シンカー:7月の主要国中央銀行の政策会合では景気悪化が現実化する前に予防的に動くために追加金融緩和バイアスを維持していることが確認された。ただ、ハードデータは引き続き堅調であることから、早急に金融緩和策を実施する必要性は無いとの見方も示している。マーケットでは米中貿易摩擦が長期化する見通しが強まったことで、世界経済の減速懸念が再燃している。金融政策関係者は先行き不透明感がハードデータの悪化という形で実体経済に悪影響を与えないか、引き続き注視しているようだ。ハードデータに悪化の兆候が見えてくると、マーケットの緩和期待は強まるだろう。ただ、データが悪化せず、センチメントだけが振れる状態が続いた場合、マーケットは今後の金融政策の方向性に悩むことになるだろう。ハードデータの動きで金融政策の方向性を見極める姿勢は当面続くだろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

金融政策見通しの変要

Fedは7月のFOMCで10年ぶりにマーケットの期待通りに25bpの利下げに踏み切った。ただ、パウエル議長は今回の利下げは「景気サイクルの途中の調整」と位置づけ、長期的な利下げ局面の入り口ではないとし、また、「世界経済の減速や貿易摩擦の不確実性からくる下方リスクへの予防を狙ったものだ」とも述べた。マーケットでは年内にもう1回の利上げをほぼ確実視しているが、それ以降の利下げに関しては見方が割れ始めている。SGの予想は9月にFedのもう一回、予防的な利下げに踏み切った後、年内は政策金利を変更しないとみている。

ECBは7月の政策会合で金利ガイダンスに下方バイアスが復活させ、9月に追加緩和が実施されるというハト派的なメッセージが送られた。だが新しい政策パッケージの詳細は、まだ不明確だ。ECBは9月利下げ(預金金利引下げ)はより大幅(20bp)で階層化(テクニカルな詳細はまだ不明確だが)を伴い、MRO金利引下げや追加QEの可能性も高くなったとみられるが、9月に踏み切ることはメインシナリオではない。基本シナリオでは、今年は経済指標が底固くQEは回避されると見込んでいる。

7月の金融政策決定会合では4月の決定会合で新たに追加した2020年春ごろまで現状の緩和政策維持するとのフォワードガイダンスを維持した。また、日銀は、「海外経済の動向を中心に経済・物価の下振れリスクが大きいもとで、先行き、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れが高まる場合には、躊躇なく、追加的な金融緩和措置を講じる」という方針を新たに追加した。今後、、日銀は追加緩和へ踏み切る可能性は引き続き小さいだろうが、必要に応じてフォワードガイダンスを2020年夏の東京オリンピック後の一時的な景気下押し圧力の不確実性への備えを含めた表現(2020年度末)に長期化する可能性もあろう。2020年に日銀が長期金利の誘導目標を引き上げることはなく、オリンピック後の景気減速が大きくないことを確認し、安倍首相が自民党総裁任期満了を控えてデフレ完全脱却を宣言するとみられる2021年半ばに引き上げが行われることになるだろう。

外的な不確実性を中国経済が乗り切ることを助けるために、PBoCは流動性緩和策の追加が必要だろう。貿易摩擦が長期化するにつれ、中国経済への悪影響はより強くなってくるだろう。年末までに50bpのRRR(預金準備率)更なる引下げが実施され、銀行間金利のさらなる低下が促進されると見込む。それに加え、来年の早い時期には7日物リバースレポ金利の小幅(5bp)引下げが繰返されるだろう。また、2020年中頃には、グローバル景気減速が現実化すると、より大規模な利下げが実施されるともみている。

BOEはブレグジットを巡る不確実性が見込みより遥かに長く残り、「グローバル金融サイクル」も再び緩和に転じたことで、さらなる政策正常化の機会は無くなってきていると考えている。

米国(Fed)

●FFレート(7月末時点:2.00%-2.25%):

