目次

1.問題設定
2.データと変数
3.職場環境
4.就労の見通し
5.現在身につけている能力
6.能力開発の意向
7.結論

要旨

①本格的な雇用流動化時代が到来する中で、これまで日本型雇用システムのもとで働いてきた就労者たちが、現在および将来の雇用の維持をどのようにとらえているか、そうした時代に備えてどのような職業能力開発を行っているかという点を調査データから探った。分析対象は民間企業に勤める男性491人である。分析結果は次のとおりである。

②多くの就労者たちが、雇用の安定が崩れ、自分も失業のリスクにさらされていることを強く意識している。失業の不安がある者は7割に上る。しかし年代によって、雇用流動化に対する認識と対応には温度差がある。若年層ほど雇用流動化を身近なものととらえている。一方、中高年層では失業に対する不安感が高いにもかかわらず、定年まで勤続可能と考えている者が多く、転職などの手段は考えていない者が多い。

③マネジメント力やビジネスの知識、あるいは社内外の人脈といった仕事をするための<スキル>を多く持つ者ほど、中高年時における失業リスクを低く感じている。雇用流動化時代においては、こうしたスキルを多く保有することが、中高年時における失業リスクを減らすことにつながることが示唆される。ただし、今後そうした各種のスキルを身につけようとする意向は、若年層で高いが、中高年層では低い。

④雇用流動化時代において仕事を確保していくためには、労働市場でも通用する各種のスキルを多く身につけていくことが求められると考えられる。そのためにも、年齢にかかわらず不断に能力開発を行っていくことが必要である。この点において、若年層に比べて中高年層の動きは遅い。

キーワード:雇用流動化、転職意向、職業能力開発

1.問題設定

 現在、わが国は雇用安定時代から雇用流動化時代への過渡期にある。長らくわが国企業の繁栄を支えてきた長期雇用慣行、年功序列を特徴とする日本型雇用システムは、いまや瀬戸際である。企業が安定的に成長し続けている間は、この雇用システムを維持することが、企業にとっては人材の育成・確保が容易となり、労働者にとっては安定した雇用を維持できるという意味で、双方に利点がある仕組みとして作用していた(小池,1994;小野,1989)。だが、長引く不況や経済のグローバル化などによる競争の激化に直面する中で、企業はこれらの雇用システムを見直しはじめている(小野,1997;樋口,2001;労働大臣官房政策調査部,1995;高梨,1994)。就労者にとって影響が大きいのは、終身雇用制度の崩壊と、その後に訪れる雇用流動化時代の到来であろう。会社都合による離職は増大しており、失業率は全国平均で5%を超える水準である。

 雇用流動化が本格的に到来した場合、就労者の多くが失業リスクにさらされ、就労者本人が自らの実力で仕事を確保していかなければならない状況になることが予想される。その際には、労働市場で評価される職業能力を身につけることが不可欠になるとみられる。旧来型の日本型雇用システムが維持されていた時代であれば、職業能力開発はOJT(On the Job Training)や計画的なOff-JTとして実施され、日々の業務を行う中であるいはその延長上で知識・技術を習得するかたちで行われていた(労働大臣官房政策調査部,1995)。それらの多くは主に社内業務において通用する知識・技術であったと考えられる。就労者の意識調査からは、自らの職業能力が社外では通用しないと考える者も少なくないことが指摘されている(西浦,2000)。

 だが、労働市場、すなわち社外で評価される職業能力を習得するためには、上記のような形での能力開発には限界がある。また企業の側では、研修のスタイルを従業員全体に均等に能力開発のチャンスが与えられるOJT的なものから、選抜した社員に対して集中的に教育するものへと変更する動きがみられる(樋口,2001)。このため就労者は、自己責任で、広範な知識・技術を習得する機会を設けていくことが求められるようになると考えられる。

