「高度プロフェッショナル制度」は結局どんな制度なのか?

高度プロフェッショナル制度,布施直春
(画像=THE21オンライン)

4月1日から施行された「働き方改革関連法」。その中で最も大きな議論となったのが「高度プロフェッショナル制度」、いわゆる「高プロ制度」だろう。一定以上の年収の社員を「高プロ社員」として、労働時間の規制なしで働かせることが可能になるというこの制度。巷で言われるように、本当に「残業代ゼロ制度」なのか。労働法の専門家である布施直春氏に、近著『「働き方改革関連法」早わかり』より、「高度プロフェッショナル制度」の本質についてうかがった。

以前は「ホワイトカラーエグゼンプション」と呼ばれていた

2019年4月1日の改正労働基準法の施行により新たに導入されたのが「高度プロフェッショナル制度」、いわゆる「高プロ制度」です。

これは、専門的な知識を要する業務で、かつ、時間と成果との関係があまり高くない(つまり、時間をかければ成果が上がるというものではない)業務に就いている人で、一定以上の年収がある人に対し、いくつかの条件を満たすことで労働基準法の労働時間、休日、割増賃金等の規定が全面的に適用除外となる、というものです。

つまり、「プロフェッショナル」と呼べるような職種の人に関して、労働基準法の規定に縛られない自由な働き方を実現するための制度ということになります。

ただし、「何時間働いても残業代がもらえない」「残業代ゼロ法案」などという側面もあります。そのため、この「高度プロフェッショナル制度」に関しては、長年、慎重に議論が進められてきました。

以前は、高度プロフェッショナル制度ではなく、「ホワイトカラーエグゼンプション」という言葉が使われてきたため、この言葉のほうがなじみ深い、という人も多いかもしれません。

ホワイトカラーのカラーとは「襟(えり)」の意味で、肉体労働者などの「ブルーカラー」に対し、オフィスで働くオフィスワーカーを指す言葉。エグゼンプションとは「除外」という意味で、「ホワイトカラー社員の労働時間規制の適用除外制度」などと訳されます。

一定の年収を超えるホワイトカラー社員に対して、労働基準法における労働時間規制を適用しない(除外)するというもので、元々はアメリカの制度です。

2007年に政府が労働基準法改正案に盛り込もうとしたのですが、意見が一致せずに断念。その後も議論が繰り返され、今回、高度プロフェッショナル制度として法制化されるに至りました。

「1日8時間」の縛りがなくなる

さて、この制度を利用した場合、具体的にはまず、法定労働時間である「1日8時間、1週40時間」がなくなりますので、会社としては、その人が1日何時間働こうと、週何時間働こうと、労働基準法違反とはならないわけです。また、休憩時間を与える必要もありません。

さらには、休みなく週7日働いても問題ありません。深夜に働いても深夜残業の割増賃金は不要です。

唯一の例外が「年休」で、これは他の労働者と同様の条件にて与えられることになります。

さて、これだけ聞くと「残業代ゼロ法案!」という言葉が頭をかすめてしまいますが、実際にはどうでしょうか。たとえば、1週間休みなく働くけれど、1日の仕事時間は3時間で済むのなら、週の労働時間は21時間に収まります。あるいは、ここぞの勝負所で休む間もなくぶっ通しで働いて、その後はしばらくゆっくりする、というようなメリハリの利いた働き方も可能です。

また、導入には当人の同意が必要ですので、制度を利用したくない人に無理やり高度プロフェッショナル制度を適用することはできません。

「年収1075万円」が基準に

さらには、それ以外の条件も厳しく設定されています。たとえば、どんな職業の人でも適応されるということはなく、条件としては、

・職務の範囲が明確で、

・一定の年収要件(少なくとも1075万円以上)を満たす労働者が、

・高度な専門的知識を必要とする等の業務に従事する場合に、

とされています。

より正確には「高度な専門的知識を必要とする」とともに「従事した時間と従事して得た成果との関連性が通常高くないと認められる」という性質を持つ職業・業務とされています。具体的には、改正労働基準法の施行日(2019年4月1日)からこの制度の対象となるのは、「金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発業務」や、「顧客の事業の運営に関する重要な事項についての調査・分析、および助言などの業務」「新たな技術、商品または役務の研究開発業務」などとされています。

