要旨
① 上場企業における次世代育成支援策の現状を調査した。次世代育成支援策の中で、企業の実施率が高いのは「産・育休の情報提供と支援」と「育児休業」関連の施策である。一方、実施率が低いのは「子育て支援」「勤務時間」「働き方の見直し」関連の施策である。産休や育休という一時的な子育ての支援策は比較的充実しているが、産休・育休が終了した後の日々の両立支援にかかわる施策は相対的に実施率が低い傾向がある。
② 次世代育成支援策は、従業員の必要性よりも経営的ゆとりによって実施されている傾向がある。従業員の年齢や女性比率にかかわらず、資本金が大きく従業員数が多い企業、すなわち大企業が各種施策を実施している。次世代育成支援を推進するためには、規模が小さい企業におけるこれらの施策の導入が課題である。また、従業員の年齢構成等からみて必要性が高いと思われる企業における次世代育成支援策の充実が求められる。
③ 多くの企業において次世代育成支援に取り組むことは、社員の退職率の低下やストレス緩和、ブランド・イメージの向上等に寄与するため、自社にとって利点があると認識されている。しかし、その一方で、次世代育成支援策を実施することの費用的な負担は小さくない。次世代育成支援策が企業自身の利益にもなるとはいえ、こうした取り組みを行う積極的な企業の経済的な負担に対する配慮は、社会的な次世代育成支援を一層推進するための課題である。
1.研究の目的
現在わが国は深刻な少子化を経験している。少子化を引き起こしている要因のひとつに仕事と家庭の両立が難しい雇用環境の問題があるとみられており、少子化対策として従業員の両立環境の整備が求められている。こうした認識を背景に、2003年に少子化社会対策基本法および次世代育成支援対策推進法が成立した。少子化社会対策基本法は、「子どもを生み、育てる者が真に誇りと喜びを感じることのできる社会」の実現をめざし、雇用環境の整備や保育サービスの充実等の基本的施策を規定している。次世代育成支援対策推進法は、従業員の仕事と子育ての両立を支える雇用環境を整備することを目的として、従業員数301人以上の企業に2005年度から10年間の子育て支援の具体的な行動計画の策定を義務づけている。従業員数300人以下の企業も、同様の計画を作成する努力義務がある。企業が次世代育成支援に取り組むことは、従業員の両立環境の改善につながるほか、企業イメージの向上という利点があるといわれる。しかし、各種制度の整備はコスト増になる上、企業が実施できる施策に限りがある中で、多様な従業員のニーズに合致した制度を完備することができるかという問題もある。
以上の点を背景に、本稿では、上場企業に対するアンケート調査をもとに、次世代育成支援の実施状況、その実施度の規定要因、次世代育成支援に取り組むことの効果と課題を探る。
2.調査概要
分析に使用したのは、当研究所が2005年9月に実施した企業に対するアンケート調査のデータである。調査概要は以下のとおりである。
対象者:上場企業の人事部長
標本抽出法:従業員数301人以上の上場企業から無作為抽出
調査方法:郵送配布・郵送回収
標本数・有効回収数(率):2,000社、113社(5.7%) 分析対象企業の業種は、製造・建設・鉱業・水産67社、運輸・通信13社、商業19社、金融・サービス14社である。従業員数は、500人未満が24.8%、500~1,000人未満が28.3%、1,000人以上が46.9%である。
調査時点において、次世代育成支援策をまとめた一般事業主行動計画を「既に策定済み」であった企業は90.3%、「策定中」が4.4%、「わからない」が14.5%である。「策定中」や「わからない」と回答した企業においても、実質的に各種の次世代育成支援策が実施されていたため、以下では回収された全サンプルを対象に分析を実施した。
3.次世代育成支援策の実施状況
具体的な次世代育成支援策の実施状況が図表1である。育児休業、勤務時間、子育て支援、産・育休の情報提供と支援、働き方の見直しの5分野22項目の支援策が、「①一般事業主行動計画(以下「行動計画」とする)に含めた内容」「②行動計画にはないが、既に実施済みの施策」「③行動計画になく、未実施の施策」であるかを尋ねた結果である。行動計画では、未実施の施策・目標を計画に盛り込むため、既に実施済みの施策は行動計画の対象外になる。