予想:9月のFOMCでもう1回予防的な利下げに踏み切るだろう

7月FOMCではマーケットの予想通り、Fedは25bpの利下げに踏み切った。6月のFOMCの声明文から「辛抱強く」という文言が削除された後、FOMC内でもハト派とみられている参加者から利下げの必要性が訴え続けられたなか、パウエルFRB議長も経済の下振れリスクは高まっていることなどから利下げを支持する発言が続いていた。ただ、Fedは大幅利下げには慎重なスタンスを示している。7月のFOMC後の記者会見でパウエル議長は今回の利下げは「景気サイクルの途中の調整」と位置づけ、長期的な利下げ局面の入り口ではないとし、また、「世界経済の減速や貿易摩擦の不確実性からくる下方リスクへの予防を狙ったものだ」とも述べた。マーケットでは年内にもう1回の利上げをほぼ確実視している。SG予想はFedは9月にもう1回の予防的な利下げに踏み切り、その後は動かないとみている。ただ、2020年には米国が緩やかなリセッションに入ると見込んでおり、この時には、景気の弱さに先導されて、FRBが新しいフェイズで(複数回の)利下げを行うことになるだろう。

●バランスシート縮小(7月末時点:約3.826兆円)

予想:バランスシートは従来の予想より大きい水準で維持されるだろう

FRBは、2019年10月にはバランスシート縮小を終了させると発表していたが、7月のFOMCでFRBはバランスシート縮小の終了を2か月前倒し、8月から安定させることを発表したし始めた。SGはFedは当初の計画通り進めるとみていたが、政策が発するメッセージを揃えることがより重視されたと考えられる。おそらく比較的ハト派的な策とみられるが、現時点でははこうした動きから多くのことを読み取ることはできないが、Fedのバランスシートは従来予想より大きい状態当面維持されることになった。

ユーロ圏(ECB)

●金融緩和策・政策金利(7月末時点:預金ファシリティ金利:-0.40%、リファイナンス金利:+0.00%、限界貸出金利:+0.25%)

予想:9月に預金金利の引き下げに踏み切るだろう。

7月の政策会合では、金利ガイダンスに下方バイアスが復活し、9月に追加緩和が実施されるというハト派的なメッセージが送られた。だが新しい政策パッケージの詳細は、まだ不明確だ。重要なことに、ECBは該当委員会に対し、フォワードガイダンス、(政策金利の)階層化、量的緩和(QE)で選択肢を検討することを課している。市場は当初、これで追加QEが確実になったと読み取ったが、ドラギ総裁は労働市場や信用伸び率が順調に推移していると強調して、(QEの)決定は依然として経済指標しだいだと示している。ただ、ドラギ総裁の発言は今年後半の景気見通しに対しさほど自信が無く、不確実性の長期化でショックの発生に等しい効果が既に実現したと示しているが、現在の製造業の減速が広がった場合には財政政策から対応することが必要だと強調する一方で、ドイツやイタリアの景気が弱いことは特異なショックだとみられ、国の政策で処理すべきだとした。

ECBは9月利下げ(預金金利引下げ)はより大幅(20bp)で階層化(テクニカルな詳細はまだ不明確だが)を伴い、MRO金利引下げや追加QEの可能性も高くなったとみられるが、9月に踏み切ることはメインシナリオではない。基本シナリオでは、今年は経済指標が底固くQEは回避されると見込んでいるが、そうでなければ、中銀預金金利がマイナス0.8%、MRO金利がマイナス0.1%にそれぞれ引下げ、月額400億ユーロのQEの実施が早く実現する可能性があるだろう。また、「2021年よりも早く(ECBの)利上げが実施されることは無い」と見込んでおり、ECBは今サイクルでの利上げ機会を逸することになるだろう。

日本(日銀)

●誘導目標(7月末時点:長期金利(10年JGB)利回りを0.0%を中心に±0.2pp内で誘導)

予想:長期金利の誘導目標の引き上げが、安倍首相が自民党総裁任期満了を控えてデフレ完全脱却を宣言するとみられる2021年半ばになるだろうが、年末までフォワードガイダンスが長期化されるのがメインシナリオだ

