目次

1.柔軟な働き方に対する期待
2.アンケート調査の概要
3.ワーク・ライフ・バランスの現状
4.柔軟な働き方をしている人
5.柔軟な働き方とワーク・ライフ・バランスの関係
6.柔軟な働き方ではワーク・ライフ・バランスは改善しない

要旨

① ワーク・ライフ・バランス(以下「WLB」)の主要な議論では、労働時間の管理や勤務場所などについて裁量があるような「柔軟な働き方」を広めることがWLBの改善に寄与するといわれている。本稿では、就労者に対するアンケート調査を行い、この関係を検証した。

② 1日の仕事関連時間(労働時間、通勤時間、昼休み等の休憩時間)は、男性正社員が13.2時間と特に長いが、女性正社員も10.8時間にのぼる。労働時間が長い者は家事・子育て、家族との交流、余暇の時間が短く、WLB は悪い。心理的な評価をみると、職業生活、家族生活、余暇生活のすべてが充実している者は約3割にとどまる。

③ 柔軟な働き方としては、「業務内容」「勤務時間」「勤務場所」の3つの柔軟性を取り上げた。男性正社員を中心に業務内容や勤務時間の柔軟性は比較的高いが、勤務場所の柔軟性は就労形態にかかわらず低い。

④ 業務内容、勤務時間、勤務場所の柔軟性とWLB の関係を分析した結果、これらの柔軟性が高いことが時間面でも心理的にもWLB を向上させてはいなかった。

⑤ 柔軟な働き方を普及させることで、WLB が改善することはない。就労者のWLB 改善のためには、短時間勤務など別の選択肢の普及の方が効果的である。

キーワード:ワーク・ライフ・バランス、柔軟な働き方、フレックスタイム

1.柔軟な働き方に対する期待

(1)「柔軟な働き方」推奨論

 本稿では、「柔軟な働き方」は就労者のワーク・ライフ・バランス(以下「WLB」)の向上につながるのか否かを分析する。現在わが国では就労者のWLB の向上が社会的に求められている。彼らのWLB を向上させるための方策として注目されているのが、労働時間の管理や勤務場所などについて裁量があるような柔軟な働き方である。

 厚生労働省の仕事と生活の調和に関する検討会議(2004)では、仕事と生活の調和をすすめるためには、働く者が、一定の制約のある時間帯の中で、仕事時間と生活時間を、場所等を含め納得のいく形で組み合わせることができるようにすることが必要であると提言している。その上で、働き方の具体的な変革の方向性として、現状は低い労働時間と勤務場所の自由度をともに高めることを求めている。このような柔軟な働き方がWLB を向上させるという指摘は、この分野の主要な論者である大沢(2006)、樋口(2007)なども指摘している。

 柔軟な働き方がWLB を向上させると考えられる理由としては、第一に、個人的な業務の繁忙に合わせて労働時間の長さを調整することが可能であるため、不要に会社で机に向かうことが減るなどして、総労働時間が短縮することがあげられる。第二に、労働時間の長さが一定であっても、必要に応じて家事・子育てや余暇の時間を確保するように労働時間の調整ができるため、仕事、家事・子育て、余暇という生活全体が充実することがあげられる。

 ただし、次に述べるが、柔軟な働き方がWLB を向上させることは必ずしもデータで裏づけられていない。本当に柔軟な働き方はWLB を向上させるのだろうか。

(2)先行研究

 柔軟な働き方とは、労働時間と勤務場所の自由度の高い働き方とされる。労働時間の自由度が高い働き方には、労働時間の長さが個人の裁量にゆだねられる裁量労働や出退勤時間を就労者個人が調整するフレックスタイム制度などがある。勤務場所の自由度が高い働き方には在宅勤務等がある。以下では、これらの働き方とWLB の関係についての主な先行研究を示す。なお、1日の勤務時間が8時間の正社員が育児期に短時間勤務となり、育児が一段落した後に再び8時間勤務に戻すことは、本稿では柔軟な働き方の範囲には含めていない。短時間勤務は、1日の労働時間が固定的である上、裁量労働やフレックスよりも時間面での自由度は低いため、本稿では柔軟な働き方とは別次元の制度とみなしている。

