要旨
① 雇用不安の現状とそれが家庭の生活設計や夫婦のストレスに及ぼしている影響について分析した。勤め先の業績や雇用状況についてみると、正社員で働く夫の半数程度が業績の悪化やリストラの実施・計画に遭遇していた。正社員・派遣社員で働く妻の職場も、同様に業績は悪い。
② 夫の勤め先の雇用不安は、家庭の生活設計を困難にする。一方、妻の勤め先の業績・雇用状況が悪くなっても、それは家庭の生活設計にはほとんど影響しない。
③ 夫の雇用不安は、夫のみならず妻のストレスも高める要因になる。これに対して、妻の雇用不安は、夫婦のストレスに影響を与えない。
④ 本研究から、夫の勤め先の業績等によって生活設計のみならずストレスといった心理的な状態までも大きく左右される現代の夫婦像が浮かび上がった。
1.長期化する雇用不安
本稿では、就労者の雇用不安の実態とそれが家庭の生活設計やストレスに与える影響の分析を行う。雇用不安の内訳としては、勤め先の業績の悪化や終身雇用制度の変容、リストラの実施という問題を取り上げる。家族を単位としたとき、雇用不安は就労している夫と妻両方にふってかかる問題である。現在生じている雇用不安は、就労者の家族の生活設計を難しくし、ストレスを高めることにつながっているのであろうか。また、雇用不安といった場合、夫の雇用不安が家族にとっての問題になるのか、妻の雇用不安が問題になるのか、両者が問題になるのだろうか。本研究ではこれらの問題点を明らかにしたい。
本研究の問題意識の背景には、雇用不安が長期化していることがあげられる。当研究所の調査によると、2003年1月時点で雇用者のうち勤め先が何らかの合理化やリストラを進めているという人は、男性で約7割、女性で約6割にのぼる(第一生命経済研究所 2003)。こうした状況のもとで、自分が失業するかもしれないという不安を感じている割合は男性で60%以上、女性で50%以上にのぼっている。また、家族の誰かが失業するという不安を感じている割合も、男性50%以上、女性70%以上と男女ともに高くなっている。
雇用不安は、雇用者本人およびその家族に対してさまざまな問題をもたらすことが懸念される。まず、勤め先の業績が悪化して、終身雇用が崩れたり、リストラが実施されることにより、子どもの教育や自分たち夫婦の老後の備えをはじめとするさまざまな生活設計が立てにくくなるということがあげられる。
また、勤め先の業績の悪化や終身雇用の崩壊等が、就労者のストレスを増大させる要因となることもあげられる。近年、就労者のメンタルヘルス(心の健康)が悪化していることが、各種の調査から指摘されている(社会経済生産性本部 2001)。「保健福祉動向調査」(厚生労働省 2000)では、男性のストレスの内容についてみると、勤労世代の5割以上が「仕事上のこと」であると答えている。また、終身雇用が崩れれば、将来の雇用は不確実なものになり、雇用不安は大きなストレス源になると考えられる。年功序列が改められて能力主義の色彩が強くなれば、組織内での競争は激しくなる。人材を長期的に教育し、能力開発することに取り組む日本型雇用制度のもとでは、公私にわたって上司や同僚が仕事をきめ細かくサポートしてきた可能性が指摘されている(小林 2001)。このため日本型雇用制度の崩壊は、生活設計をしにくくさせるだけではなく、職場におけるストレスを増大させる要因にもなるとみられている。
2.データと分析対象者の属性
本研究に使用したデータは、2003年10月に実施した「仕事と家庭生活に関するアンケート」のデータである。調査の概要は以下のとおりである。
対象者 :30~54歳の既婚男女
地域 :東京郊外の2市(府中市、日野市)
標本抽出:無作為抽出
調査方法:郵送法
標本数 :1,500人
有効回収数(率):480人(32.0%)
以下の研究では、このうち夫が民間企業に勤める正社員である305人を対象に分析を行う。対象者の内訳は男性(44.9%)、女性(55.1%)、年代は30代(36.1%)、40代(42.6%)、50代(21.3%)である。また、妻の就労形態は正社員(13.0%)、派遣・契約・嘱託社員(6.0%)、パート・アルバイト(32.7%)、専業主婦(44.7%)などとなっている。
3.雇用不安の現状