 本稿の目的は、雇用流動化時代への過渡期にいる民間企業に勤める男性就労者を取り上げて、彼らがこの状況をどのようにとらえているかを調査データによって把握することである。ここで対象者を男性に絞ったのは、本稿で使用する調査データでは民間企業に勤めるフルタイム就労の女性が少ないというデータ的な制約のためである。具体的な目的としては、第一に、就労者たちが将来の雇用の維持についてどのような見通しを持っているかを明らかにする。ここでは、定年までの雇用維持の展望と失業リスクに対する認識について把握する。第二は、就労者たちの職業能力の保有状況を明らかにすることである。ここでは、現在の職業能力の保有状況を明らかにすると共に、職業能力の保有量と失業リスクとの関連の有無を分析する。雇用流動化時代においては、職業能力を多く保有している者ほど就労先の確保が容易になり、失業リスクが減ると考えられる。このような関係が現状においてもみられるか否かを明らかにしたい。第三は、今後の職業能力開発への意向である。雇用流動化をにらんで、就労者たちが積極的に職業能力開発を行おうとしているのか、彼らの間に温度差はないか、という点を明らかにしたい。

業能力の保有量と失業リスクとの関連の 有無を分析する。雇用流動化時代におい ては、職業能力を多く保有している者ほ ど就労先の確保が容易になり、失業リス クが減ると考えられる。このような関係 が現状においてもみられるか否かを明ら かにしたい。第三は、今後の職業能力開 発への意向である。雇用流動化をにらん で、就労者たちが積極的に職業能力開発 を行おうとしているのか、彼らの間に温 度差はないか、という点を明らかにした い。

2.データと変数

(1)調査概要

 使用したデータは、ライフデザイン研究所が2001年1月に実施した「今後の生活に関するアンケート」調査である。同調査は、住民基本台帳から無作為に抽出した全国の満18~69歳の男女個人を対象に実施したものであり、標本数は3,000人、有効回収数は2,254人(有効回収率75.1%)である。同調査の基本的な集計結果は、『ライフデザイン白書2002-03』(ライフデザイン研究所,2001)で示している。

雇用流動化時代の職業能力開発
(画像=第一生命経済研究所)

 男性就労者が置かれている雇用の状況や能力開発などを分析するため、本稿では上記調査のうち、民間企業に勤める男性(会社役員を除く)491人を分析対象とした。対象者の属性は図表1のとおりである。平均年齢は42.5歳であり、既婚者が約7割を占めている。職種についてみると事務(18.7%)、技術(28.7%)、技能・労務(37.7%)、管理(14.9%)、企業規模は小企業(従業員数30人未満)が28.7%、中企業(30~1,000人未満)が45.6%、大企業(1,000人以上)が23.6%である。

(2)変数

 分析に使用する変数は次のとおりである。

①職場環境への評価
 勤務先に対する評価:勤務先の企業に対する評価を、「知名度」「社風」「雇用安定」「上司への信頼」「能力活用」「給料」のそれぞれの面について、あてはまる(評価できる)からあてはまらない(評価できない)までの4段階で尋ねた。

 仕事への不満:現在の仕事面での不満を、「自分の能力が十分発揮できない」など10項目をあげ、複数回答で尋ねた。

 失業に対する不安:自分の失業に対する不安感を、「非常に不安」から「不安ではない」までの4段階で尋ねた。

②雇用の見通し
 定年までの勤続意向:定年まで勤続できる雇用環境か否かという点と本人の勤続意思を組み合わせて4つの選択肢をもうけて、自分にあてはまるものを1つだけ選択してもらった。具体的な選択肢としては、「1.勤務できるが、定年まで勤務しない」「2.定年まで勤務するつもりで、実際にできる」「3.定年まで勤務するつもりはないし、実際に勤務できない」「4.定年まで勤務するつもりだが、実際に勤務できない可能性もある」である。