 わが国においてフレックスタイム制度は、育児期の従業員が利用できるものとして、常用労働者5人以上を雇用している民営事業所の約6%で導入されている(厚生労働省 2006)。「始業・終業時刻の繰上げ・繰下げ」は、同調査では18.5%の事業所で導入されている。裁量労働制は、従業員数500人以上の企業の約10%において導入されてい る(社会経済生産性本部 2002)。在宅勤務についてみると、仕事と育児の両立支援のための制度としての普及率は1.1%に過ぎない(日本労働研究機構 2003)。

 柔軟な働き方とWLB の関係は不明瞭である。電機連合の組合員を対象にした調査を分析した脇坂(2002)によると、フレックスタイムで働く者は定時出退勤勤務者よりも残業時間が長いことを指摘している。これに対して、時差出退勤勤務者と変形労働時間勤務者の残業時間は短いことから、「この2つの勤務がファミフレ(ファミリーフレンドリー)で、フレックスタイム制度は、むしろファミフレではなさそうだ」(脇坂2002:117)という。保育園を利用する男女に対する調査を分析した松田(2006)では、フレックスタイム制度があることがワーク・ファミリー・コンフリクト(仕事と家庭生活の葛藤感)を軽減することに寄与しておらず、男性においてはフレックスタイム制度がある方がむしろワーク・ファミリー・コンフリクトが高くなっていた。在宅勤務を調査した神谷(2005)は、在宅勤務を行うことが育児期においてもフルタイムと同等の労働時間の長さで働くことを可能にする効果があるという。ただし、WLB の観点からみると、「『家でも仕事ができること』は半面で『家でも仕事をしなければならない』というプレッシャーを受ける危険性も有する」(神谷 2005:38)面もある。

 柔軟な働き方は、日本よりも欧米諸国において広まっているとされる。しかし、EUROSTAT(2007)によると、EU 諸国における25~49歳の就労者についてみると、フレックスタイムや裁量労働という柔軟な勤務時間の制度を利用している者は約1割に過ぎず、7割以上は固定した勤務時間で働いている。同資料によると、欧州では最もWLBが問題になる育児期の労働者はそれ以外の者よりも、労働時間が固定した勤務時間で働く傾向がある。柔軟な勤務時間がWLB を向上させるのであれば、育児期の者は固定的な勤務時間よりも柔軟な勤務時間を選択するはずだが、実態はそうではない。

 以上から、柔軟な働き方がWLB を向上させるという主張が主流であるが、その裏づけは十分でないようである。先述した既存研究では、むしろ柔軟な働き方の内容によってはWLB を改善するどころか、悪化させるという知見もある。

2.アンケート調査の概要

 分析に使用するデータは、当研究所が2007年10月に実施した「働き方に関するアンケート」である。調査概要は次のとおりである。

対象者:第一生命経済研究所の生活調査モニターのうち、本人または配偶者が専門・技術職、管理職、事務・営業職の者
標本数:800人
有効回収数(率):732人(91.5%)
調査方法:郵送配布・郵送回収

 以下では、休業中の者を除く、専門・管理・事務・営業の男女正社員、女性派遣・契約・嘱託社員、女性パート(アルバイトを含む)の者554人を分析対象とする。

 男性正社員は、有配偶が90.8%、未婚が7.7%、離死別が1.5%で、有配偶が大半を占める。女性正社員は、有配偶が56.3%、未婚が32.5%、離死別が11.3%で、男性正社員に比べて未婚と離死別が多い。女性派遣・契約・嘱託社員の婚姻状態は、女性正社員に類似している。女性パートは、有配偶が95.5%、離死別が4.5%である。

3.ワーク・ライフ・バランスの現状

(1)時間面でみたワーク・ライフ・バランス

 本稿では、就労者のWLB の現状を、時間面と心理的な充実度の両面から把握する。

 はじめに、調査の前月(2007年9月)に労働・通勤、家事・子育て、家族交流等に費やした時間をもとに、出勤日の時間配分を図示したものが図表1である*1。ここにあげた以外は、寝食や身支度など生活に不可欠な時間になる。

 性・就労形態別にみると、男性正社員は、他よりも圧倒的に労働・通勤時間が占める割合が高い。彼らは、家事・子育ての時間が短いが、同時に自分の余暇時間も短い。女性正社員と女性派遣・契約・嘱託社員の時間配分は、概ね類似している。労働・通勤時間が11時間弱で、家事・子育てに2.5時間程度費やし、家族との交流と自分の余暇をそれぞれ1.5時間程度行っている。女性パートは、労働・通勤時間が短く、その分、家事・子育てと家族交流の時間が長い。

