宮田昇始(SmartHR代表取締役)×中尾豊(カケハシCEO)×笹原健太(Holmes代表取締役)

レガシー業界,スタートアップ
(画像=THE21オンライン)

注目の起業家3人が、各業界の「あるある」と挑戦を語る

3月5日(火)、東京都千代田区大手町にて、ベンチャーキャピタルファンド「Coral Capital」の設立記者発表会が行なわれた。同ファンドは、世界60カ国以上で2,200社以上に投資を行なう米国のベンチャーキャピタル「500 Startups」の日本向けファンドである「500 Startups Japan」を立ち上げたジェームズ・ライニー氏と澤山陽平氏が設立したもの。500 Startups Japanと同じく、テクノロジーの活用が進んでいない大きな市場を変革するスタートアップに、幅広く投資をしていくという。

発表会では、ライニー氏がモデレーターを務めて、500 Startups Japanの出資先である〔株〕SmartHR、〔株〕カケハシ、〔株〕Holmesのトップによるパネルディスカッションが行なわれた。

「コミュニケーションはいまだにFAX」レガシー業界ならではの苦労

ライニー 先ほど澤山から話があったように、1号ファンド(500 Startups Japan)の投資先は何かの分野に特化していたわけじゃないんですけど、投資をする中で気がついた、日本のスタートアップ業界の一つのトレンドは、レガシー業界で戦っている優秀な起業家が増えたな、っていう印象で、結果的にはそういうところに投資してきました。

今日は、1号ファンドで投資した、まさにレガシー業界で戦っている方々を紹介したいと思います。まずは自己紹介と、レガシー業界で戦っている中でのとんでもない話を共有していただければと思います。宮田さんからお願いします。

宮田 SmartHRの宮田と申します。SmartHRは人事向けのSaaSです。どんな課題を解決している会社かといいますと、従業員さんを雇用するときの社会保険手続ですとか雇用契約書、そういったものの行政への申請や締結がオンラインでできたり、あるいはスマホで年末調整ができたりと、いわゆる「守り」側の人事の業務を便利にする会社です。

うちがやっているジャンルのとんでもない話だと、従業員さんを社会保険に加入させるための書類に性別を選ぶ欄があるのですが、それがまさかの6択になっていて、番号しか書いてないんですよ。1が普通の男性で、2が普通の女性なんですけど、3はなんだと思いますか? わからないですよね。炭鉱で働く男性なんです。なんでそうなっているのかというと、高度成長期の日本にはたくさん炭鉱があって、炭鉱で働く方は他の業界で働く方よりもリスクが大きいから、保険料の料率が違ったんです。

こういった何十年も前から残っていることを一つひとつ変えていかなきゃいけないんだ、ということに、このサービスを始めたときに眩暈がしたのを覚えています。

中尾 株式会社カケハシの中尾と申します。私たちはヘルスケア領域で、薬局向けのSaaSを展開している会社です。薬剤師さんが使うインフラ向けのシステムを開発していまして、業務効率化につなげていただきながら、どういう生活をすればより健康になるのかもSaaSで提示し、薬剤師さんから患者さんに指導していただけるようにしています。

レガシー業界ならではの話ですと、薬局の文化は独特で、病院からFAXで処方箋が送られてくるんです。コミュニケーションツールが、メールではなくて、FAXなんです。だから、「メールアドレスはないです」と言われ続けてFAXでやり取りをしなくてはならなかったり、クラウドサービスのIDに使うメールアドレスの取得が面倒だったりと、大変なことがあります。

あとは、「クラウドサービスにつながらない」と電話をいただいたときに、「機内モードになっていないか、飛行機のマークを確認してください」と答えて、「それは絶対に大丈夫です」と言うので行ってみたら、やっぱり機内モードになっていた、というようなこともよくあります。

ライニー 大変ですね。笹原さんはどうですか?

笹原 笹原と申します。株式会社Holmesという会社をやっていて、サービス名も会社名と同じHolmesです。契約のクラウドサービスなのですが、契約というものは法務部だけの問題ではなくて、企業の頭の先から爪の先まで通っているものです。営業の方や支店・支部の方もすべて契約に関わっているので、その企業にとっての最適な契約というものをフローとして作っていくサービスです。

僕たちの領域でも困ったことは結構あるのですが、例えば、最近は会社全体の契約フローを見直すところも増えていて、新しい契約フローを導入したのはいいけれども、紙の稟議と電子の稟議が両方並行して走るようになってしまい、「電子の稟議書ではOKになっているのに、紙の稟議書が返ってきていないから実行できないんです」ということがよく起こっています。頷いていらっしゃる方もいますね(笑)。

ライニー レガシー領域で戦っていると本当にいろんな課題が出てくると思います。特にカケハシが戦っている薬局の領域は難しいと思うんですけど、今までで一番強く感じた課題はなんですか?

