先日、「東京会議」と「読売国際経済懇話会」共催の「日本型循環社会を創るには」というフォーラムでパネリストの高坂節三氏(栗田工業顧問、拓殖大学客員教授)がこれからの都市の構造について、「歩いて通える街づくり『ウオーク・ツー・ワーク』という考え方を取り入れるべきだ」と提言した。
高坂氏はアメリカの自動車社会にふれて、環境問題の視点から二酸化炭素排出量の多いことを指摘し、自家用車なしでは生活できなくなっている社会がいいのか、街づくりも職住近接をまず考えるべきだ、と主張した。
政府は内閣総理大臣を本部長とする都市再生本部の設置を平成13年5月8日閣議決定した。同本部は、環境、防災、国際化等の観点から都市の再生を目指す21世紀型都市再生プロジェクトの推進や土地の有効利用等都市の再生に関する施策を総合的かつ強力に推進するため検討を開始したが、その基本的課題の中に「20世紀の負の遺産」の解消として「長時間通勤」が国民に不要な負担を強いているものとして取り上げられている。
また同本部では8月28日本部決定の「都市再生として対応すべき重点分野」の中で、活力のある都市活動の確保として「通勤・通学混雑解消」と、だれでも能力を発揮できる安心で快適な都市生活の実現として「職住近接のまちづくり」を具体的課題の1項目として取り組むこととしている。
かつて地方では学校の裏手に教師の公営住宅が何軒かあったものだ。その他も自転車か徒歩で通える距離に住んでいる先生が多かった。当時生徒は何かあればそのような近くの先生の自宅にお邪魔し交流したものである。
筆者が入社した会社では営業所の所長社宅が事務所の上の階に併設されているところがあった。また、郊外に先駆的に建てられた第二本社ビルには最上階に社宅を併設する構想が当初にはあったと聞かされたことがある。実際は歩いて通える場所に家族用社宅と独身寮が設置された。まさにこれらのケースは職住近接である。
筆者を含め周囲にはドア・ツウ・ドアで片道100分以上要して都心に電車通勤している人が多い。片道100分として1日200分、月間4,400分(73時間)、年間では約880時間で日数換算して約36.6日、なんと1ヵ月を超える時間を通勤に充てていることになる。これではいくら現役世代でも疲労が日々蓄積されるというものである。
日本は高齢社会への道をひた走っている。高齢社会では若年労働力が不足するので高齢者の労働力に期待が大きいが、その前提として高齢者の体力のことを考えると「職住近接」が絶対条件ではないかと思われる。もちろんパソコン等により、在宅勤務やサテライトオフィスもいっそう進展すると思われるが、高齢者の持っている技術や折衝力などを生かすためにはやはり現場での仕事が欠かせないであろう。しかし、高齢者が若い現役のときと同じくラッシュにもまれ長距離通勤することには体力的に耐えられないだろう。そうであるなら住居と職場が近い方がいいに決まっている。職住近接で体力も温存でき自由な時間も確保される。
諸外国や我が国でも地方ではそれが当たり前のように昼飯を自宅に帰って家族と食べられるような職住近接が多い。かつては地方に限らず東京の下町でも職住近接で経済や文化を支えていた。職住近接になれば、社会全体の通勤コストが大幅に削減されエネルギー消費が抑えられるので、冒頭の環境問題にも貢献する。先の営業所のように事務所の2階が居宅というのは、いかにも精神的にくたびれることであるが、多くの人が歩いて通える距離に住むことで新たな共同体が生まれ、また個人の生活も豊かになるのではないだろうか。
このように「職住近接」は、環境、都市再生、現役世代の活性化、高齢者労働力の確保などさまざまな観点から取り組むべき現代日本の課題である。
ライフデザイン研究所では毎年シンポジウムを開催して時々の社会的に関心の高いテーマを取り上げご好評を頂いているが、今年度は「少子高齢社会はこわくない」というテーマで、女性や高齢者にやさしい環境づくりと現役世代の活性化について識者による議論を展開することとしている。ご期待いただきたい。(提供:第一生命経済研究所)
ライフデザイン研究所 常務取締役 村場悦郎