4月15・16 日のTAG交渉の初会合は、議論の範囲を整理して、為替条項は別に財務当局で行うとした。これは、日本への圧力をかわす上で、技ありだったと思う。自動車への制裁関税を課されないために数量規制を求められることについても、今回は拒否した。米国は、時間が過ぎるほど、欧州や豪州との農産物の輸入条件が不利になる状態が続いてしまう。

日米物品貿易協定
(画像=PIXTA)

日本は技あり1本

 日本と米国の間で、TAG交渉(物品貿易協定)の初会合が、4月15・16 日にワシントンで開かれた。この会合は、当初1月に開かれる予定だったのが、4月までずれ込んだものだ。トランプ政権は、米中貿易協議と議会調整に労力を奪われてしまい、日本との協議に余力を割くことができなかった。初会合でも、やはり日本に厳しい要求を飲ませるだけの余力を持って臨んでいるかどうか怪しい情勢がうかがわれた。

 米国が日本を揺さぶるとすれば、(1)為替条項を日本に求めること、(2)自動車への制裁関税をかけること、であろう。この2枚のカードをちらつかせて、別のところで日本に譲歩を引き出させることが作戦だったと思う。それに対して、茂木敏充大臣は「すでに財務当局で合意済み」として、TAG交渉では論じないことを宣言した。この対応は、技あり1本だったと思える。日本では常に為替条項について過剰に恐れる弱気マインドがある。トランプ大統領も、ドル高は米経済に不利だとか、FRBに圧力をかける発言を繰り返している。とはいえ、能動的に為替をコントロールする手段は持っていない。今回は、ムニューシン財務長官が為替条項に言及して、TAG交渉前に話題となったが、財務長官とライトハイザーUSTR代表がどこまで連携して日本に揺さぶりをかけているかがはっきりしなかった。為替は財務当局同士で話すことだという切り返しは、効果的な説明だったと思える。

日本側の戦略

 事前に日本側を警戒させる材料はほかにもあった。2018 年9 月に日米首脳間で、①農林水産品はTPPの内容が最大限、②TAG交渉は物品に限定し、サービスはTAG交渉の完了後に進める、という点を取り決めた。事前の報道は、これらの約束が守られないのではないかという観測が強かった。その点は基本的に守られた。農産品の扱いについても、日本の考え方に米国が大筋合意されたとされる。日本にとって、この部分は参院選を控えて妥協できない点だ。ライトハイザー代表は、データ取引の交渉を行うことについて突然提案をしたという。これは物品以外に交渉することを日本に認めさせ、米国内向けに、物品だけの交渉ではないことをアピールする狙いがあったのだろう。実害は少ない。データ取引の交渉は先行させるという。

 トランプ大統領にとっては、2020 年に再選をかけた選挙戦があり、国内に実績をアピールしたいという内圧がある。とはいえ、日本と対決してどこまでメリットがあるのかは怪しい。国内向けにはポーズをとることで十分との日本側の読み通り、米国は強硬ではなかった。

 日本は、2018 年末にTPP11 を発効させ、2月には日欧EPAも発効した。米国の農産物は、米国がTPPに入っていないために、欧州・豪州よりも不利になっている。これを解消するには、早くTPP並みという日本の条件を飲む必要がある。日本との対決は、大統領選挙までの時間を失うというデメリットが、米国側にはある。

 トランプ政権は、米中と米欧でも協議を行っていて、日本と対決することで失う時間のコストも大きいという事情もある。日本側の事前の戦略は、ガードすべき点を当初からはっきり示して、その他で折り合えるところを米国に探させることだ。そして、米国のアピールは選挙向けに自由にさせてもよいというものだったと思える。

懸案は自動車

 トランプ政権は、貿易交渉中は自動車へ20%の制裁関税をかけないことを宣言している。ライトハイザー代表は、この制裁関税の見合いに自動車輸入の数量規制を日本に飲ませようとしている。初会合では、日本はこれを受け入れなかった。日本は、交渉が長引くほど、農産物の方で米国が不利な立場になることを知っている。自動車の数量規制は、日本の自動車メーカーに現地生産を促すものだが、日本政府がそれを強いる訳にはいかない。何よりも米国側には数量規制を課する根拠がない。TPPでは米国は、現在の2.5%の関税率を25 年間も温存するルールで合意していた。それ以上の優遇を求めることは、何かに正当性を見出さなくてはいけない。次回は、4月26・27 日の日米首脳会談の前に再会合が開かれるとされる。

気になる日銀の政策

 日本にとって為替条項の縛りがなくても、すでに政策に対する牽制効果は働いている。筆者は、2016 年9 月にイールドカーブ・コントロールを決めたことは、黒田総裁に為替政策に思惑を生じさせてはいけないという配慮があったとみている。

 外債購入により、為替介入を肩代わりしようなどということは、到底できない。リフレ政策で円資金をばらまくと、円が下落するという理屈も危なっかしい。金融政策の結果としての円安ならば許されるという理屈が通用するとは思えない。TAG交渉で為替条項がとりあげられたことは、日銀の行動にも、とばっちりとして何らかの影響を与えるだろう。国内的に勇ましい金融緩和を主張することは、トランプ政権との関係を考えると採れないのが実情だ。

 では、日銀はもう追加緩和の手段が何ひとつ残っていないのか。マイナス金利の深堀りは可能なのか。ETFの追加購入はできるのか。TAG交渉がさらに進む中で、実は日銀も冷や冷やしながら、政策の余地を探っていることだろう。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生