はじめに

去る19日、世界中のメディアがあるニュースを取り上げた。それは、弊研究所がいわゆるグローバル企業に対して用いる言葉で敢えて呼ぶならば、米系“越境するテクノロジー事業主体”であるフェイスブック社が自前での仮想通貨事業への参入を公表したことである。ここで発行する仮想通貨=暗号資産名は天秤の意味をもつ「Libra(リブラ)」という名前だという。

libra
(画像= grejak / Shutterstock.com)

世界各国で同計画は報道された。たとえば我が国の朝日新聞は「途上国への利用」および「情報漏洩リスク」に言及している。他方でフランスの経済紙の1つであるLa Tribune紙はその事業を行うリブラ協会に参画する企業に注目している。実際、同資産にはVisaやマスターカードといったクレジットカード大手にPayPalにeBayといったオンライン決済大手、更にはCoinbaseといった有名仮想通貨事業主体も参画しており、それだけでも非常に注目を集めるものである。

他方でフェイスブック社といえばいわゆる「フェイクニュース」への関与やユーザー情報の流出などを巡り、昨年(2018年)4月10日から11日(米東部時間)に米連邦議会上院において実施された公聴会にまで出席する事態となった(もっとも同公聴会に参加した議員の知識不足もあって無難に乗り越えたとして、むしろ同社の株価上昇に寄与したという)。

しかし実際、アプリとしてのFacebookのビジネス・モデルがこのまま拡大するのかと言えば怪しいと言わざるを得ない。個人的な見解で恐縮だが、一昨年(2017年)以来、Facebookを利用していてバグが生じてフリーズしたり、一部機能が正常に機能しなかったりという事態が微増している印象があり、Facebookが改善しているとは思えないのだ。

(図表1 2018年4月10日の米連邦議会上院における公聴会に出席する マーク・ザッカーバーグ創業者CEO兼会長)

2018年4月10日の米連邦議会上院における公聴会に出席する マーク・ザッカーバーグ創業者CEO兼会長
(画像=Market Watch)

そのような中だからこそ、このフェイスブック社による仮想通貨「リブラ」計画のリリースは意味をもつというわけだ。しかしそれだけが問題であるわけでは全く無いというのが卑見である。本稿はこの「リブラ」に関して筆者が19日当日にした分析とは異なる角度からより詳細に検討するするものである。

「リブラ」とは何か

仮想通貨「リブラ」についてはホワイト・ペーパーが公開されている。これを読むと「リブラ」の特徴が分かる:

●「リブラ」はステーブルコインである
ステーブルコインは今回のフェイスブック社のリリースに合わせたタイミングでこのような報道がなされている。しかしこの説明は不充分である。ステーブルコインは別の(仮想)通貨で価値が担保されているとは限らない。たとえばベネズエラ政府が正式に法定仮想通貨とした仮想通貨「ペトロ(Petro)」も、同国に埋蔵された原油や金塊などによる商品(コモディティー)バスケットをその価値の担保としており、ステーブルコインである。

このような整理を参考にして、筆者は仮想通貨とは異なる伝統的な資産(既存の法定通貨や商品(コモディティー))をその価値の担保とした(1)既存金融資産担保型、別途発行されている仮想通貨を担保とした(2)仮想通貨担保型、更には特定のアルゴリズムなどを通じてその発行量を調整する(3) 無担保(シニョレッジ・シェア)型の3つにステーブルコインを分類している。

個人的には(1)既存金融資産担保型がもっとも重要だと考えている。なぜならばボラティリティーをコントロール出来る点がこのステーブルコインのメリットであるが、それを最も活用出来るのが(1)既存金融資産担保型だからである。仮想通貨が忌避される一因はそのボラティリティーの高さである。それに対し金塊といった商品(コモディティー)などで組成したポートフォリオを担保にすればそれを軽減出来る。しかし仮想通貨をその担保にしてしまえばそれは困難である。また実データを見る限り、流動性の高い(有名な)仮想通貨間の相関度合いが高いので分散効果が働くとは言い難いという側面もある。また無担保型はそのメカニズムが複雑で分かりにくいため、そもそも流通量が僅少であるという点があるためでもある。

