●事業承継難に対する施策の方向性

さて、こうした事業承継難に対しては、すでに以前から国としての対応が始められてきていた。2008年5月には、事業承継に伴う税負担の権限、民法上の遺留分への対応をはじめとする総合的な支援策としての、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」が成立した。この中では、中小企業の円滑な事業承継を図るうえでの課題を、民法上の遺留分の制約、代表者交代による信用不安、多額の相続税負担であると整理した。

まず民法においては相続・贈与に関していくつかの特例を設けることにより、株式の分散を防止し、あるいは株価上昇へのインセンティブをもたせた。

信用不安に対しては、経営者の交代の際などの特例的な資金融資制度を設けた。

そして税制に関しては、相続税・贈与税を猶予する「事業承継税制」の前提となる認定要件が定められ、事業承継税制は翌2009年から施行された。これに関してはあらためて後述する。

前述の、中小企業庁が2017年7月に公表した「中小企業の事業承継に関する集中実施期間について(事業承継5か年計画)」が現在最新の事業承継への支援策となっているが、この施策の方向性・内容は、概ね次の通りになっている。

・経営者の「気づき」の提供 ~事業承継プレ支援のプラットフォームの構築
地域ごとに、支援機関(金融機関、地域の商工会、税理士・会計士等の専門家)のつながりである事業承継プラットフォームを立ち上げ、事業承継診断等を行う体制を作る。

・後継者が継ぎたくなるような環境を整備 ~早期承継のインセンティブの強化
事業承継への補助金の新設、経営改善事業再生への支援。そして後述する事業承継税制の実施による、承継の早期取り組みを促すための、生前贈与の優遇。

・後継者マッチング支援の強化 ~小規模M&Aマーケットの形成
事業引継ぎ支援センターなどにより、、事業から退出したい事業者と、経営人材とのマッチング機会を向上させるため、情報インフラ・統計データを整備し、関連する支援機関とも連携を強化する。

・事業からの退出や事業統合をしやすい環境の整備 ~サプライチェーン、地域における事業統合等の支援
事業承継を契機に地域の主要産業の強化を図るため、地域の事業承継ネットワーク等を通じて地域ごとに実態と課題を把握することで、地域独自の事業承継・事業再編あるいはその支援に結びつける。またはその体制を整備する。

・経営人材の活用 ~経営スキルの高い人材を事業承継支援へ活用
例えば、大企業の経営幹部経験者など経営スキルの高い人材や事業承継経験者などの外部人材を活用しやすい環境を整備する。

こうして、最終的に目指すべき姿として、「地域の事業を次世代にしっかりと引き継ぐとともに、事業承継を契機に後継者がベンチャー型事業承などの経営革新等に積極的にチャレンジしやすい環境を整備」することとされている。

これを、経営者からみた課題の解決といった側から見ると(4)、

・株式等の承継に伴う相続税等の負担 →事業承継税制の利用
・遺留分による株式等資産の散逸 →遺留分に係る民法の特例
・分散した事業用資産の集約資金調達 →金融支援の実施
・後継者による新たな取り組みのための資金調達 →第二創業(事業承継を機にした新分野への挑戦)補助金の創設
・後継者がいない場合 →事業引継ぎ支援センターによる支援

などということになってくる。

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(4)「事業業承継の支援施策」(2016.4.26 中小企業庁 財務課)

事業承継税制

●事業承継の円滑化を支援する税制の方向性

事業承継税制は、後継者である受贈者・相続人等が、円滑化法の認定を受けている非上場会社の株式等を贈与又は相続等により取得した場合において、その非上場株式等に係る贈与税・相続税について、一定の要件のもと、その納税を猶予したり、その後の後継者の死亡等により納税が義務付けられている贈与税・相続税の納付が免除される制度である。

相続税・贈与税の負担は事業承継における最大の課題である。これを軽減することで、事業承継を支援しようという政策は昭和の時代から取り組まれてきてはいた。

まず、事業承継に限らない、相続税・贈与税全体の枠組みとしては、課税最低限額の引き下げ、最高税率の引き下げの方向でこれまでに税制改正がなされてきた。

事業承継の分野をみると、非上場株式の評価を低く見積もることで税額を軽減する方向で来ている。

いわゆる事業承継税制なるものは2009年に創設(あるいは当時としては事業承継税制の「完成」とも表現された。)されたもので、

・自社株式に係る相続税の軽減措置を、それまでの「10%減額」から「80%猶予納税」に大幅拡充
・対象を「発行済み株式総額20億円未満の会社」であったものを、中小企業基本法上の中小企業全般に拡大

なお、事業承継に係る要件(相続人・被相続人の要件、事業継続期間・雇用など)は、その前年に施行された「経営承継円滑化法」に経済産業大臣の認定を受けたものが対象となるとされた。

その後、何度かの税制改正により、
雇用確保要件の緩和、納税額の減免、現経営者・後継者要件の緩和
などが行われてきた。

●更なる円滑化を目指した20018年度税制改正

さて以上のような税制優遇がなされてきたにもかかわらず、実際の現場では、雇用要件の確保など満たすべき条件やペナルティが厳しく感じられたようであり、それでいて、相続・贈与税の猶予割合は80%までにとどまるなど、使い勝手や優遇度合いの点でなお問題があった。

