剰な悲観マインドにより、高齢化対策や財政緊縮を過度に進めてしまうと、過剰貯蓄に陥ってしまうことになる。もともと需要不足である中で、高齢化の進行以上に貯蓄が大幅に前倒され、財政が緊縮的であることは、総需要を破壊し、短期的には更に強いデフレ圧力につながってしまう。雇用・賃金の減少が、家計の自立的な高齢化準備を困難にし、家計は先行きを悲観し、消費は更に減少してしまう。過剰貯蓄により国債金利は低下するが、現実以上に誇張された悲観論が蔓延しているため、経済活動はまったく刺激されない。総需要の破壊によるデフレは国債金利の低下以上となり、実質金利は上昇してしまう。実質金利が実質成長率を上回る状態が継続してしまい、企業活動は更に萎縮し、家計の雇用・所得環境を更に悪化させる。そして、家計の自立的な高齢化準備を更に困難とする。更に悪いことは、消費の増加ではなく賃金の減少による家計貯蓄率の低下が、国内貯蓄で財政支出をファイナンスできないという焦りに繋がり、財政不安が拡大する。その不安感による増税と社会保障負担の引き上げが総需要を更に破壊し、企業の意欲を更に削ぎ、それが家計のファンダメンタルズを更に悪化させるという悪循環に陥ってしまう。

企業の意欲と活動が衰えると、イノベーションと資本ストックの積み上げが困難になる。若年層がしっかりとした職を得ることができずに急なラーニングカーブを登れなくなる。その結果、高齢化に備えるためにもっとも重要な生産性の向上が困難になってしまう。デフレと景気低迷を放置しておくと生産性の向上が限界になり、生産性が低下し始めたところで、一転してインフレと景気低迷の同居のリスクとなる。高齢化は、供給者(生産年齢人口)に対する需要者の割合が大きくなることを意味する。生産性が低下してしまえば、高齢化の負担の増加が、所得の増加をいずれ上回り、国内貯蓄は減少していくことになる。国際経常収支の赤字が続くとともに、日本は債務超過国となり、インフレ圧力が強くなる。生産性の低下により、円安が経常収支の赤字の安定化につながることはなく、インフレが加速していくことになる。企業の収益力は衰えており、海外からの資金流入は更に縮小していく。国債金利は急騰していき、それが企業活動を更に抑制し、雇用・賃金が減少していく。税収が落ち込む一方で、金利コストは増加し、高齢化の負担もあり、財政赤字は膨らんでいき、ファイナンスが著しく困難となる。そして、財政破綻、またはハイパーインフレの結果となる。

過度の悲観マインドによるリスクシナリオのケースに近かったのがアベノミクス前の日本経済であり、デフレ完全脱却と財政再建が実現できないリスクを高めていたようだ。企業は資金調達をして事業を行う主体であるので、マクロ経済での貯蓄率はマイナスであるはずだ。しかし、日本の場合、1990年代から企業貯蓄率は恒常的なプラスの異常な状態となっており、企業のデレバレッジや弱いリスクテイク力、そしてリストラが、企業と家計の資金の連鎖からドロップアウトしてしまう過剰貯蓄として、総需要を破壊する力となり、内需低迷とデフレの長期化の原因になっていると考えられる。恒常的なプラスとなっている企業貯蓄率(デレバレッジ)が表す企業の支出の弱さに対して、マイナス(赤字)である財政収支が相殺している程度(財政赤字を過度に懸念する政策)で政府の支出は過小で、企業貯蓄率と財政収支の和(ネットの国内資金需要、マイナスが拡大)がほぼゼロと、国内の資金需要・総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力が喪失してしまっている。現在必要なのは、拙速な消費税率引き上げを含む財政緊縮ではなく、財政拡大でデフレ完全脱却を成し遂げ、強い企業活動が生産性を向上させ、家計の実質所得も拡大させる好循環を生むことだろう。その好循環が、短期的な財政の会計の帳尻合わせではなく、よりよい経済・社会と財政の安定につながる長期的な道だろう。将来の国民貯蓄の不足に対処するために消費税率引き上げをするのであれば、現時点でのマクロの過剰貯蓄にならないように、増収分のすべてを、市場経済の失敗の是正、教育への投資、生産性の向上や少子化対策、長期的なインフラ整備、防災対策、地方創生、そして貧富の格差の是正と貧困の世代連鎖の防止などを目的とした財政政策として支出すべきだろう。

図)ネットの国内資金需要

ネットの国内資金需要
(画像=日銀、内閣府、SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司