目次
1.子育て資源としての“祖父母力” 2.祖父母による子育て支援の実態と祖父母の意識 3.孫がいない男女の孫の子育て支援への意識 4.子育て世代のワーク・ライフ・バランスと“祖父母力”
要旨
① 子育てや共働きをする上で祖父母の支援を得やすい「近居」が注目されている。その背景には、ワーク・ライフ・バランスに困難を抱える若い家族の働き方の問題があると思われる。本研究では、シニア世代の男女を対象に子育て支援の実態や支援の理由をたずねた。
② 孫がいる男女のほとんどが、何らかの形で孫の子育てを支援していた。祖母では祖母本人の年齢が若く、孫が幼く、孫と近居する場合に、より多くの支援を行っていた。
③ 祖父母が孫の子育てを支援するのは、「孫がかわいいから」という積極的な理由からだけではなかった。調査結果は、働く母親の仕事と子育ての両立や、帰宅時間の遅い父親に母親が子育てを頼れない状況を支えるために祖父母の支援が行われていることを示唆していた。
④ 幼い孫と近居し、孫の子育てをより多く支えている若い祖母では、孫の子育て支援に必ずしも積極的ではなく、身体的疲労を感じている人が少なくなかった。
⑤ 孫がいない男女の多くが、孫が生まれた場合には孫の子育てを支援したいと考えている。その理由として、子育ての大変さや女性が働き続けながら子育てをすることの難しさをあげる人が女性ではきわめて多かった。
⑥ 子育て期の家族が抱えるワーク・ライフ・バランスの困難を改善することは社会的課題であり、家族という私的領域内での対処には限界がある。家族間の世代間扶助に頼るのではなく、企業や地域社会、社会保障政策における世代間関係を総合的に再編する視点が不可欠である。
キーワード:祖父母力、近居、ワーク・ライフ・バランス
1.子育て資源としての“祖父母力”
(1)不安定化する人生前半期
日本の合計特殊出生率は1.32(2006年)と6年ぶりにやや上昇した。しかし、フランス(2.00、2006年)やスウェーデン(1.85、2006年)などの諸外国に比べれば依然かなり低く、経済社会全体への影響を考えれば深刻な状況が続いていることに変わりはない。OECDの基準に基づいて主要国の家族政策を比較した場合、日本の家族政策への社会支出はきわめて低い水準にある(国立社会保障・人口問題研究所 2006)。
日本では子育てをめぐる親の身体的・経済的負担がきわめて大きく、それらを支える社会的資源も大幅に不足している。実際、内閣府の調査によれば、「子育てに手助けが必要な場合、あなたは誰を頼りますか」という設問に子どものいる女性の8割近くが「自分の親」をあげ、「配偶者の親」(38.1%)や「公的な子育て支援サービス」(26.6%)がこれに続く一方で、「友人」や「近所の知人」、「有料の子育て支援サービス」などをあげる人は2割に満たない(内閣府 2007)。この結果は、若い親の子育ての頼り先が、家族という私的領域か、公的領域に集中する傾向にあることを如実に示している。こうした状況は、子どもの安全や教育をめぐる社会への信頼が低下し、親が祖父母を含めた家族以外の他者に子育てを委ねにくくなっていることとも無関係ではないだろう。こうしたなか、若い世代にとって、子や孫を支える私的資源としての祖父母の重要性が次第に高まっている。
また、若い世代の働き方をみると、正規雇用者では男性を中心に長時間労働が著しい一方、経済的に不安定な非正規雇用者や働く女性が増えている。その結果、若い家族は子育てを男女でシェアできず、生活基盤の不安定化から子どもをもつことを控えたり、結婚や出産を先延ばしにする状況が続いている。日本の社会保障政策全体のバランスをみると、人生後半期に比べて人生前半期への社会保障が手薄(広井 2006)であることは確かな事実であるものの、他方では急速な高齢化によって社会保障政策全般への要請は膨らむ一方である。こうした状況下で若い世代が結婚したり、子どもをもったり、安心して子育てにのぞめるような働き方や経済状況をどう確保していくかは、日本社会が直面する最大の課題といっても過言ではないだろう。
(2)家族の「近居」戦略
先述した「私的資源としての祖父母」という点について樋口(2006)は、女性就労や離婚の増加という文脈から祖父母が子育てに果たす役割に注目し、現代を「祖母力」「祖父力」再評価の時代であると述べている。これに対して筆者の問題意識は、そうした“祖父母力”-すなわち家族という私的領域において祖父母から子世代に提供される有形無形の支援-が次世代のライフデザインに及ぼす影響力が拡大しているのではないかという懸念(北村 2006)の方にある。
