目次

1.はじめに
2.夫婦共働化の実態と意向
3.共働化と生活設計の関係
4.ソーシャル・サポートとストレス
5.結論と考察

要旨

① 雇用不安によって生じる生活設計とストレスという問題への対処方法について研究した。具体的には、夫婦共働化と人的なサポート資源の活用が、そうした家族の問題を改善しうるか否かという問題を分析した。

② 夫婦共働化は、家庭にとって収入リスクを分散するため、雇用不安が生活設計をしにくくすることを防ぐ効果がある。既に共働化している夫婦ではこうした効果を期待できる。しかし、雇用不安が高まることで、片働世帯(妻が専業主婦の世帯)がすぐに共働化することはない。片働世帯の妻はすぐに就労しようという意向は低く、その夫も妻がすぐに働くことを望んでいない。このため、現在の片働世帯が共働化して生活設計を守るということは、直ちには生じないとみられる。

③ 雇用不安で生じた夫婦のストレスを軽減するには、人的なサポート資源を活用することが有効である。その有効な活用方法は、夫と妻で大きく異なる。夫の場合は、職場の人間関係である。職場において密なネットワークを築くことが、夫のストレスを低くする効果がある。一方、妻の場合は、夫のソーシャル・サポートが問題である。夫が妻の相談に十分のることができれば、妻のストレスは大きく改善される。

④ 雇用不安が家庭に及ぼす影響は大きい。しかし、分析結果をみる限り、個人や家族の側がそうした状況に対処する方法も残されている。本調査で取り上げた共働化と人的なサポート資源の活用はその代表的な方法である。それらは収入リスクを分散させて生活設計をしやすくしたり、雇用不安で生じた夫婦のストレスを低下させるのに有効である。これらの方法に限らず、昨今の雇用環境の変化に対して個人や家族の側からの対処が一層求められる時代が到来している。

キーワード:雇用不安、共働化、ソーシャル・サポート

1.はじめに

(1)研究の目的

 前号(『Life Design Report』2004年9月号)の論文「雇用不安が生活に与える影響」では、雇用不安の現状およびそれが家庭の生活設計や夫婦のストレスに及ぼしている影響について分析した。分析の結果、夫の勤め先の雇用不安等は、家庭の生活設計を阻害する大きな要因になっており、また、夫のみならず妻のストレスを高める要因になっていることがわかった。この研究からは、夫の勤め先の業績等によって生活設計のみならずストレスといった心理的な状態までも大きく左右される現代の夫婦像、家庭像が浮かび上がったといえる。

 この結果をふまえて、本研究では、雇用不安がもたらす問題に対する対処方法について研究する。家族は雇用不安時代の到来に手をこまねいているだけでなく、自ら対処を行って生活防衛する動きを取り始めていると考えられる。数ある対処方法の中で、本稿では夫婦の共働化と人的なサポート資源の活用という方法を取り上げたい。雇用不安時代を迎えてどの程度の家族がこれらの対処方法をとっているのか、また、こうした対処方法は果たして有効なのか-生活設計をしにくくしたり、ストレスを高めるという雇用不安のインパクトを軽減できるのか-という点を分析する。

(2)家族の対処方法としての夫婦共働化と人的なサポート資源の活用

 夫婦の共働化とは、これまで主流であった夫一人が働き、妻が専業主婦で家庭を支える夫婦の就労形態に代えて、夫婦とも正社員として共働きをすすめていくことである(第一生命経済研究所 2003)。片働世帯では、夫の勤め先の業績の悪化等が、家族全体の生活設計を立てにくくすることに直結してしまう。だが、共働世帯は夫と妻が2つのエンジンとなって収入を得ているため、一方が雇用不安にみまわれたとしても、もう片方のエンジンで飛び続けることができる。夫婦片働の家族よりも夫婦共働の家族の方が、家計的には安定する。こうした想定どおりに雇用不安時代を迎えて夫婦は共働化をすすめようとしているのか、共働化が本当に生活設計を容易にし、雇用不安に伴うストレスを軽減することができるのかという点を解明する。

 人的なサポート資源とは、相談にのったり、助言をしてくれる人のことである。具体的には、夫婦間のソーシャル・サポートと職場ネットワークを取り上げる。雇用不安は夫婦のストレスを高めるが、夫婦間で密にコミュニケーションをとり情緒的なサポートを行えば、そのストレスを軽減できるか否かという点を分析する。職場ネットワークとは、職場においてさまざまな相談を行う同僚、上司、部下との人間関係のことである(松田 2003)。雇用不安は漠然としたものも含めて職場で感じるものである。