まず、今回の対象者における雇用不安の現状をみてみたい。本調査では、本人および配偶者の勤め先の現在の業績、今後の業績の展望、雇用制度(終身雇用か否か)、リストラの実施状況についてたずねている。民間企業の正社員の夫、正社員(派遣・契約・嘱託社員を含む)およびパートの妻の回答結果が図表1である。
夫についてみると、現在の業績が良い(「良い」+「どちらかといえば良い」)と答えた割合は50.8%、悪い(「悪い」+「どちらかといえば悪い」)は45.6%である。約半数の人の勤め先は業績が悪い。今後の業績の展望についてみると、「今後良くなりそうである」と答えた割合は14.2%、「現状維持」は58.4%、「今後悪くなりそうである」は25.1%である。今後の業績については、現在よりも悪化すると考えている人は少ない。終身雇用制度についてみると、終身雇用である(「そう思う」+「どちらかといえばそう思う」)と答えた割合は70.0%、終身雇用ではない(「そう思わない」+「どちらかといえばそう思わない」)と答えた割合は28.4%である。今回の対象者をみる限り、勤め先が終身雇用である者は比較的多い。しかし、リストラは広く実施、計画されている。現在リストラを実施中である割合は33.0%、リストラを計画中という割合は23.1%であり、両者を合わせると過半数にのぼる。大企業(社員数1,000人以上)と中小企業を比較すると、リストラは大企業の方が実施しているが、中小企業の方が今後の業績展望は悪い傾向がみられた。
正社員の夫、正社員の妻、パートの妻の回答を比較すると、後者ほど勤め先の現在の業績や今後の業績の展望が良いと回答している。業績の悪い企業はパート就労を抑制していることなどが背景にあるためと考えられる。
4.雇用不安の生活設計への影響
雇用不安をもたらす勤め先の業績、雇用制度、リストラの現状をみた後で、それらが雇用者の家族の生活設計にどのような影響を及ぼしているかをみてみたい。
家庭の生活設計の現状をたずねた結果が図表2である。ここでは、「(a) 自分や配偶者が万一死亡したときの備え」から「(f) 自分や配偶者の失業・給与低下への備え」までの6項目の生活設計の状況について、「備えができている」から「備えはできていない」までの4件法でたずねている。これをみると、比較的備えができているという回答が多いのは、「(a) 自分や配偶者が万一死亡したときの備え」「(b) 自分や家族のケガや病気に対する備え」である。一方、備えができていると回答した割合が低いのは、「(c) 自分たち夫婦の老後費用の準備」「(d) 夫や妻が要介護状態になったときの備え」「(f) 自分や配偶者の失業・給与低下への備え」である。老後の生活や失業・給与低下への備えは、多くの家庭でできていないものであるといえる。
続いて、夫の勤め先の業績等別に、以上に示した家族の生活設計状況を分析した結果が図表3である。生活設計の状況については、「備えができている」(4点)から「備えはできていない」(1点)まで4-1点を与えて得点化し、業績等別にその平均値を集計している。備えができている割合と備えができていない割合が半々であれば得点は2.5点になるため、それよりも値が高ければ備えができている人が多く、それよりも低ければ備えができていない人が多いということになる。まず、夫の現在の業績についてみると、業績が悪いほど要介護状態になったときの備えや、自分や配偶者の失業・給与低下への備えの点数が低い。すなわちそれらへの備えができていない人が多くなっている。夫の勤め先の今後の業績展望が生活設計へ与える影響はさらに大きい。
今後の業績展望が悪いほど、死亡や病気に対する備えができていなかったり、老後の生活費用の準備や失業・給与低下への備えもできなくなっている。また、終身雇用でないと、要介護状態になったときの備えや子どもの教育資金の準備等ができなくなる傾向がみられる。以上のことから、夫の勤め先の業績の悪化や終身雇用が崩れることは、総じて就労者の生活設計をしにくくしていることがうかがえる。ただし、リストラの状況については、老後の生活費用の準備を除いて、ここにあげた生活設計との関係は明確にはみられなかった。
続いて、妻の勤め先の業績等別に、以上に示した家族の生活設計状況を分析した結果が図表4である。ここでは、妻が正社員もしくは派遣社員として就労している人を対象に分析した。分析結果をみると、夫の勤め先の業績等が家庭の生活設計に与える影響よりも、妻のそれが生活設計に与える影響は極めて小さいといえる。妻の勤め先の現在の業績や今後の業績展望が良くても悪くても、勤め先が終身雇用でもそうでなくても、リストラを実施中でもそうでなくても、生活設計の状況はあまり変わらない。
