はじめに
米中貿易摩擦が始まってから長い時間が経った。本稿執筆時点(6月27日)において明確な解決の糸口があるわけではない。G20に合わせて米中会談が29日に実現するものの、“大団円”にも破談にもなり得る。他方で注目したいのが、トランプ米大統領が同日程で安倍総理大臣を交えて3か国で、更にはその直後に2か国でインドのモディ首相と会談を行うということである。
インドは中国の隣国であり、国境問題を巡って1962年には戦争にまで至っている。2017年6月にもブータンのドクラム高地において中印軍が睨み合う展開に至ったばかりで、それは2018年以降も燻り続けている。となれば、中国と貿易闘争を行う米国がインドに接近しても良いものである。実際、オバマ政権(当時)は安全保障面でインド(大陸)を重要なパートナーと見なしてきたのであり、クリントン国務長官(当時)は米国の有名外交専門誌であるForeign Policy誌にこう寄稿している:
“The Asia-Pacific has become a key driver of global politics. Stretching from the Indian subcontinent to the western shores of the Americas, the region spans two oceans — the Pacific and the Indian — that are increasingly linked by shipping and strategy. It boasts almost half the world’s population. It includes many of the key engines of the global economy, as well as the largest emitters of greenhouse gases. It is home to several of our key allies and important emerging powers like China, India, and Indonesia”
トランプ大統領も就任当初はインドに対して、具体的なスタンスを見せないという意味で慎重な姿勢を崩してこなかった。それが今年に入り大きく一転した。トランプ政権が先月(6月)5日に「一般特恵関税制度(GSP)」から除外したが、これにインドも米国に対して28品目の関税をすぐに引き上げるといった事態が生じており、米印関係が緊張化しているのだ。実際、貿易について米国から見ると、後述するように、インド貿易は物品で見てもサービスで見ても赤字貿易なのである。本稿は米国がなぜインドと係争を抱えているのかをレビューする。
米国はインドの何を問題視しているのか
米印関係が揺れ動く今、まず米国がインドをどのように見なしているのかを、米連邦議会に対して議員や議会委員会などの立法活動を助ける情報提供や調査依頼への回答などを行う機関である議会調査局(Congressional Research Service)による報告書などを基に整理しよう。
米国による対インド貿易の推移を見ると、直近10年間、物品の面でもサービスの面でも赤字貿易である。輸出入額の絶対額は大きく増えているものの、米国によるインドからの輸入額が大きく増えているのは図表1を見れば明らかなとおりである。額面以外にもインド貿易は米国にとって様々な問題を抱えている。議会調査局(Congressional Research Service)による報告書「米印交易関係(U.S.-India Trade Relations)」は8つの課題をまとめている:
●関税:
インドは特に農業面において相対的に高い関税を掛けてきた
●米国による一般特恵関税制度:
3月4日時点でトランプ大統領はインドに対する一般特恵関税制度の終了を決定した
●サービス:
米印はあるサービス分野では競合関係にある。米国企業によるインド・マーケットへのアクセスの障壁には、外資による株式保有制限などがある
●農業:
衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS)により米国からの輸出が規制されている
●知的財産(IP):
インドの知的財産制度は米国が最も憂慮するものであり続けている(“India’s IP regime remains a top U.S. concern”)
●“強制された”現地化(“Forced” Localization):
インドによる製造拠点の成長や雇用支援のためのイニシアティブが国内でのデータ保有、国内でのコンテンツ保有、更には国内での試験を課している。更には電子取引サービス業者に対するデータの国内保有要請が新たな憂慮となっている
●投資:
インドは直接投資額増大に向けた促進策を取っているものの、それでもeコマース・プラットフォームの事業展開に対するインドによる新たな規制が米国の憂慮である
●防衛取引:
米国はインドによる防衛オフセット政策(兵器、システム、作戦概念を新たな形で組み合わせることで敵国の軍事的優位を相殺して余りある軍事的能力を確保し、もって抑止力を生み出す政策)の改善を求めている上、ロシア製対空防衛システムの購入が経済制裁の発動をもたらした
余談だが、インドは冷戦時代からの武器輸入大国であることが良く知られている。実際、2014年から2018年までの武器輸入額を見ると、サウジアラビアに次ぐ世界第二位の地位にある。特徴的なのが、冷戦時代の政策の経緯からロシアからの輸入額が半数以上を占める点である。またイスラエルからの武器輸入額が多いことも特徴的である。
いずれにせよ、米印貿易は赤字の垂れ流しであるが、それを突破するための課題としてインドによる強固な保護制度の突破を目指しているというわけである。そのための道具として米国が用いようとしているのが「宗教問題」である。インドによるヒンドゥー教への優遇姿勢、特にイスラム教徒への厳しい姿勢を米国が批判しているのだ。
おわりに ~米印問題は資源問題でもある~
米国がなぜそこまでインドに固執する必要があるのか。1つ注目しなければならないのが、インドがレアアース生産大国であるということである。
かつて中国がレアアース輸出規制を行ってきた際、インドはレアアース生産を拡大させ、それは今でも続いている。更にそこに深くコミットとしているのが、実は我が国なのである。また米印関係において重要な論点の1つが天然ガスである。インドはその人口を支えるべく多大なエネルギーを必要としているが、その多くは化石燃料、石炭や石油に依存している。それが天然ガスへのシフトを加速化させているのだ。
(図表3 インドにおける天然ガス・インフラ)
米国はオバマ政権時代にはシェール・ガスの輸出増大を志向してきた。それが、3つのパイプライン構想((1)TAPI(トルクメニスタン・アフガニスタン・パキスタン・インド)パイプライン、(2)IPI(イラン・パキスタン・インド)パイプライン、(3)ロシア・インド・パイプライン)が進展していることで、米国はインド・マーケットへの進出に難儀しているという訳だ。前者はロシアが、後者はロシア、イランという米国にとって頭の上のたん瘤とでも言うべき国家が関わる問題でもある。そこにインドという赤字源が関わっているのだ。米中関係に隠れがちであるが、インドからも目を離してはならない。
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。
大和田克 (おおわだ・すぐる)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2014年早稲田大学基幹理工学研究科数学応用数理専攻修士課程修了。同年4月に2017年3月まで株式会社みずほフィナンシャルグループにて勤務。同期間中、みずほ第一フィナンシャルテクノロジーに出向。2017年より現職。