はじめに

世界的に“デフォルト(国家債務不履行)”や経済不況が“喧伝”されている。人々はそうした事態が生じると突然だとして大きなショックを受けがちではある。しかし、そういったものは突然生じるということはまずない。

トルコ・ショック,第2弾
(画像=Paopano/Shutterstock.com)

たとえば去る5月に拙稿で既に指摘したが、アルゼンチンにおいて“デフォルト(国家債務不履行)”リスクが公然に議論されている。そもそも同国は昨年(2018年)に国際通貨基金(IMF)からの資金注入を受け、その結果国内からの反発を受けてきた。他方で同国のペロニズムが如何に外国人投資家にとって望ましくない経済政策を行なってきたかはアルゼンチンの経済史を踏まえれば容易に分かるものである。結局、何らかのサインは事前に出ているというのが卑見である。

それが正しいと仮定した上でグローバル社会を見返すと、改めて注目すべき国がある。それはトルコである。2010年代前半には我が国でもトルコ旋風とでも言うべき程にトルコへの注目が強まったが、ここ2-3年でその容体は大きく変化した。本稿はより流動的になっているトルコ情勢を議論する。

より深刻化するトルコ情勢

去る2016年にはクー・デタ未遂事件が生じたトルコを巡ってここ10年間で大きく変容したのが、トルコのみならずシリアやイラクなど中東の大域に分布するクルド人を巡る情勢である。元来少数民族としてトルコ当局からはテロリストとして扱われてきたクルド人勢力だが、イスラム国(IS)を巡りそれと対峙する立場に立ったクルド人は米国から支援を受けた。2017年9月25日にはイラク北部においてクルディスタン独立住民投票が実施され、9割以上の賛成を得た。国際法制上の独立要件の見地から言ってもこの投票は非常に重要な意義を持つものであった。これとは対照的にシリアと共にトルコはISから原油を購入してきたことが明らかにされており、対IS戦争という意味でトルコは欧米から疑惑の目を向けられてきた。

こうした中でトルコ国内ではクルド人に対する圧力はますます強くなっている。たとえば、クルド系を主な支持層としている国民民主主義党(HDP)に所属する市長3名が、同党がトルコではテロリスト認定を受けているクルディスタン労働党と連座しているとして、追放処分を受けているのだ。

このように深刻化する国内政治動向に加え、対外債務も累積している。今年1月には同年9月までに純債務残高が2,862億米ドルにまで達する旨、トルコ財務省が公表している。

また昨年には債務・通貨危機を迎えたトルコだが、これに関連して米国との関係を悪化させてきた。きっかけは前述したクー・デタ未遂事件に連座したとして長期間にわたり抑留されてきたアンドリュー・ブランソン牧師を巡る措置であった。

(図表1 米トルコ関係悪化の切っ掛けとなったアンドリュー・ブランソン牧師)

米トルコ関係悪化の切っ掛けとなったアンドリュー・ブランソン牧
(出典:朝日新聞)

同牧師の抑留を理由としてトランプ米政権がトルコ閣僚2人の資産凍結や関税引き上げ、F35売却の凍結など様々な制裁を課したことで米トルコ関係は極端に悪化した。トルコ側は同タイミングでトルコリラが急落したことに対して、JPモルガンへ為替操作疑惑を課して強制捜査を行うなどの対抗措置を取ってきた。

これ以後、トルコ経済は不況を深刻化させる一方であり、その好転を想定するのは困難である。

おわりに ~オスマン帝国の“デフォルト(国家債務不履行)”という教訓~

トルコはその前継国家であるオスマン帝国も含め、歴史上何度か“デフォルト(国家債務不履行)”(リスケも含む)を経験してきた。たとえばそれまでの憲政改革(タンジマート)やロシアとの領土戦争を受けて多額の債務を抱えてきたことで、1876年に“デフォルト(国家債務不履行)”を生じている。また1980年にクー・デタが生じたが、その前後に相当する1978年および1982年にも“デフォルト(国家債務不履行)”を起こしている。1978年はクルディスタン労働党が設立された年であり、その数年前から政治の行き詰まりが生じていた経緯がある。現在はエルドアン大統領という政治上のリーダーシップが存在する点がこれら“デフォルト(国家債務不履行)”の歴史とはやや異なるものの、シリアに安全地帯を設定するプランを設置する旨米国と合意するなど、軍事的プレゼンスを徐々に増大させている。

他方でトルコが外部への攻勢を強めねばならない、政治とはまた異なる事情がある。それは「水」を巡る問題である。トルコは中東の中では水資源に恵まれている方である。2011年ベースの1人当たり水資源賦存量は2,873m3/人・年である(我が国は3,399 m3/人・年。もっとも水資源賦存量は理論上利用可能な最大の水資源量であり、また我が国も決して水準としては高くない)。しかし、こうした中東の水大国であるトルコも最近深刻な干ばつに苦しんでいるのだ。水が人類の生活の根幹を担うこともあり、その不足がもたらす国民の感情を反らす意味でも戦争リスクは高まる蓋然性が高いと考えるのは自然である。

戦争リスクは近代において不況の解消手段として頻用されてきたというのが史実ではあるが、トルコにおいては戦争と“デフォルト(国家債務不履行)”が特にセットとして重要であるという点に留意しなければならない。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

大和田克 (おおわだ・すぐる)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2014年早稲田大学基幹理工学研究科数学応用数理専攻修士課程修了。同年4月に2017年3月まで株式会社みずほフィナンシャルグループにて勤務。同期間中、みずほ第一フィナンシャルテクノロジーに出向。2017年より現職。