要旨

① ヴィネット調査を用いて、新たに次世代育成支援策を実施した場合、子どもをもつ女性の出産意向がどの程度高まるかを分析した。分析したものは、児童手当の増額、育児休業期間の延長、育児休業中の所得保障率の引き上げ、希望する保育園への入園のしやすさ、幼稚園の月謝の軽減、有給休暇の取得率の向上、の6つである。

② 出産意向を高める効果が最も大きいのは、児童手当の増額である。児童手当を2倍にすると、出産意向をもつ者は約3ポイント、3倍にすると約5ポイント増加する。このほか、希望する保育園への入園をしやすくすることや幼稚園の月謝の軽減によっても、出産意向をもつ者は増える。

③ ただし、出産意向の増加率をみれば、ここにあげた各政策の効果は小さい。これらの政策以外に雇用環境の改善や各種子育て支援等を総合して行わなければ、わが国の出生率の回復は難しい。

1.求められる次世代育成支援の拡充

(1)次世代育成支援と出生率

 わが国の2007年の合計特殊出生率(以下「出生率」)は1.34で、2年連続で前年を上回ったものの、依然として低い。その国の人口を維持するには出生率が約2.1は必要だが、現状はこの水準を大きく下回っており、主な先進国の中でも低い。出生率が低い背景には、雇用環境や保育をはじめ子どもを産み、育てにくくしている各種の要因があり、子育てしやすい社会にするために次世代育成支援の拡充が求められている。

 本稿では、わが国において次世代育成支援策―例えば児童手当の増額や保育園の整備等―を拡充した場合、人々の出産意向がどの程度高まるかを解明する。出産意向を高める政策を明らかにすることは、人々が子育てしやすくなる政策を見定めることになる。また、国の財政は逼迫しており、次世代育成支援にあてる予算には制約がある。その中で次世代育成支援を行う際には、限られた予算の中で効果が大きいと想定されるものを重点的に行うように政策に優先順位をつける必要がある。本稿の分析は、新たに行う次世代育成支援策の優先順位づけに示唆を与えるものである。

(2)効果的な政策を検討する方法

 有効な次世代育成支援策を検討するための主な方法には、次の3つがある。第一は、過去の出生行動の変化から少子化を進めた要因を特定し、その要因に対処する政策を導き出す方法である。例えば、従来少なかった非正規雇用が増えたことが少子化を進めたのであれば、雇用環境を改善する政策を行うことがこれにあたる。ただし、この方法では、従来にはない政策が出生行動にどのような変化をもたらすかはわからない。

 第二は、少子化対策が効果をあげた国において実施された政策を参考にする方法である。例えば、出生率が上昇したフランスや北欧で行われている政策を日本でも導入するというものである。ただし、この方法には、他国で効果をあげたといわれる政策が、わが国でどの程度の効果をもたらすかはわからないという問題がある。

 これらに対して、第三に、現時点では実施されていない政策が実施された場合の効果を測定する方法にヴィネット調査がある。ヴィネットという言葉は本来まわりをぼかした肖像写真のことであるが、ヴィネット調査におけるヴィネットは、ここから転じて、ある架空の個人や世帯についてさまざまな情報を記述したカードのことを指す(織田 1992)。すなわち、ある特定の状況や特定の政策が実施された場合等の架空の状況を設定して、それに対する回答を求める方式の調査である。この方法は、1990年代前半に行われた出生行動と社会政策の関係の分析(織田 1994)のほか、適正な年金給付額の算定(織田1992)、介護休業の利用状況の推定(末盛 1998)などに用いられている。通常の調査では、これから新たに行う次世代育成支援策の効果を測定することはできない。しかし、ヴィネット調査では、架空の状態であるが、新たにある政策が実施された場合の出生行動の変化を定量的に把握することができる。本稿では、この調査を用いて、新たに次世代育成支援策を実施した場合、人々の出産意向がどの程度高まるかを明らかにする。

2.ヴィネット調査

 使用するデータは、平成19年度児童関連サービス調査研究等事業の一環として財団法人こども未来財団より委託を受けた『地域別にみた出生動向とその要因に関する調査研究―出生率に影響する雇用・労働条件と家族政策:効果の推計と政策の示唆』(主任研究者:丸尾直美 尚美学園大学客員教授)において実施したアンケート調査である*1。この調査は、2007年10~11月に社団法人輿論科学協会に委託して、同社のモニターから抽出した東京23区内の子どもと同居している25歳から40歳までの既婚女性259人を対象に、面接法で行われたものである。就労形態は、フルタイム、パート、専業主婦がおよそ3分の1ずつになるようにした。本稿では、現在の子ども数が1人である122人と同2人である121人を分析対象にする。調査地域である東京都は、都道府県の中で出生率が最も低いところである。