中尾 この業界での独特な課題としては、薬剤師会というものがありまして、そこで誰が影響力を持っているのかがわからないとアプローチが難しいんです。普通に考えれば、30店舗を持っている薬局に営業をしたほうが、1店舗だけの薬局に営業をするよりも効率が良いのですが、その地域の偉い薬剤師さんが言っていることが正しいと考える人もたくさんいますから、地域ごとにキーマンとルールを徹底的に調べることが大事なんです。

ライニー それはどうやってわかるんですか?

中尾 探偵になるしかないですね。学会とかで勉強をしながら、誰が話をしているのか、著名な先生は誰なのかを調査して、誰が一番発信力があるのかを地域ごとに整理して、「この人が言っていることは正しいであろう」と思う人のマップ図を描く、みたいな。まったくSaaSっぽくない、コテコテの営業のほうが、レバレッジが効きます。

ライニー どういう人が、そういう営業に向いています?

中尾 やっぱり、探偵チックな人がいいかもしれないですね(笑)。

ライニー 宮田さんはどうですか?

宮田 課題ですよね。去年の夏に、雇用契約をオンラインで結べる新機能を出したんです。それですごく便利になるかと思いきや、法律の壁がありました。労働条件は紙で通知しなければならないという法律があったので、オンラインで雇用契約ができるのに、労働条件は紙で通知するという、変なことになっちゃんたんですよね。

この件に限らず、こういったことはたくさんあるんです。法律の規制と言いますか、「なんでそんなルールになってるんだっけ?」みたいな。それを一つひとつ、場合によってはロビイングをして法律を変えていったりするのは、骨が折れるところでもあり、面白いところでもありますね。

ライニー スタートアップのロビー活動って、アメリカの場合は聞いたことがある話なのですが、日本ではあまりないな、という印象です。日本では、あまりなくないですか?

宮田 そうですね。最近だとメルカリさんがロビイング専用チームを作ったりという事例はありますし、うちの会社でも、専門チームはないんですが、僕や共同創業者の内藤(研介)くんというエンジニアなんかが行政の方と「こういうところ、ちょっとなんとかなりませんかね」という話をしたりはしています。

意外に思われるんですけど、向こうの方もこっちの話を聞きたがってくれてるんですよ。「もっと教えてほしい」と。

ライニー インバウンドで来るんですか?

宮田 インバウンドもありますし、こちらから行くこともあります。

さっき話した労働条件通知書については、去年の夏に初めて、「こういう法律があって、今の時代に合っていなくて不便なので、なんとかなりませんか」という話をして、2カ月後くらいには法律が変わってたんですよね。僕らだけの力かどうかはわからないんですけど、少なくとも僕らが話したときには、「そんなことになっているんですね。これはよくないから、なんとかしましょう」とおっしゃっていただきました。それから2カ月で法律が変わったというのは、なかなか体験することが難しいというか、「そんなことあるんだ」と感じました。

ライニー 5年前だったら、そんなにオープンにスタートアップの話を聞いてくれたと思いますか?

宮田 聞いてくれなかったんじゃないですかね。行政の人たちも、スタートアップを支援していかなくちゃいけないという気持ちになってきているのを感じます。

ライニー 時代は変わりました。笹原さんはどうですか?

笹原 そうですね。契約は、民法上、契約自由の原則というのがあって、どういう形式でやっても基本的にはOKですから、企業それぞれにオペレーションがバラバラ。しかも、営業部から総務部に行って、総務部から法務部、法務部から役員決裁というように、契約というものはいろんな部署をまたぐので、統一的な契約のオペレーションが社内になかったりもします。そのために、結んだあと、契約書がどこにあるのかわからなくなり、事業は進んでいくのに、契約内容を誰も把握していないというリスクが生じたりもしています。つまり、契約というものを誰も統一的に考えてこなかったということが、一番の課題なのかなと思いますね。

ライニー なんで今まで考える人がいなかったんですか? USの場合はDocuSignやHelloSignなど、色々あるじゃないですか。

笹原 DocuSignなどの電子契約サービスで表面的には便利になっても、契約というものの面倒さ、複雑さの本質的な解決にはならないよね、という、次のステージに来てるのかなと思います。それを解決しないと、それぞれの企業にとって適切な契約を結べません。

ライニー 営業するときには、誰にアプローチすれば?

笹原 それぞれの企業ロジックに相当合わせなくてはいけないというのがあって。「法務は意外に予算を持っていない。じゃあ営業のほうへ」というようなロジックがかなり必要になりますね。うちもカケハシさんと一緒で、勝手に申し込んでくれて課金が始まるというような世界ではなく、「社内で誰が影響力があって、どの部署を攻略すればいいのか」「まずはどの部署に導入してもらって、どう広げていくのか」ということを考えることが多いです。