 定年まで勤続できない理由:定年までの勤続意向はあるが、勤続できる職場環境ではない(上記3、4)と回答した人に対して、その理由として最もあてはまるものを「出向・転籍」「早期退職・リストラ」「倒産・合併」「その他」の中から尋ねた。

③能力開発
 身につけている能力:仕事に必要な職業能力として営業力や語学力など10項目の選択肢をあげ、それらの中で自分が「現在身につけている能力」「社外でも通用する能力」「今後身につけたい能力」を複数回答で尋ねた。

 転職意向:転職に対する意向の強さを、「近い将来転職する可能性がある」から「転職は考えていない」までの4段階の尺度で尋ねた。

3.職場環境

 まず本人が置かれている職場環境の状況を、勤務先に対する評価、仕事への不満、失業に対する不安の3つの点からみてみたい。

 勤務先に対する評価についてみると、「雇用が安定している」と答えた割合(あてはまる+まああてはまる)が約60%で最も高く、ついで「能力がいかせる」(56. 6 % )、「信頼できる上司がいる」(52.5%)などとなっている(図表2)。ここであげた評価項目についてみると、最も低いのは給料面であり、「給料がよい」と答えた者は3人に1人にとどまっている。これらを年代別にみると、総じて50代以 上で評価が高く、20代以下で低い傾向がみられる。例えば、「雇用が安定している」と答えた割合は、50代以上で68.2%であるのに対して、20代以下では49.5%に過ぎない(図表3)。

 続いて仕事への不満についてみると、「仕事に見合った給料が得られない」をあげた割合が37.5%で最も高く、以下「仕事が忙しすぎる」「会社の将来性が見込めない」などが続いている。勤務先に対する評価と同様に、ここでも給料面に対する不満が高い。また会社の将来性に対する不満(おそらくは雇用不安とみられる)が第3位にあげられていることは注目される。年代別に不満の上位をみると、どの年代でも上位に挙げられる不満は前述した3項目であるが、30代以下の若年層と40代以上の中高年層では傾向が若干異なっている。20代以下では給料に対する不満に続いて、会社内での自分のキャリア等の形成(将来性)に関する不満が上位にあげられており、30代では仕事の忙しさに対する不満が特に高くあげられている。

雇用流動化時代の職業能力開発
(画像=第一生命経済研究所)
雇用流動化時代の職業能力開発
(画像=第一生命経済研究所)

 勤務先に対する評価や仕事への不満についてみた結果でも、雇用に対する不安感を見て取ることができるが、失業に対する不安を年代別に直接聞いた結果は図表5のとおりである。全体では約7割の人が不安あり(非常に不安+やや不安)と答えている。失業不安は全年代で高いが、中でも30、40代で強く感じられていることがわかる。ただし、不安を強く感じている者(非常に不安)は、50代で最も多い。

 以上でみたように、現在、男性就労者の間では、雇用に対する不安感が非常に高くなっているといえるだろう。

4.就労の見通し

 現在、雇用が流動化し、失業率が上昇しつつある。そうした中で、正規雇用で働く男性就労者にとっても、先に示したように雇用不安は決してひとごとではなくなってきている。日本型雇用の特徴であった終身雇用制度は、もはや当てにならないのであろうか。

雇用流動化時代の職業能力開発
(画像=第一生命経済研究所)

 現在の会社における定年までの勤続可能性を尋ねた結果が図表6である。ここでは横軸に会社の雇用状況(定年まで勤続できるか)、縦軸に本人の意向(定年まで勤続しようと考えているか)をとって、勤続可能性を4つに分類して尋ねている。その結果をみると、「定年まで勤務するつもりで、実際にできる(A群)」と答えた割合が約4割と最も高くなっている。しかし、会社の雇用状況からみて定年まで勤続できないと答えた割合も高い。「定年まで勤務するつもりはないし、実際に勤務できない(C群)」(12.4%)、「定年まで勤務するつもりだが、実際に勤務できない可能性もある(B群)」(16.5%)であり、合わせて3割弱が会社の雇用状況からみて定年まで勤続できないと考えている。なお、会社の雇用状況からみると定年まで勤続できる状況にあるが、本人の意思によって転職するなどして、定年までは勤めないだろうと答えた者(D群)も約2割いる。

