目次

1.景気後退と少子化
2.過去の経済成長率、失業率、出生率の関係
3.調査概要
4.アンケート調査の分析
5.自由回答とインタビュー結果の分析
6.調査からえられた知見と政策への示唆

要旨

① 世界的な景気後退がすすむ中、わが国も景気は大幅に後退し、雇用情勢も悪化した。本研究では、景気後退がわが国の人々の結婚・出産意欲を低下させる影響を分析した。

② 2008年9月、リーマンショックの直後に実施したアンケート調査によると、約8割の人が昨年よりも日本の景気は悪くなったと感じており、7割強の人がこれから数年間、景気は悪くなると考えていた。

③ 未婚者についてみると、今後景気が悪くなると思う者ほど、今後自分の収入は増えないと考えており、その結果、結婚意欲が低くなっていた。経済的に結婚することが難しくなる不安を感じている未婚者は、3人に2人にのぼった。

④ 既婚者についてみると、経済的に子育てをすることが難しくなる不安を感じている者は9割に上った。景気が悪くなると思うほど、現在子ども1人の者の出産意欲は低下しないものの、子ども2人の者の出産意欲は低くなっていた。

⑤ 景気悪化への不安からいまの結婚・出産意欲が低下することは、今後実際の結婚・出産数の減少につながる。こうした状況に対して、政府には、景気・雇用対策や少子化対策を拡充することが期待される。また、過度な不安から若年層が家族形成の機会を逸しているとすれば、それを打ち消すような正確な情報の発信も求められる。

キーワード:少子化、景気、出産意欲

1.景気後退と少子化

 本稿では、景気後退が人々の結婚・出産意欲に与える影響を論じる。米国金融危機に端を発した世界的な不況の中、わが国の経済・雇用も悪化した。この不況が人々の結婚・出産意欲を低下させているのであれば、少子化は一層すすむ。このため、家族形成を支えるための政策を拡充させることが必要になる。本研究の分析をふまえて、少子化対策の拡充を提言する。

 わが国の少子化の背景要因については、既に多くの研究がなされている。既存研究から、子育てにかかる経済的・身体的な負担の大きさ、仕事と子育ての両立の困難さなどが少子化の背景要因にあることが明らかになっている(例えば、内閣府 2008、松田 2009を参照)。

 しかし、わが国において景気が少子化に与える影響は十分解明されていない。丸尾(2008)は、欧米の既存研究をふまえて経済成長率や失業率であらわされる経済の活性度が合計特殊出生率(以下「出生率」)に影響を与えることを指摘している。増田(2008)は、わが国における過去の経済成長率と出生率の関係をふまえて将来人口のシュミレーションを行っているが、経済成長が少子化を食い止める一つの手段として有効であるという。だが、わが国におけるこの研究はいまだ少なく、経済と出生率の関係や経済状況が人々の結婚・出産行動に与える影響について未解明のことが多い。

 欧米の研究では、経済状況と出生率の関係について一定の知見がえられている。例えば、オランダでは人々の経済に対する確信が強いほど出生率が高くなり(Bradshaw &Hatland 2006)、スウェーデンでは経済が好調期に出生率が上昇し、景気後退期に出生率が低下したといわれる(ビョルクルンド 2008)。ただし、欧州主要国については、労働市場が出生率に与える影響は明瞭ではないともいわれる(ビョルクルンド 2008)。その他、OECD 諸国では、20代の若者の失業率が高い国ほど出生率は低い傾向がある(Bradshaw & Hatland 2006)。

 「100年に1度」と形容される不況の中、経済が少子化に与える影響はいま最も解明が必要とされている研究課題のひとつである。理論的には、次にあげる理由から、不況は人々の結婚・出産行動を抑制すると想定される。出生率をめぐっては、「経済社会が活性化し、人々が将来に希望をもてるような社会では、出生率が上がる傾向がみられる」(丸尾 2008:27)といわれる。このような関係があらわれるのは、家族関係は長期に安定することを前提としているため(山田 2008)、経済的に生活が安定しなければ人々は結婚・出産を先延ばしするか、避けようとするからである。

