要旨
○今年の成長戦略は、政府が大企業を中心とした日本型の組織や雇用慣行に対する問題意識を明示している点が大きな特徴である。
○特に、日本型雇用見直しの動きは昨今急速に進んでいる。新卒採用・ジェネラリスト育成型の人事異動の仕組み、年功序列、退職金制度など一連の日本型雇用制度は、体系的に労働市場の流動性を低下させていると考えられる。未来投資戦略においても、テクノロジーを始めとした社会の大きな変化に対応するため、柔軟で多様な働き方の拡大が必要、との旨が記されている。
○政府の具体的な施策として、「大企業に中途採用比率の公開を求める」といったものが挙げられているが、目新しさはない。しかし、企業側の「必要」が生じている以上、日本型雇用見直しの動きは進んでいくだろう。人手不足やテクノロジーの発展は、より高い付加価値を生む人材に対する企業の引き合いを強くしていく。自らのキャリア・スキルは企業から与えられるものではなく、働く側が主体的に選択するものへと変わっていくだろう。
「日本型」への強い問題意識
今年の成長戦略は、日本企業のあり方に強い問題意識が記されている点が特徴だ。成長戦略実行計画案の第一章・基本的な考え方において、第4次産業革命・ociety5.0 を社会実装していくためのイノベーションの重要性が述べられた後、それに必要なものとして「組織の変革」「人の変革」を挙げている。ここで明確に述べられているのは、主に大企業に代表される日本型の組織・雇用慣行に対する問題意識である(資料1)。
一つにつながっている新卒一括採用・年功序列・終身雇用
特にその中でも、昨今急速に進んでいるのが日本型雇用慣行を見直す動きである。今年4月、経団連の「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」は中間取りまとめと共同提言を公表した(5月に未来投資会議でも報告)。そこでは、新卒一括採用をはじめとする日本型雇用慣行の限界に触れ、メンバーシップ型採用からジョブ型採用なども含め、学生自身の意思に応じた複線的で多様な採用形態に秩序を持って移行すべき、との旨が記されている。これを受け、経営者からも日本型雇用の限界に関する発言が相次いだ。
日本型雇用制度が問題視される大きな理由は、それが体系的に労働市場の流動性を低下させているからだと考えられる。新卒採用は新任者の一括育成を可能にするなど企業にメリットがあったが、多くの企業が採用を学卒時に集中させれば、相対的に企業は中途採用を行わなくなる。また、ジェネラリスト育成を前提とした人事異動制度は、社内の経営・管理職育成の役割を果たしている。しかし、社外でも通じる専門性のある職業スキルは身につきにくくなり、働き手にとって転職が難しい状況を作り出している面があろう。さらに、終身雇用を前提とした年功序列の給与体系や退職金制度など、勤続年数が長いほど有利になる仕組みは、一社で勤め続ける誘因となり、転職のインセンティブを削いでいる。
具体的な政策はあまりないが、政府に出来ることが限られていることも事実
新しい技術・テクノロジー、社会変化への対応が求められている中、定年までの一社勤続を前提とした日本型雇用慣行は、人材の柔軟な移動を妨げ生産性向上の重石になる。日本型雇用制度はこうした脈絡で長らく問題視されてきたが、その見直しが今回政府の成長戦略として明示的に盛り込まれることとなった。
ただ、今回の成長戦略実行計画案をみても、政策自体に新味はあまりない。実行計画の「中途採用・経験者採用の促進等」において、政府が具体的に行うこととして新しく盛り込まれたものは、“大企業に対して中途採用比率の公表を求める”といったところである。学生インターンシップや解雇の金銭解決については、今後検討を進めることとされている。また、KPI(Key Performance Indicator)として転職入職率9.0%(2020年)が設定されているが、これも過去に実現したことのある数字で、野心的な目標値とは言い難い。
それでも日本型雇用の見直しは進むだろう
それでも大きな流れとして、日本型雇用の見直しは進んでいくだろう。企業側が日本型雇用の見直しを訴え始めているのは、その「必要」が生じているからだ。
若い人口が豊富な時代は、労働力の「数」を投入することで事業を回すことができた。企業は、テクノロジーの活用などによって一人当たりの生産性を高める必要性もさほど高くはなかった。しかし、少子高齢化に伴う人手不足の中では、より高い付加価値を生む人材に対する引き合いは強くなる。テクノロジーの発展はその傾向を一層強めることになるだろう。
既にそうした動きはみられる。転職入職者のうち1割以上の賃金上昇を実現した人の割合をみると、既に上昇傾向にある(資料6)。人手不足のもと、企業が付加価値の高い人材により良い待遇を提示して、中途採用を行うように徐々に変化していると考えられる。
政府の役割は解雇時の金銭救済制度などをはじめとする労働移動を円滑にする枠組み作りや、その間のセーフティネットの充実ということになるだろう。近年雇用保険の教育訓練給付の充実などを通じて拡張されているリカレント教育もそのひとつだ。働き方が多様化すれば、企業が一括での人材育成を行うことは難しくなっていく。このような下、働く側自身が主体的にどのようなスキルを得ていくのかを選択し、キャリアを形成していくことが不可欠になってくる。日本型雇用見直しの潮流は、各々の働き方を企業に与えられるものから自分で選ぶものへ、抜本的に変えていくこととなろう。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 副主任エコノミスト 星野 卓也