そのため、各地の税理士会や日本税理士連合会、あるいは各地の商工会などから、さらなる税制緩和措置の要望がなされたこともあり、2018年度税制改正では、以下の基本的な考え方に沿って、具体的な改正(=税負担軽減の方向での)措置がなされることになった。

平成30年度税制改正の基本的考え方

2 デフレ脱却・経済再生

(2)事業承継税制の拡充

中小企業経営者の年齢分布のピークが60歳半ばとなり、高齢化が急速に進展する中で、日本経済の基盤である中小企業の円滑な世代交代を通じた生産性向上は、待ったなしの課題となっている。こうした中で、事業承継税制について、10年間の特例措置として、各種要件の緩和を含む抜本的な拡充を行う。

具体的には、施行日後5年以内に承継計画を作成して贈与・相続による事業承継を行う場合、

1) 予対象の株式の制限(発行済議決権株式総数の3分の2)を撤廃し、納税猶予割合80%を100%にひきあげることにより、贈与・相続時の納税負担が生じない制度とし、

2) 雇用確保要件を弾力化するとともに、

3) 2名または3名の後継者に対する贈与・相続に対象を拡大し、経営環境の変化に対応した減免制度を創設して将来の税負担に対する不安に対応する等の特例措置を講ずる。こうした特例措置を講ずるに当たっては、租税回避が助長されないよう、制度面・運用面で必要な対応を行う。

中小企業の事業承継の問題に対応するには、こうした税制措置だけでなく、予算措置も含めた総合的な支援を行うことが必要である。この中で、中小企業の後継者難については、後継者のマッチングなどを支援し、あわせて、関係省庁において経営者の個人保証の適正化に向けた検討を行っていかねばならない。

(平成30年度税制改正大綱(平成29年12月14日 自由民主党・公明党)より該当箇所を抜粋)

また、ここでいう10年間とは、具体的には「2018年1月1日から2027年12月31日までの間に贈与等により取得する財産に係る贈与税又は相続税について適用」と記載されている。

この事業承継税制について、それまでの措置(一般措置という)に加え、10年間限定の措置として、

(1) 納税猶予の対象となる非上場株式等の制限(総株式数の最大3分の2まで)の撤廃
納税猶予割合の引き上げ(80%→100%)

それまでの制度では、先代経営者から贈与・相続により取得した非上場株式等のうち、議決権株式総数の2/3までの部分の株式等が対象であった。しかも相続税の猶予割合は80%であったことから、実際には全体の53%(=2/3×80%)が猶予されるに過ぎなかった(とはいっても、前述の通り、当時としては、相当の優遇措置として設けられた経緯はあるが。)。「2/3」も「80%」も撤廃されるので、約10年間、「事業承継時の贈与税・相続税の現金負担はゼロ」ということになった。

(2) 雇用確保要件の弾力化

事業承継を支援する目的の一つは、雇用の確保である。したがって従前より税制優遇の条件として、雇用維持率が一つの要件とされ、以前は「事業承継後「毎年」8割維持」が求められていた。それが2015年の1月から、事業承継後5年間「平均」で8割維持、に緩和された。さらには2017年4月から雇用維持率の算出は「端数切捨て」へと緩和された。

それでも、もしも5年間の雇用平均が8割未達の場合には、せっかく猶予された相続税・贈与税を全額納付する必要があった。この条件は中小企業の業績見通しとしては、非常に厳しいものであったようで、そのために事業承継税制の適用を躊躇し、ひいては納税負担から承継が困難になるという、足かせだという見方があった。

2018年度税制改正では、ついにこの雇用要件を撤廃し、納税猶予を継続可能とした。ただし、従来の雇用要件(平均8割)が維持できなかった理由を報告する必要があり、その理由が経営悪化等である場合には、定められた認定支援機関の指導・助言を受ける必要があることとされている。

(3) 対象者の拡充

従来の制度では、「一人の前代経営者から、一人の後継者へ」相続・贈与される場合が事業承継税制の対象とされていたが、抽象企業経営の実情に合わせ、「複数の株主から、代表者である後継者最大3人」への承継も対象とされた。例えば、「同族・配偶者・第三者の株式を後継者(たち)に贈与する」場合も税制の恩恵を受けることができるようになった。

(4) 経営環境変化に対応した減免

また従来の制度では、後継者が、自主廃業や売却を行う場合や猶予取り消しになった時(その場合には業績の悪化などにより、株式評価額も下落しているケースが多いと想定される。)、自社の株式評価額が下落していても、「承継時の(高い)株式評価額」を基に贈与税・相続税を納税することとなっており、重い税負担が生じていた。改正後は、売却時・廃業時の評価額であらためて納税額を計算することになったため、将来の経営環境変化に対する不安をある程度軽減できるものとなった。

また、2019年度税制改正においては、それまで対象とされていた中小の法人に加え、個人事業主に対しても、同様に負担軽減となるような措置が追加され、さらに万全の支援ができるようになっている。