シンカー: 米中の貿易紛争の拡大が、マーケット心理を悪化させてきた。FEDが7月に利下げに踏み切り、景気悪化を未然に防ぐ予防的な措置への姿勢を明確にした。結果として、9月にも続くとみられるFEDの予防的な措置を担保にする形で、トランプ大統領は中国への要求を強くしている可能性がある。マーケットの心理が悪化しても、FEDの利下げ方針があるため底割れは回避できると考えているからだ。言い換えれば、更なる利下げが実施されるとみられる9月まで、米中の貿易紛争をめぐるリスクが残ってしまうだろう。問題は、米中の貿易紛争の落とし所が見えてきた時、景気ファンダメンタルズ対比でFEDの予防的な利下げが進行しすぎていれば、マーケットのアンワインドの動きは早く、そして大きくなる可能性があることだ。FEDの利下げの打ち止めとともに、1年以内の利上げへの転換がマーケットに織り込まれ始めれば、米国の長期金利が強い上昇に転じる可能性だ。しかし、10月末の英国のEU離脱期限もあり、そこまでマーケットがたどり着くまでにはまだかなりの時間がかかりそうだ。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

グローバル・フォーカスの解説

●中国の報復措置、米国は中国を為替操作国認定

米国が9月1日から発動予定の$300BNに上る中国からの輸入品に対する追加関税に対抗して、中国は国営企業に米国からの農産物の輸入を停止するよう要請した。中国による米国産大豆の輸入は減少が続いており、輸入先をブラジルなどに代替しているとされている。今回のトランプ大統領の措置は、大統領選挙を控えて米中貿易戦争が長期化していることにしびれを切らした可能性があるが、中国は農産物を全面的なターゲットにすることで、トランプ氏の支持層である農村部の有権者を揺さぶる狙いがあるのかもしれない。さらに、中国人民銀行は元安を容認する動きも見せており、米国も中国を25年ぶりに為替操作国に認定するなど、貿易戦争はますます激化の様相を呈している。

●FOMCミーティング

今回のFOMCでは市場の予想通り25BPの利下げが決定され、FF金利の誘導目標は2.00-2.25%となった。投票権を持つメンバーのうち、ローゼングレン総裁(ボストン)とジョージ総裁(カンザスシティー)は利下げに反対。声明文では経済活動の持続的拡大、力強い労働市場、インフレ率が目標の2%付近で推移することが今後最も可能性の高い結果だとしながらも、“こうした見通しへの不確実性は続いている”とし、9月に追加利下げを行う可能性を残す形となっている。さらにSOMAポートフォリオの縮小を停止する時期が従来の9月末から8月へと2ヶ月早められた。会見でパウエル議長は“長期にわたる利下げサイクルの始まりではない”と指摘しながらも、“一度きりとも言っていない”としている。貿易戦争の激化が景気減速懸念に煽り立てる中、9月のFOMCにおいてより大幅な利下げへの期待も強まっているようだ。

グローバル・レポートの要約

●米国経済(7/29):FRBは今後、リスクと指標を見ながら市場に追随

7月31日までの FOMCでは利下げが実施された。前回の利下げからは10年以上が経過している。FRBは、今回のFOMCに注目していた向きの期待に応えた。重要なことに、FRB高官達は不確実性が残っていると示し、追加利下げのドアが開かれていると示唆した。弊社は、2019年9月に25BPの追加利下げがあると見込んでいる。その結果は、(ネガティブな)リスクと、経済が堅調と示す証拠(が出るかどうか)の綱引きに委ねられている。FRB のパウエル議長は、利下げの理由として以下の 3 点を示した。即ち、1) グローバル経済の弱さや貿易を巡る不確実性で下方リスクが生じており、それに対する保険の意味、2) 世界的な景気軟調が影響して、すでに米国製造業の後退につながっている、3) インフレ率が目標を下回っている、である。雇用の伸びは堅調で、8 月 2 日に発表される 7 月雇用統計も引き続き力強いとみられる。個人消費も確実にけん引役となっており、2019 年第 2 四半期の GDP 成長率は 2.1%だった。トレンドが安定または改善することで追加利下げのドアが閉まる可能性はあるが、FRB はもう 1 度市場の期待に応える方に傾いている、と弊社ではみている。FRB はバランスシート縮小の終了を前倒しした(当初は 2019 年 9 月末の終了を計画していた)。弊社は当初の計画通り進めるとみていたが。政策が発するメッセージを揃えることがより重視されたと考えられる。おそらく比較的ハト派的な策とみられるが、弊社はこうした動きから多くのことを読み取ることはできない。