 サンプル数が多い男女正社員について、子どもの有無別の時間配分の違いを分析した(図表省略)。男性正社員の労働・通勤時間は、子どもがいない者は12.7時間であるのに対して、子どもがいる者は13.3時間で、子どもがいる者の方が長い。その分、子どもがいる男性正社員は、いない者よりも、家族との交流および自分の余暇の時間が短い。女性正社員は、男性とは逆に、子どもがいない者よりもいる者の方が労働・通勤時間が短い。

柔軟な働き方はワーク・ライフ・バランスを改善す るのか
(画像=第一生命経済研究所)

 以上にみた労働時間および時間配分をもとに、現状においてワークとライフのバランスのよい者がどの程度いるかをみてみたい。ここではWLB がよいといわれる欧州の働き方を基準にとり、①労働時間が欧州主要国の平均以下の者、②EU 労働時間指令の基準を満たす者、の2つの点からWLB がよい人の割合を算出した(図表2)。

 内閣府経済社会総合研究所・家計経済研究所(2006)によると、フランスやドイツの平均的な労働時間は男性が週40時間程度、女性が週35時間程度である。これを基準にして労働時間が週40時間以下の男性正社員の割合をみると、19.2%にすぎない。同様に週35時間以下の女性の割合をみると、女性正社員は19.4%、女性派遣・契約・嘱託は43.9%、女性パートは91.8%である。

 また、EU 労働時間指令(1993年)では、①24時間につき最低11時間の休息のための時間をもうけること、②1週間に1日の休日をもうけること、③労働時間は1週間に平均して48時間以内などの基準を示して、加盟国が必要な法令または労使協定でこれを定めることを求めている。今回の分析対象のうち、ここにあげた3つの基準を満たす者は、男性正社員では約半数に過ぎない。女性正社員、女性派遣・契約・嘱託社員、女性パートの多くはこの基準を満たしている。

柔軟な働き方はワーク・ライフ・バランスを改善す るのか
(画像=第一生命経済研究所)

(2)生活の充実度でみたワーク・ライフ・バランス

 続いて、個人の心理的な面からみたWLB の状態を示す。本調査では、①家庭生活、②職業生活、③余暇生活の3つの分野の生活の充実度を、それぞれ「充実している」から「充実していない」までの5段階で尋ねている。各分野および3つの分野全てが充実している(「充実している」と「まあ充実している」の合計)者の割合が図表3で ある。

 男性正社員が充実していると回答した割合は、家庭生活が77.0%、職業生活が55.8%、余暇生活が46.0%である。先述したとおり男性正社員は最も長時間労働であるが、家庭生活の充実度は高い。しかし、特に余暇生活の充実度が低いため、男性正社員のうち3つの分野全てが充実していると回答した割合は約3割にとどまる。

 女性正社員は、男性正社員よりも、家庭生活の充実度は低いが、職業生活と余暇生活および3つの分野全ての充実度は高い。女性派遣・契約・嘱託社員は、女性正社員よりも、いずれの分野も充実度が低くなっている。女性パートは、家庭生活の充実度が高いが、職業生活と余暇生活、特に余暇生活の充実度が低いため、3つの分野全てが充実していると回答した割合は24.6%にとどまる。

 WLB の観点から特に注目すべきは、3つの分野全てが充実している者の割合であろう。今回調査をみるかぎり、そうした者は、男女正社員ではおよそ3人に1人、女性派遣・契約・嘱託社員と女性パートに至ってはおよそ4人に1人にすぎない。

 時間配分でみてWLB がよいか否かと心理的指標でみてWLB がよいか否かということの間には有意な関連はない(図表省略)。すなわち、労働時間の長さと心理的な充実は、別の問題である。

柔軟な働き方はワーク・ライフ・バランスを改善す るのか
(画像=第一生命経済研究所)

4.柔軟な働き方をしている人

(1)業務内容の柔軟性

 本稿における柔軟な働き方とは、「業務内容」「勤務時間」「勤務場所」の3つの点においてそれぞれ柔軟性が高い働き方のことをいう。

 まず、業務内容の柔軟性は、業務内容や目標とする成果、業務の進め方や段取り、業務を行うスケジュールの3点についてみた(図表4)。業務内容や目標とする成果における裁量についてみると、男性正社員は、裁量がある割合(「自分の裁量」と「ある程度自分の裁量」の合計)は66.2%と比較的高い。この割合は、女性正社員は56.0%、女性派遣・契約・嘱託社員は43.9%と約半数であるが、女性パートは15.9%と低い。