7月の金融政策決定会合では4月の決定会合で新たに追加した2020年春ごろまで現状の緩和政策維持するとのフォワードガイダンスを維持した。また、日銀は、「海外経済の動向を中心に経済・物価の下振れリスクが大きいもとで、先行き、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れが高まる場合には、躊躇なく、追加的な金融緩和措置を講じる」という方針を新たに追加した。

日銀は必要に応じて、フォワードガイダンスを、2020年夏の東京オリンピック後の一時的な景気下押し圧力の不確実性への備えを含めた表現(2020年度末)に長期化する可能性もあろう。フォーワードガイダンスの長期化を除いて追加金融緩和には踏み込まないと考える。日本経済が内需を中心にアベノミクス前と比較して海外景気のFEDの利下げがあったとしても予防的なものであり、それ以降の景気モメンタムを改善させ、円高圧力は一時的と予想できること、減速に対して著しく頑強になってきているとの判断、日銀がフォワードガイダンスで早期出口論を封じながら現行の金融緩和を継続していれば、自動的に緩和効果が強くなっていくメカニズムが存在することを理由に追加緩和の必要性はないと判断するだろう。日銀はテクニカルに円高を受け入れるだろうが、ドル・円で100円を下回る加速度的な円高がグローバルな景気見通しの著しい悪化とともに起これば、2%への物価目標へのモメンタムが維持できないと判断し、日銀は追加金融緩和に踏み切る可能性はあるが、メインシナリオではない。

年末までにフォワードガイダンスを長期化のみの対応をする確率は60%程度とみられ、現在のところメインシナリオだ。FOMC参加者の見通しでは2021年中には利上げに転じている可能性が示されている。日銀は、FEDの利上げ見通しが生まれるとみられる2021年初になっても、辛抱強く緩和政策を維持することを示し、ビハインドカーブになることで、円高圧力がいずれは円安圧力に転じる期待をマーケットに織り込ませようとするだろう。9月にFEDが二回目の利下げをし、10月に消費税率が引き上げられた後、1日前のFOMCでの政策見通しを確認し、10月末の決定会合で展望レポートの改訂とともにフォワードガイダンスを2020年度末まで長期化するとみられる。FEDの利下げ後のマーケットの動き次第で、長期化のタイミングは前後する可能性がある。一方、日銀が年末までにまったく動かない確率は20%程度とみる。

弱いリスクシナリオとして、FEDの利下げ後、FEDも景気・マーケットの状態がかなり悪いことを認めたと解釈され、利下げの長期間の継続と、それにともなうイールドカーブの更なるフラット化が起き、ドル・円が100円を割る円高のリスクが高まることだ。マーケットのリスクプレミアムが上昇し、株安が企業の心理を悪化させ、持続的な景気拡大がリスクとなる。日銀はETFの買い入れを増額する追加金融緩和に踏み切ることになるだろう。新たな緩和政策を維持するフォワードガイダンスも2021年度末まで長期化されるだろう。年末までに起こる確率は15%程度とみる。また、強いリスクシナリオは、米中の貿易紛争の著しい悪化などで、FEDが予防的な利下げをしても、企業の心理の悪化が止まらずリストラモードに入り、米国経済が景気後退の様相を急速に呈することだ。日銀も、2%の物価目標に向かうモメンタムが失われるリスクが高まったと判断し、現行のイールドカーブコントロールの枠組みの下で追加金融緩和を決断することになるだろう。日銀は10年金利の「0%程度」とする誘導目標と20bp程度の上限を維持しながら、下限はフリーとするだろう。それと合わせて、財政拡大とのポリシーミックスの形にする必要もあり、長期国債の買い入れを必ず実施する最低額を設定し、マネタリーベースの持続的な増加に強くコミットメントするとみる。最低限の買い入れ額のみは、2%の物価目標達成まで維持するという新たなフォワードガイダンスを設定するだろう。年末までに起こる確率は5%程度だろう。

