<両立支援が業績を伸ばすという調査結果>

 わが国の少子化の要因の1つとして、特に女性にとって仕事と育児の両立が困難であることが指摘されている。女性の高学歴化や就業する職種の拡大により、就業を継続した場合に生涯に得られる賃金は増加した。しかし、仕事と育児の両立が困難で出産・育児により就業を中断することになれば、働き続けた場合に得られたであろう収入を失ってしまう。このため、就業を希望する女性は結婚・出産を先延ばしするか回避し、それが少子化の要因になっているとみられている。

 仕事と育児を両立しやすくするには、保育所の充実も必要であるが、何よりも企業における育児休業や短時間勤務をはじめとする各種の両立支援の拡充が欠かせない。現在、企業の両立支援の取組みを促すための政策的な努力がなされている。例えば、次世代育成支援対策推進法は、従業員数301人以上の企業に両立支援の拡充を記した行動計画を作成することを義務づけている。厚生労働省は、両立支援等が充実した企業を表彰したり、関連する財団を通じて両立支援に取組む企業に助成をしている。

そんな中、積極的に両立支援に取組むことは、その企業の業績を向上させるという調査結果が出てきた。例えば、2005年度に厚生労働省の委託により「両立と企業業績に関する研究会」が実施した調査(http://www.mhlw.go.jp/houdou/2006/06/h0623-2.html )では、両立支援を行っている企業の方が、従業員1人あたりの売上高や経常利益が高いことが分析されている(図表1)。両立支援の実施状況のみでみた場合、両立支援度が低い企業の1人あたり経常利益は2.2百万円であるのに対して、高い企業は3.8百万円と、約1.7倍になっている。両立支援度と男女の均等処遇を組み合わせた場合、両立支援も均等処遇の水準も低い企業と両者とも水準が高い企業の業績の差はさらに大きくなっていた。また、同データを用いた分析では、両立支援も均等処遇も水準の高い企業は、1991~2005年3月までの一人当たり経常利益が増加していた。また、労働政策研究・研修機構の「仕事と家庭生活の両立支援に関する調査」(JIL-PT 調査シリーズNO.37,2007年)では、両立支援と均等処遇の水準がともに高い企業は、それ以外の企業よりも、5年前と比較して売上高や経常利益が増えたと回答した割合が高くなっている(http://www.jil.go.jp/institute/research/2007/037.htm )。引用は割愛するが、同様の分析をして両立支援が企業業績を向上させると指摘した分析は他にもある。こうした結果をもとに、企業に積極的な両立支援の導入を求める論調が多々みられる。

両立支援は企業の業績を向上させるのか?
(画像=第一生命経済研究所)

 企業の両立支援が求められる中でその普及は難航しているが、これらの調査結果のように両立支援に取組むことが企業業績を向上させることになるのであれば、話は簡単である。両立支援を充実させることで1人あたり経常利益が1.7倍になるのであれば、国が企業の取組みを促さなくても、こうした情報を企業に提供するだけで、利益を追求する企業は進んで両立支援策を拡充するだろう。また、90年代以降、日本企業の両立支援は総じて拡充してきているが、それが効果をあげるのであれば、今頃日本企業の競争力は格段に強くなっているはずである。だが、現実は違う。なぜだろうか。

<時間の流れを見直す>

 答えを解く鍵は、時間の流れにある。先の厚生労働省委託調査をみると、調査を実施した2005年10月時点においてどのような両立支援に取組んでいるかが、調査前年度(2005年3月期)や1991~2005年3月の企業業績に影響を与えるという分析がなされている。これはある年に企業が育児休業や短時間勤務等を拡充させると、過去の業績が上がるという関係の分析になっているが、実際の時間の流れはその逆である(図表2)。いくら高度な統計分析を用いても、時間の流れを遡ることはできない。つまり、先述した分析は、両立支援が企業業績に与える影響を解明したいという意図とは異なり、いずれも「過去において業績のよい企業が、両立支援を積極的に実施している」という関係を示しているのである。

 筆者も上場企業を対象に両立支援の状況を調査した。その結果、資本金が大きい企業や売上高が高い企業において、両立支援への取組みが積極的であるという類似した結果がえられている(松田茂樹,2007,「企業の次世代育成支援策の実施状況」『Life Design Report』2007年1-2月号)。

