遺言書は被相続人が遺産の処分について意思を書き残したものです。自筆証書遺言は、一定の要件に従って自筆で書く遺言書で、一人でいつでも作成できます。しかし、本当に被相続人が遺言書を書いたかどうかを立証する手段がなく、遺言書が他の人によって偽造されるケースもあります。
たとえば、次のような場合に遺言書の偽造が疑われます。
- 認知症になっていて意思表示ができないはずなのに遺言書が書かれたケース
- 病気が進行して文字が書けない状態なのに遺言書が書かれたケース
- 遺言書の内容が特定の相続人に有利で、被相続人が生前に言っていた内容とは異なるケース
遺言書の偽造が疑われる場合にはどのような対応をすればよいのでしょうか。偽造を防ぐ方法はないのでしょうか。この記事では、これらの疑問についてお答えします。
1.遺言書が偽造された場合には遺言は無効になる
民法968条では、自筆証書遺言について、遺言者がその全文、日付、氏名を自書して押印することを求めています。偽造された遺言書は「自書」という要件を満たしておらず、無効になります。
偽造された遺言書を無効とするためには、遺言無効確認の訴えを起こしますが、原則として最初に家庭裁判所で家事調停を申し立てなければなりません。ただし、対立が激しく話し合いで解決できない場合がほとんどなので、すぐに訴訟を提起することもあります。
遺言者の筆跡をまねて遺言書を偽造するだけでなく、遺言者が文字を書くことが困難な場合に、他人が介助して筆記したときも遺言書が無効になる場合があります。文字を書くことが困難なときは、公正証書遺言で遺言書を作成することをおすすめします。
2.遺言書の偽造は筆跡鑑定で見抜く
遺言書の偽造をめぐる問題では、本当に被相続人本人が遺言書を書いたのかどうかが争点になります。
そこで、筆跡鑑定の専門家に鑑定を依頼します。筆跡は年齢だけでなく、その日の体調や使用した筆記具、筆記したときの姿勢によっても変わります。本人の筆跡か、本人の筆跡をまねて書かれたものかを見分けることは専門家でなければ難しいものです。
筆跡鑑定では本人が書いたとされる手紙などの筆跡と遺言書の筆跡を比較して、本人が遺言書を書いたかどうかを鑑定します。参照となる筆跡資料が多いほど、より確かな鑑定が可能になります。偽造した人がわかっている場合は、偽造者の筆跡も用意できるとより高い精度での鑑定が期待できます。
ただし、筆跡鑑定には公的な資格はなく、鑑定人の能力にばらつきがあるのが実情です。どの専門家に依頼するかは、実績などを参考に慎重に検討しましょう。
3.遺言書が偽造されて裁判になった場合の有名な判例
この章では、遺言書が偽造されて裁判になった場合の判例をご紹介します。
【判例1】高松高裁平成25年7月16日
●遺言者は脳梗塞を発症して文字を書くことが困難であったにもかかわらず、自筆証書遺言が作成されていた。
自筆証書遺言の筆跡と遺言者が書いた筆跡(遺言作成時と同時期に遺言者が差し出した年賀状)を比較したうえで、遺言は自筆で書かれたものではないとして無効とされました。
【判例2】松山地裁平成17年9月27日
●遺言者は認知症を患って意思表示ができない状態であったにもかかわらず、自筆証書遺言が作成されていた。
自筆証書遺言の筆跡と遺言者が書いた筆跡は異なるという筆跡鑑定結果と、遺言が作成された時点の遺言者の認知症の程度から、遺言は遺言者が自ら書いたものではなく無効であると判断されました。
【判例3】最高裁昭和62年10月8日
●遺言者は白内障による視力の減退と、脳動脈硬化による手の震えから筆記が困難であった。
●一文字ずつ文字を声に出して確認しながら遺言者自身が手を動かして自筆証書遺言を書き上げたが、妻に手を握らせて補助を受けていた。
自筆証書遺言は整然と書かれていて、遺言者の健康状態から見て妻が支えていただけとはいえない状態でした。自筆証書遺言は妻の積極的な意思で筆記されたと判断され、無効とされました。この例は遺言書の偽造とまではいえませんが、自書要件を満たしていなければ自筆証書遺言が無効となるケースとしてご紹介しました。
4.遺言書を偽造した場合に問われる罪
遺言書を偽造・変造すると、民法と刑法の両方からペナルティーが科されます。
民法では、遺言書を偽造した人は相続欠格となり、相続人ではなくなります。つまり、遺産を一切受け取ることができなくなってしまいます。ただし代襲相続はできるので、偽造した人に子供がいればその子供は遺産を受け取ることができます。
偽造だけでなく、被相続人をだましたり脅したりして遺言書を書かせた場合、または書かせようとした場合も相続欠格となります。
刑法では、遺言書の偽造や変造は私文書偽造罪・変造罪にあたり、3か月以上5年以下の懲役が科されます。
5.遺言書を偽造されないためには公正証書遺言の作成を
遺言書の偽造を防ぐためには公正証書遺言を作成することをおすすめします。
公正証書遺言は、公証役場で公証人と証人2名の立ち合いのもとで作成され、原本は公証役場で保管されます。そのため、遺言書が偽造される可能性はほとんどありません(ただし、過去には他人が遺言者になりすまして公正証書遺言を作成した事例があり、偽造のリスクが全くないとはいえません)。
費用は公証人の手数料のほか、証人の日当、税理士や弁護士などの専門家に遺言作成のサポートを依頼した場合の報酬などが必要です。
公正証書遺言について詳しいことは、次の記事を参考にしてください。
もし明日あなたに不幸があったときに家族を守るための遺言作成完全ガイド
(3.【専門家にお任せしたい人向け】公正証書遺言の書き方パーフェクトガイド)
6.まとめ
ここまで、遺言書の偽造が疑われる場合の対応方法と偽造を防ぐ方法についてお伝えしました。
自筆証書遺言は、書いた本人が亡くなっているため、本当に遺言者が自ら書いたものであるかの立証は難しくなります。遺言無効確認の裁判では、筆跡鑑定や当時の遺言者の健康状態などから偽造されたのかどうかが判断されます。
遺言書が偽造されたことが確認されれば、遺言書は無効となります。遺言書を偽造した人は相続権を失い、刑事罰に問われる可能性もあります。
相続人どうしのトラブルを避けるためには、多少の手間と費用をかけても公正証書遺言を作成することをおすすめします。
(提供:税理士が教える相続税の知識)