●マイナス金利政策(7月末時点:当座預金のマイナス金利適用残高(約25兆円)に-0.1%のマイナス金利を適用)

予想:2%の物価上昇を達成する2022年に解除

日銀は長期金利の誘導目標を徐々に引上げ、長期国債の買入額は減少していく。日銀は2%の物価目標達成が確認でき、短期金利の引き上げに踏み切るのは、かなり先の2022年となろう。

中国(PBOC)

●政策金利(7月末時点:預金準備率(RRR):13.50%、7日間リバースレポレート目標:2.55%)

予想:年末までに50bpのRRR(預金準備率)引下げが3回実施されるだろう

外的な不確実性を中国経済が乗り切ることを助けるために、PBoCは流動性緩和策の追加が必要だろう。貿易摩擦が長期化するにつれ、中国経済への悪影響はより強くなってくるだろう。年末までに50bpのRRR(預金準備率)更なる引下げが実施され、銀行間金利のさらなる低下が促進されると見込む。それに加え、来年の早い時期には7日物リバースレポ金利の小幅(5bp)引下げが繰返されるだろう。また、2020年中頃には、グローバル景気減速が現実化すると、より大規模な利下げが実施されるともみている。

PBoCが5月後半に包商銀行を管理下に収めた(接収した)ことを引き金に、銀行間市場で流動性を巡る緊張が発生したが、それがまだ続いている。銀行間市場での史上初のデフォルト自体が歴史的イベントだが、その後のリスク回避が、銀行間市場でノンバンク金融機関(NBFI)の流動性逼迫が深刻化する原因となった毒性のある資産(ストラクチャード・ボンド)の存在を明らかにした。PBoCは引き続き、システミックな流動性危機を回避可能と考えている。だが金融機関が「銀行間市場のカウンターパーティ・リスクがゼロではない」という新パラダイムへの対応に苦しみ、景気減速がより明確になるというコストを中国経済全体が支払うことになる可能性はますます強めていると考えられる。PBoCは現時点では緩和策の追加には依然として消極的だが、速やかに動かないと安定化という同じ目標を後から実現するために、ずっと多くの労力を要することになる恐れがあるだろう。通商政策を取り巻く事情が複雑であるため、次の金融緩和を実施する必要性は高まっているだろう。

英国(BOE)

●政策金利(7月末時点:0.75%)

予想:ブレギジットの不透明感が続く中、金利ガイダンスは引き続き、「緩やかかつ限定的な引き締め」

BoEは、政策正常化を最も明確に追求してきた中央銀行で、政策金利も0.25%と言う低水準から2回引上げた(2017年11月と2018年8月)。だが、ブレグジットを巡る不確実性が見込みより遥かに長く残り、「グローバル金融サイクル」も再び緩和に転じたことで、さらなる政策正常化の機会は無くなってきていると考えている。また、ブレグジットを巡る状況がますます不確実となるにつれて、金融政策委員会はブレグジットが円滑に進むという想定を基にする経済予測に対し不快感を強めてきた。マーケットからBoEはそのような前提を維持していることに対SH知恵厳しく批判されてきたが、政治的だと非難されることを避けるためにも実際にはそうするしか無かっただろう。一方で、OISカーブは合意無きブレグジットの可能性を約3分の1と織り込み、利下げを見込んでいる。MPCはOISカーブを基に予測を調整している一方で、金利ガイダンスは「緩やかで限定的な引締め」で維持されている。予想からブレギジットの影響を除いた意味合いをもつ、ガイダンスと一致する市場金利よりも高い金利パスを基にした予測を示した。ただ、その前提をもとに予想すると、インフレ押上げは、目標を下回る水準から始まることになり、、非常に穏健なインフレ予測とみられる。成長率予想などから考える、こうしたインフレパスは非常に低いことが目立ち、ガイダンスが「緩やかかつ限定的な引締め」の形で維持されていることが確認できる。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司