 ちなみに、医薬品製造企業に限定されるが、両立支援策(原文はファミリー・フレンドリー施策)と企業業績の双方向の因果関係を統計的に識別した松繁(2007,「企業内施策が女性従業員の就業に与える効果」OSIPP Discussion Paper: DP-2007-J-001)は、両立支援策を実施することで女性従業員の勤続年数はのびるが、従業員1人当たり売上高は大きく低下すること、またファミリー・フレンドリー施策が生産性を向上させるという結果は観察されないことを指摘している。

両立支援は企業の業績を向上させるのか?
(画像=第一生命経済研究所)

<両立支援を普及させるためには戦略の転換が必要>

 なぜ業績のよい企業が両立支援に積極的で、悪い企業ではそれが低調なのだろうか。それは、企業が各種の両立支援を実施するためには、各種の費用がかかる上、<余剰人員>が必要だからである。育児休業や短時間勤務を充実させれば、それらの利用者の業務を代替あるいは補完するための従業員を雇っておかなければならない。育児休業の利用者は正社員に多いが、スポット的に非正規社員を雇ってその業務を代替させることは容易でない。加えて、各種制度を導入、運用するための事務処理を行う人員も必要になる。となると、企業は利益をあげるためにできるだけ余剰人員をなくそうとしているが、両立支援策を充実させるためには、多くの従業員を雇っておかなければならない。そうしなければ、育児休業等の代替要員がない状態あるいは臨時に雇用した要員はいても業務は代替できない状態となり、それは他の従業員への負荷を高めることになるからである。ちなみに、大企業で各種両立支援策の導入が先行しているが、それも経済的な力に加えて、社内に代替できる従業員が多くいることがなせる業である。

 以上のように現状をみれば、なぜ政策的な後押しがなければ企業の両立支援がすすんでこなかったかがわかる。両立支援には、各種の費用と余剰人員が必要であることが、特に体力の弱い企業を中心に、導入の障害となっているのである。もちろん、中には両立支援を実施したことで業績が向上した個別企業はあるであろうし、筆者もそのような企業が存在することを期待したい。しかし、先述した企業業績と両立支援の関係が一貫して示すのは、総じて業績がよく、経営的なゆとりがなければ両立支援の取組みまで手が回らないという現実なのである。

 現在、はじめにあげた「両立支援は企業業績を向上させる」という結果をもって、法定以上の育児休業や短時間勤務制度から、従業員のベビーシッター利用の助成、企業内保育所、子育ての手当てにいたるまで、企業はさまざまな両立支援を積極的に実施すべきであるという主張がなされている。しかし、その論拠となっている肝心の分析が業績のよい企業ほど両立支援を実施している現状を示しているのであれば、企業に過度の期待を寄せるのは禁物である。両立支援のコストを過度に企業に負わせることは、子育て期の従業員を雇用するコストを高め、企業が彼らを雇うインセンティブを下げてしまう。また、一部の経営的体力のある企業を除き、両立支援の普及を停滞させてしまう。広く企業に両立支援を普及させるためには、発想を180度転換する必要がある。

 企業における両立支援を普及させるための鍵は、それにかかるコストをいかに軽減できるか、いかに社会的に分散できるかにかかっている。紙幅の都合上、要点のみを示すが、第一に、企業は両立支援の「選択と集中」をすすめることである。現在、従業員のニーズが高いがそれが満たされていないのは、短時間勤務や看護休暇などであるため(松田茂樹,2006,「企業における仕事と家庭生活の両立支援策」『Life Design Report』2006年7-8月号)、企業はこの分野の両立支援を集中的に充実させることである。そのためには、1人でも多くの従業員を雇用することが求められる。第二に、保育や子育ての手当て等の責任は第一義的には行政にあることをふまえれば、これらの子育て支援は行政が責任を持って行い、企業に負担を求めないことである。第三に、両立支援に取組む企業に対する助成等の経済的インセンティブを拡充することである。第四に、企業に両立支援の取組みの情報公開を促すことである。選択と集中で、企業の両立支援がさらに普及することを期待したい。(提供:第一生命経済研究所

研究開発室 松田 茂樹