はじめに

事業承継税制の活用
(画像=PIXTA)

円滑な事業承継というテーマにおける危機・課題意識は、主に中小企業経営者の高齢化の進行と、それに追いつかない後継者への引継ぎについてである。個々の事業が廃業になることも残念な話である上に、中小企業の多いわが国では、そうした企業が持っている技術が失われることが、国全体の発展にとって大きな痛手となりうる。また、雇用のキャパシティが減少してしまうという側面もある。

そうした課題を解決するため、円滑な事業承継を国の政策として支援、税制優遇していくのが、中小企業庁の「中小企業の事業承継に関する集中実施期間について」(2017年7月発表)の5ヵ年計画(2017年度~2021年度)である。また、2018年度税制改正における優遇は2018年1月1日~2027年12月31日に、実質的に事業承継を行う者を対象とするもので、10年間の優遇措置であり先は長い。

この稿では、まず事業承継に関する基本的な事項全般を概観したあとで、主に税制と事業承継を円滑に行うためのいくつかの方策について紹介する。

事業承継に関する基本的な事項

事業承継とは、読んで字の如く、会社の経営の世代交代といったような意味である(1)。しかし大企業・上場企業の場合は、定期的な世代交代が定着しているので、あまりこうした用語で語られることはなく、事業承継といえば中小企業・非上場企業などで、例えば親族・息子へ社長の座を譲るといったイメージの世代交代を念頭に置いた場合が多い。そういうこともあって、わが国の政策としては、経済産業省、なかでも中小企業庁の所管となる分野となっている。

事業の承継というテーマは、単に親の資産を相続する、といったことにとどまらず、事業そのもの、経営に関わる人脈や、従業員の雇用、様々なビジネス上の権利など全てを受け継ぐことが対象になるので、それ相応の時間と手間がかかることがある。また、贈与・相続といった面で支払うべき税金も発生するなど、多額の資金の手当てが必要になる場合があるし、各種制度・優遇措置の利用の仕方によって、金銭面の負担・損得が発生する。

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(1)「承継」も「継承」も似た意味ではあるが、政策や法律の中では「承継」に統一されているようだ。このほうが、目に見える物だけでなく経営理念など精神的な要素も含めて受け継ぐニュアンスを含むようだ。

●何を継承するのか

(1) 経営の承継

会社形態なら代表取締役の交代であり、個人事業主であれば、現経営者の廃業かつ後継者の開業、である。特に中小企業においては、現経営者個人に、技術や取引関係が集中していることが多いので、これを後継者に円滑に引き継ぐことは重要である。また後継者候補を選定し、経営に必要な能力を身につけさせ、後述するように全ての資産を受け継ぐためには5~10年の準備期間が必要とされる。このことから、候補者の選定は早期に行われることが求められる。

(2) 資産の承継

資産とは、事業を行うために必要な資産全てであり、設備、不動産、債権・債務などである。個人所有の場合はそれぞれに承継する必要がある。また株式会社形態の場合は自社株式であり、これを贈与・相続等の形で承継することになる。

ただし、贈与・相続による承継では、資産価値などの状況によっては多額の贈与税・相続税が発生するケースがある。その際、後継者に手持ちの資金がなければ、それらの資産の売却資金で対応せざるをえないことになりかねず、分散・縮小した事業規模の承継を余儀なくされることが懸念される。そのことは承継後の経営の安定を脅かす恐れがあるので、後述のように、経営者自身が承継方法・対策を検討する必要があり、政策としても支援する意味がある。

また、経営者自身の個人資産や資金繰りの才覚が大きな比重を占めるケースでは、そうした現経営者の個人資産の相続関係の整理や、債権・債務者、保証人の解除・変更など、多岐にわたる専門的なポイントが関係してくる可能性があることも、考慮しておく必要がある。

