目次

1.研究の背景と目的
2.調査の方法
3.聴覚障害者の雇用状況
4.聴覚障害者雇用をとりまく課題
5.聴覚障害者のコミュニケーションの現状と支援
6.聴覚障害者にとっての働きやすさ
7.まとめ -より働きやすい職場づくりのために-

要旨

① 企業の聴覚障害者雇用の現状と課題を明らかにするため、職場におけるコミュニケーションに特に注目しながら、聴覚障害者に対するインタビュー調査と、上場企業および特例子会社に対するアンケート調査を実施した。

② 聴覚障害者が職場で用いているコミュニケーション方法としては、筆談と口話(読唇および発話)が上位にあがっている。

③ 企業が聴覚障害者雇用に関して感じている課題の多くは、コミュニケーションに関連している。しかし、聴覚障害者のコミュニケーションを支援するために実施していることが「特にない」と答えた上場企業は半数近い。

④ 自社が聴覚障害者にとって働きやすいと思っている上場企業は3割に満たない。働きやすいと思っている上場企業は、コミュニケーション支援や啓発・教育活動をおこなっており、聴覚障害者を比較的多く雇用している傾向がある。

⑤ 聴覚障害者が働きやすい職場づくりのためには、手話やITといったコミュニケーション手段の活用の支援や、社員の障害者に対する理解の促進などが重要であることが示唆された。

キーワード:障害者雇用、コミュニケーション、啓発

1.研究の背景と目的

 法定雇用率*1遵守の強化、CSR(企業の社会的責任)への関心の高まりなどを背景に、企業で雇用される障害者の数は近年増加傾向にある。障害の種類は多様であるが、厚生労働省の「障害者雇用実態調査」(2003)によると、従業員数5人以上の民間企業に雇用されている身体障害者は36 万9千人、うち聴覚・言語障害者は5万9千人であった。

 聴覚障害者は他の障害者に比べると、働く上で配慮すべき点が少ないと考えられがちな傾向にある。しかし、聴覚障害は“コミュニケーション障害”“情報障害”とも呼ばれ、外見上わからないゆえに理解されにくい障害であると言われている。聴覚障害者が企業で働く上でも、コミュニケーションや情報伝達の難しさが、業務遂行や人間関係構築、教育訓練などの障壁になっていると指摘されてきた。つまり、聴覚障害者の雇用に関する問題は、採用前よりむしろ採用後に存在しているといえる。こうした問題意識のもとで聴覚障害者雇用に注目した研究、特に質的な調査のみならず量的な調査をおこなった研究は少ない。

 そこで本研究では、雇用される側である聴覚障害者に対するインタビュー調査とともに、雇用する側である企業に対するアンケート調査を実施した。これらの調査では、聴覚障害者が円滑に働く上で重要な要素になっていると思われる、職場におけるコミュニケーションに特に注目しながら、聴覚障害者雇用の現状と課題を明らかにする。

2.調査の方法

 聴覚障害者に対するインタビュー調査(以下、聴覚障害者インタビュー)は、企業で働いた経験がある20~40代の男女15人を対象として、2006年6~9月に実施した。対象者の職種で最も多いのは事務職、次いで専門・技術職である。勤務先の企業の業種は製造業が最も多く、他にサービス業、情報通信業、金融業などがある。3名は特 例子会社で働いた経験がある。

 一方、企業に対するアンケート調査(以下、企業アンケート)では、図表1の通り、従業員数100人以上の上場企業、および特例子会社を対象とし、郵送で調査票を配布・回収した。調査時期は2006年11月である。

 本稿では、企業アンケートで聴覚障害者を雇用していると答えた上場企業132社と特例子会社48社の回答結果を中心に述べながら、聴覚障害者インタビューの回答結果についても随時紹介する。

 なお、企業アンケートでは、障害者雇用全般に関する質問も設けた。その結果については既に報告しているので参照されたい(水野 2007a)。

聴覚障害者の職場におけるコミュニケーション
(画像=第一生命経済研究所)

3.聴覚障害者の雇用状況

(1)雇用人数

 図表2の通り、雇用している聴覚障害者の数は、上場企業全体では「1~4人」が約3分の2を占める。従業員数別にみると、1,000人未満の上場企業では「1~4人」が約9割であるが、1,000人以上の上場企業では「1~4人」は約半数であり、「5~9人」「10~29人」もそれぞれ2割を占める。

