新しい元号が公表されると、改元効果がどのくらい見込めるのかが話題になるだろう。筆者は、即位の各種行事が、日本文化に親しむきっかけになることや、記念日効果として婚姻数が増えることに期待する。10 連休で旅行需要は増えるだろうが、こちらは一時的なものに止まるだろう。むしろ、企業が元年というフレーズに触発されて、新しい事業をスタートさせることがあるかどうかに注目している。
6つの検討材料
4 月1 日に新元号の名称が公表される。そして、5 月1 日から平成の次の元号がスタートする。改元である。この改元に伴って、一定の需要創出が見込めるのではないかという期待感がある。これを改元効果と呼ぶ。しかし、この改元効果に関しては、ほとんど見込めないという人や逆に10 連休が経済成長率を落とすという正反対の見方をする人もいる。本稿では、こうした諸説を少し整理してみるという考え方で執筆している。
まず、改元効果とされる内容を列挙してみたい。大きく分類すると、以下の6 つが改元効果の中身と言える。よくみると、その中には経済効果として疑わしいものもある。注意して検討してみたい。
(1) 暦の書き換え効果 (2) レアもの効果 (3) 行事効果 (4) 記念日効果 (5) 10 連休の効果 (6) 計画策定効果
誤解されやすいのは、(1)の暦の書き換えである。カレンダーや各種表示を「平成」から新元号に書き換えると、そこで企業などは支出を迫られる。これまで公的機関などでは、和暦を慣例として使用するところが多いが、改元に当たって政府は新元号の使用を義務づけしない方針とされる。それでも、新元号への書き換えは相当多くなるだろう。特に、システムの更新・修正まで考えると、5 月1日の前後で相当多くの支出増を企業は迫られそうだ。この支出増を経済効果とみるのは誤りだ。企業にとっては、この支出増は収益面でマイナスである。新元号の表示にするから顧客への魅力が高まり、売上が増えるということもない。収益が減ることで、将来の賃金・投資など新規需要は減ってしまう。
次に(2)のレアもの効果はどうだろうか。平成31 年(5 か月間)と新元年(7 か月間)に発行されたコイン・記念貨、切手などがその稀少価値によって、高い時価で取引される。一部のマニアの間で高値がつくことが、経済価値を生むと考えることはできる。しかし、その規模はごく小さなものだろう。また、レアものを保有した人が、その時価の高さに喜んで消費活動を活発化させるとも考えにくい。資産効果による消費刺激も限定されるだろう。
行事効果と記念日効果
経済効果とは、そのイベントが行われることに触発されて、多くの消費者が新たに消費などの需要を増やすことで起こる。企業も、そうした需要を見越して投資を行い、そこで生産能力が拡大することで収益を増やせる。需要と供給が歩調を合わせて増加したとき、成長率を持続的に高める。
そうした点を確認すると、改元効果は一時的な需要創出に過ぎない。2020 年にはほとんど消えてしまう。2020 年は、東京五輪という別の一時的需要があって、改元と五輪の需要増の反動減は2021 年に持ち越されるだろう。筆者はそこに消費税対策が上乗せされた反動が加わることがより景気の振れを人為的に大きくすると警鐘を鳴らしておきたい。
筆者がより持続性があり、範囲が広いと見込んでいるのは、(3)行事効果と(4)記念日効果の方である。行事効果とは、現天皇が譲位して、新天皇が即位することに伴う様々なイベントが消費者心理を動かす効果である。
例えば、5 月1 日の即位に伴う儀式では、大きなパレードや海外からの来賓を招いたりはせず、多くの国民はTV でそうした様子をみることになる。おそらく、TV では、皇室行事に併せて、日本の歴史や文化について長時間紹介するだろうから、そうしたことが国民の歴史や伝統への関心を高めると考えられる。この効果は、間接的に日本文化を体感しやすい京都・奈良への国内旅行需要を喚起するだろうと考えられる。すでに、書店の雑誌コーナーではそうした気運を捉えて特集記事が組まれている。今後も、そうしたニーズを予想して、旅行会社やメディアやホテル・飲食店が事業拡大をするかもしれない。そうなると、行事効果はより持続性を持つと考えられる。消費者が日本文化に接する機会を増やすという需要創出効果が注目される。
パレードや海外からの来賓という点では、10 月22 日の即位礼正殿の儀、祝賀御列の儀も大きいだろう。2018・19 年度の政府予算は166 億円だという。多くの国民が東京に来て、行事を楽しむ。海外への訴求力も見込めるのではないか。
また、持続性という点では、平成が終わり、新元号がスタートするタイミングで結婚(あるいは婚姻届を出す)する人が増える効果にも注目している。これは、2000 年のミレニアムや21 世紀のスタートした2001 年に婚姻数が増えたのと同じ効果が、2019 年に再現されることへの期待である。人生の記念として、シンボリックな行事と自分のイベントを重ねたいという心理が記念日効果を生む。