また、近年、若い家族が子育てや共働きをする上で、親の支援を得やすい「近居*1」が注目されている。実際、2007年版の国民生活白書は「近居による新しい交流の形」という一節で若年層における親との近居の増加傾向を指摘している(内閣府 2007)。ここには近居する共働きの娘夫婦に食事をつくる50代女性や二世帯住宅で家族の諸行事を一緒に行う60代女性の事例等も掲載されている。つまり、家族間での子育ての共助を促す「近居」は、若い家族の子育てや共働きを支えるための有効な手段として、社会政策の観点からも大いに注目されつつあるとみてよい*2。
しかし、親子が近居したり、祖父母が孫の子育てを支援するのは、家族が単にそれを志向しているからではない。家族は子育てを支える社会的資源の不足やワーク・ライフ・バランスの欠如を補うために、「近居」という対処戦略をとっている面もあるのではないだろうか。
2.祖父母による子育て支援の実態と祖父母の意識
(1)調査概要と回答者の主な属性
1)調査概要 以上のような問題意識のもと、本研究では50~79歳の男女を対象に、孫に関する子育て支援の実態や支援の理由をたずねるアンケート調査を実施した。調査概要は図表1の通りである。本稿では、回答した780名のうち、孫がいると答えた416名の回答結果を中心に報告する。なお、これら416名の性・年齢構成は図表2の通りとなっている。
2)孫に関する主な属性 今回の調査では、回答者に複数の孫がいる場合、同居の場合を含めて最も近くに居住する孫との関係について回答を求めた(該当する孫が複数いる場合には最年少の孫)。
孫に関する主な属性をみると、性別は男性が51.9%、女性が44.2%となっている(図表省略)。孫の平均年齢は6.8歳で、「就学前」が51.4%、「小学生」が23.3%、「中学生以上」が18.3%、「その他」が2.4%であった。また、孫との居住関係は「同居」が16.3%、孫宅までの所要時間が1時間以内の「近居」が47.6%、1時間より長くかかる「遠居」が35.1%となっている。孫の続柄は「息子の子」が46.2%、「娘の子」が52.6%であり、孫の4割が回答者にとっての初孫にあたる。
(2)子育て支援の実態
はじめに、直近1年間に行った支援の実態をみる。支援した割合が最も高かったのは、祖父母とも「孫に衣類、おもちゃ、学用品などを買う」(祖父:61.0%、祖母:62.9%)であった(図表3)。祖父と祖母で順位は若干異なるものの、「数時間程度、孫を預かる」(同48.7%、50.2%)、「孫の病気や健康状態について相談にのる」(同47.6%、52.4%)、「孫のしつけや教育について相談にのる」(同33.2%、41.0%)がこれに続いている。「そのような経験はない」と答えた人は祖父・祖母とも1割に満たないことから、祖父母のほとんどが何らかの形で孫への支援を行っていると考えられる。
また、これらの支援実態を得点化してみると(図表4)、祖父母の支援には孫の母親の就労状況による差がみられない一方、祖母では祖母本人が若く、孫と近居し、孫が小学生以下である場合に多くの支援が行われていた*3。つまり、祖父母は孫の母親が専業主婦の場合にも、働いている場合と同程度の支援を行っていると考えられる。また、小学生以下の子どもがいて、祖母と近居する子育て期の家族にとって、祖母はきわめて重要な子育て資源になっているとみてよいだろう。
(3)祖父母が子育てを支援する理由
1)支援の理由 では、祖父母はどのような理由からこれらの支援を行っているのだろうか。ここでは祖父母が孫の子育てを支援している(していた)理由についてみてみたい(図表5)。
支援理由として最も多かったのは「孫がかわいいから」であり、祖父では75.1%、祖母では73.5%を占めた。他の理由に比べてこの理由は圧倒的に多く、祖父母が孫の子育てを支援する上で孫への愛情が大きな理由となっていることがわかる。
一方で、2位以下には「子どもや孫の生活をできる限り支えたいから」(祖父:40.8%、祖母:37.4%)、「孫の親の子育てが大変そうだから」(同27.8%、28.3%)、「自分も子育てを親に助けてもらったから」(同21.3%、23.3%)などの理由が続いた。孫への子育て支援の理由として孫への愛情は大きな位置づけを占めるが、そこには同時に他の多様な理由があると考えられる。