 特例子会社では、「1~4人」が約半数であり、「5~9人」と合わせると約4分の3となる。

(2)雇用形態

 図表3の通り、聴覚障害者の雇用形態は、上場企業では「正社員」(72.0%)の割合が最も高く、次いで「パート・アルバイト」(25.0%)となっている。

 特例子会社では、「正社員」(89.6%)が約9割を占めている。「パート・アルバイト」(4.2%)や「嘱託社員」(2.1%)の割合は、上場企業よりかなり低い。

聴覚障害者の職場におけるコミュニケーション
(画像=第一生命経済研究所)

(3)職種

 図表4の通り、聴覚障害者の職種は、上場企業では「事務」(55.3%)と「生産・労務」(50.0%)がそれぞれ半数以上、次いで「専門・技術」(34.1%)となっている。それ以外はいずれも1割に満たない。

 特例子会社では、「生産・労務」(50.0%)の割合が最も高く、「事務」(41.7%)、「専門・技術」(33.3%)が続く。「サービス」(18.8%)の割合は、上場企業の6.8%より12ポイントも高い。

聴覚障害者の職場におけるコミュニケーション
(画像=第一生命経済研究所)

4.聴覚障害者雇用をとりまく課題

 聴覚障害者を雇用する上での課題と感じていることを、企業に自由回答形式でたずねた結果を図表5に示す。

 回答の中で、キーワードとなっていたのは“コミュニケーション”であった。コミュニケーションが困難なために、意思の疎通がしにくい。また、情報が正確に伝わらないために、仕事に支障が生じたり、誤解が生まれたりしている。また、会話だけでなく、音声放送やサイレンなどの音声情報も伝わらない。

 コミュニケーションが十分できないことから派生している課題としては、人間関係が構築しにくいことと、職種や配属先が限定されがちなことがあげられている。特に、小売業やサービス業は、顧客と聴覚障害の社員とのコミュニケーションが難しいととらえている。こうした意識が、サービスや販売の仕事に就く聴覚障害者の少なさ(前述の図表4参照)にもつながっていると思われる。

 コミュニケーションを円滑にするための課題としては、聴覚障害者の周囲にいる社員や会社全体の理解の促進があげられており、その一つの方策として社員への手話の普及も含まれている。また、面談などの機会や、アドバイザーなどの相談体制の充実も必要とされている。

 次に、聴覚障害者インタビューであげられた課題について述べる。聴覚障害者の回答でも、職場でのコミュニケーションが難しく、それが人間関係に影響していること、またその改善のためには周囲の理解が必要なことが示唆された(コミュニケーションそのものの難しさについては10頁5(3)で詳述する)。

 例えば、多くの聴覚障害者は、昼食や終業後のいわゆる飲み会などに健聴者と行っても、お互い気を遣うし会話の輪にも入りにくいので、あまり一緒には行かないと答えている。また、あいさつされたことに気づかなかったら苦情を言われた、など周囲の人が聞こえないことを理解していないために、誤解が生じた例もある。それ以前の 問題として、対等に扱われない、見下されていると感じるなど、障害のある社員に対する意識の低さをうかがわせる回答もあった。

 逆に、同僚がコミュニケーションの方法を工夫してくれるので、手話や電子メールが使えなくても何とかなった、という回答にみられるように、周囲の理解があればコミュニケーションの壁が低くなることもある。また、障害など多様な特性のある人への配慮を当たり前と考える社風が職場の雰囲気に影響している、と感じている人もいた。会社そのものの姿勢も重要であると考えられる。

聴覚障害者の職場におけるコミュニケーション
(画像=第一生命経済研究所)

5.聴覚障害者のコミュニケーションの現状と支援

 前章では、聴覚障害者が企業で働く上での課題にはコミュニケーションが関係していることが示された。そこで本章では、職場におけるコミュニケーションの現状と、それを支援するためにおこなわれていることについて述べる。

(1)コミュニケーションの現状

 図表6の通り、聴覚障害者が職場で用いているコミュニケーション方法は、上場企業では「手書きでの筆談」(75.8%)が最も多い。次いで、口話と呼ばれる「読唇」(66.7%)と「発話」(54.5%)の割合が高い。「電子メール」(51.5%)や「聞き取り」(47.0%)も約半数を占めており、これに次いで聴覚障害者の代表的なコミュニケーション方法として一般的に認識されている「手話」(40.9%)があがっている。「電子メール」以外のパソコンを使ったコミュニケーション方法である「パソコンでの筆談」( 22.0 % ) や「チャット」(6.8%)は少ない。

