<増加する都心居住者>

 ここ10年ほど、都心三区(千代田区・中央区・港区)の人口増加が顕著である(図表1)。その背景としては、企業等の保有資産だった土地が市場に出たことに加え、規制緩和によりマンションの高層化が進んでいることがあげられる。都心三区のみならず、いわゆる「タワーマンション」と呼ばれる超高層マンションが、今日数多く建設されている。こうした大規模なマンションでは、マンション1棟の入居戸数が数百戸~千戸以上にも及び、地域のコミュニティや学区にも大きな影響を及ぼすとされている。

「移動時間短縮型」生活はコミュニティを作るか
(画像=第一生命経済研究所)

<都心居住のライフスタイル>

 交通に便利な場所に住むライフスタイルとは、どのようなものなのだろうか。まず、日々の移動時間が短縮され、可処分時間が増加する。また、ターミナル駅へのアクセスが良いことにより、新幹線等を使って遠出するのも便利となる。さらに、東京直下型地震のような災害が生じた際、千代田区では約57万人の帰宅困難者が発生すると試算されているが、職場に近いところに居住することでこうしたリスクについても軽減できる。近年増加する共働き世帯やひとり親家庭では「常に家を守る」人がいないケースが多いが、こうしたライフスタイルの家庭でも、仕事と家事、育児や教育の時間を確保しやすくなる。保護者会やPTA 活動などのイベントにも丸1日割かずに済み、子どもの発熱などで保育園や学校から呼び出しがあってもかけつけやすい。「職・住・家族」を近接化させ、生活エリアをコンパクト化するというわけである。近くに頼れる人がいなくても、何かあれば新幹線で来た実家の親に支援してもらい、逆に遠方の親に何かあってもすぐに行かれるという利点もある。

 もちろん、都心のマンションは郊外の戸建てやマンションに比べて坪単価が高くて狭い、庭がない、散歩や戸外遊びの場所が十分にない、緑が少なくて空気が良くないなど、マイナスな側面も多々ある。しかしライフスタイルが多様化し、多忙化が進む今日、間取りや広さといった自らの所有する「居住環境」というよりは、アクセシビリティや利便性、自治体サービスといった、自分の家族の生活を最大限に効率化する「居住スタイル」を重視して住居を選択する人が増えているようだ。

<「家に住む」から「町に住む」へ>

 国民生活白書によると、近隣関係を形成するには、集合住宅であることがマイナスに作用するとされる(図表2)。実際、集合住宅の多い都会の人間関係は「隣人の顔も知らない」と指摘されることが多い。これに対し、最近の大規模マンションなどではコミュニティ形成の仕掛けがなされているものも多い。サロンや学習室、図書室、眺望を楽しめるスペースやバー、ジムやスパ、屋上ガーデンといった様々な共用スペースやサービスに加え、保育所や病院、スーパーなどが併設されているものもあり、多忙な現代人の「移動時間」を極力なくす工夫が施されているとともに、コミュニティの形成が期待されている。マイホームは少々手狭でも、共用スペースをうまく生活に組み込んで活用することで狭さを補い、かつ住人同士の交流も図ろうというのである。建物自体を「町」化することで住人同士の交流の機会や必然性を高め、コミュニティを活性化させる試みといってもよいかもしれない。

「移動時間短縮型」生活はコミュニティを作るか
(画像=第一生命経済研究所)

 大規模マンションに限らず、自分の住宅購入資金の中で自らの生活に欠かせない要件に優先順位をつけ、居住スペースの広さや自然環境といった点をある程度譲歩し、「移動時間短縮型」生活という居住スタイルを選ぶ。これは、自分や家族の「時間」確保を最優先し、「マイホーム」取得というよりは「居住地域」を得る感覚に近い。これにより自分の居住する地域は、自宅を取り巻く「周辺」というよりは自分の「生活の一部」として位置づけられ、集合住宅の共用スペースは自ら購入した「資産の一部」という思いが強くなる。当然、そこで展開されるコミュニティ活動は、他人任せで傍観すべきものではなく、強い当事者意識を持って積極的に関与し、自ら環境を整備していくものとしてとらえられる。

  また、既に形成されたコミュニティに参加するにはきっかけが必要となる。この参加の突破口の1つが「子ども」であるケースも少なくないが、子どものいない世帯や高齢世帯で都市型生活を選ぶ人も多い。これに対し、今日の大規模マンションは、町全体が一度に作られているととらえることができるので、コミュニティ自体も「参加」というよりは住人がゼロから立ち上げるケースが多い。コミュニティの「参加」にも「構築」にもそれぞれ困難はあるが、都心でコミュニティを新しく作っていくケースでは、従来、地域コミュニティにかかわりが少なかった有職男性の参加が期待できる。コミュニティの弱体化が指摘される中、人々の社会への貢献意識は高まっているとされ、NPO やボランティア活動への今後の参加意向も高い(図表3)。しかし、実際の参加の割合は低いのが実情で、その最たる理由は「活動する時間がない」からとされている(図表省略、図表3と同調査より)。職場に近いところに居住する生活になれば、当然「時間」ができ、これまで多忙を理由に参加できなかった男性も、コミュニティや地域活動に参加しやすくなると考えられる。都市型の家族参加型コミュニティが形成されつつあるととらえてもよいかもしれない。

「移動時間短縮型」生活はコミュニティを作るか
(画像=第一生命経済研究所)

 無論、実際に数百戸~千戸以上もの世帯の合意形成を行う上では、もめたりトラブルが生じたりと、人が集まれば様々な問題が生じることは必至である。また、新しく建てられたマンションと旧来の地域コミュニティとの関係も調整が必要だ。しかし、人間関係が希薄なイメージの強い都心のコミュニティが形を変えつつあるのは事実といえよう。それはディベロッパー等の住宅供給側の意図によるもののみならず、そうしたライフスタイルを選ぶ居住者自身の自発的な意思にもよるようだ。

 林立する都市型の大規模マンション。そのコミュニティモデルの今後を見守りたい。(提供:第一生命経済研究所

研究開発室 宮木 由貴子