 業務の進め方や段取りについてみると、自分で決めることができる割合(「自分で決めることができる」と「ある程度自分で決めることができる」の合計)は、男女正社員では8割以上と高い。この割合は、女性派遣・契約・嘱託社員では約6割、女性パートでは約5割である。

 業務を行うスケジュールについてみると、自分で決めることができる割合(「自分で決めることができる」と「ある程度自分で決めることができる」の合計)は、男性正社員では84.9%で最も高く、女性正社員では77.7%、女性派遣・契約・嘱託社員では51.2%、女性パートでは42.0%である。

 以上から、正社員、特に男性正社員は、ここであげた3つの面の柔軟性がいずれも高いといえる。女性派遣・契約・嘱託社員は、正社員ほどではないが、3つの項目についてそれぞれ約半数程度の者は柔軟性がある。女性パートはこれらの柔軟性は低い。

柔軟な働き方はワーク・ライフ・バランスを改善す るのか
(画像=第一生命経済研究所)

(2)勤務時間の柔軟性

 勤務時間の柔軟性は、裁量労働、フレックスタイム、出退勤時間の調整の3点についてみた(図表5)。

 裁量労働は、男性正社員が26.3%で、次いで女性派遣・契約・嘱託社員が12.2%、女性正社員が9.0%、女性パートが5.8%である。

 フレックスタイムは、男性正社員が14.0%で最も高く、次いで女性派遣・契約・嘱託社員が12.2%、女性正社員が6.0%、女性パートが1.4%である。コアタイム(1日のうちで必ず就業しなければならない時間帯)のない者は極少数である。

 出退勤時間を調整可能性であるのは、いずれの就労形態においても6割前後と多い。

 以上から、裁量労働やフレックスタイムの対象者は少ないが、出退勤時間については調整が可能な者は多い。

柔軟な働き方はワーク・ライフ・バランスを改善す るのか
(画像=第一生命経済研究所)

(3)勤務場所の柔軟性

 勤務場所の柔軟性は、会社への出勤の必要性と在宅勤務の2点からみたものである(図表6)。会社への出勤の必要性についてみると、就労日に「毎日会社に出勤する必要はない」(顧客先にも出勤する必要がない)者は、男性正社員が17.3%、女性正社員が6.0%、女性派遣・契約・嘱託社員が19.5%である。なお、女性パートでは、この回答が約4割であったが、これは毎日勤務していないということであるとみられる。

 在宅勤務を行っている者は極めて少ない。2007年9月に在宅勤務をした者は、男性正社員が2.9%、女性正社員が1.2%、女性派遣・契約・嘱託社員が4.9%である。女性パートでは在宅勤務をした者はいない。在宅勤務をした者に対して同月の在宅勤務日数を尋ねたところ、平均は4.6日(平均週1日程度)であった。

 以上から、業務内容や勤務時間に比べて、勤務場所の柔軟性は総じて低いといえる。

柔軟な働き方はワーク・ライフ・バランスを改善す るのか
(画像=第一生命経済研究所)

5.柔軟な働き方とワーク・ライフ・バランスの関係

(1)柔軟な働き方の程度を測る尺度

 柔軟な働き方とWLB の関係を分析するために、以下にあげる3つの尺度を作成した。

1)業務内容の柔軟性
 業務内容の柔軟性は、①業務内容や目標の設定、②業務の進め方や段取り、③スケジュールのそれぞれが、「自分の裁量で決めた(自分で決めることができる)」から「自分の裁量では決められなかった(自分では決めることができない)」までの4段階の回答にそれぞれ4~1点を与えて、3項目の得点を合計した尺度である。

2)勤務時間の柔軟性
 勤務時間の柔軟性は、①裁量労働である場合に1点、②コアタイムのないフレックスタイムである場合に2点、コアタイムがあるフレックスタイムである場合に1点、③出退勤時間が調整可能である場合に1点を与え、その得点を合計した尺度である。

3)勤務場所の柔軟性
 勤務場所の柔軟性は、①会社または顧客先への出勤の必要性がない場合に1点、②在宅勤務である場合に1点を与え、これらの得点を合計した尺度である。女性パートは、先述した理由から①は0点としている。

