2大グループの過半数割れが予想される欧州議会選挙

5月23日~26日にEU加盟国で欧州議会(任期5年)選挙が実施される。

欧州議会では、議員は政治信条を同じくする議員が国境を超えた政党グループを結成して活動し(1)、1979年の第1回選挙以来、中道右派の「欧州人民党(European People’s Party; EPP)」と中道左派の「社会民主進歩連盟(Progressive Alliance of Socialists and Democrats; S&D)」の2大グループが合計で過半数の議席を占め、事実上の大連立として議会を主導(2)、EUの統合を推進してきた(図表1)。

2019欧州議会選挙
(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(1)グループの形成には加盟国の4分の1(現在は7カ国)からの25人の議員を必要とする。
(2)Vote Watch Europeの調べによれば、2大グループによる大連立化の傾向は、過去3議会で、全議席に占める割合の低下とともに強まっており、第8議会では2大グループは74%の投票で共同歩調を採った( https://www.votewatch.eu/blog/ep2019-how-meps-made-decisions-during-these-5-years/ )。

2大グループの議席減は親EU派の議席増加による面も

欧州議会選挙では、投票率の低さや比例代表制で行われることなどから、政権への批判票が投じられる傾向がある。前回14年も、英国で「英国独立党(UKIP)」、フランスで「国民戦線(現、国民連合)」、ギリシャで「急進左派連合」が第1党となっている。

今回の選挙では、2大グループの初の過半数割れが予想されている。その背景として、EU懐疑派への支持拡大が注目されがちだが、現状より深い統合を望むグループへの票の分散も影響する。マクロン大統領の与党「共和国前進」は2大グループには属さず、中道グループの「欧州自由民主同盟(Alliance of Liberals and Democrats for Europe; ALDE))」に近い立場を採る。環境グループの緑・欧州自由同盟(Greens - European Free Alliance Leadership: Greens/EFA)もドイツでの議席増が見込まれる。

政党グループの構成は選挙後に変わる

政党グループの構成自体も変わる見通しだ。新たに選出された議員は、政党グループ結成のための交渉に入る(図表2)。

中道グループは、今回、初めて欧州議会で議席を獲得することになるマクロン大統領の「共和国前進」が加わる再編が見込まれている。

EU懐疑派が優勢だった英国が、欧州議会選には参加の見通しながら、離脱を予定していることもあって、EU懐疑派のグループは再編の見通しだ。

2019欧州議会選挙
(画像=ニッセイ基礎研究所)

イタリア・サルビーニ副首相は右派の懐疑派グループ結成に動く

イタリアのサルビーニ副首相は新グループ「人民と国家の欧州同盟(European Alliance of Peoples and Nations ; EAPN)」の結成に動き出している。4月8日のEAPNの決起集会には、「自由と直接民主主義の欧州(Europe of Freedom and Direct Democracy ; EFDD)」に加わってきた「ドイツのための選択肢(AfD)」と、「欧州保守改革(European Conservatives and Reformists; ECR)」に加わってきた「デンマーク国民党」や「真のフィンランド人党」が参加した。サルビーニ副首相の「同盟」は、第8議会では、マリーヌ・ルペン党首率いるフランスの「国民連合」などとともに「国家と自由の欧州(Europe of Nations and Freedom;ENF)」を結成、「国民連合」とは近い関係にある。

サルビーニ副首相は、EUの価値観違反を問われているハンガリーの与党「フィデス」を率いるオルバン首相、ポーランドの与党「法と正義」のカチンスキ党首とも連携を探っている。フィデスは、これまで2大グループの1つEPPに属してきたが、今年3月、ユンケル欧州委員長への中傷広告を巡って無期限の加盟資格停止処分を受けている。「法と正義」も、所属するECRから、主力メンバーの英国の与党・保守党が去る見通しだ。両党ともにEAPNへの合流の可能性も排除はできない。両党共に国内で高い支持を誇っており(図表3)、EAPNに両党が加われば一大勢力となる。

イタリアで「同盟」と連立を組む「五つ星運動」も、新たな反エスタブリッシュメントのグループの結成を望んでいるが、イタリア国内の支持率で同盟の後塵を拝するようになっており、注目度は遥かに低い(3)。

2019欧州議会選挙
(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(3)「五つ星運動」は第8議会では政権政党も加わるALDE加入を試みたが拒否され、マクロン大統領も「五つ星運動」との提携は否定している。現在「五つ星運動」が所属するEFDDからはUKIPが離脱、2党はEAPNに参加する。

親EU対EU懐疑派では親EUが優勢。EU懐疑派が広く持続的に共同歩調をとることは困難

広義のEU懐疑派の獲得議席数は、全体の3分の1に届く勢いだが、しかし、EU懐疑派対新EUという区分で見た場合、2大グループに中道グループ、環境グループを加えた親EU派が優勢を保つ見通しでもある。

