<低下した男性の育休取得率>

 現在、政府は、少子化対策のために、男性の育児休業(以下「育休」)制度の取得を推進している。政府は、「子ども・子育て応援プラン」(2004年12月)において、10年後までに育休取得率を男性10%、女性80%に引き上げることを目標として掲げた。しかしながら、2005年時点での実際の育休取得率は、女性は72.3%と高いものの、男性はわずか0.50%に過ぎない(図表1)。このまま行けば、女性は政府の目標を達成する見込みであるが、男性はまず無理であろう。

 実際の取得率は低い男性であるが、育休取得意欲は高いといわれる(佐藤博樹・武石恵美子『男性の育児休業―社員のニーズ、会社のメリット』中公新書2004年)。こども未来財団の「平成12年度子育てに関する意識調査事業調査」でも、15 歳未満の子どもを持つ男性の5割が男性も育休を取得すべきと答えている。それでは、なぜ、男性の取得は進まないのだろうか。

 東京都が05年に従業員30人以上の事業所の従業員に実施した「男女雇用平等参画状況調査」によると、育休を取得しなかった男性は、その理由として「子をみてくれる人がいたので、休む必要がなかった」(53.8%)、「自分が休業することは想定していなかった」(24.9%)と答えている(図表省略)。男性が育休を取得しにくい理由としては、「休業中の業務に支障があり、他の従業員の負担が増える」(58.1%)、「過去に休業した人が少ない・いない」(56.8%)などがあげられている。類似する結果は他の調査でもたびたび指摘されることであり、こうした調査結果をふまえて、男性の育休取得促進のためには、男性の育児意識の啓発や上司や同僚の理解の促進、育休中の代替要員確保の必要性などが指摘されている。いずれも一理はある。しかし、他に男性の育休取得を促さない何か大きな問題があるのではないだろうか。

男性の育児休業取得はなぜ進まないか
(画像=第一生命経済研究所)

<日本の男性の働き方に合っていない育休制度>

 出産半年後の妻の就労形態をみると、4人中3人は無職である。常勤の勤め人は8人に1人に過ぎず、そのうち8割は育休を取得している(厚生労働省「第1回21世紀出生児縦断調査」2001年)。すなわち、男性が育休を取得する可能性がある期間において、多くの家庭は妻が専業主婦か育児を担うことができる状態になっている。この間、夫の収入が家計を支えている。また、男性の育休取得とその後の働き方の希望は、女性とは大きく異なる。女性は「長期の育児休業を取得し職場復帰」することを望む者が多いが、男性は「休業期間を短くして早めに職場復帰」することを望む者が多い(図表2)。ここから、高いといわれるわが国の男性の育休に対する男性自身および家庭のニーズの多くは、実は専業主婦などの状態で育児をしている妻と立場を交換することではなく、そうした妻を支えることであり、そのために長期よりも短期の休暇を取得することにあるといえる。

 こうした家庭にとって、現在の制度は次の点で使い勝手が悪い。第一に、法律では、労使協定を結ぶことにより、配偶者が常態として子どもを養育することが可能である場合、企業はその労働者の育休の申し出を拒むことができる。多くの企業がこの労使協定を結んでいるため、妻が専業主婦である夫は、育休を取得できる時期が制限されている。また、妻が育休中の場合も、夫は育休を取得できない。

 第二に、夫の収入が家計を支えている家庭が大半の中で、夫が育休をとることは、家計の圧迫につながる。雇用保険から育休取得者に対して支給されるのは、職場復帰後6カ月以上雇用された場合で、休業前の賃金の40%に過ぎない(「育児休業基本給付金」と「育児休業者職場復帰給付金」の合計)。しかも支給対象となるのは毎月の給与にあたる部分であり、ボーナスは対象外である。ちなみに、男性の育休取得が多いスウェーデンでは、360日間は育休により得られなかった給料の80%が保障されている。

 第三に、短期間の育休を取得するには、現行制度は柔軟さが欠ける。現行制度では、分割して休業を取得することは認められていない。このため、例えば、週2日の休暇を4週間取得するというようなことはできない。また、法律上、育休を希望する者は、予定日の1カ月以上前までに、事業主に申し出なければならない。長期の育休であれば、事業主が代替要員を確保するために、1カ月以上の期間を設けておくことは必要である。しかし、必ずしも代替要員の確保が必要とされない短期の育休の場合、前もって先の休業日を決めなければならないことは、育休取得の機動性を損なうことになる。

男性の育児休業取得はなぜ進まないか
(画像=第一生命経済研究所)

<日本の現状に合った制度変更が必要>

 以上のようにみると、男性の育休取得が一向に進まない最大の理由は、現行制度が日本の男性およびその家庭のニーズに合っていないことにあるといえる。日本男性の育休に対するニーズの多くは、女性のように長期取得ではなく、育児をする妻を支えるための短期取得にあるが、現行制度はそのニーズに応えられていない。そうであれば、男性の育休取得を進めるために政府に求められることは、制度をニーズに合致するものに変更することではないだろうか。具体的に求められる変更点は次のとおりである。

 第一に、配偶者が専業主婦であるか育休中の場合も、育休取得を可能にすることがあげられる。これにより、こうした家庭の夫も、育休取得可能期間が8週間から1年超まで拡大する。

 第二に、短期取得の場合、複数回に分割して取得することを可能にすることである。これにより、利用者は、育児の状況に合わせて柔軟に育休を取得することができる。ちなみに、育休を長期間取得する場合、事業主には代替要員を確保することが求められるため、分割取得は事業主の負担も増加させる。しかしながら、必ずしも代替要員が必要でない短期取得の場合は、そうした問題は生じにくい。

 第三に、短期取得の場合、育休の申し出を1カ月前ではなく、1週間前等に短くすることがあげられる。これにより、有給休暇並みに、機動的に育休を取得することが可能になる。

 第四は、賃金保障方法の変更である。現行制度では、育休の長さにかかわらず、休んだ期間分、休業前賃金の40%が支給される。これを、育休を1年間取得した場合に保障される賃金の総額は現行制度と同じにしたまま、保障される賃金の割合を休業期間が短いほど高く、長くなるほど低くする。(図表3)。これにより、家計を支えている夫であっても、短期間であれば収入を大幅に減らすことなく育休をとることができる。育休を1年間取得した場合の総支給額は変わらないため、単純に保障される賃金の割合を上げる方法よりも、雇用保険の財源への影響は小さい。

 こうした変更をすれば、政府の目標のように男性の育休取得は進むだろう。それにより、育児を楽しいと思う家庭が増えることも期待される。なお、女性がこの制度変更案を利用することも問題ない。

 男性もいまの女性と同じようなかたちで育休を取得した方がよいという考え方もありうる。だが、立派な制度も、使われなければ絵に描いた餅で終わってしまう。大切なことは、いまの男性が利用しやすい制度を提供することである。制度に人を合わせるという発想から、人に制度を合わせるという発想への転換が求められる。(提供:第一生命経済研究所

男性の育児休業取得はなぜ進まないか
(画像=第一生命経済研究所)

研究開発室 松田 茂樹