シンカー:2018年までと2019年からの経済状況のもっとも大きな違いは、財政政策のスタンスが引き締めから緩和に転じたことだろう。財政スタンスが引き締めから緩和に転じる理由は四つある。一つ目は、基礎的財政収支の黒字化目標が2020年度から2025年度に先送りされたことである。二つ目は、2018年の夏に災害が多発し、多くの人命と財産が失われ、公共投資に対する国民の考え方が大きく変化したことである。三つ目は、2019年には重要な選挙が行われることである。四つ目は、米国の貿易赤字を縮小しようとするトランプ大統領との関係を内需拡大により良好に保つ必要があることだ。内閣府の中長期の経済財政に関する試算でも、団塊世代がすべて後期高齢者となり医療費を含めた社会保障費が膨張すると懸念される2025年度でも、日本は過剰な民間貯蓄を背景に大きい経常黒字国であり続けることが示されている。2025年度を過度に警戒して財政再建を急速に推し進めるこれまでの誤ったスタンスは政権の中で修正され、デフレ完全脱却が再び最優先事項となっているようだ。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

2018年までと2019年からの経済状況のもっとも大きな違いは、財政政策のスタンスが引き締めから緩和に転じたことだろう。

2018年9月の自民党総裁選挙で安倍首相が勝利をし、3年間の最後の任期を得て、デフレ完全脱却に向けてラストスパートをかけることが確定したことが転機だったとみられる。

財政スタンスが引き締めから緩和に転じる理由は四つある。

一つ目は、基礎的財政収支の黒字化目標が2020年度から2025年度に先送りされたことである。

2021年度が任期末である安倍首相がとうとう目標に拘ることなく、デフレ完全脱却のために財政政策を使うことができるようになった。

2021年度までは財政政策を使ってでもデフレを完全脱却し、強い経済を残すことが純粋に安倍内閣の責務となった。

財政再建は、2022年度から2025年度まで、その強い経済を基盤に、次の内閣が実行する責務となった。

二つ目は、2018年の夏に災害が多発し、多くの人命と財産が失われ、公共投資に対する国民の考え方が大きく変化したことである。

それまで公共投資は、「ばらまき、箱物、非効率」などと言われ、国民の評価は厳しかった。

現在は、災害とインフレ老朽化への対策、そして将来の安心できる生活のために、公共投資の必要性が認識され始めている。

国土強靭化を軸とする財政支出は増加する傾向となるであろう。

三つ目は、2019年には重要な選挙が行われることである。

4月の統一地方選挙と夏には参議院選挙がある。

国民に景気拡大に実感を届けるのが急務であり、財政政策の緩和への力となるだろう。

四つ目は、米国の貿易赤字を縮小しようとするトランプ大統領との関係を内需拡大により良好に保つ必要があることだ。

トランプ大統領を説得するためには、政府は財政を拡大してでも内需を拡大し、デフレ完全脱却を成し遂げ、米国の製品・サービスの輸入を増加させるコミットメントが必要だ。

更に、2%の物価目標はグローバル・スタンダードであり、その達成のため、円安誘導ではなく、内需を拡大させるための国内要因として日銀は大規模な金融緩和を続けていると、各国を説得する必要に迫られている。

大阪で開催されるG20では経常収支の不均衡が大きな議題となる可能性が高く、金融緩和の継続は円安ではなく内需拡大のためであるという2%の物価目標の「鉄板ロジック」と、大きな経常黒字を抱えて内需拡大が期待される議長国の日本の財政拡大は必要不可欠となる。

財政緊縮により内需を低迷させ、自国の財政赤字を縮小するだけが目的のような行動は、議長国としての責務を果たせず、トランプ大統領からドル・円の水準調整などの強烈な要求を突きつけられることになるリスクとなろう。

内閣府の中長期の経済財政に関する試算(悲観的なベースラインケース)でも、団塊世代がすべて後期高齢者となり医療費を含めた社会保障費が膨張すると懸念される2025年度でも、日本は過剰な民間貯蓄を背景に大きい経常黒字国であり続けることが示されている。

2025年度を過度に警戒して財政再建を急速に推し進めるこれまでの誤ったスタンスは政権の中で修正され、デフレ完全脱却が再び最優先事項となっているようだ。

消費税率引き上げによる増収分は、デフレ完全脱却まで経済政策として支出され、その引き上げは財政的には中立化されるだろう。

表)内閣府中長期財政試算 部門別収支予測(ベースラインケース)

内閣府中長期財政試算 部門別収支予測(ベースラインケース)
(画像=内閣府、SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司