(1)育児休業
育児休業についてみると、育児休業法を上回る期間または回数の育児休業制度は、52.8%の企業が実施(「行動計画に含めた内容」+「行動計画にはないが、既に実施済みの施策」)しており、うち16.7%が行動計画に含めている。育児休業法では、労働者は、子どもが1人につき1回、原則として子どもが1歳に達するまでの連続した期間について休業を取得することができる。また、保育園に子どもを入園させることができない場合等は、子どもが1歳半に達するまで休業することが可能である。2社に1社が、この法定を上回る回数または期間の制度を実施していることは注目される。
男性の育児休業の取得促進(1名以上の取得)を目標として行動計画に含めた企業は約4割にのぼる。女性の育児休業取得率を70%以上に引き上げることを目標として行動計画に含めた企業は32.4%、既に実施済みの企業を含めた割合は64.8%である。
(2)勤務時間
育児休業法では、3歳未満の子どもをもつ社員に対して、短時間勤務制度、フレックスタイム制度、始業・終業時刻を繰り上げまたは繰り下げる制度、所定外労働をさせない制度のいずれかを講じることが企業に義務づけられている。3歳から小学校就学前の子どもをもつ社員に対しては、以上の施策は努力義務である。この点をふまえて、本調査では、3歳から小学校就学前の子どもをもつ社員に対する勤務時間の短縮措置等の実施状況を尋ねた。これらの制度は努力義務であるが、実施している割合は、短時間勤務制度が47.7%、フレックスタイム制度が27.7%、始業・終業時刻を繰り上げまたは繰り下げる制度が36.9%、所定外労働をさせない制度が44.1%にのぼる。
(3)子育て支援
子育て支援にかかわる施策の実施率は低い。法定の年5日を上回る子どもの看護休暇制度の導入を実施している割合は27.7%で、うち行動計画に含めた企業は12.5%である。その他の施策を実施している割合は、事業所内託児施設が2.7%、子育てサービスの費用に対する援助が18.8%、子育てを行う社員の社宅への入居に関する配慮が8.1%、子育て費用の貸付が20.7%、勤務地、担当業務の限定制度が19.7%である。これらの施策の実施率が低いのは、直接的な出費を伴う性格であるためともみられる。
(4)産・育休の情報提供と支援
産・育休の情報提供と支援は、次世代育成支援策の中で、企業が実施している割合および行動計画に含めた割合が最も高い施策である。いずれの施策も、実施している企業の割合は半数を超えている。最も高いのは、育児休業や時間外労働・深夜業の制限の周知、情報提供、相談体制の整備であり、約8割の企業が実施している。
(5)働き方の見直し
働き方の見直しの項目は、実施割合が高い施策とそうでない施策の差が大きい。実施している割合が高い施策は、ノー残業デーの導入や年次有給休暇の取得促進である。短時間勤務や隔日勤務やテレワークは、実施している企業は少数にとどまる。
(6)次世代育成支援策の分野別の特徴
各分野における1指標平均の実施割合を比較した結果が図表2である。この値は、図表1の各施策を、実施している場合は1点、未実施の場合は0点を与えて、分野ごとに得点を合計した上で、各分野の項目数で割り、1項目あたりの平均実施度を算出している。実施度が高いのは、産・育休の情報提供と支援および育児休業であり、低いのが子育て支援である。
4.次世代育成支援策の実施度の規定要因
全施策の得点を合計して、得点が高いほどその企業における次世代育成支援が充実していることをあらわす尺度を作成した。企業の資本金、従業員数、従業員女性比率、従業員平均年齢とこの尺度の関係をみたものが図表3である。
資本金が大きい企業ほど、また従業員数が多い企業ほど、実施度が高い。すなわち、大企業ほど次世代育成支援策が充実しており、規模が小さい企業では充実していないといえる。大企業ほど経営的なゆとりがあるため、各種施策を導入しやすいことから、こうした差が生じるものとみられる。