なお、2019 年に本当に結婚が増えるかどうかは、統計データですぐに確認できない。限られたソースとしては、経済産業省の「特定サービス産業動態統計」の結婚式場の利用件数が代理変数になるのではないかと考えている(図表)。4 月末・5 月初に結婚した人数の増加ペースは、7 月の公表データに表われてくるだろう。少し不気味なのは、2018 年秋からの利用件数のマイナス幅が大きくなり、2019 年春に結婚の日程を後ずらしする人がいる可能性を示唆している。こうした要因は、割引いてみなくてはいけない。
10連休の効果
4月末から5月連休が続けて休日になると、10連休になる。そのタイミングに内外旅行を楽しもうという人々が増えることで、主に旅行需要が生じることを「10連休の効果」と呼んでいる。拙稿では「2019年の商機・旅行需要」を発表し、そこで3,312億円の需要増が期待されることを指摘した。
筆者は、この連休の需要増を評価するが、その後のオピニオンの様子をみていると割とネガティブな見方でこの10連休をみている人が多いことに驚いている。特に、金融業界ではマーケットが10日も休みになると、そこで投機的取引が大きな相場のアップダウンを生みかねないという見解がかなり根強くある。こうした見方は、ファンダメンタルズのことには触れず、「何が起こるかわからないでしょう」と不確実性を強調している点が特徴だ。こうした発想の裏側には、未知のことを恐れる心理がここ数年間に大きくなり、そうした意見に同調する人々が増えていることを窮わせる。数年来の賃上げが厳しい理由のひとつには、経営者・労働者に共通して、不確実性を恐れるバイアスが大きいことが挙げられる。2019年初は、ドル円レートが年始の休日だった時期に一気に104円になったことも、金融関係者のトラウマになっている。10連休についても同じような心理が働いているように感じられる。
それとは別に、10連休が企業の生産活動(営業活動)にマイナスという見方もある。この点は、確かに考慮しておかなくてはいけない。BtoCよりもBtoBの取引減少のインパクトである。例年よりも休日は、4月30日、5月1日、5月2日の3営業日が祝日となる(即位礼正殿の儀の10月22日も)。生産活動が減少すると、企業収益も減り、所得・消費にも悪影響が及ぶ。しかし、厳密に考えると、営業日の減少が供給量に与える影響はそれほど大きくない。例えば、製造業では納期が決まっていて、10連休を織り込んで生産シフトが行われるだろう。小売・サービス業でも10連休で店舗を閉めるところが増えるとマイナスであるが、逆に10連休がビジネスチャンスだという企業はそこで儲けるだろう。だからこそ、多くの企業が10連休での人員のやり繰りに頭を悩ませるのだと考えられる。人手不足の中10連休で閉店を余儀なくされる企業が本当に多いかどうかが試される。非製造業におけるマイナスは、祝日には必ず閉店する金融機関、公的機関などには表れやすい。
実は、営業日数が減少しても、生産は他の営業日に振り替えられる批判は、「10連休だから旅行需要が増える」という見方にも当てはまる。それは、消費者が10連休で増やした旅行消費を別の消費で削っているかもしれないからだ。結局、10連休があるから消費性向がトータルで上がるかどうかにかかっている。その点、筆者は過去にとれなかった長期休暇だから、旅行でもしてみようという消費者が結構多いと考える。消費性向は、消費者のマインドを刺激して上昇するとみる。つまり、貯蓄に回っていくペースは鈍るとみる。ただ、そうした消費性向の上昇は、2019年に限られたことで、2020年あるいは2021年には解消されてしまうだろう。旅行需要は一時的だと言える。
計画策定効果はあるか?
結局、イベントに触発された経済効果とは、そこで増えた支出が別のところで節約されていると、実体経済における成長寄与が見込めない。東京五輪も、それに触発されて、国民のスポーツ熱が高まり、内外のスポーツ・イベントを楽しむかどうかにかかっている。例えば、イチロー選手が大リーグに移籍して長く活躍したことは、それに触発されて大リーグの情報を楽しむ人を増やしたことだろう。持続的な経済効果はあったと言える。
企業を単位にとったとき、改元効果は持続的に生じるだろうか。ひとつは、新元号のスタートが5月からであることは企業が決算発表を期に、中長期の事業計画を新たに始めやすいことが挙げられる。おそらく、多くの企業の経営者は元年のスタートになぞらえて、5月以降に新しい事業の取り組みを打ち出すだろう。これが計画策定効果である。より具体的に言えば、企業にとっては、新事業は設備投資のきっかけになる。つまり、元号の効果として、内部資金の余裕を投資に回すという可能性である。投資性向の高まりとも言える。
目下、世界経済は米中貿易戦争が急速に悪化要因として台頭している。こちらの要因は、むしろ企業の投資性向を下げることが予想される。そうしたネガティブな要因に対して元号が変わる効果がどこまでカウンターパワーとして効果があるかが注目される。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生