シンカー: 雇用統計を含め米国の景気は堅調であるが、貿易紛争と利益率の減速が企業心理を下押し、今後の景気拡大の力となるべき設備投資の意欲の減退のリスクは残っている。7月のFOMCで利下げに踏み切る可能性は高いだろう。株価に影響が大きいのは企業心理の悪化であるため、設備投資の意欲の減退のリスクが残る限り、トランプ大統領からの利下げ圧力は続くだろう。次世代の経済インフラとなる5Gなどへの投資を強化することも米国の政権は重要視しているようだ。新たな技術の黎明期では、投資が1・2年でも他国に対して遅れると、優位性が失われてしまうリスクが高まる。新たな技術の黎明期であれば、投資を遅らせないため、景気後退後の事後的な利下げより、そのリスクに対処する予防的な利下げが正当化されるだろう。利下げはそのような企業の設備投資の意欲を刺激すると考えられるのであれば、景気が堅調さを維持していても、9月にFEDがもう一段の予防的な利下げに踏み切る可能性はあるだろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

グローバル・フォーカスの解説

●ギリシャ総選挙でND (新民主主義党)が圧勝

7日に行われたギリシャ総選挙で、ND(新民主主義党・中道右派)がSYRIZA(与党・急進左派連合)を破り、4年ぶりの政権交代となった。SYRIZAのチプラス首相は2015年にEUが唱える緊縮財政に異議を唱え、ポピュリズムの先駆けとみられていた。だがその後、増税や年金カット、緊縮財政などを実行し、国民から反発を受けていた。2018年8月にはEUからの支援の脱却をしたものの、失業率は未だ高水準が続き、給与や年金の減少による国民の不満が今回の選挙で現れた形だ。NDは公約として民営化、法人税の減税、投資拡大や雇用創出を掲げていた。金融市場では今回の政権交代が好感され、同国国債利回りは過去最低を記録している。新首相のミツォキタス氏は月曜日に就任、今後同氏のリーダーシップのもとで経済成長を押し上げ、国民の期待に応えることができるかが注目される。

●米雇用統計とFEDの利下げ見通し

金曜日に発表された米雇用統計で、6月の非農業部門雇用者数は予想を大幅に上回った。失業率は3.6%から3.7%へと上昇したが、労働市場への参加者が増えたことによるテクニカル要因が背景とみられる。賃金の上昇スペースは引き続きインフレ率を上回っているが、加速感は見られない。市場では、この結果を受けて大幅な利下げ観測が後退しているが、FEDは成長減速への懸念や貿易戦争の影響、物価上昇率が目標とする2.0%に及んでいないことを予防的利下げの根拠とすると見られ、今回の結果だけで現在織り込まれている7月末のFOMCにおける利下げ可能性が排除されることはないだろう。ただ、市場が織り込んでいるほどアグレッシブな利下げ見通しを正当化するためには、労働市場の状況がより深刻に悪化する必要があるとみられる。10日、11日のパウエル氏の議会証言でFEDのスタンスのヒントを得ることができるかが注目される。

グローバル・レポートの要約

●イタリア経済(7/8):欧州委員会との終わりなき物語

欧州委員会は、イタリアに対する過剰赤字是正手続き(EDP)を、再び回避すると決定した。この背景には、2019年予算の数字が見込みより良かったことが挙げられる。欧州委員会は、これは財政ルールが機能している証拠だ、またEDPを課すと脅かす(警告する)だけでも反エスタブリッシュ派の政府による過度な支出を止めることが可能だ、と主張することもできる。だが2020年予算を巡る議論では、新生欧州委員会との間で、新たな、かつ従来よりも難しいバトルになるとみられる。GDP比2%前後に相当する財政引締め策が(必要であるが)具体的になっておらず、イタリア政府は夏の間に(最終的には連立崩壊につながる可能性がある)厳しい選択を迫られるだろう。また、それに代わって財政赤字が同じだけ増加する(GDP比4%前後に達する)ことがあれば、新たにEDPが検討されることは疑いない。

●欧州経済(7/4):トップ人事が決着

3回の会議、4日間と1回の終夜に及ぶ交渉を経て、EU首脳は昨夜(2日夜)、(要職の人選で)ようやく合意した。その内容は強いサプライズで、欧州委員長にウルズラ・フォンデアライエン氏(ドイツ国防相)、ECB総裁にクリスティーヌ・ラガルド氏、EU首脳会議議長(EU大統領)にシャルル・ミシェル氏(ベルギー首相)、外交安全保障上級代表にボレル氏(スペイン外相)が選ばれた。最後に、欧州議会は、イタリアのサッソリ氏(S&D=欧州社会・進歩同盟)を議長に選出した。本レポートでは、(こうした人選が)ECB金融政策および欧州委員会の経済政策に及ぼすインプリケーションを検討する。ともに、政策の継続性を感じさせる人選だが、EUの課題を解決する道筋は従来と変わる可能性がある。

●インド経済(7/8):財政赤字の取扱い

(財政赤字に対しタカ派である)ビラル・アチャルヤ氏が、任期を6カ月残しインド準備銀行(RBI)の金融政策委員会(MPC)から去ったことで、インドの財政赤字と、それがもたらすインプリケーションが急速に注目されるようになった。景気減速と長期化する農村部の苦悩により、(特に失業率が上昇する中で)追加財政緩和の見通しが強くなっている。弊社は、景気減速に対抗する財政政策を支持するが、インドは(とくに、状況が改善する中で)財政プルーデントを堅持することが出来ず(財政責任・予算管理法=FRBMA=の終了日や同法の目標が継続的に変更されていることに、それは縮約されている)、財政の栓が開かれ結局は長期的な悪影響がもたらされる可能性が常にある。とはいえ、インドには現在でも財政政策を打ち出す十分な余地があるのか、という問題が残っている。発表される財政赤字データに従うならば、(一般政府の財政赤字は多くの新興国よりもはるかに高い水準であるとはいえ)ある程度余地があるとみられる。だが、実質的な赤字は報告されている水準より遥かに大きい。また景気浮揚を目指したどんな取組みも、金融抑圧(公営企業が負うオフバランス借入れも含む)の度合いを高め、民間投資を押しのけ債券利回りが上昇するというコストを伴う可能性がある。

●債券市場(7/8): 来た、見た、勝った

デュレーションやリスク資産のロング・ポジションは先週、またしても迅速な勝利を収めた。市場の不透明感に解消の兆しが見えないため、この勝利は確定的なものではない。しかし、インフレがほとんど消滅した状態にある以上、征服者たる債券強気派の側に立たない理由は見当たらない。そして、先週のイタリアほど完全たる勝利はなかった。まだ物足りないという投資家は、依然としてイタリア国債にある程度の利回りを追い求めることが可能である。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司