 だが、そこで仲間に緊密に支えられていれば、相談にのってもらったり、正確な情報を入手できるために、必要以上の不安は解消されると考えられる。果たして、職場ネットワークには、このような効果があるかどうかを分析する。

(3)構成と使用するデータ

 本稿の構成は次のとおりである。2章では夫婦共働化の実態と意向を分析し、3章で夫婦共働化と生活設計の関係を分析する。さらに4章では人的なサポート資源活用の現状として、夫婦間のサポートと職場ネットワークの実態を概観し、それらと夫婦のストレスとの関係を分析する。それらの分析をふまえて、最後の5章で結論と考察として、雇用不安時代の家庭の有効な対処方法は何かという点について述べたい。

 分析に使用するデータは、前号と同じく、2003年10月に実施した「仕事と家庭生活に関するアンケート」のデータである。調査の概要は下記のとおりである。以下では、このうち夫が民間企業に勤める正社員である305人を対象に分析を行う。

対象者 :東京郊外の2市(府中市、日野市)に居住する30~54歳の既婚男女

標本抽出:無作為抽出

調査方法:郵送法

標本数(有効回収数、率):1,500人(480人、32.0%)

2.夫婦共働化の実態と意向

(1)夫婦共働化の実態

 はじめに、対象者の世帯分類から夫婦共働化の実態をみてみたい。世帯の分類は、共働世帯(夫は正社員、妻は正社員・派遣社員・契約社員・嘱託社員)、半共働世帯(夫は正社員、妻はパート・アルバイト)、片働世帯(夫は正社員、妻は専業主婦)、その他世帯(夫は正社員、妻はそれ以外)である*1。全体では共働世帯は18.8%で、半共働世帯は32.3%、片働世帯は45.9%である(図表1)。現時点では、共働世帯が全体に占める割合は2割に達しておらず、少数派であるといえよう。夫の年代別にみると、共働世帯は全ての年齢層で20%前後存在するが、半共働世帯と片働世帯の割合は年代による差が大きい。30代のうちは片働世帯が64.8%と圧倒的に多いが、40代-50代になると片働世帯は減少して、半共働世帯の方が多くなる。30代で片働世帯が約3分の2を占めるのは、幼い子どもの世話をしながら共働きすることは難しいことを示唆している。

雇用不安への対処方法
(画像=第一生命経済研究所)

(2)夫婦共働化の意向

1)妻の就労意向
 現在共働世帯は少ないが、今後こうした世帯は増える兆しをみせているだろうか。まず、片働世帯の妻が働いていない理由をみてみたい。妻の回答によると、働いていない理由として「家にいる方が、子どものために良いから」(43.2%)をあげた割合が最も高い(図表2)。現在片働世帯は、どちらかといえば子どもの育児や教育のために主体的にそうなっている世帯が多いといえる。他方、「希望する仕事がみつからないから」という就労先がないからやむをえずという理由をあげた割合は14.9%に過ぎない。

 これを妻の年代別にみると、30代・40代で多いのは、「家にいる方が、子どものために良いから」「子育ての負担が大きいから」である(図表割愛)。50代では、「家族が望まないから」「親や病気の家族の世話をするため」が上位になる。

 それでは、片働世帯の妻の今後の就労意向はどうなっているだろうか。まず、妻本人の意識についてみると、「フルタイムですぐにでも働きたい」(1.4%)、「パート・アルバイトなどですぐにでも働きたい」(12.2%)であり、いますぐに就労する意向がある者は極少数である(図表3)。特に、フルタイムですぐ働く意欲がある者は皆無に近い。最も多い意見は、「パート・アルバイトなどで将来は働きたい」(45.9%)である。一方、夫の妻に対する就労意向をみても、すぐに妻の就労を希望する者は極少数である。夫も「パート・アルバイトなどで将来は働いてほしい」(47.7%)という回答が最も多い。夫と妻の意見が大きく異なるのは、妻が「働くつもりはない」と答えている割合と夫が「働いてほしいとは思わない」と答えている割合である。両者の値を比べると、夫の方が妻に専業主婦でいてほしいという意見が多くなっている。

 以上から、今の片働世帯が近い将来共働化するという可能性は低いと考えられる。

雇用不安への対処方法
(画像=第一生命経済研究所)
雇用不安への対処方法
(画像=第一生命経済研究所)

2)夫の雇用不安と妻の就労意向の関係
 それでは、夫の雇用不安は妻の就労意向および夫の妻に対する就労希望を高めるのだろうか。一家の家計を中心的に支えている夫の雇用不安は家計を危うくする。このため、深刻な雇用不安にみまわれている世帯ほど、無職の妻の就労意向、すなわち片働世帯の共働化への意向は高くなるとみられる。