一方、従業員の次世代育成支援策へのニーズは、現状においてそれを利用する可能性が高い女性や若い世代が多い企業において高いことが想定される。しかしながら、従業員女性比率が高い企業や従業員平均年齢が若い企業で、次世代育成支援策が充実しているという関係はみられない(正社員女性比率についてみても、この関係は同様である)。
以上の結果から、企業における次世代育成支援策の導入は、<従業員の必要性>よりも、<経営的なゆとり>から決まっている傾向が強い可能性が示唆される。次世代育成支援を推進するためには、規模が小さい企業におけるこれらの施策の導入が課題であるといえる。また、従業員の年齢構成等からみて必要性が高いと思われる企業における次世代育成支援策の充実をすすめることも課題である。
5.次世代育成支援策の効果に対する認識
次に、企業が、次世代育成支援策を実施することに対してどのような効果を期待し、またどのような点を問題として受け止めているかを調査した結果を示す。
次世代育成支援策を実施することが自社に及ぼす効果を尋ねた結果が図表4である。次世代育成支援を実施することで、直ちに各種の効果が出ると考えている企業は少数である。しかしながら、多くの企業は、次世代育成支援策は将来的に効果があらわれるものと考えている。具体的な施策についてみると、社員の退職率の低下やストレスの緩和については、効果が期待できると考えている企業が特に多い。ただし、3~4割前後の企業は、各施策について「効果は期待できない」と回答している。
次世代育成支援策を実施することの問題点が図表5である。各種施策を実施するための経営的な負担が大きいと答えた企業(「あてはまる」+「どちらかといえばあてはまる」)は46.0%、各種施策を実施することで得られる経営的なメリットがないと答えた企業は40.7%である。
6.公的機関に対する期待
最後に、次世代育成支援をすすめるにあたって、企業が公的機関に期待していることが図表6である。「次世代育成支援が一定水準に達した企業への税制優遇」をあげた企業が61.1%で最も多く、次いで「次世代育成支援に関する情報提供」(38.1%)、「企業が次世代育成支援について相談できる窓口の設置」(23.9%)などとなっている。先にみたように、各種施策を実施するための経営的な負担が大きいと答えた企業は2社に1社にのぼるため、そうした経費の負担軽減を求める声が多く出ている。認定制度は現在すすめられているが、企業側の期待は高くはないようである。
7.企業の次世代育成支援策を充実させるための課題
企業における次世代育成支援の現状を分析した結果、第一に、企業の実施率が低いのは「子育て支援」「勤務時間」「働き方の見直し」の分野の施策である。従業員の両立支援のためには、実施率が低い分野の施策の充実が求められる。
第二に、企業の次世代育成支援策は、従業員の必要性よりも経営的ゆとりによって実施される傾向が強いとみられる。次世代育成支援を推進するためには、経営的ゆとりが少なく規模が小さい企業におけるこれらの施策の導入が課題である。
第三に、次世代育成支援は企業にとってもメリットがあることから企業の自主的な取り組みが求められるものの、それに加えて、社会全体の次世代育成支援のために、こうした企業の取り組みを財政的に後押しする社会的仕組みを整えることも課題である。社会全体の次世代育成支援のためには、さまざまな支援策が、現状において実施率が低く経営的ゆとりの少ない企業にまで広がることが求められる。経営的ゆとりがある企業ばかりこうした支援策の導入がすすむ状況になれば、そうした企業に就職できた者―多くは高学歴とみられる―は育児期にも就労をつづけることが可能になり、家計も安定するのに対して、そうした企業に就職できない者は育児期には離職せざるをえず、家計も不安定になるというように、階層格差を拡大させることが危惧される。財政的支援には、次世代育成支援に対する助成金や低利融資など各種の方法がありうる。現在の財政事情は決して余裕があるものではないが、次世代育成支援も時間との戦いである。その取り組みに積極的な企業を後押しする支援の充実が望まれる。(提供:第一生命経済研究所)
【謝辞】 本調査にご回答いただいた企業の方に厚く御礼申し上げます。
研究開発室 副主任研究員 松田 茂樹