1075万円以上という数字については、より正確には、「労働者の平均給与額の3倍を相当程度上回る水準として」「厚生労働省令」(法令のうち厚生労働省のみで決定できる命令のこと。閣議決定、国会承認は必要ない)で定める金額とされています。

制度導入には「本人の同意」が絶対に必要

一方、本制度を導入するにあたっては、会社側の義務として、

・健康確保措置等を講じること

・本人の同意や労使委員会の委員の5分の4以上の多数の決議を得ること

などの要件が必要とされます。

このうち、健康確保措置としては、年間104日以上、かつ、4週4日以上の休日の確保が義務づけられています。また、時間外労働時間が1カ月当たり100時間を超える場合には、事業者は、その労働者に対して、必ず医師による面接指導を実施しなければならないこととなりました。実際に何時間働いたかということは、会社が何らかの形で記録する必要があります。

つまり、本人の同意なくして勝手に高度プロフェッショナル制度を適用することはできない、ということです。また、仮に本人の同意があったとしても、届け出のあった対象業務に含まれていなかったり、健康確保措置が適切に施されていなければ無効になります。

また、同意に関しては、その社員が一度同意したものを後で撤回することが可能(つまり、高度プロフェッショナル制度の適用をやめることが可能)とされています。

「残業代ゼロ」の懸念はぬぐえないが……

さて、以上が「高度プロフェッショナル制度」のあらましです。企業が社員に「残業代ゼロ」を強要することがないよう、仕組みが整えられていることがおわかりいただけたかと思います。

それでも、今回の「働き方改革関連法」においては、この「高度プロフェッショナル制度」に関して国会等で多くの議論がなされました。確かに、いくら制度を整えたところで、これが残業代減らしの温床にならないとは、誰も言うことはできないでしょう。

ただし、日本人の働き方、そして労働法自体も、会社から決められた時間の間だけ働くという働き方から、働く人が自身で裁量権を持って働く時間や場所を決める、という方向にシフトしてきたというのは紛れもない事実です。

「高度プロフェッショナル制度」は今後、どうなる?

さて、いよいよ2019年4月からスタートした「高度プロフェッショナル制度」ですが、今のところは対象となる職種も限られており、多くの会社で一気に導入が進む、ということはないでしょう。

ただし今後は、おそらく対象となる職種が増えていくことになると思われます。高度プロフェッショナル制度の対象範囲となる業務については「省令で規定」となっています。つまり今後は厚生労働省のみで改正できるため、対象労働者の範囲の拡大はきわめて容易に可能となるからです。

また、対象となる年収の今後の引き下げについても気になるところではあります。現在の「年収1075万円以上」が多いか少ないかは、人によって意見が異なることでしょう。

実際、対象となる年収については、今回の法改正において、与野党によって大いに議論されたところです。たとえば2018年(平成30)5月の衆議院厚生労働委員会における与野党による討議では、野党から今後の年収要件の引き下げについて問われた与党側は「要件を引き下げることは考えていない」という旨の回答をしています。

この年収要件については、「労働者の平均給与額の3倍を相当程度上回る水準」として「省令で定める金額」とされている以上、平均給与額が下がれば当然、現在想定されている年収1075万円以上からの引き下げも考えられます。ただ、国会での議論も踏まえて考えれば、そう急激な引き下げが近々に行われる可能性はそれほど高くないといえるでしょう。

(『「働き方改革関連法」早わかり』より一部加筆・修正)

働き方改革関連法,布施直春
(画像=THE21オンライン)

「働き方改革関連法」早わかり
いよいよ2019年4月1日施行開始!「働き方改革関連法」の内容をコンパクトに解説する、入門書の決定版が登場。「残業時間に上限ができる」「年休取得が義務化される」「残業代が高くなる」「高度プロフェッショナル制度が導入される」「フレックスタイム制が柔軟になる」「パート、契約社員、派遣社員の扱いが変わる」……これら今回の法改正には、はたしてどんな意味があるのか。そもそも、元々のルールはどういうもので、それがどのように変わるのか。それを、人事などの専門家向けではなく、あくまで一般社員向けに説く。一般社員にとっては、自分たちの権利を守るため。そして経営者や管理職にとっては、法違反をしないために。「新しい仕事のルール」の一番わかりやすい入門書(『THE21オンライン』2019年04月03日 公開)

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