4)職種、企業規模と柔軟性
 以上の3つの柔軟性の尺度と職種、企業規模の関係をみると、業務内容の柔軟性は職種では管理職で、企業規模では中堅企業で高い(図表省略)。勤務時間の柔軟性は、職種による差はないが、大企業の柔軟性は高く、官公庁の柔軟性は低い。勤務場所の柔軟性については、職種、企業規模による差はみられない。

(2)柔軟な働き方と労働時間の関係

 先行研究から、働き方の柔軟性が高いほど、個人的な業務の繁閑に合わせて労働時間の長さを調整することが可能であるため、総労働時間が短縮すると想定される。まず、この点を検証する。

 業務内容の柔軟性を低/中/高に3区分して、労働時間、家事・子育て時間、余暇交流時間との関係をみたものが図表7である。この図から、業務内容の柔軟性が高いほど労働時間が短くなるという関係はみられない。また、業務内容の柔軟性が高いほど、家事・子育て時間や余暇交流時間が長いということもない。

柔軟な働き方はワーク・ライフ・バランスを改善す るのか
(画像=第一生命経済研究所)

 同様に勤務時間および勤務場所の柔軟性と労働時間等の関係もみたが、これらの柔軟性が高いほど労働時間が短く、家事・子育て時間や余暇交流時間が長いという関係はみられなかった(図表省略)。女性正社員については勤務場所の柔軟性が高いほど余暇交流時間が長くなっていたが、柔軟性が最も低い者よりも最も高い者の方が1日数分の交流余暇時間が長い程度であるため、実生活では差はない。

 先述した分析に加え、別途重回帰分析を行った結果もふまえて*2、3つの柔軟性と労働時間等の関係をまとめたものが図表8(左列)である。表からわかるように、業務内容、勤務時間、勤務場所のいずれの柔軟性が高くても、労働時間、家事・子育て時間、余暇交流時間はほとんど変わらない。

柔軟な働き方はワーク・ライフ・バランスを改善す るのか
(画像=第一生命経済研究所)

(3)柔軟な働き方と生活の充実度の関係

 次に、柔軟性と職業生活および生活全体の充実度の関係を分析した。先行研究からは、働き方の柔軟性が高いほど、労働時間の長さが一定であっても、必要に応じて家事・子育てや余暇の時間を確保するように労働時間の調整ができるため、仕事、家事・子育て、余暇という生活全体が充実すると想定された。

 先の分析と同様の方法で働き方の柔軟性と①職業生活が充実している者の割合、②職業生活、家族生活、余暇生活の全てが充実している者の割合をみた結果が図表8(右列)である。男性正社員では、業務内容の柔軟性が高いほど、職業生活が充実している者が多くなる。しかし、それ以外については、柔軟性が高いほど生活が充実している者が多くなるという関係はみられなかった。

6.柔軟な働き方ではワーク・ライフ・バランスは改善しない

(1)柔軟な働き方を問い直す

 本調査の結果をみると、わが国では正社員は男女とも労働時間が長く、ワークとライフのバランスがとれているとは言いがたい。特に家族との交流や余暇の時間は極めて短く、家庭生活、ましてや余暇生活の充実もという言葉は空虚にすら聞こえる。

 それでは、わが国の就労者の働きすぎを改善し、WLB を向上させるにはどうしたらよいだろうか。既存研究では勤務時間や勤務場所の柔軟な働き方を広めることが、彼らのWLB を向上させるという主張がなされている。

 しかし、分析の結果、通説に反して、業務内容、勤務時間、勤務場所のいずれについても柔軟性が高いことがWLB を改善してはいなかった。具体的には、第一に、これらの柔軟性が高くても、労働時間が短くなることはない。第二に、これらの柔軟性が高いことが、家事・子育て時間や交流余暇時間を増やすことはない。第三に、これらの柔軟性が高いことが、職業生活、家庭生活、余暇生活の充実度を高めることはない。

 なお、詳細な分析結果の提示は省略するが、精神的自立性(鈴木・崎原 2003)の低い者や労働時間の長い者では、働き方の柔軟性が高いほど、職業生活や全生活の充実度が低いという結果もみられた。

