<仕事と家庭の両立の問題>

 「ワーク・ライフ・バランス」という言葉に注目が集まってきている。ワーク・ライフ・バランスとは、仕事と家庭をうまく調和させることをいう。

 今日、ワーク・ライフ・バランスのとれた職場環境が求められるようになってきている背景には、その裏返しとして、就労者が仕事と家庭を両立、調和させた生活を送ることが非常に難しいという問題がある。第一の問題としては、家庭、特に幼少児がいる家庭をもつ就労者にとって、仕事と家庭の調和が困難なことが、家庭面と仕事面の両方に対して好ましくない影響を与えているということがあげられる。

 日本労働研究機構が就学前の子どもをもつ男女就労者に対して実施した調査結果によると、「仕事と育児をうまく両立できている」と答えた者は約3割に過ぎず、多くの者が仕事と育児のいずれかが中途半端であったり、不満があると答えている(図表1)。

 また、当研究所が夫婦ともフルタイムで働いている男女就労者に対して仕事と家庭の両立に関する悩みを尋ねたところ、「子どもの病気のときに休みをとりにくい」と答えた割合は男性で39.6%、女性で49.0%、「子どもの遊び相手、勉強をみる時間がない」という割合は同17.0%、29.4%に上った。また、仕事へ影響があるという悩みもあげられており、男性の20.8%、女性の27.5%が、「自己啓発や勉強が後回しになる」と回答していた(第一生命経済研究所,2003,『ライフデザイン白書2004-05-新しい生活価値観が変えるライフデザイン』矢野恒太記念会)。

 すなわち、仕事と家庭の調和がうまくできないことは、就労者にとって仕事も家庭生活も十分に満足できない、十分力を発揮できないことにつながっているといえる。

ワーク・ライフ・バランスが求められる時代
(画像=第一生命経済研究所)

<仕事と家庭の両立と離職の関係>

 ワーク・ライフ・バランスが求められている背景の第二は、それができない職場環境のままでは、女性が出産・子育てで継続就業することが困難であるという問題があげられる。女性の社会進出がすすみつつあるが、依然として出産・子育てで離職する女性は多い。未就学児をもつ女性のうち、フルタイムで就労している者は8人に1人に過ぎない(前掲資料)。内閣府が実施した調査によると、育児期の女性が多い30代の無職女性では、働いていない理由として、「育児の負担が大きいから」(64.2%)、「家事の負担が大きいから」(26.9%)という回答が多くあげられている(内閣府「男女共同参画社会に関する世論調査」2002年7月)。仕事と家庭の調和ができないことによって、多くの女性が出産・育児に伴って仕事を中断している。

 出産・子育てによって就業を中断することは、女性のキャリア形成を阻む要因となる。また、出産・子育てによる就業中断に伴って、多額の逸失利益(就業を継続していれば得られたはずの所得)が生じる。内閣府が行った試算によると、大卒女性(文系)が一生フルタイムで継続就業した場合、生涯の総所得額は約2億8,560万円である(図表2のAからEの合計)。これに対して、出産・育児のため退職し、フルタイムに再就職した場合は約2億円(A+D+E)、出産・育児のため退職し、その後就業調整をしながらパートタイマーとして働いた場合は約4,800万円(A+E)となる。一生フルタイムで就業継続した場合の総所得額に比べて、出産・育児のため退職し、フルタイムに再就職した場合の逸失利益は約8,500万円、パートタイマーとして再就職した場合には2億3,000万円以上にのぼる。近年では、この逸失利益が膨大なために就業を継続したい女性が結婚・出産を先延ばしすることが、少子化の大きな要因になっている。

ワーク・ライフ・バランスが求められる時代
(画像=第一生命経済研究所)

<求められる両立支援策>

 就労者が仕事と家庭の調和がとれた生活を送ることができれば、以上に示した問題を解決する道が開ける。まず、就労者、特に女性就労者が、家事や育児のために就業を中断しなくてもすむようになる。

 これによって、女性も長期的にキャリアを蓄積していくことが可能になり、就業中断で逸失してきた利益を手にすることができる。逸失利益が減る、すなわち生涯所得が増えることは、少子化対策や消費拡大という副次的な効果につながることが期待される。また、仕事と家庭の調和は相乗効果を生み、両面に好ましい影響をもたらすといわれている。両者が調和することによって、男女就労者が仕事に対しても、家事・育児に対しても十分なパフォーマンスを発揮することができるようになるとみられる。

 日本労働研究機構の調査によると、雇用者男女が仕事と育児を両立しやすくするために推進すべきと考える施策として、「労働時間の短縮など、働きながら育児をしやすい柔軟な働き方の推進」や「男性が育児に参加することへの職場の理解や社会環境の整備」をあげる意見が多い(図表3)。こうした意見にあげられるように、就労者のワーク・ライフ・バランスをすすめるためには、育児期の時短と男性就労者も育児に関わることを社会的に支援していくことが必要であると考えられる。

 現在、厚生労働省は、職場のワーク・ライフ・バランスをすすめるために「両立指標」を策定し、これを公表している。この指標は、職場ごとに育児休業制度や勤務時間短縮等、仕事と家庭との両立がしやすい制度の状況を点数化することで、定量的に職場環境を評価することができる。こうした指標を活用するかしないかは各企業が判断することであるが、各企業が自らの職場にあった両立施策を整備していくことが求められる時代になってきているといえるだろう。なお、先の調査では、両立支援のために「保育所の整備」等を求める声も多い。ワーク・ライフ・バランスをすすめることは、無論個々の企業の取り組みだけでは難しく、国や自治体の支援も必要とされている。(提供:第一生命経済研究所

ワーク・ライフ・バランスが求められる時代
(画像=第一生命経済研究所)

研究開発室 松田 茂樹