インド
(画像=(画像=The Hornbills Studio/Shutterstock.com))

はじめに

前回、各国の中央銀行が金塊を集めており、特にロシア、それに中国が保有量を増大させている旨、指摘した。他方で、一般に金マーケットを巡る議論をするとき、特に装飾品としての金を議論する場合に注目が集まるのがインドである。

歴史的に金に対する需要が大きいのがインドであるが、中国と隣接しており、両国は歴史的に対立と融和を繰り返してきた。昨年、両国は軍事的な意味でも関係性を良化させてきたのが、ここに来て変化を迎えつつある。

また国内情勢という意味でもインドは変化を迎えつつある。その典型が昨日に生じたカシミール地方における爆発事故(事件)である。カシミール地方を巡るインド、パキスタンの係争は古くから知られている。また過去、何度も小競り合いというレベルで対立を繰り返してきたのも事実である。しかし、事はそう簡単ではないというのが卑見である。

本稿は、いわゆるBRICS(Brazil, Russia, India, China, South Africa)と呼ばれ、2000年代に持てはやされてきた5か国の1つであり、我が国からの注目が強く集まっているインドの現在と未来を考える。

何が起こっているのか?

インドと聞くと大英帝国の旧植民地であり、他方でBRICSの一大エマージング・マーケットとして注目を集めてきた。その人口が2030年には中国を追い抜くという予測をインド当局は発表している。我が国においても、スズキを典型にインド・マーケットへ進出する企業は多い。 他方で、いくつか気になる動きを見せてきたのも事実である:

(1)高額紙幣の切り替え
(2)アドハーの導入
(3)軍拡

インドにおける動向で何よりも注目を集めたのが、2016年に実施された(1)高額紙幣の廃止であった。2016年11月、モディ首相がその時点での1,000ルピー札と500ルピー札を無効にする旨、公表したのだ。その効力は公表の翌日からとなると宣言したため、新1,000ルピー札と新2,000ルピー札を求めて同国では混乱が生じた。

その理由として、ブラック・マネーの撲滅があるという。インド国内経済においては依然として現金経済が主流である。また近年導入されるキャッシュレス決済では足が付きやすいということもあり、ブラック・マネーも現金で利用されることが主流である。これを撲滅しようというのだ。

しかし、話はこれだけではないというのが筆者の意見である。世界を震撼させ我が国でも大きな話題を呼んだパナマ文書において、インドに関する興味深い指摘が存在する。それは紙幣製造に関わる英国企業(De La Rue)とインドのビジネスマンの間で贈収賄があったという。それに関係するのだ。

インドにおいて紙幣製造は全て国内で行っており、その1つは国営企業であり、もう1つは中央銀行である。しかし、その輪転機器は上述した英国企業製と我が国の小森コーポレーション製のものが利用されている。他方で、紙幣用の専門紙は欧州の複数企業から購入している。その例を挙げると独Louisenthal、前述した英De La Rue、スウェーデンのCrane、そして仏蘭Arjo Wigginsである。実はその紙幣用紙がパキスタンに流れていた旨、しかもそれが欧州企業から直接流れていたということをインドのインテリジェンス機関が公表しているのだ。高額紙幣廃止によって実現しようとした目的に、ブラック・マネー撲滅以外のものがあったとしても不思議はない。

インドにおいて、更にアドハーの導入を進めている。アドハーとは簡単に言えば、インド版マイナンバーである。但し、我が国のマイナンバーよりも徹底しており、生体情報をも登録する必要が在る。

これについて、納税者番号であるPANと銀行口座と三者間でリンク(紐づけ)がインドで進められている。しかし、期限まで後2か月と迫った先週(7日)段階で全体の僅か50パーセント程度しか進んでいないという。

このアドハーや銀行口座、PANとの紐づけは明らかに納税逃れの防止や財産把握といったことが理由であると言えるが、なぜそこまで徹底してこのようなことをしなければならないのか、という疑問が残る。それを解くカギが前述した高額紙幣の廃止である。高額紙幣を廃止すると、高額の個人間ないし法人間商取引は電子決済ないし銀行口座取引に移行せざるを得ないということだ。それは政府側が国民のマネー・フローを把握しに掛かっているということを意味するわけだ。

そこまでして何がしたいのか、それに関連する3つ目の注目ポイントが軍拡である。インドは長年、世界最大の武器輸入国であった(今もそうである)。ロシアやイスラエル、フランスなどから多数の武器を輸入している。そうした中で新たな武器購入が進んでいるのである。

それ以上に注目したいのが、各地でそうした最新武器が配備されつつあるという事実である。たとえば、カシミール地方で最新型のスナイパー・ライフルが配備されたという。カシミール地方での地政学リスクの高まりの象徴だということで筆者は注目していたのだが、案の定、上で触れたようにカシミール地方で爆発事件が生じた。

インドの今は何を意味するのか

上述した3つの事例を通じて考えられるのが、インドが戦闘態勢に入りつつあるということである。高額紙幣を突如として停止することで高額取引を銀行取引や電子取引といった政府として把握しやすく、統制しやすい形態へと追い込む。またアドハーやPAN、銀行口座の紐づけにより個人の資産をも把握、統制しやすくする。

さらに注目したいのが、米国らからの制裁が強まるベネズエラがインドへの原油輸出を拡大させつつあるということである。エネルギーは戦争においても根幹であるのは、我が国の敗戦の歴史が我々に痛感させる事実である。 インドはほんの30年前まではパキスタンや中国と戦争を繰り返す国家であったことを想い出すべきである。

インドが中国との係争を更に拡大させつつあるということは、過去にも触れた。地域大国であり、イランやイスラエル、中国といった地政学リスクを抱える国と連動しやすいインドがそのようなリスクを抱える今、BRICSといったワードの意味を考え直すべきである(このようなマーケットの今後において注目すべき点について、4月13日(土)に東京・日本橋でお話しします。詳しくはこちらを御覧下さい)。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

大和田克 (おおわだ・すぐる)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2014年早稲田大学基幹理工学研究科数学応用数理専攻修士課程修了。同年4月に2017年3月まで株式会社みずほフィナンシャルグループにて勤務。同期間中、みずほ第一フィナンシャルテクノロジーに出向。2017年より現職。