(3) 知的資産の承継

知的資産とは、従来の貸借対照表上にある資産以外の「無形の資産」のことであり、人材、技術、技能、特許・ブランドなどの狭義の知的財産に加えて、組織力、経営理念、顧客とのつながり、など経営に係る全ての資源の総称であり、これらこそが、その企業の競争力の源泉といえるものでもある。

こうした目に見えないものをうまく承継することがきわめて重要であり、そのためには、現経営者、後継者はもちろん、外部の専門家の力も借りて、まずは「その存在に気づく」ことがまず重要とされている。

●誰(どこ)に継承してもらうのか

事業を承継させる先を考えれば、以下のようにいくつかのケースがある。

(1) 親族内承継

現在の経営者の子など親族に承継させる方法である。このメリットは

・他の方法に比べて、内外の関係者から心情的に受け入れられやすいこと
・後継者を早期に決定でき、そうすれば十分長期の準備期間が確保できること
・相続ともあいまって、財産の所有と経営権の移転の一体的な承継が期待できること
・経営方針や従業員の待遇が急に変わることは少ない(かどうかは、それぞれの事情によるが、後に述べるM&Aなどで、これまでまったく縁のない外部から経営陣がやってくることと比較すれば、重要な側面のひとつと思えるだろう。)こと

などが挙げられる。その一方で注意点(デメリット)としては、

・親族の中の誰も、会社を継ぐ意思や能力がない場合があること(個人の資質の問題であることも、会社の魅力度の問題であることも両方あろうか。)。
・遺産相続との関係、特に複数の子供がいる場合に特定の子に事業承継させる場合の不公平への配慮、あるいは遺産トラブル

などが挙げられる。

(2) 従業員への承継

これは、長年社長を支えてきた従業員(いわゆる番頭さん的存在)や、有望な若手社員に事業を受け継いでもらうことである。該当者が有能な後継者とみなされれば、社内の期待もあり、会社が将来に向けてさらに発展する可能性もあるし、社内での反発も少ないかもしれない(これももちろんそれぞれの事情による。)ので、候補者さえいれば有力な選択肢となる。

しかし、従業員への承継にはかなり困難な状況がある。それは、通常の場合、従業員個人単位で会社の全株式購入資金を手にするのが困難であることである。あるいは現経営者が安く譲ってもいい(贈与税等で何か問題がある気もするが。)かもしれない。しかし、その場合は現経営者の取り分が減少してしまい、引退後の生活に支障をきたすことがある。

だからといって、株式の譲渡を行わず、経営だけ引き継ぐことにすれば、資産・権利の所有と経営権が分離してしまう。現経営者が(売れない)株式をもっていても仕方ないし、後継者は発言権がないまま経営する状態になり、トラブルのもととなりそうである。

さらには、現経営者が個人の立場で保証人になっていたりする場合どうするか、あるいは個人資産の担保を提供している場合どうなるか、など、これらは従業員への承継に限ったことではないが、相当ハードルは高いようだ。

(3) M&A

自社の事業に関心のある企業を探し、自社を買い取ってもらう方法である。このメリットは、親族や従業員に適任者がいない場合でも、外部に広く候補者・企業を求めることが可能な点である。また現経営者は(もしあれば)会社売却の利益を得ることができる。後述するように、国の施策としても、適任となる後継者が見当たらないケースでは、親族に限らずより広く後継者を探す「企業マッチング」などの方策も推奨され、援助する制度も設けられている。

(4) (一応触れておくが)廃業

残念ながら事業継承ができない場合、廃業となる。会社の資産を売却、負債を返済することで、会社を清算し残金は株主に配当される。後継者も買い手も必要ない。比較的短時間で処理できる。しかし、現在の会社のブランド、信用、技術力など全てが消失する。またM&Aに比べて、例えば「営業権」分の金額は受け取れないし、かかる税金も所得税など税率が高いものが適用される不利があるかもしれない。

業績が悪化していて、どうにもならないケースを除いては、大変残念なことであり、できれば避けたい選択肢ではある。従って、これを防ぐために様々な形で事業承継を支援する援助制度・税制が生み出されてくる。