一部統計的な有意差があるものがあるが、そのほとんどは、業績が悪いほど生活設計ができていないというような関連があらわれたものではない。
なお、これらの傾向は、勤め先の企業規模の影響を取り除いてもおおむねみられる。この結果をふまえると、家庭の生活設計に影響を与えるのは、夫の側の勤め先の業績や雇用状況であり、妻の側のそれではないといえる。中でも、夫の勤め先の今後の業績の展望と終身雇用の状況が生活設計を大きく左右する要因になっている。
5.雇用不安が高めるストレス
続いて、雇用不安が夫婦のストレスに与える影響をみてみたい。
本研究では、ストレスの程度を心理的抑うつ症状の測定指標であるディストレス尺度(CES-D)の5項目を用いて測定している。これは過去1週間に「ふだんは何でもないことをわずらわしいと感じたこと」などがあった頻度について、「まったくなかった」(1点)から「ほとんど毎日」(4点)までの4段階の回答を合計した尺度である。得点の分布は5~20点、平均値は8.6点で、得点が高いほど症状が重い*1。
夫の勤め先の業績等が夫と妻のディストレス(抑うつというストレス反応)に与えている影響を分析した結果が図表5である。夫の現在の業績が悪いほど、夫と妻双方のディストレスは有意に高くなる。また、今後の業績展望が悪いと、同じく夫と妻双方のディストレスも有意に高くなる傾向がみられる。終身雇用とディストレスの関係は不明瞭である。勤め先でリストラが実施中あるいは計画されていると、夫のディストレスは高くなる。
妻の勤め先の業績等が夫と妻のディストレスに与えている影響を分析した結果が図表6である。ここでは妻が正社員もしくは派遣社員として就労している人を対象に分析した。サンプル数は少ないものの、妻の勤め先の業績等が夫婦のディストレスに与える影響は、夫の業績・雇用状況の影響よりも小さい。この分析結果では、業績・雇用状況が悪いほどディストレスが高くなるという統計的に有意な影響はみられなかった。
以上の結果から、夫の勤め先の業績等が悪くなることは、そこに勤めている夫のディストレスのみならず、妻のディストレスも高くすることに影響する。これに対して、妻の勤め先の業績等は夫婦のディストレスにほとんど影響を与えていなかった。
6.結論
本研究では、雇用不安の現状とそれが家庭の生活設計や夫婦のストレスに及ぼしている影響について分析してきた。勤め先の業績や雇用状況についてみると、正社員で働く夫の約半数が業績の悪化やリストラの実施・計画に遭遇していた。正社員・派遣社員で働く妻の職場は、夫よりは若干良いとはいえ、同様に業績の悪化にあっている。このように夫と妻双方の職場で業績が悪化し、雇用不安が高まっているが、家庭の生活設計に影響を及ぼしているのは夫の側の職場の問題である。夫の勤め先の業績・雇用状況が悪くなっていることが、家庭の生活設計をしにくくしている。一方、正社員・派遣社員で働く妻の勤め先の業績・雇用状況は悪くなっても、それは家庭の生活設計には影響していない。このことから、依然として夫が一家の大黒柱であり、家庭にとってはその雇用環境が決定的に大事であることが浮かび上がってきた。また、夫の勤め先の業績・雇用状況の悪化が、夫のみならず妻のストレスも高めていることが明らかになった。勤め先の業績悪化やリストラで男性就労者のストレスや心労が高まっていることが問題視されているが、実はその妻に対しても同様にストレスがかかっている。以上のように、本研究からは、夫の勤め先の業績等によって生活設計のみならずストレスといった心理的な状態までも大きく左右される現代の夫婦(家庭)像が浮かび上がったといえるだろう。(提供:第一生命経済研究所)
【注釈】 *1 クロンバックのαは0.87であり、尺度の信頼性は高い。
【参考文献】 ・厚生労働省,2000,『平成12年保健福祉動向調査の概況』. ・小林章雄,2001,「職業性ストレスと労働者の健康」『日本労働研究雑誌』492(July):4-13. ・ 社会経済生産性本部,2001,『産業人メンタルヘルス白書 2001年版』. ・ 第一生命経済研究所,2003,『ライフデザイン白書2004-05 ~新しい生活価値観が変えるライフデザイン~』矢野恒太記念会.
研究開発室 副主任研究員 松田 茂樹