2)孫の母親の就労状況と支援理由 これらの支援理由には、孫の母親が働いている場合と無職の場合で大きな違いがみられた。図表6は、「孫がかわいいから」「孫の親の子育てが大変そうだから」(以下、「親の子育てが大変」とする)、「孫の母親が仕事と子育てを両立するのが難しいから(以下、「母親の両立困難」とする)」の3つに注目し、これらの理由をあげた人の割合を性・孫の母親の就労状況別に示したものである。これをみると、孫の母親の就労形態や祖父母の性別にかかわらず、「孫がかわいいから」をあげる人は最も多くなっている。しかし、孫の母親が働いている場合には「母親の両立困難」をあげる人が祖父では3割、祖母では4割近くを占める。孫の母親が働いている場合には、母親の子育てと仕事の両立を支えることも祖父母の支援の大きな理由になっている。
一方、孫の母親が無職の場合には、とりわけ祖母で「親の子育てが大変」をあげる人が多くなっている。孫の母親が働いていない場合、祖母は子夫婦の子育ての大変さを祖父より強く感じており、そのことも支援の理由になっていると考えられる。
次に、孫の母親が就労している祖父母に注目して「母親の両立困難」を理由にあげた人の割合を主な属性別に比較したところ、図表7のようになった。これをみると「母親の両立困難」をあげた人の割合は、50代の人や孫と同居または近居する人、孫が小学生以下の人、孫の母親がフルタイムで働く人などで高くなっている。つまり、これらの祖父母では、孫の母親の仕事と子育ての両立を支えるために子育て支援を行っている傾向が特に強いということになる。
同様に、孫の母親が無職の祖父母に注目して「親の子育てが大変」を理由にあげた人の割合を主な属性別に比較したところ、図表8のようになった。これをみると「親の子育てが大変」を理由にあげた人の割合は、60代の人や孫と近居する人、孫が就学前の人、孫の父親の帰宅時間が遅い人で高くなっている。孫の母親が働いていない場合には、母親が帰宅時間の遅い父親と子育てをシェアしにくい状況を支えることも祖母の支援の大きな理由になっていると考えられる。
(4)子育て支援と祖父母の負担
1)孫との関係に対する意識 次に、孫との関係をめぐるさまざまな意識についてみる(図表9)。孫との関係に関する10の設問のうち、そう思うと答えた人(「そう思う」または「まあそう思う」と答えた人、以下同じ)の割合が祖父・祖母とも8割を超えたのは「孫がいることに、はりあいや生きがいを感じる」(祖父:95.2%、祖母:90.8%)、「親として子育てをした頃より、精神的なゆとりをもって孫に接している」(同92.5%、95.1%)、「孫と接するとき、けがをさせたり、体調を崩させないか気を使う」(同89.3%、85.2%)の3項目であった。すなわち、ほとんどの祖父母は、孫の存在にはりあいや生きがいを感じながらも、孫との関係にはかなり気を使っているということになる。
これら10項目のうち、そう思うと答えた人の男女差が最も大きかったのは「孫の子育てに、もう少しかかわりたい」であり、祖父(47.1%)が祖母(32.8%)を15ポイント近く上回った。祖母では「孫と接すると、身体的に疲れを感じる」(48.9%)という人も祖父(43.3%)に比べて多く、祖父に比べて孫と接することに必ずしも積極的ではない人や、孫とかかわることで身体的に疲労を感じる人の割合が高い傾向にある。
2)子育て支援への積極性と支援による身体的疲労 続いて、子育て支援に対する祖父母の積極性と、子育て支援を通じた祖父母の身体的疲労感について詳細を検討するため、「孫の子育てに、もう少しかかわりたい」と「孫と接すると、身体的に疲れを感じる」の2つの設問にそう思うと答えた人の割合をそれぞれ主な属性別に比較した(図表10、11)。
まず、子育て支援に対する祖父母の積極性についてみる(図表10)。「孫の子育てに、もう少しかかわりたい」と答えた人の割合は、属性にかかわらず祖父より祖母で低い傾向にあり、孫と近居する祖母ではとりわけ低くなっている。先にもみたように、祖父では孫との居住関係によって孫への子育て支援の実態に違いがないが、近居の祖母は孫の子育ての多くをすでに担っている。このため今以上に積極的に孫の子育てにかかわりたいと考える人が少ない傾向にあると考えられる。