●英国経済(7/30):BoEが明らかにする…「緩やかに限定的な」金融引締めによって、インフレ率は目標以下で留まる

8月インフレ報告でみられた改革は、(OISカーブの代わりに)ガイダンスに一致した金利パスに基づいて、経済成長やインフレの今後の推移を複数示すことだった。こうした複数の予測が明らかにしたのは、GDPギャップは予測対象期間の3年目でようやく需要過剰になり、それまではインフレ率が目標を下回るということだ。これは、仮にブレグジットが円滑に進んだ場合でも、非常に緩やかな引締めしか必要にならない、ということを強調している。MPCは、「望ましい」金利パスを発表するというブリハ氏(MPC委員)の提案を受け入れることで、政策コミュニケーションを改善・簡素化できる可能性がある。経済予測の前提に、市場イールドカーブではなくこれ(「望ましい」金利」パス)が使われることは明らかだ。

●インドネシア経済(8/6):2019年Q2のGDP…貿易黒字が隠す痛み

インドネシアの2019年第2四半期GDP成長率は前年同期比 5.05%で、弊社見込み(5.03%)や市場見込み(5.04%)にほぼ一致する水準だった(Q1の5.07%は下回ったが)。GDP成長率は名目ベースで、過去11四半期で最低となった。この背景には、間接税収入減少が挙げられる。個人消費は拡大ペースが(5.2%に)加速、政府の社会的支出(比較的貧しい層への所得移転)による押上げと公務員の賞与が主因だった。だが投資は弱く、中期的に景気が拡大するかどうかは疑わしい。インドネシアの輸入が引続き非常に低調なことも驚きではない。このため(輸出も減少しているが)インドネシアの貿易収支は黒字となっている。

総付加価値(GVA=GROSS VALUED ADDED)の面からみると、サービス分野は弊社見込み通り引続き力強かった。だが製造業は期待外れが続いた。付加価値伸び率は5%を下回った。今後の見通しだが、弊社は2019年の実質GDP成長率を5.2%と予測している。2019年後半に、純粋にベース効果(だけ)で成長率が押上げられると見込んだことが大きい。とはいえ弊社見込みに対する下方リスクも存在する。特に、中国と米国の間の貿易戦争エスカレート(最近の米国トランプ大統領の動きを受けて)、インドネシア製造業(なかでも、雇用を創出している中小企業)の活動が明らかに弱いことからそう言える。

●英国経済(7/30):ジョンソン新首相、党首選は楽な戦いだったが…

英国のボリス・ジョンソン新首相は、難しい仕事に取り掛かった。ジョンソン氏は、(現在定められた)10月31日の離脱期限に間に合うようにEUとの調整交渉をまとめることが出来ると、繰返し約束してきた。だがこれは、超人的な力を必要とする仕事とみられ、ジョンソン氏のような高いエネルギーを備えた政治家でも及ばないかも知れない。ジョンソン氏は党首選で勝利するために、保守党の非常に狭い層にアピールした。EUの説得はそれより遥かに難しいだろう。合意無きEU離脱となるリスクが高くなっている。10月31日に英国はEUを離脱するというジョンソン氏の言葉が真実ならば、策を凝らす余地はほとんど無い。これと合わせて、早期総選挙の可能性も高くなっている。その引き金になるのは、内閣不信任案の可決(ジョンソン首相にすれば敗北)か、合意無き離脱に対する議会の頑強な抵抗に直面した結果、国民の負託を求め(政府側が)自主的に選挙招集を決定する、のいずれかである。労働党政権となる可能性も考えなくてはならない。だが、労働党が勝利しても再び少数政権となるのはほぼ確実で、不本意な政策を実行する力が薄まる可能性がある。市場はやはり、新しい多数の(しかも今度はブレグジット関連に限らない)不確実性に備えることが必要になる。

●債券市場(8/5): FRB を打ち負かす

米国の対中追加関税の発表や、欧州中央銀行(ECB)の利下げに道を開く預金金利階層化の準備を受けて、世界の債券利回りは年初来の最低水準に到達した。関税上乗せと中央銀行の金融政策をめぐる不透明感は、我々のデュレーション・ロングの投資判断や米国のイールドカーブ・スティープナーを支えている。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司