「ずらす」という戦略が有効な理由

一つのニッチに一つの生物が収まっている。

しかし、野球のポジション争いが激しいように、獲得したニッチもまた安泰ではない。

自分のニッチと重複するライバルが出現すれば、激しい競争が起こる。

しかし、その競争は、生き残るか絶滅するかという厳しいものである。すべてを掛けてニッチを争うということはリスクが大きい。

野球のポジションと違って、自然界には無数のニッチがある。

ニッチに固執して激しい戦いを繰り広げるよりも、自分のニッチの周辺に新たなニッチを見つけることはできないだろうか。ニッチの被った生物種は、現在のニッチの周辺に新たなニッチを求める。

これは、ニッチシフトと言われている。つまり、ニッチをずらすのである。

たとえば同じ場所で暮らしていてもエサが異なれば共存することができる。あるいは、エサが同じでも場所が違えば共存できる。エサや場所が共通していても、暮らす時期や時間が異なれば共存できる。争って奪い合うよりも、「ずらす」ことによって、自らもニッチを求めた方がリスクも小さい。これが「ずらす」という戦略である。

キャラを被った芸能人が、お互いの違いを探して、新たな個性を見出すように、生物もまた、ニッチをずらしながら、自分だけのニッチを確保している。

こうして、多くの生物種が共存する自然界が作られているのである。

『敗者の生命史38億年』(PHP研究所)より一部抜粋

稲垣栄洋(いながき・ひでひろ)
植物学者
1968年静岡県生まれ。静岡大学農学部教授。農学博士、植物学者。農林水産省、静岡県農林技術研究所等を経て現職。主な著書に『身近な雑草の愉快な生きかた』(ちくま文庫)、『植物の不思議な生き方』(朝日文庫)、『キャベツにだって花が咲く』(光文社新書)、『雑草は踏まれても諦めない』(中公新書ラクレ)、『散歩が楽しくなる雑草手帳』(東京書籍)、『弱者の戦略』(新潮選書)、『面白くて眠れなくなる植物学』『怖くて眠れなくなる植物学』(PHPエディターズ・グループ)など多数。(『THE21オンライン』2019年04月05日 公開)

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