はじめに

先月24日、中国が4年ぶりに国防白書を発表した。同白書は中国の国防の中期的な方向性を国内外に対外発表しており、それを読みこむことで同国の国内外情勢における問題意識やそれに対する今後の方針を知ることが出来る。何故この国防白書が注目されているのかと言えば、その理由はアジア情勢における中国の動向がもたらすインパクトは今も昔も大きいことは変わらないからだ。

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(画像=Aleksandr Grechanyuk/Shutterstock.com)

人口が多いことによる中国の経済的プレゼンスの高さもさることながら、広くアジア地域で同国が他国との対立を繰り返していることは読者も周知のとおりだ。たとえば経済面では米中貿易摩擦による影響が依然として続いている。中国との対立が頻繁に報じられている台湾が中国を拠点とする通信事業主体である華為技術(ファーウェイ)へ通信機器用のチップを輸出することを規制する旨公表するなど、便乗するような動きも見せつつある。政治的な面でも中国と周辺諸国の対立は頻繁に報道されている。南シナ海の領有権を巡る対立やインドとの国境紛争は従前からの課題である。台湾とは同国による中国からの独立問題がネックとなり、両国関係の深刻化に拍車をかけている。米国による台湾への武器輸出も両国間の対立を煽る形になっている。

他方で、中国の勃興と聞くと上記の様に負のイメージが付きまといがちではあるものの、国際的な場面での同国のプレゼンスの高まりを受けて、中国による国際貢献についても注目されている。たとえばネパールでの大地震の際や、2011年に我が国で生じた東日本大震災の際に中国人民解放軍が支援の為に駆け付けたことは記憶に新しい。この中国人民解放軍の動向に特に焦点を置いたのが国防白書の特徴である。本稿では同白書で中国が重点を置いているテーマを中心に検証し、それが今後の国際情勢、とりわけ我が国へのインパクトが如何なるものになりうるのかを検討する。

最新版の中国国防白書が示唆する中国の動静

本白書で大前提になるのがグローバル化とデジタル技術の発展である。それらを踏まえた上で各国は軍拡競争を繰り広げてきた。ミサイル防衛や核開発問題はアジアに限らず世界的な課題である。また国家間におけるサイバー攻撃も生じている他、本白書では宇宙空間における競争も生じている旨言及している。米国による東アジア勢におけるプレゼンスについても韓国に配備したミサイル防衛システムである「THAAD」が同地域における軍事バランスを悪化させた。我が国については安倍晋三内閣発足後、安全保障政策の強化のために我が国がより軍事的に外向きになりつつあると警戒している。それら以外にも南北朝鮮の関係の不安定さやインド・パキスタンとの国境問題が解決されるべき問題として提起されている。

特に同白書でより多く登場するキーワードが近年再燃している「台湾の独立」問題だ。台湾による本土からの分離を図る動きが対立と敵愾心を強めているとして、中国が別途抱えている「チベット独立問題」と併せて強く懸念していることが分かる。これらの問題を同白書が中国の主権・安全保障にかかわる重要利益として国境、海洋、さらには宇宙空間での同国の利益と併記するほど重要視している。台湾海峡周辺における船舶や航空機の動向にも注視すべき旨、同白書で言及している。中国は引き続き「平和的な統合と一国二制度」の姿勢を堅持し、今後も地政学リスクとして押さえておくべきである旨示している

他方で地上及び海洋における中国の国家利益保障のため、周辺諸国との協定や軍事交流も積極的に行いつつ、越境する犯罪者にも共同で対応することを取り決めている。たとえばカザフスタンやキルギス共和国などの中央アジア諸国やロシアと国境線上における非武装協定を結んでいる。なおロシアについてはより包括的な戦略的パートナーシップ構築を標榜しており、既に会談も7回行われているとしている。米国との関係を踏まえた上で中国のこうしたロシアとの関係構築は注視すべきである。特にエネルギー資源を売りたいロシアと、エネルギー資源を必要としている中国の間での戦略がカギとなってくる。余談だが、中国側の購買力が圧倒的であることがロシアのエネルギー政策を専門とする者の常識である。

人口知能(AI)の登場やビッグ・データの活用が軍事面での競争を一層早めたとして、中国人民解放軍のそういった分野での改革も同白書は念頭に置いている。習近平国家主席としても中国人民解放軍の更なる機械化、情報化を推し進める考えであることを強調し、2035年までの全体的な改善を目指しているという。特に近年サイバー攻撃による被害が懸念されており、同分野での技術発展が経済面だけでなく、対テロとった防衛面でも検討課題として挙げている。宇宙利権の国際的競争についても重要な領域として認識し、平和的な宇宙空間利用を前提としつつも積極的な進出を図るべきである旨、強調している。

そして米国の経済安全保障委員会の報告書でも取り上げられた中国人民解放軍の国内外での災害支援活動にも国防白書は言及している。災害時の支援はもちろんのこと、本稿執筆時点(2019年7月末日)で各地で猛威を振るうエボラ出血熱といった感染症対策にも協力すると表明している。ただし、先述の米国経済安全保障委員会の報告書によれば台湾に対する情報開示を拒否した旨公表されている点から、中国の意図の表裏が見て取れる。

本節では軍事・デジタル技術・国際貢献の3つのトピックについて主に取り上げ、中国の主な関心事項がどこにあるのかを検証した。次節ではそれらの我が国及び諸外国へのインパクトは如何なるものになるのかを検討したい。

おわりに

最新の国防白書は台湾を巡る問題が特に言及していた。先述のとおり、中台関係は本年(2019年)に入って一層深刻化していることから、中国を中心とした地政学リスクが生じる可能性とそれがマーケット与えるインパクトは大きい。仮にそうなった場合に我が国との関係では紛争による被害を避けるために避難した難民がやってくる可能性がある。中露間のエネルギー資源問題も、2016年に我が国をLNG資源のハブにする構想を発表している日本政府にとって非常に注視すべき点である。

デジタル技術、国際貢献でも台湾が槍玉に挙げられていることは注目に値する。「台湾独立」問題があることはもちろんだが、米中貿易摩擦で対立する米国が台湾を支援している点で米中対立のスケープゴートにされている感も否めない。軍事面では積極協力するものの、経済面では台湾産の鉄鋼製品へ関税をかける旨公表していることがそれを示唆している。

エネルギー資源を海外諸国に依存している我が国にとってはとりわけLNGを中心に今後の展開を要注視すべきだ。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

岡田慎太郎(おかだ・しんたろう)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2015年東洋大学法学部企業法学科卒業。一般企業に勤務した後2017年から在ポーランド・ヴロツワフ経済大学留学。2018年6月より株式会社原田武夫国際戦略情報研究所セクレタリー&パブリックリレーションズ・ユニット所属。2019年4月より現職。