「リブラ」の場合、米政府短期債と銀行預金によるポートフォリオを担保に用いるのだという。ここから、「リブラ」はインフレに対する脆弱性が既存通貨と同等であることが分かる。ステーブルコインで(1)既存金融資産担保型に注目しているのは、国家(およびそれが発行する法定通貨)の信用が下がり(ハイパー)インフレが生じた場合にも、もし商品(コモディティー)をその担保にしていれば、インフレに対して自動的に価値が連動するという長所を持つからである。これに対して米政府短期債と銀行預金に連動する以上、「リブラ」は国家の信用度に依存することになる上、インフレ・リスクが生じることとなるというわけだ。

(図表2 Facebook社が提供する仮想通貨「リブラ」の仕組み)

Facebook社が提供する仮想通貨「リブラ」の仕組み
(画像=朝日新聞)

●「リブラ」には米大手企業が参画している
 「リブラ」に参画している企業はその一部だけでも以下のとおりでありその道では非常に有名な企業が参画している:

●決済関係:マスターカード、ペイパル、Visa
●技術など:ブッキングHD、eBay、フェイスブック、Uber
●通信技術:ボーダフォン
●ブロックチェーン:コインベース
●ベンチャー・キャピタル:アンドレッセン・ホロウィッツ

ステーブルコインであること、すなわちブロックチェーンを用いていることを踏まえると、一定のコミュニティー内で通用する「補助通貨」としての役割を担うということが分かる。どういうことかと言うと、そもそも上述した参画企業の内でもフェイスブックといった多くのユーザーを囲い込んでいる「コミュニティー」の中で、銀行預金や短期国債を担保にする=既存の法定通貨の価値にもリンクしている通貨を流通させるというメカニズムであるというわけだ。それは、かつて江戸時代、幕府が金貨銀貨銅銭の鋳造を事実上独占していた中で藩札が併用されていた状況に類似しているということだ。

おわりに ~「リブラ」はデジタル空間分断の象徴である~

1990年代中盤から2000年代に急拡大していったインターネット、デジタル経済は依然として拡大を続けている。これに対し1930年代、諸国は長引く不況の中で「ブロック(Bloc)経済」を導入し世界経済は分断されていた。これに類似し、かつて拙稿で触れたとおり、インターネット=デジタル経済も分断されつつある。そのようなマクロ環境の中で「リブラ」の登場も、前述したように「経済エコシステムのブロック化」をもたらしているというのが卑見である。

「リブラ」は早速、米連邦議会下院から「待った」を掛けられつつある。また世界的に景況悪化が“喧伝”される中でデジタル経済の分断が進行していることなのだから、「リブラ」のマーケットは縮小化していくと見えなくもない。だからといって「リブラ」が有望でないとは限らない事態が生じている。ここにきて筆者が注目しているのが、メキシコのオブラドール大統領が低所得者層にインターネットを提供するためにマーク・ザッカーバーグに接触しているという報道である。いわゆる北米自由貿易協定(NAFTA)の刷新をトランプ米大統領が図ってきたわけであるが、これにオブラドール大統領はむしろ刷新を歓迎してきた節がある。このような中でメキシコをマーケットとしてFacebookが更に急拡充させる可能性が出てきているというわけなのだ。ついては「リブラ」を用いるユーザー数も増大する可能性があるというわけだ。

米ドル・リスクや米連邦政府・リスクに他の仮想通貨よりは強く紐づいているため、仮に米国において“デフォルト(国家債務不履行)”リスクが顕現化した場合のリスクがあるものの、プラットフォームとしてデジタル経済下においてユーザーを『囲い込む』ための1つの典型例として、「リブラ」が拡大していく可能性を無視してはならない。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

大和田克 (おおわだ・すぐる)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2014年早稲田大学基幹理工学研究科数学応用数理専攻修士課程修了。同年4月に2017年3月まで株式会社みずほフィナンシャルグループにて勤務。同期間中、みずほ第一フィナンシャルテクノロジーに出向。2017年より現職。