ゴールド
(画像=(画像=Cinematic Boy/Shutterstock.com))

はじめに

金価格が上昇している。昨年10月から金価格は上昇一辺倒となり、直近には1,300ドルを超えている。かつて別所にて指摘したことがあるのだが、工業用途がその半分を占める、景気のバロメータとされている銀価格も上昇しているものの、金価格はそれ以上の上昇を記録しており、世界経済におけるリスクを示す指標とされる金銀比価はますます上昇している。

図1

こうした中で注目すべき主体が金塊を購入している。それは中央銀行である。

何が起こっているのか?

世界の主要金鉱山会社40社がメンバーとなって設立された非営利組織であるワールド・ゴールド・カウンシル(World Gold Council)が発表した統計によれば、直近3年間で重要な金塊購入者はロシアに中国、カザフスタン、更にはトルコであり、ここ1年ではハンガリーにインド、そしてポーランドだという。我が国ではあまり聞かない国々が半分を占めているが、実はそれ以外の著名な国々と同様、いずれもリスクを抱えている国なのである。

(図表1 中央銀行による金塊購入量の変化)

図2
(画像=OMFIF)

ロシアが金塊購入量を増大させ始めたのは、ウクライナとの対立を受けて欧米が経済制裁を発動してからであり、今でも増大一辺倒である。そもそもロシアは2017年ベースで世界第3位の金生産国であり、同年には255トンを生産している。ロシアはイランやヴェネズエラといった諸国に軍隊を派遣し続けている。経済制裁を受けつつも何故ロシアの財政が破綻しないのかといえば、派遣国が産油国であるためにそこでの地政学リスクの高まりが原油価格=ロシアの中核的収入源を増大させているという事情と共に、順調に金準備を増しているからである。

カザフスタンというと、読者はサッカー位でしか聞く機会が無い国かもしれない。しかし、ウラン生産量が世界第2位で2000年中盤からは我が国の大手商社や電力会社がその確保のために進出している。他方で、カザフスタンで注目すべき点が2つある。1つは同国が中央アジアの地域大国であり中国と「一帯一路」政策における重要な拠点であるという点である。もう1つはナザルバエフ大統領の任期である。

(図表2 カザフスタンを中心とした中央アジアの地図)

図3
(画像=日本貿易振興機構(JETRO))

1点目について付言すると、ナザルバエフ大統領はユーラシア主義の推進者であり、ユーラシア運河やユーラシア連合を提案し、ユーラシア国立大学、ユーラシア・フォーラム、ユーラシア文化財団、ユーラシア開発銀行、ユーラシア銀行などがカザフスタンで設立されている。他方で、ユーラシア経済共同体やユーラシア経済連合の創設条約は何れもカザフスタンのアスタナで調印されているなど、地域大国としての地位を堅持しているのだ。そうした中で中国とカザフスタンは「一帯一路」政策を5年以上に渡り関係性を深めており、昨年11月に習近平国家主席とサギンタエフ首相が会見を行った際には、更に両国関係を深化させることを約束している。2点目について付言すると、ナザルバエフ大統領は1990年以来、28年以上に渡り大統領職を続けているのだ。

ここでリスクとなっているのが、ナザルバエフ大統領の退任問題である。御年78歳を迎えた同大統領について退任問題がささやかれているのである。同国の創設から大統領を歴任してきた中で、退任した場合、政治的な混乱が生じるリスクがあるのだ。上述した地政学的な問題から、このカザフスタン・リスクは中国と連動しているのである(無論、逆もしかりであるが)。

次に注目したいのがトルコである。トルコは昨年10月、牧師問題により米国と対立し、経済危機を迎えたのは記憶に新しい。しかし、その直後にはサウジアラビアのカショギ事件を巡り、トルコは米国に協力し積極的に捜査を行なった。

それ以後、トルコは不俱戴天の仇であるクルド人との対立を激化させており、このクルド人問題を巡り再度米国と対立を深化させているのだ。他方で、クルド人はロシアの仲介の下でシリアのアサド政権にも接近しており、米国がシリアからの撤兵を続ける中、ダークホースとなり得る。そうした中でトルコは中東での地域紛争に巻き込まれる恐れがあると考えられる。

中国は更なる強国になるのか

最後に中国である。中国による金塊購入について興味深い指摘をしているのが、シティ・オブ・ロンドンに所在する公的機関であるOMFIF(The Official Monetary and Financial Institutions Forum)が公表した報告書“The rise of central bank gold demand: Gold’s increasingly important role in the international monetary system”である。本報告書はこうした中央銀行による金塊購入の背景における結論として以下を述べている:

“Main gold buyers boosting links with China

At the margins, however, the growing role of China and the renminbi in the global economy may be affecting demand. The majority of net gold purchases were made by central banks of countries in south east and central Asia, with strong economic and financial ties with China”(註:太字は引用者)

すなわち、金塊を購入している全ての国は中国と強い経済的、金融的関係性を有しているのであるという。但し、これには注意しなければならない。まず中国は世界的に貿易を拡大させているために貿易上位国に中国が入っていない国はほとんど無く、それを指摘することにあまり意味が無い。また金塊購入量が増加している大国の1つであるトルコは、それ以外に比較すれば相対的に関係性が弱い。

何よりもシティ・オブ・ロンドンの代弁者なのがこのOMFIFであるが、リーマン・ショック以来、シティ・オブ・ロンドンは中国、特に上海にその金融機能をシフトさせているのである。すなわち、OMFIFの言説は基本的に中国シフトを“喧伝”する機関なのだということである。

「『上げ』は『下げ』のためであり、『下げ』は『上げ』のためである」というル・シャトリエの原理を忘れてはならない。カザフスタンやロシア、トルコといった係争を抱える諸国がその係争を乗り越えることが出来た場合、次なる「上げ」が生じる可能性が在る。他方で、中国については逆にショックが生じる可能性を忘れてはならない。直近ベースでも、定量分析上、2月14日生じる可能性の在る金融ショックは米国または中国(上海)、特に後者で生じるリスクが高いのである。

こうしたリスクはそう簡単に消えるわけではないため、金投資だけでなく、身の回りの金装飾品の売却といったレヴェルでも引き続き金価格に注目すべきである(このようなマーケットの今後、生活において注目すべき点について4月13日(土)に東京・日本橋でお話しします。詳しくはこちら(青字部分をクリック)を御覧下さい)。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

大和田克 (おおわだ・すぐる)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2014年早稲田大学基幹理工学研究科数学応用数理専攻修士課程修了。同年4月に2017年3月まで株式会社みずほフィナンシャルグループにて勤務。同期間中、みずほ第一フィナンシャルテクノロジーに出向。2017年より現職。