当研究所は設立後14年目に入った。おさらいではあるが当研究所の特色としては、

 ①生活周りの研究所ということである。経済中心の研究所が多いなかでそれらとは異なりユニークな生活研究所として、「揺りかごから墓場まで」のライフステージの諸テーマを取り上げ研究、情報発信している。経済中心であればこれは説明を要すまい。多くの日本の会社人間にとっては経済や金融については、基礎知識や現在の動きについて共通の理解があって、いわば共通語で話せて関心も高く議論しやすい。一方、家族や心(生きがい)や教育とかの生活周りについては、テーマが多岐にわたる上に、日本では奥方任せになっている人が多く、なじみが少ない分野なのではなかろうか。新聞の紙面で言えば経済欄と生活・家庭欄との違いといえば分かりやすいかと思う。経済や金融については、構造不況対策や先行きの予測が各方面からなされる一方で、マーケットは日々動いているから絶えずウォッチしていく必要があり目が離せない。変化が激しくビジネスそのものであるから。他方、生活周りはじわじわと変化し数十年経過した後に大きく問題視され、それから手を打とうとしても、重く難しいテーマが多く、提言に新味を出し難くビジネスにもなり難い。少子化や教育といった問題が後者である。高齢社会の中で豊かに生きていく上で、また将来の日本の健全な発展のためには、生活周りの現状認識と対応策の提言は経済と同様に大切であることは論を待つまでも無かろう。

 ②次いで研究員の取り組み方に特色がある。多くの研究所ではテーマは与えられるか、または外部から受託するのが一般的だろう。しかし当研究所では生活周りのテーマの中から自分が調べ上げて世の中に発信したいテーマを絞り込み、加藤所長ほかの指導を受けて論文を完成させる。1年かけて基本的には一人で完成させる。そのためにはテーマをどう絞り込むのかが重要である。単にデータを寄せ集めて大論文を作成するのではなく、ニッチな分野に対象を絞り内外の文献にあたり、アンケート調査を実施し、積極的に現場を往訪して情報を入手している。いわば手作りで研究を行っているといえよう。

 時節がら高齢者対策のテーマが多いが、高齢者対策はかくあるべきという大論文を一人で書くのではなく、グループホームやケアハウスなどニッチなテーマに的を絞ってアプローチしていく。少子化対策の一つとして保育園に着目し、その充実・拡大に焦点をあてている研究員もいる。自主研究が中心であるが、研究の専門性を買われ外部からの発注も受けている。金額は大きくはないが、少子高齢化や在宅介護の面で県や区などから受託するケースや、早くから携帯電話に取り組んでいる研究員の実績を買われ、ノキア社から日英フィンランド3ヵ国の比較のための日本側調査を受託(海外から初受託)しているようなケースもある。いずれにしろ小ぶりであっても、専門家になれる人材を育て、実証的に調査・研究をして広く社会に提言を行うことを目的としている。

 さて今月は小谷みどり副主任研究員の論文である。小谷研究員は早くから死の周辺に着目し「変わるお葬式、消えるお墓」(岩波書店)など既に単行本を3冊上梓し、講演会の講師としても多忙である。人生は生老病死というライフステージで表現されるが、老病死は暗く弱い部分である。「恍惚の人」出版から30年、映画「お葬式」上映から18年たつ。このため必ずしも隠蔽されたものではなくなったものの弱者やその周辺の人への情報提供は少なかっ た。

 小谷研究員はまずはホスピスという概念を整理し、施設ホスピスに対比して在宅ホスピスという言葉を導入し、海外では住み慣れた場所で緩和ケア(ホスピス)を受けるのが主流(最末期は入院も可)とした上で日本でもQOL向上を図るための緩和ケアへの正しい理解を訴えている。筆者の義父は2ヵ月間自宅で緩和ケアを受けた後自宅で大往生を遂げた。大家族と在宅ホスピス医の存在があり可能になったのだが、本人はもとより家族の達成感は筆舌に尽くしがたいものがある。今後の死亡者増や医療保険財政の限界も視野に入れていることが論文に厚みを増している。

 在宅ホスピス普及のためにはサポート体制の不足など問題山積だが、だれもが回避することができない死の周辺には取り扱うテーマも多く、小谷研究員がここに焦点を絞り込めたことは自発的に研究テーマを選択できる研究所の成果ともいえよう。(提供:第一生命経済研究所

ライフデザイン研究所 代表取締役社長
山ノ井清蔵