 本調査では、個人の属性や就労状況等を尋ねた後、調査員が回答者1人に対して、さまざまな子育て支援の政策案を書いた25枚の「ヴィネットカード」を提示した。各カードには、今後拡充する少子化対策の候補とみられる、①児童手当の金額、②育児休業期間、③育児休業中の所得保障率、④保育園への入園のしやすさ、⑤幼稚園の月謝、⑥有給休暇の取得率の6つの政策変数の内容を記入した。

 これらの政策を取り上げた理由は、次のとおりである。わが国の児童手当の水準は先進国の中で低く(都村 2002)、児童手当の増額を求める意見がある。わが国の育児休業制度は、期間が原則出産後1年(保育園に入園できないなど特別の理由がある場合は子が1歳半になる)までであり、休業中の所得保障率は休業前賃金の50%である。段階的に拡充されてきているが、欧州には出産後1年を超えて育児休業を取得できる国や、わが国よりも所得保障率が高い国もある(今後の仕事と家庭の両立支援に関する研究会 2008)。育児休業の拡充は、次世代育成支援の検討課題のひとつである。保育園は、現在需要に供給が追いついておらず、待機児童が多い。希望する保育園に入園できないことは、親の出産意向を低下させる可能性がある。幼稚園費用の軽減策については、現在検討がなされている*2。幼稚園費用を軽減することは、親の経済的負担を下げ、出産意向を高める可能性がある。就労者の有給休暇取得率の平均は46.6%(厚生労働省『平成19年就労条件総合調査結果の概況』)であり、約半分が消化されていない。その取得率を高めることにより、ワーク・ライフ・バランスが向上し、就労者の出産意向が高まる可能性がある。

 政策変数の具体的な内容が図表1である。①児童手当は、現在小学校修了前まで支給されるものであり、3歳未満であれば月1万円である。3歳以上は、第1子と2子が月5千円、第3子以降が月1万円である。この金額が、現行水準のまま、2倍、3倍の3パターンを設けた。②育児休業期間は、現行の原則出産後1年のほかに、2年、3年の3パターンである。③育児休業中の所得保障率は、現行水準(休業前賃金の50%)、65%、80%の3パターンを設けた。④保育園への入園のしやすさについては、これから出産する子が希望する保育園に「必ず入れる」か「必ずしも入れない」の2パターンを設けた。⑤幼稚園の月謝を全額(2万5千円と仮定)自分が負担する、半額自己負担であるか、無料であるかの3パターンを設けた。⑥現在、企業には従業員の有給休暇を取得させる義務はない。本調査では、企業に従業員の有給休暇を「取得させる義務はない」場合、「50%取得させる義務」がある場合、「100%取得させる義務」がある場合の3パターンを設けた。

 以上の6つの政策変数は、全部で3×3×3×2×3×3=486通りの組み合わせがある。本調査では、各政策変数のパターンを無作為に組み合わせて、全486通りの約5%にあたる25パターンの組み合わせを作成した。この25パターンを書いたヴィネットカードを全ての回答者に提示して、現在各カードに書かれた政策が実行された場合に、現在いる子どもの数に加えてあと何人子どもを産むか(人数)を尋ねた。

 ヴィネットカード1枚に対する回答を1ケースとすると、1人あたり25ケースができる。これを人数分足し合わせたデータを作成し、分析した。

次世代育成支援策によって出産意向は高まるか
(画像=第一生命経済研究所)

3.推定された次世代育成支援策の効果

(1)児童手当

 本データを用いて、各政策が出産意向に与える効果を分析した。以下では、6つの政策のうちある1つの政策のみが実施された場合の出産意向(もう1人以上子どもを産む意向)がある者の割合を推計した結果を示す*3。推計にあたっては、父母の年齢は平均であるという条件を設定している。

 児童手当が増額された場合の出産意向の変化が図表2である。児童手当の額が現行どおり(他の政策変数も現行どおり)の場合、出産意向をもつ者の割合は、既に子どもが1人いる場合が55.5%、既に子どもが2人いる場合が10.7%である。この値は、全く新しい政策が行われていない場合の出産意向である。この値を基準とする。