雇用流動化時代の職業能力開発
(画像=第一生命経済研究所)
雇用流動化時代の職業能力開発
(画像=第一生命経済研究所)

 これら定年までの勤続可能性に関する意識は、年代による差が極めて大きくなっている(図表7)。「定年まで勤務するつもりで、実際にできる(A群)」と答えた割合は、50代以上では6割であるが、年代が低いほど少なくなり、20代以下では2割しかいない。逆に若年層で高いのは、「定年まで勤務するつもりはないし、実際に勤務できない(C群)」や「勤務できるが、定年まで勤務しないと思う(D群)」である。中でも、本人の意思によって転職などをしようと考えているD群が、30代以下では3割近くいることは注目される。

雇用流動化時代の職業能力開発
(画像=第一生命経済研究所)

 また、会社都合により定年まで勤続できないと答えた者にその理由を尋ねたところ、「早期退職・リストラ」(38.0%)、「倒産・合併」(30.3%)をあげた割合が高く、次の雇用先が確保されている「出向・転籍」をあげた者は少数に過ぎない。

 最後に、将来の勤続意向に関連して、転職意向について尋ねた結果を示したい。「定年まで勤務するつもりで、実際にできる(A群)」と答えた者以外に、転職意向を尋ねると、30代以下では「近い将来転職」または「いずれ転職」と答えた割合が高い。一方、将来的な雇用が不安定であるにもかかわらず、40代、50代以上では「転職は考えていない」と答えた割合が多くなっている(図表8)。

 以上に示したように、定年までの勤続意向についてみると、3割の者が会社の雇用状況からみて定年まで勤続できないと考えている。その認識は30代以下の若年層で高い。こうした危機感を強く抱いている若年層では、転職を考えている割合も高い。注目すべきことに若年層では、会社の雇用状況といった受動的な点から雇用流動化していくだけではなく、自らのキャリア形成のために能動的に流動化を志向している者も多いことである。その点からも彼らは能動的に雇用流動化をすすめていく予備軍であるといえよう。終身雇用制度の崩壊を目の当たりにして、若年層では定年まで勤続できない状況になりつつあることを理解し、転職といった具体的な対応を取ることを考えていることがわかる。一方で、中高年層の対応が遅いことは気にかかる点である。中高年層では失業に対する不安感が高いにもかかわらず、定年まで勤続可能と考えている者が多く、転職などの手段は考えていない者が多くなっている。無論、定年を目前にしている、あるいは中高年層に対する求職が少ないという事情もあるだろう。しかし、ここでの分析結果からは、若年層の動きの速さと中高年層の動きの遅さが浮かび上がっている。

雇用流動化時代の職業能力開発
(画像=第一生命経済研究所)

5.現在身につけている能力

 雇用が流動化する社会で働いていくためには、労働市場で評価される能力をどれだけ保有しているかが重要になる。保有している能力が多く、かつ高い者の方がそうでない者よりも市場価値が高くなるため、失業リスクは低くなり、転職は容易になるであろう。以下では、現在身につけている能力と今後の能力開発の意向(今後身につけたい能力)に関する分析結果を示す。

 まず、現在身につけている能力について調べた結果が図表9である。「専門分野の知識・技術等」を身につけていると回答した割合は6割超となっている。それ以外の項目についてみると、「社内人脈」「営業力」「社外人脈」「IT知識・技術」などが上位にあげられている。また、回答者にそれらの能力が社外でも通用するかどうか尋ねたところ、「社内人脈」を除き、ほとんどの項目について6~7割程度が社外でも通用するととらえられている。

雇用流動化時代の職業能力開発
(画像=第一生命経済研究所)

