現環境の前提ではGDP1.3兆円程度押し上げの可能性も、不確実性が高い

要旨

● 千円、5千円、1万円の紙幣と500円硬貨が2021~2024年に一新されるのに伴い、様々な特需が発生することが予想される。

● 新紙幣・硬貨発行に伴う特需は、現環境が変わらないと仮定すれば、直接額1.6兆円、生産誘発額として3.5兆円、付加価値誘発額として1.3兆円が見込める計算になる。これは、名目GDP比で約0.2%ポイント程度に相当する。新紙幣への切り替えは2024年からであり、過去の経験則からこの特需は直近2年程度に期待できることから、新札発行は直近2年間の経済成長率を約+0.1%ポイント程度押し上げる可能性がある。

● しかし、新紙幣・硬貨発行の特需に景気の方向性を左右するほどのインパクトはない。経済成長率の変動を見れば、年度直近の2017年度が+1.9%であったのに対して、消費増税が行われた2014年度が▲0.4%となったように、景気が循環する中での成長率は大きく変動することが想定される。したがって、仮に経済成長率が+0.1%ポイント程度押し上げられても、景気局面に大きな影響は与えない。

紙幣
(画像=PIXTA)

はじめに

 千円、5千円、1万円紙幣と500円硬貨が2021~2024年をめどに一新されることになった。現在の紙幣は2024年までに20年間使用されることとなり、その後変更する運びとなりそうだが、この変更に伴って様々な需要が発生することが予想される。

 特に、紙幣識別機メーカー各社の2004年3月期決算では、日米の新札特需を追い風に、軒並み売上高、純利益とも過去最高を記録した。こうした新札特需は今回も発生しそうだ。

 そこで本稿では、新紙幣と500円硬貨一新に伴う特需が今後の国内景気に対してどの程度の影響を与えるかについて直近のデータを織り込んで試算してみた。

試算内容

 経済効果を試算するに当たって、発生するだろうと思われる直接的なコスト(需要)として3つの視点から分析してみた。具体的には、①新紙幣・硬貨の発行に伴う紙幣・硬貨の発行コスト、②新紙幣・硬貨に対応するため金融機関のATM、CDの改修、買い替えコスト、③自動販売機における改修、買い替えコスト、の以上3点である。

新紙幣・硬貨発行で期待される特需
(画像=第一生命経済研究所)

① 紙幣発行に伴う直接波及額は6,114 億円

 まず、日本銀行の通貨流通高のデータを元にして、各紙幣がどのくらい発行されているか算出してみた。それによると、現在、1 万円札の発行枚数が約99.7 億枚、5千円札が約6.6 億枚、千円札が約42.0 億枚、500 円硬貨が約46.6 億枚発行済み(2019 年3月時点)となっている。

 これに1枚当りの発行コストを乗じれば、紙幣発行による直接需要が計算できるが、単価は参考文献(末尾参照)をもとに、現在の紙幣と500 円硬貨の1枚当たりの平均コストとして1万円札25.5 円、五千円札19.5 円、千円札10.4 円、500 円硬貨64.5 円をそれぞれ使用した。次回の新紙幣および硬貨は単価が変わる可能性があるが、現時点では正確に算出できないため、上述の通りとした。以上より、新紙幣・硬貨製造には6,114 億円程度の需要が見込まれる。

新紙幣・硬貨発行で期待される特需
(画像=第一生命経済研究所)

② ATM/CDの改修及び買い替えに伴う直接波及額は3,709億円

 紙幣の変更を受けて、ATM/CDも改修や買い替え等の対応が必要となってこよう。ATM/CDにおける直接波及に関しては、改修で済ます場合と新規に買い換える場合の2パターンが考えられる。しかし、ATM/CDの1台当りの値段は単機能なコンビニ向けで平均200万円程度、高機能の銀行向けは500~800万円程度と高価であり、低金利環境にある金融機関としては出来るだけコストを控えるだろう。そこで、今回の試算ではATM/CDの3割程度を買い替えで対応するという前提で試算した。

 一方、ATM/CDの総数は、金融機関で約13.7万台(出所:平成31年版「金融情報システム白書」(財)金融情報システムセンター)あり、これに2019年2月時点のコンビニ店舗数約5.6万店(出所:日本フランチャイズチェーン協会)にATMが一台あると仮定すると、約19.3万台に上る。このATM/CDの改修費用には幅があるが、今回は、センサーの改造、ソフトの変更、その他事務費等を含め、単価は前回のメーカーからのヒアリング等を勘案し、買い替え金額1割程度(金融機関65万円・コンビニ20万円)を想定した。

 以上より、ATM/CDの買い替え、改修費用は約3,709億円と計算される。

新紙幣・硬貨発行で期待される特需
(画像=第一生命経済研究所)