 先にあげた既存の実証研究でも、柔軟な働き方がWLB を向上させるという関係はみられておらず、むしろ柔軟な働き方の内容によってはWLB を改善するどころか、悪化させるという知見もえられている。先述した既存研究の知見と本稿の結果をふまえると、働き方を柔軟にすることがWLB を向上させるという関係は疑わしい。

(2)ワーク・ライフ・バランスを改善するにはどうしたらよいか

 わが国の就労者、特に正社員は労働時間が長く、WLB が悪い。こうした状況のもとで柔軟な働き方を広めても、正社員のWLB は改善しないばかりか、長時間労働やWLBの解決の責任を個人に転嫁してしまう危険すらある。WLB の改善のために、柔軟な働き方を広めることは政策として適当でない。別の方策を検討すべきである。

 柔軟な働き方以外に労働時間を短縮し、WLB を改善するための方法としては、労働基準法の改正による総労働時間の規制強化と短時間勤務の普及が考えられる。しかし、前者は労働時間を短縮する効果は大きいとみられるが、実現には労使の難しい利害関係の調整が必要であるため、即効性は期待できないだろう。

 有力な選択肢は、短時間勤務の拡大である。正社員は1日8時間、週5日勤務が基本であるが、育児休業法では3歳までの子どもをもつ社員に対しては短時間勤務等を認めることが義務づけられている。現在、大企業を中心にこうした制度を利用できる対象者を拡充する動きがみられる。こうした動きを法制度等で後押しして、子どもが3歳以上の者や子どもがいない者にも短時間勤務の適用対象者を広げることが、WLBのとれた働き方を普及させることにつながる近道とみられる。

 ちなみに、育児休業法では、企業は3歳未満の子どもを養育する労働者に対して、短時間勤務、フレックスタイム、始業・終業時刻の繰上げ・繰下げ、所定外労働の免除、託児施設の設置運営等のいずれかの措置を講じることが義務づけられている。しかし、本分析の結果フレックスタイムは当該労働者のワーク・ライフ・バランスを改善する効果はないことから、フレックスタイムの導入のみで他の措置が講じられないのであれば、当該労働者の両立は決して容易にはならないことが危惧される。(提供:第一生命経済研究所

【注釈】
1  労働・通勤時間は、1日の労働時間に加えて、往復の通勤時間、そして正社員と派遣・契約・嘱託社員は1日の労働時間が平均8時間を超えているため、昼休みなど1時間の休憩をとっていることを想定してその分の時間を加えた値である。
2  労働時間、家事・子育て時間、余暇交流時間をそれぞれ被説明変数とし、働き方の柔軟性の指標を説明変数、就労形態、子どもの有無、職種、企業規模を統制変数をとした重回帰分析。

【参考文献】
・ 大沢真知子,2006,『ワークライフバランス社会へ―個人が主役の働き方』岩波書店.
・ 神谷隆之,2005,『在宅勤務による女性の雇用継続―適正な仕事配分と労働時間規制の緩和の必要性』JILPT Discussion Paper Series 05-005.
・ 厚生労働省,2006,「平成17年度女性雇用管理基本調査」.
・ 仕事と生活の調和に関する検討会議,2004,『仕事と生活の調和に関する検討会議報告書』.
・ 社会経済生産性本部,2002,「裁量労働制ならびに労働時間管理に関する調査」.
・ 鈴木征男・崎原盛造,2003,「精神的自立性尺度の作成―その構成概念の妥当性と信頼性の検討」『民族衛生』69(2):47-56.
・ 内閣府経済社会総合研究所・家計経済研究所,2006,『フランス・ドイツの家族生活―子育てと仕事の両立』.
・ 日本労働研究機構,2003,「育児や介護と仕事の両立に関する調査(企業調査)」.
・ 樋口美雄,2007,「経済教室 仕事と生活調和 基本法で」日本経済新聞2007年2月2日朝刊.
・ 松田茂樹,2006,「仕事と家庭生活の両立を支える条件」『Life Design Report (2006年1-2月号)』:4-15.
・ 脇坂明,2002,「結婚・出産、ファミフレ、オランダモデル」脇坂明・電機連合総合研究センター編『働く女性の21世紀―いま、働く女性に労働組合は応えられるか』第一書林,109-120.
・ EUROSTAT, 2007, The Flexibility of working time arrangements for women and men, Population and social condition, 96: 1-7.

研究開発室 主任研究員 松田 茂樹