聴覚障害者の職場におけるコミュニケーション
(画像=第一生命経済研究所)

 特例子会社でも、上位3項目は上場企業と同様に「手書きでの筆談」(83.3%)、「読唇」(79.2%)、「発話」(75.0%)である。ただし、4位に「手話」(68.8%)があがっている点は、上場企業と異なる。

(2)コミュニケーション支援

 聴覚障害者の職場でのコミュニケーションや情報入手を支援するために企業がおこなっていることをたずねた。

聴覚障害者の職場におけるコミュニケーション
(画像=第一生命経済研究所)

 図表7の通り、上場企業では「特にない」が48.5%となっている。つまり、コミュニケーションの円滑化を課題と考える企業が多い一方で、半数近くの企業はそのための方策を何もおこなっていない。

 おこなっている割合が比較的高いのは「手話通訳の派遣」(22.0%)、「手話講座・サークルの設置・支援」(18.9%)という手話関連である。これに「筆談用具の配布」(14.4%)、「電子メールでの聴覚障害者向けの情報提供」(10.6%)が続く。これら4項目以外は1割にも満たない。

 特例子会社では、「手話通訳のできる社員の配置」(54.2%)の割合が最も高く、上場企業と大きな差がある。これに次ぐ「手話通訳の派遣」(39.6%)、「手話講座・サークルの設置・支援」(35.4%)の割合も上場企業よりかなり高い。図表6で「手話」を使うと答えた割合が上場企業に比べて特例子会社で高かったことも、周囲に手話のできる社員が多いことと関係していると思われる。一方、上場企業と同様、特例子会社においても「要約筆記(パソコン要約筆記を含む)の派遣」は全くおこなわれていない。

 図表7で「手話通訳の派遣」をおこなったと答えた企業の数は少ないが、それらの企業が過去1年間のどんな場合に手話通訳を派遣したかを図表8に参考として示す。

聴覚障害者の職場におけるコミュニケーション
(画像=第一生命経済研究所)

 上場企業では「研修」(69.0%)が最も多く、次に「全社的行事」「人事面談」(それぞれ34.5%)となっている。「部署内の会議」「朝礼」(それぞれ6.9%)といった日常的な会合への派遣は少ない。

 特例子会社では、「全社的行事」「人事面談」(それぞれ47.4%)や「研修」(42.1%)が4割台となっている。

(3)コミュニケーションの現状と支援の具体例

 聴覚障害者インタビューでは、職場でのコミュニケーションの現状や支援についてたずねた。また、企業アンケートでは、図表7であげた項目以外でコミュニケーションを支援するためにおこなっていることを自由回答形式でたずねた。それらの結果を図表9でコミュニケーションの手段別に示す。

 図表6の結果と同様、聴覚障害者インタビューでも、口話と筆談が主なコミュニケーション手段としてあげられた。多くの聴覚障害者は、会話の内容や相手によって、口話と筆談を使い分けている。例えば、相手の口の動きが読み取りにくいときや、話の内容が複雑なときなどは、より確実性の高い筆談を使う。一方、企業の側も筆談用のメモやホワイトボードなどを活用していると述べている。

 インタビューをおこなった聴覚障害者は全て、手話を知っている。その多くは手話を最もコミュニケーションしやすい手段と考えており、本音としては仕事でもっと手話を使いたい、周囲の人にもっと手話を覚えてほしいと思っている。また、会議などでの理想的な情報保障の方法としても、手話通訳をあげている。

 聴覚障害者の中には、同僚に手話を教えている人もいる。また企業も、図表7の「手話講座・サークルの設置・支援」以外に、朝礼や昼休みなどに自主的な手話の学習機会を設けていると答えている。

 ただ現状では、職場で手話を使う機会はさほどない。周囲に手話を知っている人がいても、その多くはあいさつ程度にとどまっている。また、手話に興味を持つ健聴者も多くない。図表6の結果では、約4割の上場企業が「手話」をコミュニケーション手段として使っていると答えていたが、その手話のレベルは必ずしも高くないことが想像される。

 障害が軽度(難聴)の人は、音声を聞き取ることもある。企業側からは、難聴者に関しては特に問題がない、という旨の回答があった。一方、聴覚障害者側には、音が少し聞こえたり発音が明瞭だったりすると、健聴者と同じように聞こえると思われ、かえって誤解を受けやすいという悩みを持つ者も少なくない。難聴者に対する配慮の必要性に、企業側が気づいていない可能性がある。

