8日に中国の首都・北京で開催された「CICフォーラム2018」に招かれ、出席してきた。このフォーラムは中国の政府系ファンドである中国投資公司(CIC)が主催して開催されているものだ。とはいえ、単独での開催ではなく、実際には米国のゴールドマンサックス社がこの会合の背後にいることは金融セクターにおいてよく知られている事実である。

開催されたのは上海にも屹立していることで知られるケリー・センターだ。その高層ビルが聳え立つ商業地区(北京市朝陽区)のことをセントラル・ビジネス・ディストリクト(CBD)と呼んでいる。かつては共産国家の顔を丸出しに外貨稼ぎをする国営企業や国営ホテルが並ぶ地域であったが、現在では我が国の東京・丸の内にも匹敵するような大規模なビジネス地区となっている。筆者が初めて訪中したのは1999年のことだが、その頃、当然のことながらこうした最新鋭の商業地区は全く完成していなかった。あらためてこの地を訪れると隔世の感がする。

ジャパン・マネー
(画像=筆者撮影)

今回、「CICフォーラム2018」の最大の目玉は何といっても民間レヴェルでの日中投資ファンドの立ち上げであった。安倍晋三総理大臣が先月(10月)25日から行った訪中に際し、中国側との間で取り交わした覚書(MOU)に基づくものである。簡単にいうと日中国交正常化以来、延々と続けてきた対中政府開発援助(ODA)を取りやめ、代わりに中国が今、最も力を入れている「一帯一路政策」を支援し、そこから我が国経済界も裨益すべく、協働で対第三国投資向けのファンドを創ろうというのである。今回のフォーラムではグローバル経済の現状と見通し等、一般的な事項についても話し合われたが、何といってもこの日中投資ファンドこそがそのメインテーマであった。

この会合に出席した直後に発信した筆者の音声レポートにおいても詳述したとおり、壇上には我が国を代表する3つの金融機関からそれぞれ幹部が出席し、熱弁を奮っていたのが大変印象的であった。まず、我が国の大企業の幹部たちはほとんど英語を話すことが出来ない。そしてグローバルな会合に出席している者はほぼ皆無なのである。それに比べれば今回出席していた3人の名だたる幹部たちはそれぞれに流暢な英語をしゃべり、実に堂々としたものであった点は実に好印象であった。

しかし、である。我が国経済界を代表して出席していたこれら3名のパネリストたちが語っていた内容に筆者は大いなる違和感を覚えざるをえなかったのである。

「我が国の五大金融機関が揃い踏みで参画するこの日中投資ファンドはそれ自体が歴史的な出来事である」
「我が国経済界の対中投資は一時の過熱が覚め、どちらかというと及び腰である。しかし考えている暇はないのであって、中国経済の変わらぬ勢いを『感じ取る』ことが出来れば、今何をすべきかすぐに分かるはずなのだ」
「今回の日中投資ファンドは国連が掲げるSDGsという観点から取り組みたい。その意味で有意義なものになるはずだ」

マーケットの常識の一つに次の様な格言がある。―――「日本人とアラブ人が来たらそのマーケットは終わりだ」情報リテラシーの乏しい日本人とアラブ人は、世界中で先行利益を貪る米欧勢との関係で常に後塵を拝するのである。つまり後者が特定のマーケットにおいて売り抜けをする際にそうとは知らずに投資を始めるよう誘い込まれるわけであり、その結果、何時如何なる時にも、また如何なる場所でも莫大な損害を被るというわけなのだ。

筆者の目から見ると、今回鳴り物入りで創設された「日中投資ファンド」についても全く同じなのである。さもなければ米国勢を代表する投資銀行であるゴールドマンサックス社がこれまで如何に苦労してCICと協力しながら案件を創り上げ、投資を行ってきたか等と平場で説明するわけがないのである。彼らの「いつものやり方」からすれば要するにジャパン・マネーを当て込んだ上で売り抜け(exit)がこの瞬間に始まったというべきなのである。そうしたことはマーケットを俯瞰する癖を日頃つけていればすぐに分かるのだが、我らがニッポンのファンド・マネジャーたちにはどうしてもこの「繰り返される現実」が見えないのである。その結果、常にジャパン・マネーは溝に捨てられてきたのである。見るも無残に、である。

確かに国連が掲げるSDGs(持続可能な開発目標)は聞こえが良い。G20の議長国を我が国がいよいよ来年務めるに先立ち、官民を挙げてこれを語る声が聞こえ始めている。だが、これとて実際にはその背後に「グリーン・ボンド」なる環境ビジネス向けの巨額な債券ビジネスがあっての標語に過ぎないのである。我が国産業界は「環境」という言葉には弱い。自分たちは環境ビジネスに強いと思い込んでおり、我が国のお家芸として「環境保護」は打ち出すべきだと信じ込んでいる。またそれ以外でもよくよく見ると「課題先進国ニッポン」が抱える問題のほとんど全てがこのSGDsには含まれているのである。だから、「SDGsを達成するため」と言われると無条件でカネを差し出すということになりかねないのである。

「SDGsを巡る議論がどうもここに来てキナ臭くなってきた感じがします。グリーン・ボンドといった聞こえの良いグローバルな金融商品を最後はジャパン・マネーに押し付け、売り抜ける気ではないでしょうか」

マーケット、そして国連外交と渡り歩き、活躍されてきた方からそんなメッセージを頂いた。ばかりである。これにその当て込みの舞台としての「中国マーケット」が与えられ、しかも中国勢に引きずられるように全世界で我が国はジャパン・マネーをつぎ込まされることになるのである。無論、その背後においてはこうした仕組みを企画演出した米国勢、そしてこれを可能にする金融やその他インフラで莫大な利権を既につかみ取っている欧州勢が控えていることは言うまでもないのである。 「いよいよその姿を見せ始めている新世界秩序は、結局のところジャパン・マネーの犠牲の上に成り立つのか」 米欧が共に量的緩和の終了を宣言し始める中でなぜか我が国だけが「異次元緩和」を続けさせられているところを見ると、そうした悲劇的な展開にこのままではなりそうなのである。「逆転さよならホームラン」を打つチャンスは我が国には本当に残されていないのだろうか。 実際に目の前で起きている現象の背後にあって実質的な近未来イメージのことを「潜象」という。この「潜象」の連鎖を描き出す形で、筆者の研究所は半年に1回、「予測分析シナリオ」を対外公表している。確かにこのままでは「屠られるジャパン・マネー」そして「過労死するまで働くことでそれを贖う私たち日本人」という本当の世界の構造は全く変わらないだろう。だがその実、これまで上部構造を我が物顔で専横してきた米欧勢こそ、こうした現象が全く違う「潜象」にとって代わられることを既に危惧し、備え始めているのである。だからこそ「日中投資ファンド」創設へと誘い込み、その息の根を止めようとしているわけだがそうはうまくは行かないとなれば全く話は変わって来るのである。この辺りの本当の近未来イメージについては、稿を改めて論ずることが出来ればと想う。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

原田武夫 (はらだ・たけお)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所代表取締役 (CEO)。社会活動家。
1993年東京大学法学部在学中に外交官試験に合格、外務省入省。アジア大洋州局北東アジア課課長補佐(北朝鮮班長)を最後に2005年3月自主退職。2007年4月同研究所を設立登記、代表取締役に就任。多数の国際会議にパネリストとして招かれる。2017年5月よりICC(国際商業会議所) G20 CEO Advisory Groupメンバー。「Pax Japonica」(Lid Publishing)など日独英で著書・翻訳書多数。