 片働世帯の妻を対象に、夫の雇用不安と今後の就労希望の関係を分析した結果が図表4①である。就労希望は、フルタイムもしくはパートタイムでの就労意向である。表中の数字はオッズ比であり、就労希望が何倍になるかをあらわしている。この値が1より高(低)ければその倍率だけ就労希望が高(低)くなる。分析をみると、夫の勤め先の業績が悪い人は就労希望が約4.3倍、今後の業績展望が悪いと18.4倍高くなる。ただし、夫の勤め先が終身雇用でなかったり、リストラ実施・計画中であっても、就労希望は高まらない。その他、年齢が高いほど就労希望が低くなり、住宅ローンがあると就労希望は極めて高くなる。

 同様に、片働世帯の夫を対象に、妻への就労希望を分析した結果が図表4②である。これをみると、今後の業績展望が悪い夫は、むしろ妻が働くことを希望していない。そのオッズ比は0.270であるため、今後の業績展望が悪い人は妻の就労希望が0.270倍、すなわち約70%も低くなる。

 以上のことから、夫の勤め先の業績が悪化すれば、無職の妻の就労意向は有意に高まるといえる。一方、そうした状況では夫はかえって自分が頑張らなければと思うせいか、むしろ妻が働くことを希望しなくなる。夫と妻の反応は正反対である。

 ただし、図表3でみたように就労希望の多くは、いますぐよりも将来働きたい、しかもフルタイムよりもパートタイムで働きたいというものである。夫の雇用不安は妻の就労意向を高めはするが、その多くは将来のパートタイムでの就労希望であるため、雇用不安がすぐに夫婦共働化を進めることにはつながらないといえるだろう。

雇用不安への対処方法
(画像=第一生命経済研究所)

3.共働化と生活設計の関係

 続いて、夫婦共働化と生活設計の関係をみてみたい。夫の勤め先の今後の業績展望と世帯分類の違いによって、家庭の生活設計の状況がどう変わっているかを分析した結果が図表5である。生活設計の変数は、(a)~(f)の各項目に対して「備えができている」(4点)から「備えはできていない」(1点)までの得点を与えたものであり、得点が高くなるほど備えができていることをあらわす。世帯分類は、サンプル数が少ないことを考慮して、共働世帯、半共働世帯・片働世帯の2区分とした。

 分析結果からは、共働化と生活設計について興味深い関連がうかがえる。今後の業績展望が良くなる、あるいは現状維持である場合には、共働世帯とそれ以外の世帯とで生活設計の状況に大差はみられない。共働世帯の方が子どもの教育資金の備え(子どもがいる人だけが回答)がむしろできていない傾向すらみられる。これは、子どもの教育資金の準備のために共働化しているためと考えられる。一方、今後の業績展望が悪い状況では、共働世帯はそれ以外の世帯よりも生活設計ができている。具体的には、「(a) 自分や配偶者が万一死亡した時の備え」「(b) 自分や家族のケガや病気に対する備え」「(e) 子どもの教育資金の準備」は、共働世帯の方がそれ以外の世帯よりも生活設計得点が有意に高い。なお、終身雇用やリストラの実施状況別にも同様の分析を行ったが、共働世帯とそれ以外の世帯で生活設計状況が異なるという結果はみられなかった(図表割愛)。

 以上のことから、夫婦共働化することは、夫の勤め先の今後の業績が悪くなるという状況下において、生活設計を容易にする効果があるといえる。

雇用不安への対処方法
(画像=第一生命経済研究所)

4.ソーシャル・サポートとストレス

(1)夫婦間のサポートとストレス

 次に、ソーシャル・サポートとストレスの関係を分析する。ソーシャル・サポートは雇用不安というストレッサーへ対処する資源として位置づけられ、それが多ければストレス反応は軽減されることが理論的に想定される(Lazarus and Folkman 1984;稲葉 1998)。ここでは、夫婦間のソーシャル・サポートと職場ネットワークのサポートを取り上げる。夫婦間サポートの現状が図表6である。「(a)配偶者はわたしの心配ごとや悩みごとを聞いてくれる」など3項目についてみると、いずれの項目とも夫と妻の7割以上があてはまる(「あてはまる」+「どちらかといえばあてはまる」)と答えており、全体的には夫婦間のサポートは多く、良好である。