 IT(情報通信技術)の中で電子メールは、社外の人との間では活用されている。一方、社内の人との間ではさほど使われておらず、使える環境にない者もいるが、もっと使いたいという意向は強い。チャットを利用したことがある者は少ないが、良いコミュニケーション手段だと評価している。

 図表6で「電子メール/電子掲示板での聴覚障害者向けの情報提供」をおこなっていると答えた企業は少なかったが、聴覚障害者インタビューの対象者が勤める企業では、電子メールや電子掲示板で社内放送の内容を知らせている例があった。また、企業アンケートの自由回答では、パソコンのほか携帯電話、ファックスなども、平常時・非常時の連絡手段としてあげられている。

 次に、研修や会議などの会合でのコミュニケーションに焦点を当てる。図表7の結果と同様、聴覚障害者インタビューでも、研修や全社的な集まりのように規模の大きい会合の際には、手話通訳が付く場合があるとの回答を得た。参加者が一定数以上の会合では手話通訳等の派遣を要請できる制度がある企業もある。

 一方、部署内などでおこなわれる会議が最も困るという聴覚障害者の意見は、極めて多かった。会議の前後に補足説明を受けたり資料を渡されたりする、会議中に健聴者が内容を要約して書く、などの方法がとられることはあるが、十分な情報は得にくい。特に、複数の人が同時に話し始めると、内容の理解が難しくなる。また、筆談だと情報入手が遅れるため、発言のタイミングもつかめない。会議での手話通訳派遣を希望する者は多く、実際に会社に頼んだ者もいるが、いずれも却下されている。

 研修や会議などの会合におけるITの活用例としては、議論が必要な研修でチャットを使ったケースがある。また、会議では、健聴者が議論の内容をパソコンに逐次入力(パソコン要約筆記)したり、発言内容の要点をプロジェクタで映し出したりすることもある。後者がおこなわれるようになったきっかけは、聴覚障害者に特別に配慮したためではなく、視覚的に情報を示すことが所属部署で推奨されたためであるが、結果的には聴覚障害者の情報入手に役立っている。また、eラーニングのシステムも、聴覚障害者のために設けられたわけではないが、聴覚障害者にとって便利な研修方法となっている。

聴覚障害者の職場におけるコミュニケーション
(画像=第一生命経済研究所)

6.聴覚障害者にとっての働きやすさ

 企業に対し、自社が聴覚障害者にとって働きやすいと思うかをたずねた。図表10の通り、上場企業では「どちらともいえない」(50.8%)が約半数を占め、働きやすいと思う(「そう思う」+「どちらかといえばそう思う」)は28.8%と3割に及ばない。一方、特例子会社が働きやすいと思う割合は66.7%であり、上場企業よりかなり高い。

 次に図表11には、上場企業が働きやすいと思うと答えた割合を、各項目別に示す。従業員数別では、1,000 人以上の企業(26.4%)より1,000人未満の企業(33.3%)の方が若干高い。

 雇用している聴覚障害者数別では、5人未満の企業(20.9%)より5人以上の企業(43.5%)の方が20ポイント以上高い。

 図表7でたずねたコミュニケーション支援の実施状況別では、実施していない企業より実施している企業の方が20ポイント以上高い。さらに、実施している項目数別にみると、3項目以上の企業における割合がかなり高い。

 聴覚障害に関する啓発・教育活動の実施状況別では、実施していない企業より実施している企業の方が11ポイント高い。

 CSRという考え方の重視度別では、ほとんど差がない。一方、ノーマライゼーション、ダイバーシティという考え方の重視度別では、それぞれ重視していない企業より重視している企業の方が12ポイント程度高い。

 まとめると、聴覚障害者にとって自社が働きやすいと考えている企業は、聴覚障害者を比較的多く雇用し、コミュニケーション支援や啓発・教育活動を実施し、ノーマライゼーションやダイバーシティといった考え方を重視している企業に多い。

7.まとめ -より働きやすい職場づくりのために-

 聴覚障害者が企業で働く上では、コミュニケーションの円滑化が重要な課題となっており、そのためにはコミュニケーションを支援する取り組みや、周囲の理解促進が重要であることが、企業アンケートの自由回答や聴覚障害者インタビューからは示唆された。また、企業アンケートでは、コミュニケーション支援のあり方や、社員の理解を促進するための啓発・教育活動の実施状況や企業の考え方が、聴覚障害者の働きやすさに関係していることも明らかになった。すなわち、聴覚障害者の職場でのコミュニケーションを円滑にし、働きやすい環境をつくるためには、企業によるコミュニケーション支援と社員の理解促進が特に重要であるといえる。