 ここで問題になるのは、人々はいずれのタイミングにおいて経済は「不活性化」したと判断するかということである。既存研究では、この点はわかっていない。想定されるタイミングについての仮説は、大きく分けて次の3つある。第一は、自分の賃金が削減されたり、職を解雇されたときである。第二は、わが国経済の経済成長率が低下したり、失業率が上昇したときである。第三は、第一のことも第二のこともまだ生じていないものの、経済の「先行き」が不安になったときである。既存研究によると、人々は日々新聞・TV・インターネット等を通じて景気や雇用情勢等の情報に接しており、そうした情報に敏感に反応して景気や雇用等の動向を認識しているとされる(佐藤・連合総研 2008)。この点をふまえれば、ここであげた3つのタイミングのうち、第二または第三の点において、人々は社会経済が不活性化したと認識している可能性が高い。後述するが、本稿の調査は、米国金融危機が深刻化した2008年9月末に実施しているが、この時点においてまだわが国の経済はそれほど悪化してはいなかった。したがって、本調査においてわが国経済の先行きへの人々の高い不安が観測され、かつその不安から結婚・出産意欲が減退しているという結果がえられた場合、それは先述した第三の点が支持されたことになる。果たして人々は、わが国の経済の「先行き」に敏感に反応して、結婚・出産の意向を変化させていたのだろうか。以下では、この点を解明したい。

2.過去の経済成長率、失業率、出生率の関係

 景気後退が人々の結婚・出産意欲に与える影響の分析を行う前に、1956~2006年におけるわが国の過去の経済成長率、失業率、出生率の関係をみておきたい(図表1)。

 実質経済成長率は、1960年代は10%前後の高い水準で推移したが、石油ショックにより1970年代は低くなり、再び1980年代後半から1990年のバブル経済時に高くなっている。その後は低い水準で増減を繰り返している。完全失業率は、1960~1970年代半ばは1%台であったが、70年代後半以降2%台になり、95年以降は3%を超える水準になっている。出生率は、50年代後半から70年代前半は2前後で安定していたが、その後は急速に低下してきている。

 3者の関係をみると、経済成長率は年によるばらつきが大きいが、1970年代以降低下し、完全失業率はその逆に1970年代以降高まっている。長期でみた出生率の動きは、経済成長率と似ており、完全失業率とは逆の関係にある。

 経済成長率が低下し、完全失業率が高くなると、出生率は低下するという関係があれば、経済成長率と出生率の間には正の相関、完全失業率と出生率の間には負の相関があるはずである。人々が経済成長や雇用情勢の影響を受けて出産行動を決めているのであれば、前者の変化に対して後者の変化が発生するまでにはタイムラグがある。そこで、出生率が経済成長率と完全失業率よりも2年のタイムラグをおいて変化するという条件で、3者の相関を分析した。その結果、この間の経済成長率と出生率の間には0.654の強い有意な相関があり、完全失業率と出生率の間には-0.855の強い有意な負の相関がある(いずれも0.1%水準で有意である)。

 ただし、この3つはわが国全体をみたときの変数であるため、この結果のみでは個々人が景気に反応して、結婚・出産を決めているかどうかはわからない。これを明らかにするためには、個人に対する調査において景気に対する意識と結婚・出産意向またはその行動の関係を分析する必要がある。次節以降、個人に対するアンケート調査を分析して、この点を解明する。

不況と少子化
(画像=第一生命経済研究所)

3.調査概要

(1)アンケート調査

 アンケートは、事前調査と本調査の2つを実施した。

 事前調査は、2008年7月に当社の生活調査モニターの25~39歳男女150人を対象に実施した。有効回収数(率)は139人(92.7%)である。本稿では後掲する自由回答を除いて結果の紹介は省略するが、事前調査では本調査と同様の傾向がえられている。

 本調査は、事前調査の結果をふまえて質問を若干修正した。その上で、調査会社の株式会社クロス・マーケティングに委託して、インターネットを用いて実施した。調査時期は、米国の金融会社リーマン・ブラザーズが破綻した翌週にあたる。調査概要は次のとおりである。以下の集計結果は本調査のものである。

対象者:25~39歳の未婚、既婚の男女。既婚者は子どもが1人または2人の者。学生を除く。
標本抽出法:株式会社クロス・マーケティングのモニター
回収数:未婚者200人(うち男性100人、女性100人)、既婚者600人(うち男性300人、女性300人)の計800人(この調査方法では、あらかじめ設定した数が集まるまで回答を集めるため、通常調査の有効回収数とは異なる)
調査時期:2008年9月20~21日

(2)事前調査の自由回答とインタビュー調査

 アンケート調査の定量的な分析の解釈を補足するため、事前調査の自由回答と別途実施したインタビュー調査の分析を行った。事前調査の対象者は先述のとおりである。インタビュー調査は、30代で子どもがいる首都圏の有配偶女性5人を対象に実施した。