 「専門分野の知識・技術等」は具体的な項目が不明であるため、この項目を除いた上で能力項目について因子分析(主因子法、バリマックス回転)を行うと、図表10のような2つの異なった能力因子が抽出された。第一因子の因子負荷量が高いものは「社内人脈」「社外人脈」「営業力」であり、これらは<ネットワーク系能力>であると解釈される。第二因子の因子負荷量が高いものは「IT知識・技術」「マネジメント能力」「ビジネスの基礎知識」「経営ノウハウ」「語学力」であり、これらは<知識・技術系能力>であると考えられる。以上の結果から、仕事にかかわる能力には、<ネットワーク系能力>と<知識・技術系能力>に大別される2つの系統の能力があるといえる。これら2種類の系統の能力それぞれの保有個数を、年代別、職種別に示したものが図表11である。ネットワーク系の能力は30~40代、事務職、管理職で多く保有しており、知識・技術系の能力は40代、管理職で多く保有していることがわかる。

雇用流動化時代の職業能力開発
(画像=第一生命経済研究所)
雇用流動化時代の職業能力開発
(画像=第一生命経済研究所)
雇用流動化時代の職業能力開発
(画像=第一生命経済研究所)

 これら2つの能力の保有数と転職意向度および失業不安度の関係をみたものが図表12である*1。40代以上の年代では、ネットワーク系能力、知識・技術系能力とも保有数が2つ以上の者で、失業不安度が低くなっている。管理職でこれらの能力保有数が多いことも反映してはいるが、対象者を管理職だけに絞った場合でもほぼ同様の傾向がみられる。また知識・技術系能力の保有数が多い者ほど、30代以下では転職意向度が統計的に有意に高くなり、40代以上では有意差まではみられないものの同様の傾向がみられる。なお、ここでいう失業不安度とは、あくまでも本人が回答した結果であるため、実際の失業リスクとは異なっている。しかし、回答者本人の保有能力数が多いと失業不安度を低く認識していることは、これらの職業能力を多く保有していると市場価値が高く、失業リスクは低くなり、転職が容易になるという雇用状況に置かれていることを表していると考えられる*2。特に、能力の保有数が多いほど中高年層において失業不安度が低くなっているところをみると、若いころからの能力開発の結果は中高年時における失業リスクを低減することにつながるものと推察される。

6.能力開発の意向

続いて、今後、身につけたいと考えている能力について、分析した結果が図表13である。ここでは、雇用の安定度*3と年代別に、今後身につけたい能力の有無をみた。第一の特徴としては、雇用が安定している者よりも不安定である者の方が、各種項目についての能力開発意識が高く、「特にない」と答えた割合が低くなっていることが指摘できる。雇用が不安定である者の方が、労働市場での価値を高めるために、各種の能力開発に意欲的である様子がうかがえる。第二の特徴としては、30代以下よりも40代以上の方が、能力開発に対する意欲が低いことがあげられる。中でも雇用不安定層の者では、「経営ノウハウ」「語学力」「IT知識・技術」「社外人脈」といった項目で、中高年層は若年層よりも各種の項目をあげた割合が有意に低くなっている。

 なお、中高年層の方が、長年の蓄積から既に保有している能力が多いため、改めて今後身につける必要性を感じていないということも想定できる。この点を明らかにするために、図表13と同様の方法で、今度は現在保有している能力と今後身につけたい能力を合わせた「能力の保有+開発意向」をみたものが図表14である*4。しかし、ここでも30代以下よりも40代以上の方が「能力の保有+開発意向」が低くなっていた。

 以上のことから、今後の能力開発意向は、雇用が不安定である者の方が高く、中高年層よりも若年層の方が高いといえる。

7.結論

 本稿では、現代の男性就労者たちが、雇用流動化時代をどのように受け止めているのか、そうした流れの中でどのような対応をしようとしているのかを、調査データから探ってきた。分析結果から明らかになったことは、次の点に整理できる。