 児童手当が2倍に増額された場合、出産意向をもつ者の割合は、既に子どもが1人いる場合が58.8%、既に子どもが2人いる場合が13.9%で、それぞれ現行よりも3.3ポイント、3.2ポイント増加する。児童手当が3倍に増額されると、出産意向をもつ者の割合は、既に子どもが1人いる場合が60.8%、既に子どもが2人いる場合が16.2%で、それぞれ現行よりも5.3ポイント、5.5ポイント増加する。

次世代育成支援策によって出産意向は高まるか
(画像=第一生命経済研究所)

 ただし、出産意向をもつ者が増えるといっても、児童手当が2倍で3ポイント程度、3倍で5ポイント程度に過ぎない。

(2)育児休業期間

 育児休業期間を延長した場合の出産意向の変化が図表3である。期間が2年になると出産意向をもつ者の割合は、既に子どもが1人いる場合が56.2%、既に子どもが2人いる場合が11.1%である。3年になると出産意向をもつ者の割合は、既に子どもが1人いる場合が57.6%、既に子どもが2人いる場合が11.9%である。育児休業期間を延長することが、出産意向を増加させる効果はほとんどみられない。

次世代育成支援策によって出産意向は高まるか
(画像=第一生命経済研究所)

(3)育児休業中の所得保障率

 現行の所得保障率は休業前賃金の50%であるが、これを65%に上げた場合、出産意向をもつ者の割合は、既に子どもが1人いる場合が56.0%、既に子どもが2人いる場合が11.0%である(図表省略)。80%に上げた場合、出産意向をもつ者の割合は、既に子どもが1人いる場合が55.9%、既に子どもが2人いる場合が11.6%である。育児休業の期間と同様、所得保障率を上げても、出産意向はほとんど変わらない。

(4)希望する保育園への入園

 保育園を増やすなどして、希望する園に必ず入れるようになった場合の出産意向の変化が図表4である。希望する園に必ず入れるようになると、出産意向をもつ者の割合は、既に子どもが1人いる場合が60.4%、既に子どもが2人いる場合が15.7%で、それぞれ現行よりも4.9ポイント、5.0ポイント増加する。他の政策と比較すると、出産意向を高める効果は、児童手当を3倍にした場合に近い大きさである。

次世代育成支援策によって出産意向は高まるか
(画像=第一生命経済研究所)

(5)幼稚園の月謝

 幼稚園の月謝の軽減による出産意向の変化が図表5である。幼稚園の月謝を半額自己負担(すなわち半額補助)にした場合、出産意向をもつ者の割合は、既に子どもが1人いる場合が57.6%、既に子どもが2人いる場合が11.9%で、それぞれ現行よりも2.1ポイント、1.2ポイント増加する。無料にした場合、出産意向をもつ者の割合は、既に子どもが1人いる場合が59.6%、既に子どもが2人いる場合が13.9%で、それぞれ現行よりも4.1ポイント、3.2ポイント増加する。

次世代育成支援策によって出産意向は高まるか
(画像=第一生命経済研究所)

(6)有給休暇の取得率

 企業が従業員に有給休暇の「50%」を取得させるようにした場合、出産意向をもつ者の割合は、既に子どもが1人いる場合が56.1%、既に子どもが2人いる場合が11.2%で、それぞれ現行よりも0.6ポイント、0.5ポイント増加する(図表省略)。「100%」取得させるようにした場合、同じく既に子どもが1人いる場合が58.3%、既に子どもが2人いる場合が11.9%で、それぞれ現行よりも2.8ポイント、1.2ポイント増加する。他の政策と比較して、有給休暇の取得促進が出産意向を高める効果は小さい。

(7)母親の就労形態による政策効果の違い

 各政策の効果は母親の就労形態によって異なるとみられる。紙幅の都合上、詳細な分析結果と図表は省略し、主な知見のみを示す。児童手当を増額した場合、就労形態にかかわらず出産意向は高まる。その効果は専業主婦で最も大きいが、正社員においても小さくはない。希望する保育園への入園は、正社員の出産意向を高める効果が大きい。幼稚園の月謝の軽減は、専業主婦の出産意向を高める効果が大きい。一方、育児休業期間、育児休業中の手当、有給休暇の取得義務は、就労形態の違いにかかわらず、いずれに対しても効果は小さい。