 前号でみたように、夫の勤め先の業績展望が悪いと、夫と妻のストレスは高まる。それでは、夫婦間のソーシャル・サポートはそのストレスを軽減するだろうか。夫婦間のソーシャル・サポートの3つの項目に「あてはまる」(4点)から「あてはまらない」(1点)を与えて合計することでソーシャル・サポート得点を作成した。これを得点の高い方から、「高」(11点以上)、「中」(9-10点)、「低」(8点以下)と区分した。ストレスの程度は、心理的抑うつ症状の測定指標であるディストレス尺度を用いており、得点が高いほどストレスが高い(詳細は前号参照)。夫の勤め先の業績展望別にみた夫婦間のソーシャル・サポートとディストレスの関係が図表7である。分析結果では、夫婦間のサポートがディストレスを減らす効果は、夫ではみられなかった。妻の場合は、今後の業績展望が良い場合にも悪い場合にも夫婦間のサポートが高いほどディストレスは低くなる。今後の業績展望が悪くなるとディストレスは高まるが、夫婦間のサポートはその高まった分を解消するまでの力はないようである。

雇用不安への対処方法
(画像=第一生命経済研究所)
雇用不安への対処方法
(画像=第一生命経済研究所)

(2)職場のネットワークとストレス

 本調査では、「過去半年間に同じ勤め先で重要なことについて話をしたり、意見交換をした人」を5人まであげてもらい、その人たちの属性等を調べることで職場のネットワークの構造を把握した。ネットワーク構造をとらえる指標は、大きく分けて①規模(人数で測定)、②構成(同年代割合などを%で測定)、③密度(5人まであげられた人相互の関係の有無、0~1の値を取り値が高いほど密になる)があげられる*2。

 男性正社員、女性正社員・派遣社員等、女性パートの職場のネットワークは図表8のとおりである。3者を比較すると、規模は男女正社員が大きく、女性のパートが小さいことがわかる。同年代割合をみると、いずれもネットワークの約半数が同年代である。男女で大きな違いがあるのは、それ以外のネットワーク構成に関する指標である。男性のネットワークは、男性中心で、他部署の者が女性の場合よりも多く、さらに同僚割合が少ない。部門間、年代間で拡大したネットワークを持っているのが男性の特徴である。これに対して、女性のネットワークは女性中心で、同部署、同僚の割合が高い。こうした差異は男女社員の仕事の仕方の違い-男性正社員は部門間にまたがった業務や調整を行うことが多いのに対して、女性正社員は自分の部署内で完結する仕事を行うことが多い-が反映していることが推察される。密度は職場に親しく交流している人同士が多いか少ないかということに左右されるため、本人の仕事の仕方よりもむしろ職場内の人間関係や雰囲気によって決まるものである。そのため、密度の指標に関しては、男女社員の間で差は少ない。

 続いて、職場ネットワークがストレスにどのような影響をもたらしているかをみてみたい。ディストレスを被説明変数とし、職場ネットワークの各変数を説明変数とした単回帰分析の結果が図表9である。表中には各々の変数を使用した単回帰分析の結果のうち、各変数の偏回帰係数を掲載している。係数が正であればディストレスは高まり、負であれば低下することを示す。分析結果をみると、男性正社員では、同部署割合が高くなるほど、ディストレスが低くなる傾向がみられる。これは同じ部署内で完結している業務およびそれに伴う人間関係の方がストレスが少ないことを意味していると考えられる。部門間にまたがる業務と人間関係の方が、仕事の調整などでストレスを生みやすいのであろう。また、ネットワークの密度が高いほど、ディストレスは低くなる傾向がみられる。これは松田(2003)の研究結果と一致する。ネットワークの密度は、個人が左右するというよりも職場全体のまとまりや雰囲気といったもので決まる要素が大きい。緊密な職場ネットワークを築くこと、そうしたネットワークに囲まれて仕事をしていることが、男性正社員のディストレスを軽減することにつながっている。これに対して、女性の職場ネットワークの効果は、男性のそれとは大きく異なる。女性正社員・派遣社員等では職場ネットワークとディストレスの間に明確な関連はみられない。女性パート・アルバイトに至っては、職場ネットワークが密である方がかえってディストレスが高く、男性正社員とは正反対の結果になっている。

雇用不安への対処方法
(画像=第一生命経済研究所)
雇用不安への対処方法
(画像=第一生命経済研究所)

5.結論と考察

 以上で示した雇用不安、対処方法、生活設計等の関連を図示すると図表10になる。ここでは、勤め先の雇用不安、夫婦共働化、夫婦間サポート、職場ネットワーク、そして生活設計とストレスの関係を示している。図中には、前号で示した関係や紙幅の都合で具体的な分析を紹介できなかった箇所の関係も記載している。