次に、子育て支援を通じた祖父母の身体的疲労感についてみる(図表11)。「孫と接すると、身体的に疲れを感じる」と答えた人の割合は、年齢が若く、孫と近居し、就学前の孫がいる祖母で特に高くなっている。これらの結果は、実際に孫の子育ての多くを担っている近居の祖母が、支援に対して必ずしも積極的ではないことや、祖母が若く、孫が幼い場合には、支援による身体的疲労を感じている人が少なくないことを示唆している。
3.孫がいない男女の孫の子育て支援への意識
(1)孫の子育て支援への意向
今回の調査では、孫がいないと答えた男女328名に対しても将来孫が生まれた場合に孫の子育てや教育にどのようにかかわりたいと考えているかをたずねた。その結果、最も多かった回答は男女とも「できるだけ支援したい」であり、男性では6割弱、女性では半数強を占めた(図表12)。
無回答者を除いて集計すると、「できるだけ支援したい」と答えた人は男女とも7割近くとなる(男性:69.7%、女性:66.9%)。「特に支援したいとは思わない」ないしは「わからない」という人も一部みられるが、孫のいない男女の多くが、将来的に孫の子育てを支援したいと考えているとみてよい。
(2)孫の子育てを支援しようと思う理由
ただし、「できるだけ支援したい」と答えた人が、支援したいと考えている理由についてみると、実際に孫の子育てを支援している祖父母と同様に「孫がかわいい」という理由以外の多様な理由があることがわかる(図表13)。
例えば、男性では「孫はかわいいと思うから」(64.2%)が最も多く、「親だけで子育てをするのは大変だから」(61.3%)が僅差で続いている。一方、女性では「親だけで子育てをするのは大変だから」(67.1%)が最も多く、「孫はかわいいと思うから」と「娘(息子の妻)に仕事を続けてほしいから」がいずれも45.6%でこれに続いている。つまり、女性では子育ての大変さへの共感が孫への愛情を上回る一方、娘(息子の妻)の就労継続を支えることが、孫への愛情と同等の理由としてあげられていることになる。
また、注目されるのは、「親だけで子育てをするのは大変だから」にみられる男女差が小さい一方で、「娘(息子の妻)に仕事を続けてほしいから」をあげた男性は6.6%に過ぎず、男女差が40ポイント近くに及ぶ点である。換言すれば、子世代の子育ての負担に対する共感には男女で差がないが、娘(息子の妻)が働きながら子育てをすることの難しさに対しては、女性に比べて男性の共感がかなり低いということになる。
4.子育て世代のワーク・ライフ・バランスと“祖父母力”
(1)祖父母による子育て支援の意味
以上のように、祖父母のほとんどは何らかの形で孫の子育てを支援しており、祖母では本人の年齢が若く、孫と近居し、孫が小学生以下である場合により多くの支援を行っていることが明らかになった。また、祖父母が孫の子育てを支援するのは「孫がかわいいから」という単純な理由からだけではなかった。調査結果は、孫の母親が働いている場合には仕事と子育ての両立の難しさを、孫の母親が働いていない場合には帰宅時間の遅い父親に母親が子育てを頼れない状況を、祖父母が支えていることを示唆していた。
つまり、祖父母による孫の子育て支援は、子育て期の男女のワーク・ライフ・バランスの欠如という社会的課題と決して無関係ではない。このようななか、いま、子育て期の家族とその親は近居戦略をとることでこの問題に対処しようとしている。しかし、これは若年未婚者が親と同居することで経済状況の安定化はかろうとしているのとまさに同じ構図だろう。親と同居する若年未婚者の増加は、親と同居することで豊かな独身生活を享受するパラサイト・シングル(山田 1999)の増加ではなく、経済的自立の難しい若者が親と同居することによって経済状況の安定化をはかっている状況の反映に他ならない。子育て期の家族とその親の近居戦略にも、これと同様の2つの側面があることを見逃してはならない。
未婚期から子育て期にかけての若者の経済的安定をはかり、ワーク・ライフ・バランスを改善することは、社会の持続可能性という観点からきわめて公共性の高い、喫緊の社会的課題である。若年層のライフデザインの可能性を家族の支え合いにこれ以上委ねることは、親を頼ることの難しい、私的資源が脆弱な若年層の生き方の選択肢を狭めることにもつながる。少子化の流れを変えることもできないだろう。