③ 自動販売機の改良に伴う需要は6,064億円

 自動販売機もATM/CDと同様に、買い換えまたは改修を加えなければならないだろう。買い換えの場合、1台あたりの値段は平均50~60万円程度と高価であり、流通業や中小企業等のコスト負担が大きくなる。したがって、こちらもメーカー側の過去の生産能力等を勘案して約3割程度を買い替えで対応するという試算にした。

 全国で自動販売機は2017年12月末時点で約427万台設置されている(出所:「自販機普及台数及び年間自販金額」日本自動販売機工業会)。100円以下の硬貨のみの自動販売機も存在するため、全てを改修する必要はない。ただ、残念なことに紙幣の使える自動販売機の統計はなく、ある程度推測で決めていく他はない。そこでメーカーにヒアリングしたところ、自動販売機に関してはほぼ使用可となっているようだ。ただ、自動サービス機のうち、コインロッカー・パーキングメーター他(約129万台)に関しては、紙幣・500円硬貨の使えるものは比較的少ないとの情報もある。以上のことから、試算では、改修が必要な台数は自動サービス機を除いた自動販売機(約298万台)程度と仮定した。一方、改修の単価は、前回のメーカーからのヒアリング等から判断し、紙幣識別装置等の交換費用は5.5万円と仮定した。

 以上より、自動販売機の買い替え、改修費用としては298 万台×(55 万円×30%+5.5 万円×70%)=6,064 億円と計算される。

新紙幣・硬貨発行で期待される特需
(画像=第一生命経済研究所)

付加価値誘発額は1.3 兆円、直近2年の経済成長率を+0.1%程度押し上げ

 結局、以上3つのコストを合計すれば、新紙幣発行による直接的な特需は約1.6 兆円程度が見込める計算となる。

 以上のように算出された直接波及額(約1.6 兆円)から、総務省の産業連関表(2011 年)を用いて、関連のある産業への間接波及額も含めた生産誘発額を試算(新札発行は印刷・製版・製本、ATM/CDと自販機はサービス用機器の生産誘発係数をそれぞれ使用)してみると、その額は約3.5 兆円と計算される。また、同様に産業連関表を用いて、部門別の粗付加価額/国内生産額をもとに付加価値誘発額を試算すると、その額は約1.3 兆円程度となる。この額は、名目GDP比では約0.2%程度に相当する。新紙幣発行への切り替えは2024 年から予定されており、前回の新札特需は直近2年程度で発生したことから、この特需が次回も直近2年間に同程度出現すると仮定すれば、直近2年間の経済成長率を約+0.1%ポイント程度押し上げる可能性がある。

新紙幣・硬貨発行で期待される特需
(画像=第一生命経済研究所)

おわりに

 以上の試算については幅を持ってみる必要がある。上振れリスクとしては、紙幣や硬貨の単価が想定以上に上昇すること、あるいはATM/CDや自販機の買い換えが予想以上に起こることが考えられる(前々回の84年の時にはATM/CDが普及する初期段階だったこともあり、新規需要が相当数あった)。また、今回は効果が不透明なため考慮していないが、タンス預金がはき出される効果や、新札・硬貨発行を記念して、百貨店、スーパー等がセール等を行うといったイベント効果も考えられ、これも上振れリスクとなろう。一方、下振れリスクとしては、キャッシュレス化の進展に伴い、紙幣や通貨の流通量が減少する可能性がある。また、金融機関や飲料メーカー、中小企業等は突然のコスト負担を強いられることになるため、こうしたところが他の設備投資を縮小することも考えられる。さらに金融機関では、このコスト負担で収益性が落ちることが予想されるため、金融仲介機能低下のパスを通じて実体経済に悪影響を及ぼすことも否定できないものと思われる。なお、キャッシュレス進展の弊害になる可能性もある。

 しかし、いずれにしても新紙幣・硬貨発行の特需に景気の方向性を左右するほどのインパクトはないだろう。上述の通り、一定の需要拡大効果は見込めるものの、直近2年程度で経済成長率を+0.1%ポイント程度押し上げる程度だ。経済成長率の変動を見れば、年度直近の2017年度が+1.9%であったのに対して、消費税率引き上げが行われた2014年度が▲0.4%と、景気が循環する中での成長率は大きく変動することが想定される。したがって、仮に経済成長率が+0.1%ポイント程度押し上げられたとしても、景気局面に大きな影響を与えるようなインパクトはないものと思われる。

 最後に、試算は多くの前提、推測を元に算出してあり、特需の規模も振れることが考えられることを付け加えておく。(提供:第一生命経済研究所

<参考文献>
「1万円の製造コストは20円?額面以上の通貨は「○円」」ZUU online編集部2016年7月29日

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 永濱 利廣