4.アンケート調査の分析

(1)景気の認識

 はじめに人々の景気に対する認識をみたい。「1年前に比べて、現在の日本の景気は悪くなった」と思うかと尋ねた結果、78.0%の人がそう思う(「全くそう思う」と「そう思う」の合計)と回答した(図表2)。「これから数年間、日本の景気は、現在と比べて悪くなる」と思うかと尋ねた結果、72.1%の人がそう思う(「全くそう思う」と「そう思う」の合計)と回答した。これらの回答結果は、性・未既婚別に大差はない。以上から、調査時点において、人々の多くがわが国の景気は悪くなってきており、今後についてもかなり悲観的にみていたことがわかる。

不況と少子化
(画像=第一生命経済研究所)

(2)勤め先の業績と今後の自分の収入(民間企業の雇用者)

 民間企業の雇用者を対象に今後数年間の勤め先の業績の見通しを尋ねた(図表省略)。その結果、正社員では、よくなる(「かなりよくなる」と「ややよくなる」の合計)が8.6%、「変わらない」が22.1%、悪くなる(「かなり悪くなる」と「やや悪くなる」の合計)が69.4%であった。非正社員(派遣、契約、嘱託、パート、アルバイト)では、悪くなると回答した割合は53.0%である。非正社員よりも正社員の方が、自社の業績が悪化すると考えていた。

 次に、雇用者に対して今後数年間の自分の収入の見通しを尋ねた結果が図表3である。約半数が「変わらない」と考えている。ただし、20~30歳代といえば通常は昇進・昇格により毎年収入が増えることが多い年代である。この年代においても、約半数が今後数年間収入は「変わらない」と答え、約2割が減る(「かなり減る」と「やや減る」の合計)と答えている状況は、収入の見通しがかなり厳しくなってきていることをうかがわせる。この結果は、未既婚別に大きな回答の差はみられない(図表省略)。

 また、雇用者では、今後景気が悪くなると思う者ほど、自分の収入が減ると回答した割合は高い(図表省略)。

不況と少子化
(画像=第一生命経済研究所)

(3)未婚者の景気見通しと結婚意欲

1)結婚意欲
 未婚者に結婚意欲(今後結婚したいと思うかどうか)を尋ねた結果、結婚したい(「したい」と「なるべくしたい」の合計)が53.0%、「どちらともいえない」が24.0%、結婚はしたくない(「したくない」と「あまりしたくない」の合計)が23.0%であった(図表省略)。男女別の回答傾向の差はほとんどない。

 また、未婚者に経済的に結婚することが難しくなる不安の有無を尋ねたところ、62.0%が経済的に結婚することが難しくなる不安がある(「不安がある」と「どちらかといえば不安がある」の合計)と回答した(図表省略)。経済的に結婚することが難しくなる不安がある割合は、男性が67.0%、女性が57.0%で、男性の方が多い。

2)景気見通しと結婚の経済的不安
 今後の景気見通し別に、経済的に結婚することが難しくなる不安を集計した結果が図表4である。分析結果をみると、「これから数年間、日本の景気は、現在と比べて悪くなる」という考えに対して、「全くそう思う」と回答した者の実に約7割が、経済的に結婚することが難しくなる不安がある(「不安がある」と「どちらかといえば不安がある」の合計)と答えている。それ以外の回答(「どちらともいえない」「そう思わない」「全くそう思わない」)、つまり日本の景気はそれほど悪くならないと考えている者では、経済的に結婚することが難しくなる不安がある割合は少なくなっている。

 男女別にみると、男性では上記の関係は強くみられる。女性では、今後の景気見通しと経済的に結婚することが難しくなる不安の関係は明瞭ではない(図表省略)。

不況と少子化
(画像=第一生命経済研究所)

3)景気や収入の見通しと結婚意欲の関係
 今後数年間の景気および自分の収入の見通しと、未婚者の結婚意欲の関係を分析した。景気が悪くなると思う者ほど、あるいは自分の収入が増えないと思う者ほど、結婚意欲は低くなっているのだろうか。

 今後の景気見通し別に結婚意欲の程度を分析したが、景気が悪くなると思う者で若干結婚意欲が低い傾向はみられるものの、両者の関係は明瞭ではない(図表省略)。

不況と少子化
(画像=第一生命経済研究所)