円滑な事業承継を阻む問題~中小企業経営者の高齢化と承継準備の遅れ

●中小企業等の役割・位置づけ・実態

日本の企業のうち、99%が中小企業にあたり、従業員数でみると約7割が中小企業で働いている。このように、中小企業は地域経済・社会を支える中核となる存在であり、雇用の受け皿としてもきわめて重要な役割を担っている。

また中小企業の技術、サービスは大企業と競争できる高い水準にあるかまたは、大企業の技術や生産過程の一部を担う役割を持っている。一つ一つの企業は小さくても、例えばその製造する部品等は、なくてはならない、あるいは世界的なシェアを誇るものであることも多い。

国全体としてみても、こうした中小企業の発展を支援し、その役割や場合によっては特殊な生産技術を承継させていくことは、日本経済が持続的に発展していくために必要不可欠な取り組みとなっている。

そうした背景のもと、各企業や事業主において先に述べた様々な選択肢の中のどれかによって、事業の承継が何の問題もなくいつも行われるものであれば、特段何の支援も必要ないことになる。しかし円滑な事業承継について、解決すべき大きな課題がある。

それが、わが国の様々な分野でも表われている、中小企業経営者の高齢化に起因する諸課題である。

●中小企業経営者の高齢化と、問題の表出

ここで、「中小企業の事業承継に関する集中実施期間について」(2017年7月 中小企業庁発表)をもとに、中小企業経営者の高齢化の実態を見ておく。

国内の企業数は2009年から2014年にかけて、中小企業を中心に421万社から382万社へと39万社減少している。近年の景気動向を反映して倒産件数は年1万件程度の水準のもとで減少傾向にあるものの、休業・廃業が年2.7~3.0万件と高止まり傾向にある。

この計画のための調査の時点では、中小企業経営者の年齢をみると、1995年には年齢分布の山(最頻値)が47歳だった分布が、2015年まで20年の間では66歳へと移動した。こうしたデータの解釈は様々であろうが、単純にみて「ほとんど世代交代していない」、ということであろう。また今後2020年までに30.6万人が70歳に、6.3万人が75歳に達すると予想されている。

アンケート調査(2)によれば、こうした高齢(60歳以上)の経営者のうち半数が廃業を予定している。このうち約4割は当初から自分一代限りと考えていたようであるが、「子供がいない」「子供に継ぐ意思がない」「適当な後継者がいない」という後継者難を理由とするものも約3割を占めている(その他の理由は、事業や地域の将来性がない、など)。

廃業を予定している企業の3割は、同業他社と同等以上の業績をあげていると答え、将来性についても4割が現状維持以上は可能だとの自信を持っている。こうした企業が本当にそのまま廃業してしまうと、その技術・ノウハウが永遠に失われ、地域にそうした企業が多ければ、地域の雇用も減少することにつながってしまう。にもかかわらず、実際には事業承継の準備も進んでいない実情であり、70歳以上の経営者においても承継準備を行っている経営者は半数にとどまる。

高齢化が進むと企業の業績が停滞する、もしくは売り上げ増が若い年代の経営する企業よりも少ない、との調査結果もある。逆に後継者のほうに目をむければ、一般には若年の経営者のほうが、投資意欲があり、リスクテイクも辞さないなど、事業の成長という観点でも事業承継・経営の若返りが重要となっている。

また、後継者の確保が困難な中での近年の傾向として、事業を子どもなどの親族に承継させる以外に、従業員や第三者に承継させる親族外承継が増加している。中小企業庁の2015年の調査によれば、経営者の在任期間が長い(35~40年)層では9割以上が「親族が承継している」と回答したのに対し、在任5年未満の層では親族外承継が65%を占める結果となっているという(3)。

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(2)同5か年計画の中にある「中小企業の事業承継に関するインターネット調査」(2016年2月)
(3)「事業承継に関する現状と課題」(2016.11.28 中小企業庁)