企業で働く障害者が年々増える中、雇用されている障害者の能力を引き出し活かすことがますます重要になっている。障害者の中で聴覚障害者は、コミュニケーションや情報入手が難しく、またその障害特性が理解されにくいゆえに、仕事の範囲が限定されたり、業務を円滑に進められなかったりすることが課題となっている*1。ここでは、そうした問題を解決する上で参考となる一般企業の取り組み事例を紹介しよう。

<日立の事例:手話スタッフによる製品案内サービス>

 株式会社日立製作所(以下「日立」)は、自社製品を手話で案内するサービスをおこなっている(写真1)。このサービスは2005年6月の開始以来、ショールーム「日立ユビキタススクエア横浜」で月1日(午前・午後に各2時間)実施している。また、国際福祉機器展などの展示会にも参加している。

 手話で案内するスタッフ(手話スタッフ)は現在9名おり、全員が聴覚障害のある社員である。手話スタッフは専任ではなく、ふだんは別の業務に従事しながら、手話案内サービスに携わっている。

 これまでに手話案内サービスを受けた顧客は、聴覚障害者の関連団体や手話サークル、ろう学校などである。1回に案内する顧客の定員は原則として20名であるが、それを上回ることもある。

 聴覚障害のある顧客は、一般の店ではコミュニケーションが難しく、十分な情報を得られないことが多い。そのため、詳しく説明が受けられる手話案内サービスは、顧客から好評を得ている。

企業の聴覚障害者活用への取り組み事例
(画像=第一生命経済研究所)

 また、聴覚障害のある社員が手話案内サービスを自ら企画・運営し、会社に貢献できる機会を得たことは、彼ら自身のモチベーションを高め、満足度の向上にもつながっているという。手話スタッフは、顧客の生の声に直接触れ、また自らも利用者であるという立場から、自社製品のユニバーサルデザインに関する提案もおこなっている。

 手話案内サービスは社内でも認知されつつあり、06年には日立のブランドイメージ向上に貢献したとして社内の賞も受賞した。また、手話スタッフの活躍を他の社員が目にする機会が増えるにつれ、聴覚障害者に対する理解も高まっている。

<富士通の事例:パソコン要約筆記による支援>

 次に、聴覚障害のある社員の業務における情報入手をサポートする取り組みとして、パソコン(以下「PC」)要約筆記の活用を図っている事例について述べよう。PC 要約筆記とは、会合などで話された内容を健聴者(耳が聞こえる人)が要約してPC に入力し、聴覚障害者がPC の入力画面を直接見るか、またはそれをプロジェクタでスクリーンに映し出して見る(写真2)ことによって情報を得る方法である。

 富士通株式会社(以下「富士通」)は、社内教育プログラムの一環として、健聴の社員を対象とするPC 要約筆記講座を実施している*2。この講座の主な目的は、聴覚障害者が配属されている部署の健聴者が、少ない負担で日常的にPC 要約筆記をおこなえることにある。そのため講座の内容も、短時間で効率的に最低限の知識と技術を習得できることに重点を置いている。

 講座は05年7月に始まり、07年5月までに計12回実施した。受講者は社内全体から広く募集しているが、最近では聴覚障害者のいる部署からの依頼で出講することが多い。

 半日(約4時間)の講座では、まず聴覚障害に関する基礎知識を学ぶ。受講者はeラーニングを通じて予習した内容を復習するとともに、同社に勤務する聴覚障害者のインタビュー記録を視聴する。

 続いてPC 要約筆記の手法に関する講義では、座学と実習をおこなう。実習の前半では、あらかじめ録音してある音声(構内放送および打ち合わせの会話)を聞き、要約して入力する練習をする。後半では、4人1組のグループに分かれ、うち1人が耳栓とヘッドホンを着用して聞き取りにくい状態になり、2人がPC 要約筆記を担当(1人がメイン、もう1人がサブ)しながら、擬似的な打ち合わせをする(写真3)。PC 要約筆記の担当者も含め全員が話し合いに参加することを前提としているため、メインの担当者が発言している際はサブの担当者がその発言を入力する。

 PC 要約筆記の技術の学習もさることながら、インタビュー記録の視聴で聴覚障害のある社員の生の声に触れたり、受講者自らが難聴状態になったりする体験は、健聴者が聴覚障害者の気持ちを理解し、情報保障の重要性を認識する上で効果的とのことである。

 講座後の受講者に対するアンケートでは、聴覚障害のある社員が打ち合わせに出席し内容を把握できるようになった、PC 要約筆記がしやすいように発言者が要点を絞って簡潔に話すので打ち合わせの時間が短くなった、入力した内容が議事録として残るので健聴の社員にも役立った、といった声が寄せられている。

企業の聴覚障害者活用への取り組み事例
(画像=第一生命経済研究所)

<事例にみる聴覚障害者活用の可能性>

 接客の業務は、一般的には聴覚障害者には不向きだと思われており、実際に従事している聴覚障害者も少ない*3。そうした中で、聴覚障害者を案内スタッフとして登用している日立の事例は興味深い。接客業に限らず聴覚障害者が就ける業務の幅は、それに対する固定観念をなくし発想を変えれば、工夫次第で拡大できると考えられる。

 また、PC 要約筆記の普及を図っている富士通の事例も注目に値する。PC 要約筆記は現状では企業内でほとんど使われていない*4が、その活用が聴覚障害のある社員の情報入手ひいては業務遂行を支援し、さらには健聴の社員にも役立つことが示唆されている。

 いずれの取り組みも、聴覚障害者の能力を活かすためのシステムを提供するとともに、健聴者の聴覚障害者に対する理解を促すきっかけにもなっている。ここであげた事例は企業の取り組みの一部に過ぎないが、こうした事例を参考に、より多くの企業が聴覚障害者、健聴者の双方にとって働きやすい職場づくりを進めることに期待したい。(提供:第一生命経済研究所

*1:聴覚障害者雇用の現状と問題については、上場企業および特例子会社へのアンケート調査を通じても明らかにしている。結果については、当社リリース資料『企業の障害者雇用に関する調査』(http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/ldi/news/news0703.pdf )に概要を掲載しているほか、本レポートにおいて追って詳細を紹介する予定である。
*2:この講座については、2006年10月に開催された「国際ユニヴァーサルデザイン会議2006」において、「職場における情報保障の向上~PC 要約筆記を中心とした社内教育講座の開発~」と題して発表されている。
*3:*1で述べたアンケート調査によれば、聴覚障害者を雇用している上場企業132社のうち、「サービス」「販売」の業務に携わっている聴覚障害者がいる企業はそれぞれ6.8%、5.3%に過ぎなかった。
*4:*3で述べた上場企業のうち、「要約筆記のできる社員の配置」をおこなっている企業は1.5%、「要約筆記の派遣」をおこなっている企業は皆無であった。

研究開発室 水野 映子