 しかし、今後景気が悪くなると思う者では、今後自分の収入が減ると回答した割合が高くなっている(図表5)。そして、今後自分の収入が「増える」と回答した者よりも、「変わらない」または「減る」と回答した者の方が、結婚意欲は低いことが見出された(図表6)。すなわち、今後景気が悪くなると思う者ほど、今後自分の収入は増えないと思い、その結果、結婚意欲が低くなるという関係がある。男女別にみても、同様の傾向がある(図表省略)。

不況と少子化
(画像=第一生命経済研究所)

(4)既婚者の景気見通しと出産意欲の関係

1)出産意欲
 続いて、既婚者を対象に出産意欲の分析を行った。現在の子どもが1人の者と2人の者を分けて分析した結果、子どもが1人の者の約8割、2人の者の約4割が、さらにもう1人子どもを欲しい(「欲しい」と「どちらかといえば欲しい」の合計)と回答している(図表7)。この割合は、回答者の性別によってほとんど変わらない。

 経済的に子育てしにくくなる不安を尋ねた結果、子ども数にかかわらず、約半数が「不安を感じる」と答え、約4割が「どちらかといえば不安を感じる」と回答した(図表省略)。「どちらかといえば不安は感じない」または「不安を感じない」と回答した割合は1割に満たない。回答者の性別にみると、男女とも同様の回答傾向である。

不況と少子化
(画像=第一生命経済研究所)

2)景気見通しと出産意欲
 今後の景気の見通し別にみた出産意欲が図表8である。現在子ども1人の者についてみると、景気見通しによって出産意欲が大きく変わることはない。むしろ景気見通しが悪い者ほど、出産意欲が若干高い傾向すらある(有意差はない)。一方、現在子ども2人の者の場合、景気見通しが悪いほど、子どもを「欲しくない」という割合が高くなっている。回答者の性別にみると、男女ともおおむね同様の傾向がみられる。

 このように今後の景気見通しが出産意欲に与える影響が子ども数によって異なる背景には、わが国では、既婚者の多くにおいて子どもは最低2人ほしいという意識が強いことが影響している可能性がある。このため、現在子ども1人の場合、今後の景気が悪くなっても2人目は何としても産みたいという人が多いとみられる。一方、既に子どもが2人いる者の場合、何としても3人目をほしいというわけではないため、景気が悪くなるのであれば産むのを控えることにつながっているとみられる。

 今後の収入の見通しと出産意欲の関係の分析は、既婚男性について行った。既婚男性の分析の結果、現在子ども1人の場合に今後の収入が増えると思う者ほど子どもをもう1人「欲しい」という回答が若干多いものの、総じて収入の見通しと出産意欲の関係は不明瞭であった(図表省略)。なお、既婚女性については、調査対象者の約3人に2人は専業主婦で、正社員は1割程度であったため、分析に必要なサンプル数が少ないことからこの点について分析はできなかった。

不況と少子化
(画像=第一生命経済研究所)

5.自由回答とインタビュー結果の分析

(1)自由回答

 事前調査のアンケートでは、回答者に自由回答形式で子育てや生活についての意見を尋ねている。この自由回答から、結婚・出産意欲や景気見通しなどについての主なコメントを下記に抜粋した。

 まず、時期的に物価上昇や景気の悪化が生活へ与えている影響についての回答が寄せられている。そうした回答は、子どもをもつ既婚女性から多く出された。また、子育て自体に相当な費用がかかることの問題を指摘する回答もある。子育てに費用がかかりすぎるため、もう1人産みたくても産むことができないという。回答全体をみると景気や物価についての意見は既婚者の者が多い。未婚者からは今後の生活や結婚に対する不安がつづられている。

不況と少子化
(画像=第一生命経済研究所)

(2)インタビュー調査

 インタビューの対象者の世帯年収は、400~900万円である。住居形態は一戸建て(既に購入して転居予定の者を含む)が3人、マンションが2人で、皆持ち家である。いずれも夫は正社員であり、現在のところ直ちに失業する不安はない。しかし、出産に関しては、以下のような発言がなされた(対象者のうち3人の発言を抜粋)。

 注目されることは、子ども2人の者の全員が、経済的な理由から3人目を出産する意向はないと発言していたことである。子ども1人の者は、もう1人は産む意向があるが、3人目までは考えていない。この点は、アンケートの本調査の分析結果と整合的である。世帯年収が比較的高い者でも、「経済的」な理由で3人目の出産を控えている。これは、世帯年収が高いほど子どもにかける教育や習い事に費用をかけており、その負担が大きいことが背景にある。