EU懐疑派が広く持続的に共同歩調をとることも難しい。英シンクタンク「オープン・ヨーロッパ」のアナリストらは、EU懐疑派をサルビーニ副首相が結集しようとしている「右派ポピュリスト(National Populist parties)」のほか、ギリシャの「急進左派連合」やスペインの「ポデモス」などの「左派EU懐疑派(Left Eurosceptic parties)」、英国の「保守党」、「ブレグジット党」、「UKIP」など「EU離脱派(EU Exit parties)」、「中道右派EU批判派(Centre-right Euro-critical parties)」、「反エスタブリッシュメント(anti-establishment parties)」、「極右(Extreme Right)」の6つのタイプに分類している(表紙図表参照)。「右派ポピュリスト」は移民問題や価値観、「左派EU懐疑派」は厳しい財政ルールを問題視するなど、タイプごとに問題意識や重みが異なる。

また、右派の間でも、ロシアに対するスタンスは、「同盟」や「国民連合」は親ロシアだが、「法と正義」やスウェーデンの「民主党」などはロシアを脅威と見なしている。

移民政策を巡っても「右派ポピュリスト」は「反移民」で一致しても、不法移民受入れの負担のEU加盟国間での公平化を求めるイタリアと、移民の割当に強く反発するハンガリーは、具体策になると利害が対立する。

欧州議会選挙後の政策の急展開やEU懐疑派のEU機関のトップ誕生はない

今回の欧州議会選挙で2大グループの議席が過半数を割込むことで、EUの政策が急展開するようなことはないだろう。欧州議会選挙の結果は、10月末に任期を終えるユンケル委員長の後任の欧州委員会の委員長の人事に直接関わり、ECBの次期総裁、さらに11月末に任期を終えるトゥスク首脳会議常任議長(通称、EU大統領)の人事にも影響を及ぼすが、EU懐疑派のEU機関のトップの誕生という展開も考え難い(4)。

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(4)ユンケル委員長は最大の議席を獲得したEPPの筆頭候補として欧州議会選挙を戦い欧州委員会委員長に選出された。今回もEPPが最大議席を獲得する見通しだが、筆頭候補のドイツ出身のウェーバー氏が、順当に選出されるとの見方は必ずしも優勢ではない。Vote Watch Europeが19年4月に1000人の専門家を対象に実施した調査では、ウェーバー氏は欧州議会の議長、欧州委員会委員長は英国のEU離脱交渉の主席交渉官でフランス出身のミッシェル・バルニエ氏、ECB総裁はドイツ連銀のバイトマン総裁、首脳会議議長にはオランダのマルク・ルッテ首相という回答が最も高い割合を占めた。

問題はむしろ政策の停滞

欧州議会選挙後、問題となるのは、むしろ政策の停滞だろう。EU加盟国では、すでにEU懐疑派の政権の誕生や政権入りで、合意形成の困難さが増している。さらに、欧州議会の議席が統合の深化を望む親EUの中道グループ、環境グループ、さらに異なった立場からEUの改革を求めるEU懐疑派グループへと議席が分散することで、EUの政策決定、法制定のプロセスが、今まで以上に時間が掛かるようになるだろう。

EU加盟国は、5次にわたる拡大で多様化しており、政策の優先順位を決める困難さも増している。世論調査(5)によれば、中東欧は「経済と成長」、南欧は「若年失業問題」、北欧は「気候変動対策」を「欧州議会選挙のキャンペーンで優先的に議論すべき事項」と考えている。それぞれの国の中でもEUやグローバル化の恩恵を受けてきた人々とそうでない人々との溝は深まっている。

分断した政治・社会状況では、新議会発足後に本格化する21年から7年間のEU予算の「多年次財政枠組み」の議論の難航は避けられないだろう。

EUにとって目前の課題となっている米国との通商協議に及ぼす影響も気掛かりだ。そもそも、自動車の追加関税を交渉材料に譲歩を迫る米国に対して、ドイツはなんとか交渉を通じた解決を望み、フランスは米国が求める農産品の交渉は拒否するなど一枚岩になり辛い。さらに、欧州議会の議席の分散という問題が加わることで、行き詰るリスクが気掛かりだ。

今年改選される欧州議会と体制が刷新される欧州委員会の任期はともに5年。今回は、EU懐疑派に対して親EU派が優勢を保つことができたとしても、EU加盟国の市民が抱く懸念に応える成果を出せなければ、次の欧州議会選挙では、EU懐疑派のさらなる躍進を許すことになる。

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(5)European Parliament〔2019〕p.59

〔参考文献〕

・Walsh and Alipranti〔2019〕 “The 2019 European Parliamentary elections and the future of the European project” Open Europe 05/2019
( https://openeurope.org.uk/intelligence/institutions-and-democracy/http-openeurope-org-uk-wp-content-uploads-2019-05-13052019-ep-elections-briefing-final-4-pdf/ )

・European Parliament〔2019〕 “Eurobarometer Survey 91.1 of the European Parliament”
( https://www.europarl.europa.eu/at-your-service/files/be-heard/eurobarometer/2019/parlemeter-2019/report/en-parlemeter-2019.pdf )

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伊藤さゆり(いとう さゆり)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 主席研究員

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