4.政策への示唆

 本稿で検討した政策のうちのいくつかは、子どもを1~2人もつ母親の出産意向をさらに高めることが見出された。相対的に効果が大きいのは、児童手当と幼稚園月謝という経済的支援の拡充と希望する保育園への入園である。一方、育児休業の期間と所得保障率の拡充および有給休暇の取得促進は、出産意向を高める効果は小さい。

 ただし、児童手当の拡充、幼稚園月謝の軽減、希望する保育園への入園の効果があるといっても、出産意向の増加率をみればそれは僅かである。最も効果が大きい児童手当でさえ、2倍にした場合に出産意向をもつ者が3ポイント、3倍で5ポイントである。出産意向は実際の出産行動を強く規定するが、出産意向をもつ者すべてが実際に子をもうけるわけではないため、仮にこれらの政策が実施されたとしても、出産する母親の割合はそれほど増えないとみられる。

 本調査は最も出生率が低い地域である東京都におけるものであるが、ここでほとんど効果がみられない政策が、東京以外の県全てで大きな効果をあげるとは考えにくい。また、若い世代は東京都に流入しており、彼らの居住人口の多さをみれば、東京都の動向はわが国全体の出生率に影響を与える。東京都の出生率を回復させることができない政策では、わが国全体の出生率を回復させることは難しいだろう。 このように考えれば、本稿でえられた知見は、わが国が今後取り組む次世代育成支援の方向性に示唆を与える。

 本稿で取り上げた政策は、わが国の出生率を回復させるために導入が検討される候補である。例えば、出生率が回復したフランスの手厚い児童手当や北欧における長期かつ所得保障率の高い育児休業制度の導入を求める意見がある。だが、分析結果をみる限り、それらの政策が実施されても出産の増加は僅かであり、これでは少子化傾向はほとんど変わらない。端的にいえば、既に子どもをもつ者の出産数を増やしてわが国の出生率を回復させることは、本稿で検討した政策のみでは難しい。児童手当等を拡充するには莫大な費用がかかるが*4、それに見合った効果は小さいようである。

 本稿で分析した政策以外に雇用環境の改善や各種子育て支援等を総合して行わなければ、わが国の出生率の回復は難しい。また、わが国の少子化の多くは、晩婚化によって引き起こされている。晩婚化がすすむと出産タイミングが遅くなり、その後出産する子ども数も少なくなるため、出生率は低下する。出生率回復のためには、雇用環境の改善等によって、若い世代が家族形成をしやすくすることなども政策課題になるだろう。(提供:第一生命経済研究所

【注釈】
1 本報告書のうち都道府県別の出生率の分析については、丸尾直美 2008「日本における出生率のU字型回復の可能性と有効な施策-都道府県データによる分析」『尚美学園大学総合政策論集』8:1-25 において発表されている。
2 文部科学省「幼児教育振興アクションプログラム」(平成18年)では、幼児教育の無償化に向けての検討が示されている。
3 現在の子ども数が1人の者と2人の者について、出産意向を被説明変数、政策変数を説明変数、母親の年齢、父母の年齢差、母親の職業を統制変数としたロジット分析を行った。この分析をもとに、ある1つの政策変数のみが変化した場合、追加出産意向がある人の割合がどの程度になるかを推計している。
4 現行の児童手当には、1年間におよそ1兆円の費用がかかっている。これを2倍にするにはさらに1兆円、3倍にするにはさらに2兆円が必要になる。

【参考文献】
・ 織田輝哉,1992,「ヴィネット方式の特徴と調査の概要―適正な年金給付額の研究」『季刊社会保障研究』28(1):34-44.
・ 織田輝哉,1994,「出生行動と社会政策(2)―ヴィネット調査による出生行動の分析」社会保障研究所編『現代家族と社会保障』東京大学出版会:151-180.
・ 今後の仕事と家庭の両立支援に関する研究会,2008,『今後の仕事と家庭の両立支援に関する研究会報告書―子育てしながら働くことが普通にできる社会の実現に向けて』.
・ 末盛慶,1998,「男性と介護休業―ヴィネット調査による利用要因の分析」『季刊家計経済研究』1998秋:53-62.
・ 都村敦子,2002,「家族政策の国際比較」国立社会保障・人口問題研究所編『少子社会の子育て支援』東京大学出版会:19-46.

研究開発室 主任研究員 松田 茂樹