<就労者のメンタルヘルスの悪化>

 各種の調査結果によると、近年就労者のメンタルヘルスは悪化する状態にある。労務行政研究所の調査によると、上場企業等の約半数が過去3年間に就労者のうちメンタルヘルス不全者が増加したと回答している(図表1)。企業規模別にみると、大企業ほどメンタルヘルス不全者が増加傾向にある。同様の結果は他の調査でもあらわれており、社会経済生産性本部が全国の労働組合を対象にした調査では、「心の病」のため1カ月以上休業している組合員がいる組合は約7割で、近年は「心の病」を持つ組合員が増加傾向にあることが報告されている(社会経済生産性本部「『労働組合のメンタルヘルスの取り組み』に関するアンケート調査結果」2005年7月)。年齢別にみると、特にメンタルヘルスが悪化しているのは、 30~40代の就労者とされる(同調査)。

 メンタルヘルスの悪化は、就労者の健康を脅かすのみならず、企業のパフォーマンスにも影響をもたらすと考えられている。労働政策研究・研修機構が同機構のモニター登録企業103社を対象に実施した調査によると、約7割の企業がメンタルヘルスの問題が生産性の低下や重大事故の発生等、企業のパフォーマンスにマイナスの影響をおよぼすと回答している(労働政策研究・研修機構「メンタルヘルスケアに関する調査」2005年9~10月)。

就労者のメンタルヘルス悪化の背景
(画像=第一生命経済研究所)

<長時間労働の問題>

 就労者のメンタルヘルスを悪化させている要因には数多のものが想定されるが、特に近年のメンタルヘルス悪化の背景には、第一に長時間労働の問題がある。長時間の残業は、睡眠時間を減らし、疲労を蓄積させるなどして、就労者のメンタルヘルスを悪化させるといわれる(社会経済生産性本部メンタルヘルス研究所『2005年版産業人メンタルヘルス白書』)。

 長時間労働がメンタルヘルス悪化の要因であることは、労働時間の長さと精神的なゆとり感や疲労との関係からもうかがうことができる。当研究所が実施した調査のデータを分析すると、男女の正社員では、1日の労働時間が長いと、精神的ゆとりがない者や肉体的に疲れたと感じることがある者の割合が極めて多くなるという関係がみられる(図表2)。

 近年、就労者の労働時間は長くなっている。当研究所が2005年に実施した調査によると、男性就労者で1日に10時間以上働いている者の割合は、29歳以下は39.5%、30代が55.4%、40代が46.7%、50代が35.1%にのぼる(第一生命経済研究所『ライフデザイン白書2006-07』2005年12月)。先述したように30~40代は特にメンタルヘルスが悪化しているが、この年代の労働時間は極めて長い。また、2001年時点では、この割合はそれぞれ38.9%、40.3%、42.2%、16.8%であったため、過去4年間で30~50代の男性の労働時間は大幅に延びている。また、女性就労者についてみると、1日に10時間以上働いている者の割合は29歳以下で22.0%、30代で11.7%であり、若年層で労働時間が長くなっている。長時間労働化の背景には、企業が生産効率を高めるために、新卒採用の抑制と中高年のリストラをして人員削減をすすめた結果、残った若手と中堅の社員が多大な仕事量をこなさなければならなくなっていることがあるとみられる。

就労者のメンタルヘルス悪化の背景
(画像=第一生命経済研究所)

<職場の人間関係の希薄化>

 長時間労働の問題と並び就労者のメンタルヘルス悪化の大きな要因とみられるのが、職場の人間関係の問題である。社会経済生産性本部の前掲調査によると、「コミュニケーションの希薄化」がメンタルヘ ルスを悪化させていると答えた割合が約5割にのぼっており、「職場でのつながりや信頼関係が薄れていることが背景にある」とみられている(図表3)。当研究所が実施した調査でも、職場の人間関係が疎遠になるほど、ストレス度が高くなるという関係がみられる(図表4)。職場の人間関係は、就労者がストレスに対処するための「資源」である。職場の人間関係が密であれば、場は和み、困ったときには互いに助けあうことができる。しかしながら、そうした人間関係が希薄化しては、人々はストレスに対処する資源を失い、丸裸のままストレスと向き合うことになってしまう。

 実は、職場において緊密な人間関係をはぐくむのは、日本型雇用の特徴である終身雇用である(松田茂樹「仕事のストレスと職場のネットワーク―緊密な職場のネットワークの力」『Life Design Report』2003年5月号)。終身雇用の最大の目的は長期間にわたる社員の能力開発にあるが、それとともに互いが協力しあう緊密な職場ネットワークをつくり、組織内のストレスを緩和する効果も発揮する。近年の不況下において人件費削減等の目的のために終身雇用を見直す動きが広がったが、それは職場ネットワークを弱体化させて、就労者のストレスを増大させるという結果ももたらしたと推察される。

 以上のように、今日における就労者のメンタルヘルス悪化の背景には、長時間労働と職場の人間関係の希薄化という問題がある。就労者のメンタルヘルスの悪化は、職場における要因から発生し、そのマイナスの効果はパフォーマンスの低下というかたちで職場にもどってくる。労働時間の問題に対しては、長時間労働の是正と長時間労働者に対する面談等ケアの一層の充実が求められよう。また、日本型雇用の「見直し」の過程で失った職場の緊密な人間関係を、今一度構築することも、ストレス緩和の方策のひとつである。職場における負の連鎖を断ち切ることが必要であろう。(提供:第一生命経済研究所

就労者のメンタルヘルス悪化の背景
(画像=第一生命経済研究所)

研究開発室 松田 茂樹