不況と少子化
(画像=第一生命経済研究所)

6.調査からえられた知見と政策への示唆

 本稿は、わが国において景気悪化の認識が人々の結婚・出産意欲を低下させることを捉えたおそらく初めてのものである。昨年秋に実施した調査を分析した結果、次の知見がえられた。

 第一に、景気や賃金の見通しの悪化は、未婚者の結婚意欲を減退させた。未婚者の約5割は結婚したいと思っているが、同時に約6割には経済的に結婚することが難しくなる不安がある。今後景気が悪くなると思う者ほど、今後自分の収入は増えないと思い、その結果、結婚意欲は低くなっていた。

 第二に、子どもが1人の場合には景気が悪くなると思う者ほど追加の出産意欲は低くなるという関係はみられないが、子どもが2人の場合には景気が悪くなると思う者ほど出産意欲が低下していた。景気や賃金の見通しの悪化は、既婚で子どもが2人いる人の3人目を産もうとする出産意欲を萎縮させている。

 ここで注目されることは、調査時点においてわが国の実体経済はまだそれほど悪くなってはいなかったにもかかわらず、人々の結婚・出産意欲は既に萎えていたことである。すなわち、わが国経済の将来への不安心理が結婚・出産意欲を減退させたといえる。これは、冒頭にあげた仮説の3番目-人々はわが国の経済の「先行き」に敏感に反応して結婚・出産意向を変化させている―が支持されたということである。

 この調査後にわが国経済は一層悪化したため、人々の経済・雇用への不安はますます高まり、結婚・出産意欲はさらに低下したとみられる。結婚・出産意欲は、実際の結婚・出産行動を強く左右する。このため、景気の先行きへの不安から人々のいまの結婚・出産意欲が低下することは、今後実際の結婚・出産数を減少させることにつながると予想される。わが国の出生率はいまだ低く、国や自治体は出生率回復を期待して各種の子育て支援策を実施している。しかし、そのかいむなしく、現在の景気悪化によって出生率回復は先送りになる可能性がある。

 この状況に対して、国・自治体等には次の対策をより充実させることが期待される。第一は、特に家族形成期にあたる若年層の雇用対策である。第二は、少子化対策や子育て支援策を拡充し、不況下で出産・子育てをしにくくなることを防ぐことである。

 不況のためにそれまで専業主婦であった者の就労が増えつつあるが、それを支えるためには保育サービスの充実も欠かせない。第三は、景気の先行きが依然不透明であるため、過度な不安から家族形成の機会を逸している者がいるとすれば、人々のライフデザインのために正確な情報を発信して、その懸念を打ち消すことが必要だろう。(提供:第一生命経済研究所

【謝辞】
 アンケート調査およびインタビュー調査に御協力いただいた方に御礼申し上げます。

【参考文献】
・ 佐藤博樹・連合総合生活開発研究所,2008,『バランスのとれた働き方―不均衡からの脱却』エイデル研究所.
・ 内閣府,2008,『平成20年版少子化社会白書』.
・ ビョルクルンド・アンデシュ,2008,「日本とスウェーデンの出生率-家族政策の役割」丸尾直美・カール・レグランド・レグランド塚口淑子編『福祉政策と労働市場-変容する日本モデル・スウェーデンモデル』ノルディック出版:135-154.
・ 増田幹人,2008,「出生率の将来シミュレーションと少子化対策効果の分析」高橋重郷『厚生労働科学研究費補助金(政策科学推進研究事業)平成19年度報告書 少子化関連施策の効果と出生率の見通しに関する研究』.
・ 松田茂樹,2009,「これからの少子化対策に求められる視点」『Life Design Report(2009年3-4月号)』:16-23.
・ 丸尾直美,2008,「出生率のU 字型転換を生む要因」丸尾直美・川野辺裕幸・的場康子編『出生率の回復とワーク・ライフ・バランス―少子化社会の子育て支援策』中央法規:22-35.
・ 山田昌弘,2008,「経済と家族―不安定化の始まり」舩橋惠子・宮本みち子編『雇用流動化のなかの家族―企業社会・家族・生活保障システム』ミネルヴァ書房:11-32.
・ Bradshaw & Hatland, 2006, “Social Policy, Employment and Family Change in Comparative Perspective,” Edward Elgar.

研究開発室 主任研究員 松田 茂樹