 第一は、企業のリストラや倒産・合併が進行する中で、多くの就労者たちが、雇用の安定が崩れ、自分も失業のリスクにさらされていることを強く意識していることである。失業の不安があると回答した者は7割に上り、現在勤めている会社の将来性が見込めないという回答も多く寄せられている。自分が現在の会社で定年まで勤続できる(自分も勤続する意向である)と回答した者は4割に過ぎない。その割合は、50代以上では6割であるが、20代以下では実に2割である。

 第二は、年代別にみると、若年層ほど雇用流動化を身近なものととらえており、動き出しも早いことである。終身雇用制度の崩壊を目の当たりにして、若年層では定年まで勤続できない状況になりつつあることを理解しており、転職といった具体的な対応を取ることを考えている。転職を視野に入れている割合は、30代以下では7割以上に上っている。一方で、中高年層の対応はやや遅いように思われる。中高年層では失業に対する不安感が高いにもかかわらず、定年まで勤続可能と考えている者が多く、転職などの手段は考えていない者が多くなっている。

雇用流動化時代の職業能力開発
(画像=第一生命経済研究所)

 第三には、雇用流動化時代においては、職業能力を多く保有することが、中高年時における失業リスクを減らすとみられることがあげられる。調査結果からは、営業力、社内外の人脈といったネットワーク系の能力やビジネス知識、ITスキルといった知識・技術系の能力をより多く保有している中高年ほど、失業の不安が低くなっていた。このことは、さまざまなスキルを身につけている彼らが、失業リスクが低い職場やポジションに就くことができている、あるいはいざとなった際にはすぐに代わりの就職先を見つけ出すことができる状況にあることを示唆している。できるだけ多くの能力を身に付けるように、積極的にそれらの能力開発を行っていくことが求められる時代が到来しているといえよう。

 ただし、今後の能力開発という点についてみると、ここでも年代による温度差がある。若年層の方が総じて能力開発の意欲は高く、中高年層は消極的である。

雇用流動化時代の職業能力開発
(画像=第一生命経済研究所)

 この差は、長年の蓄積によって中高年層が若年層よりも既に多くの能力を保有しているというアドバンテージによっても埋められない大きさである。中高年層の意欲の低さは気になるところである。

 かつて日本型雇用が安定していた時代においては、若いうちに社内で通用する知識・技術やネットワークを身につければ、その後は終身雇用制度によって定年まで過ごすことができたかもしれない。だが、雇用流動化時代においては、そのような過去の蓄積だけでは、生涯にわたる雇用の維持は困難になりつつある。こうした時代における就労者個々人の武器は、労働市場でも通用する職業能力をどれだけ保有できるかということであり、現在の年齢にかかわらず不断に能力開発を行っていくことが求められているように思われる。雇用環境の変化に伴って、就労者個々人に求められる能力の種類や能力開発の方法が変革期を迎えているのが、現代であるといえるだろう。(提供:第一生命経済研究所

【脚注】
*1 転職意向度:転職意向に対する回答に、「近い将来転職する可能性がある」(4点)から「転職は考えていない」(1点)までの4段階の得点を与えて、これを合計したものである。失業不安度:失業に対する不安感の回答に、「非常に不安」(4点)から「不安ではない」(1点)までの4段階の得点を与えて、これを合計したものである。

*2 ここでの分析からは割愛した「専門分野の知識・技術等」についても、転職意向度と失業不安度との関連を分析したが、この能力を持つと回答した者の方が転職意向度が高く、失業不安度が低いという関係はみられなかった。

*3 定年までの勤続意向に対する回答結果で、定年まで勤続できる職場環境であり、自分も実際に定年まで勤続しようとしている者を「雇用安定」、それ以外を「雇用不安定」と分類した。

*4 既に能力を保有している、および「今後身につけたい」と答えた割合である。

研究開発部 副主任研究員 松田茂樹