(2)若年層のワーク・ライフ・バランス改善と世代間関係の行方
若年層のワーク・ライフ・バランスの改善が必要という総論にはおそらく誰もが賛成する。しかし、その対処には家族外領域の世代間関係とともに、これまでの男女の働き方や家族責任を総合的に再編する視点が不可欠となる。
子育て世代はいまや、社会の変化に対応するため、あるいは仕事や子育てに対する男女の意識の変化によって、働き方や子育てをめぐる男女の役割再編を現実にはからざるを得ない状況に置かれている。翻ってシニア世代は、総じて男性が稼得責任、女性が子育ての多くを担う人生を歩んできたのであり、子世代との間には親子という私的領域においても、世代という私的外領域においても大きなねじれが横たわっている。
今回の調査結果は、そのねじれにシニア世代の男性の意識が追いついていない可能性を示唆している。なぜならシニア世代の女性は同世代の男性に比べて、働く母親のワーク・ライフ・バランスがいかに困難であるかを、孫がいる場合には実際の子育て支援を通じて、孫がいない場合には孫が生まれればそれが十分予想されることを、かなり切実に感じている。これらの結果は、若い世代で現実に生じつつある経済と子育てをめぐる男女の役割の変化を、シニア世代の男性が家族の内部の関係性においてでさえ十分には許容してはいない可能性を示している。若年層のワーク・ライフ・バランスを進めていく上で、家族外領域――例えば企業や地域社会、社会保障政策――における世代間関係を再編していくにあたり、子育て期の男女の働き方や家族責任に対するシニア男性の意識改革は大きな課題になる可能性がある。
(3)もう1つの懸念-家族に閉じていく子育て
いま、若い家族の生活基盤安定や子育てをめぐって、祖父母という私的資源の重要性が高まっていることに筆者は2つの懸念を抱いている。1つは家族という私的領域内で、祖父母から提供される有形無形の支援が次世代のライフデザインに及ぼしうる影響力が拡大している可能性についてであり、もう1つは子育ての担い手が、祖父母を含めた家族に閉じていく様相を強めていることである。子どもの安全や教育をめぐる社会への信頼が低下するなか、家族は子育てを他者に委ねることに慎重にならざるを得ない状況に置かれている。その結果、子どもは祖父母を含む家族という狭い関係のなかだけで育つ傾向をさらに強めているようにもみえる。この点について樋口(2006)は、「祖父母に頼れない家族と、孫のいないシニア世代の増加を子育て支援にどう生かすか」という興味深い問題を提起している。家族外領域においてシニア世代が社会の子育て支援にどうかかわるのか*4――この“社会的祖父母力”の行方は、筆者の後者の懸念を払拭する上できわめて重要なテーマの1つになるように思われる。(提供:第一生命経済研究所)
【注釈】 1 本調査研究では内閣府(2007)や国土交通省(2006)と同様に「近居」を所要時間が1時間以内の別居と定義している。 2 公営・公団住宅等では子育て世帯が親等と近居する場合に、かねてより当選倍率の優遇措置などが行われてきた。近年では、子育て期の家族が親と近居するために住宅を取得したり、民間の賃貸住宅を借りる場合に、初期費用や家賃補助を行う自治体(例えば東京都の千代田区や北区)も出ており、子育て支援施策として親子の「近居」を政策的に促進する動きが加速している。 3 孫と同居する女性で支援得点が低いのは孫の平均年齢が高く、支援の必要性が低いためである。孫が就学前の人に限れば、支援得点は同居が3.4点、近居が3.7点、遠居が2.2点となる。 4 この点に関する調査結果は、別の機会に報告する予定である。
【参考文献】 ・ 北村安樹子,2006 ,「近居という家族戦略」『Life Design Report(2006年11-12月号)』第一生命経済研究所:35-37. ・ 国立社会保障・人口問題研究所,2006「平成16年度 社会保障給付費」. ・ 国土交通省,2006,国土審議会計画部会第9回ライフスタイル・生活専門委員会,2006年5月23日配布資料. ・ 内閣府,2007,『平成19年版国民生活白書』. ・ 樋口恵子,2006,『祖母力』新水社. ・ 広井良典,2006,『持続可能な福祉社会「もうひとつの日本」の構想』筑摩書房. ・ 山田昌弘,1999,『パラサイト・シングルの時代』筑摩書房.
研究開発室 副主任研究員 北村 安樹子