 まず、雇用不安といった場合、妻よりも夫の雇用不安が家庭に与える影響が非常に大きい。夫の勤め先の業績展望が悪いことや終身雇用の崩壊は、生活設計をしにくくする。また、そうした雇用不安は当の夫のみならず妻のストレスも高める。このように、夫の勤め先の状況は、夫婦・家庭を大きくゆさぶる要因になっている。

 雇用不安で家庭に生じたこれらの症状に対処するには、第一に夫婦共働化があげられる。夫婦共働化は、収入リスクを分散するため、雇用不安が生活設計をしにくくすることを防ぐ。ただし、雇用不安が高いと思われる状況の片働世帯においても、妻はすぐ働きに出ようとは考えておらず、夫もそれを期待していない。したがって、既に共働化している夫婦ではこうした効果を期待できるが、雇用不安が高まったために現在の片働世帯が今後共働化して生活設計を守るというような効果はあまり生じないようである。ちなみに、本分析では共働化することが夫婦のストレスを増大させることにはつながっていなかった(分析結果割愛)*3。

 また、雇用不安で生じた夫婦のストレスを軽減するには、人的なサポート資源を活用することが有効であることが示唆された。ただし、その有効な活用方法は、夫と妻で大きく異なる。夫の場合は、職場の人間関係である。職場において密なネットワークを築くことが、夫のストレスを低くする効果がある。ただしこの場合、終身雇用の崩壊はそうした密な人間関係を職場で築きにくくする。このため、終身雇用が崩れた職場では職場ネットワークに頼ることもできなくなる危険性がある(分析結果割愛、同様の結果は松田(2003)でも得られている)。

 一方、妻の場合は、夫のソーシャル・サポートが問題である。夫が妻の相談に十分のることができれば、妻のストレスは大きく改善される。ただし、ここでも夫の勤め先の業績が悪化することが、夫から妻へのそうしたサポートを低下させる(分析結果割愛)。これを避けるためには、雇用不安を前にして、改めて夫婦が支え合う関係を築くようにしたり、職場の問題を家庭にもちこまないような配慮が必要かもしれない。

雇用不安への対処方法
(画像=第一生命経済研究所)

 以上が研究結果の全容である。先の分析でみたように、雇用不安が家庭に及ぼす影響は大きい。しかし、調査結果をみる限り、個人や家族の側がそうした状況に対処する方法も残されているといえる。本調査で取り上げた共働化と人的なサポート資源の活用はその代表的な方法である。それらは収入リスクを分散させて生活設計をしやすくしたり、雇用不安で生じた夫婦のストレスを低下させるのに有効である。これらの方法に限らなくとも、昨今の雇用環境の変化に対して個人や家族の側の対処が一層求められる時代になってきている。(提供:第一生命経済研究所

【注釈】
*1  第一生命経済研究所(2003)では、夫婦とも正社員の世帯を共働世帯、夫が正社員で妻が派遣社員・パート・アルバイト等の世帯を半共働世帯と分類している。しかし、今回のデータはサンプル数が少なく夫婦とも正社員である世帯に該当する者が少数であったため、前記のような分類にした。
*2  Marsden(1987)を参考にして、以下の方法で密度を計算した。ただし、ネットワーク規模が1の場合は算出していない。
密度:D = (S+A×0.5) / (N×(N-1)/2)
S: 構成員同士が「親しく交流している」紐帯の数
A: 構成員同士が「親しくはないが面識はある」紐帯の数
N: ネットワーク規模
*3  別のデータの分析では、片働世帯よりも共働世帯の方が時間的なゆとりや精神的なゆとりは低くなるという結果も出ている(第一生命経済研究所 2003)。

【参考文献】
・ 稲葉昭英,1998,「ソーシャル・サポートの理論モデル」松井豊・浦光博編『人を支える心の科学』誠心書房:151-175.
・ 第一生命経済研究所,2003,『ライフデザイン白書2004-05 新しい生活価値観が変えるライフデザイン』矢野恒太記念会.
・ 松田茂樹,2003,「仕事のストレスと職場のネットワーク―緊密な職場のネットワークの力」『Life Design Report(2003年5月号)』第一生命経済研究所:4-16.
・ Lazarus,R.S.,and Folkman,S.,1984,Stress,appraisal,and coping,Springer (本明寛・春木豊・織田正美訳,1991,『ストレスの心理学』実務教育出版).
・ Marsden,Peter V.,1987,“Core Discussion Network of Americans,” American Sociological Review 52:122-131.

研究開発室 副主任研究員 松田 茂樹