 そこで以下では、これら2点についての現状と課題をまとめる。

(1)手話とITの両輪によるコミュニケーション支援

 聴覚障害者の職場でのコミュニケーション手段は、現状では口話と筆談が中心になっている。しかし、口話は正確さなどの面で限界があり、筆談は会議などの場で十分な情報を得る手段にはならないことが、聴覚障害者インタビューでは指摘された。

 こうした問題を解消するためのコミュニケーション方法の一つは、手話である。手話を使う聴覚障害者にとって、手話は最もコミュニケーションしやすい手段であることが多い。聴覚障害者が手話でのコミュニケーションを望む場合は、手話通訳の派遣等による情報保障をおこない、健聴の社員にも手話を普及することが理想的といえる。

 ただ、手話通訳を頻繁に派遣することは費用などの点で難しい場合がある。また、社員への手話の普及も一朝一夕には実現しない。そこで、手話とともに活用することを提案したいのは、パソコンなどのITである。

 現状では、ITは電子メールに代表される一般的な連絡手段以上の使い方、聴覚障害者のいる職場ならではの使い方はあまりされていない。しかし、企業アンケートの自由回答や聴覚障害者インタビューの回答には、会議等でのプロジェクタの活用、チャットの導入、音声放送に関する情報の社内LANでの提供など、具体的な好事例もあった。また、健聴の社員向けにパソコン要約筆記講座を開き、パソコン要約筆記の普及に取り組んでいる企業もある(水野 2007b)。これらの事例は、ITの活用方法を考える上でヒントになるだろう。

 また、ITを使って音声の情報を文字や画像などの視覚的な情報で補完することは、聴覚障害者のみならず他の社員の理解にも役立つ、いわばユニバーサルデザイン的な情報提供の方法といえる。ITをコミュニケーション手段として有効利用することは、高齢者雇用の拡大に伴って増加するであろう、加齢による難聴の社員に対応するためにも、これからの時代ではますます重要になると思われる。

(2)多様性を理解するための土壌づくり

 以前報告したように(水野 2007a)、障害者理解のための啓発・教育活動はあまりおこなわれていない。また、ノーマライゼーションやダイバーシティといった考え方を重視している企業も少ない。まずは、聴覚障害を含めさまざまな障害や特性のある社員に対する理解を深めるための基礎的な考え方や知識を浸透させ、皆が働きやすい職場の土壌づくりを進めることが必要である。

 さらに、聴覚障害に関していえば、現状ではほとんどおこなわれていないコミュニケーション方法に特化した啓発・教育活動も、もっと実施されるべきだろう。また、そのための教材等の開発・普及も望まれる。

 聴覚障害者の職種や配属先が限定されがちであることは課題となっており、実際の職種も事務系か生産・労務系に偏っている。しかし、聴覚障害者が展示会などにおいて手話で自社製品を案内するサービスをおこなっている企業の事例(水野 2007b)もあるように、聴覚障害者の仕事の範囲を広げることは工夫次第で可能である。

 また、聴覚障害者が社外の人と仕事をしたり、顧客と接したりする場合は、社内の人間のみならず社会の理解も必要となる。社会全体の意識を高めていくことも、今後の大きな課題として残されている。(提供:第一生命経済研究所

【謝辞】
 調査にご協力いただいた方々に、誌面を借りて心よりお礼申し上げます。

【注釈】
*1  従業員数56人以上の民間企業は、労働者の1.8%に相当する人数の障害者を雇用することが法律で義務付けられている。

【参考文献】
・厚生労働省「平成18年6月1日現在の障害者の雇用状況について」2006年
・高齢・障害者雇用支援機構,2006,『重度障害者(聴覚障害者)の職域開発に関する研究Ⅱ』.
・水野映子,2007a,「企業の障害者雇用に対する姿勢」『Life Design Report(2007.3-4 月号)』.
・水野映子,2007b,「企業の聴覚障害者活用への取り組み事例」『Life Design Report(2007.7-8 月号)』.

※視覚障害のある方などが本稿のテキストデータを必要とされる場合は、当社までご連絡下さい。

研究開発室 副主任研究員 水野 映子