リピーターと欧米豪からの観光客増加により、一人当たり旅行消費額は約1.3 万円増

要旨

●訪日ビザ緩和等の施策により訪日外客数は順調に増加しているものの、中国での行郵税の改正や電子商務法施行を主因として、訪日外国人旅行消費額は伸び悩んでいる。

●訪日回数と一人当たり訪日外国人旅行消費額との間には相関関係が確認できる。初回来訪時の訪日外国人の不満を取り除くことで、再訪を促し一人当たり旅行支出額の単価を上昇させることができるだろう。

●訪日外国人に占める欧米豪からの観光客の割合は低く、増加させる余地が大きい。欧米豪からの観光客の一人当たり旅行消費額はアジアの国と比較して高い傾向にあるため、欧米豪からの訪日外国人を増加させることで単価上昇が可能になろう。そのためには、長期滞在を前提としたレジャーの充実等が求められよう。

●リピーターの獲得や欧米豪からの訪日外国人を増加させることにより、一人当たり消費額を約1.3 万円増額する効果が見込まれるが、2020 年に年間消費額8兆円という目標達成は難しい。リピーターの増加・訪日外国人に占める欧米豪からの観光客ウエイトの上昇が実現できたとしても、達成時期は2026 年頃になるだろう。

訪日外客数は順調に増加するも、外国人旅行消費額は伸び悩みが続く

訪日外客数が増加する中で、旅行収支の黒字幅が拡大している。2014 年中頃まで、旅行収支は赤字が続いていたが、旅行収支の支払額が横ばいで推移する中で、受取額が増加を続け、2014 年度以降は旅行収支の黒字が続いている(資料1)。豪雨や台風、地震といった自然災害の影響により、一時的に旅行収支に下押し圧力がかかる場面もみられたものの、均してみれば旅行収支は増加傾向で推移している。政府は2020 年の訪日外客数を4,000 万人、訪日外国人旅行消費額8兆円を目標として掲げており、観光分野での稼ぐ力がこれまで以上に注目されている。

伸び悩む訪日外国人旅行消費額を増やすには
(画像=第一生命経済研究所)

訪日外客数と訪日外国人旅行消費額のこれまでの推移を確認すると、訪日外客数は順調に増加しているものの、訪日外国人旅行消費額は2015 年度以降伸び悩んでいる(資料2)。訪日外客数は、2013年にタイやマレーシアといった東南アジアの国々への訪日ビザの要件緩和を行ってから、急激な増加がみられ、2019 年1~6月で既に1,600 万人を超える水準となっている。2020 年にオリンピック・パラリンピックが開催されることを考慮すると、訪日外客数4,000 万人の目標達成は十分可能であると考えられる。

一方で、訪日外国人旅行消費額は2015 年度以降伸び悩み、2018 年度時点での金額は、政府目標(訪日外国人旅行消費額8兆円)の半分程度の金額に止まっている。これは、中国における税制改正や規制強化が主因であると考えられる。2015 年4月に中国国外で購入した物品を本国に持ち帰る際に課される行郵税が改正され、実質的な増税となったことで中国人観光客による日本での物品購入が減少した。その後、2019 年1月に中国で電子商取引法が改正されたことを受けて、中国での電子商務経営者に行政認可の取得義務が課され、日本で購入した物品を中国国内で販売する転売活動が減少し、旅行消費額は減少することになった。

訪日外客数4,000 万人と訪日外国人旅行消費額8兆円が同時に達成されるとするならば、2015 年度以降15 万円前後で推移している外国人旅行者一人当たり支出額を3割近く上昇させ、20 万円にまで増加させることが求められる。

外国人旅行者一人当たり支出を増加させるための施策は複数あると考えられるが、本稿ではリピーターの獲得と欧米豪からの訪日外国人増加の2点に対象を絞り、分析していく。

旅行消費額を増やすリピーターの存在

日本への来訪が2回目以降となる訪日外国人(以下、リピーター)は、初回来訪者と比較して一人当たりの旅行消費額が高くなる傾向がある(資料3)。これは、2回目以降の来訪で、いわゆるコト消費(買い物をはじめとしたモノの購入に関する消費ではなく、レジャーへの参加等、経験への消費活動のこと)が増加するためであると考えられる1。訪日外国人消費動向調査をみると、スキー・スノーボードや自然体験ツアーといったコト消費が、次回したいこととして挙げられており(資料4)、リピーターは1回目の来訪で行えなかったコト消費を、再来訪時に行う可能性が高いと考えられる。コト消費は観光地散策等に比べて支出を伴うことが多い。更に、スキーや自然体験、スポーツ観戦などのコト消費はその特性として消費に時間を要するため、滞在期間の長期化が見込める。

伸び悩む訪日外国人旅行消費額を増やすには
(画像=第一生命経済研究所)
伸び悩む訪日外国人旅行消費額を増やすには
(画像=第一生命経済研究所)

通常、長期滞在の場合には短期滞在と比較して宿泊費や遊行費等が多くかかるため、平均泊数と一人当たり訪日外国人旅行消費額(観光・レジャー目的)との間には相関関係が確認できる(資料5)。このため、リピーターの増加は、コト消費への支出増加に加え、滞在日数の長期化に伴う宿泊費等をも増加させることで一人当たり旅行支出額を高めることに繋がると考えられる。

伸び悩む訪日外国人旅行消費額を増やすには
(画像=第一生命経済研究所)

また、リピーターを増やすためには、訪日外国人の不満を取り除くことも必要である。日本に来訪した外国人の満足度は高く、滞在中に日本で行ったことに満足した人の割合は多くの項目で9割を超えている(資料6)。一方で、日本への不満点(旅行中に困ったこと)も多く挙げられており、コミュニケーションの難しさや無線LAN環境に対して不満を持った訪日外国人も多い(資料7)。困ったことはなかったとする回答は36.6%であったが、コミュニケーションや公共交通の利用といった項目についての不満は、訪日回数が増えるほど低下している2ため、日本に慣れていない初回来訪者(または訪日回数の少ないリピーター)の不満は、それよりも高い水準にあり、そのことが日本へのリピートを抑制する要因となっている可能性が高い3。そのため、訪日外国人が感じた不満(言語の問題や通信環境等)を丁寧に取り除き、再来訪を促すことがリピーターの獲得に繋がり、一人当たり旅行消費額の増加に繋がると考えられる。

伸び悩む訪日外国人旅行消費額を増やすには
(画像=第一生命経済研究所)
伸び悩む訪日外国人旅行消費額を増やすには
(画像=第一生命経済研究所)

欧米豪からの訪日外国人数を増加させることで、一人当たり旅行支出額を増やす

前述のように、平均泊数と一人当たり旅行支出額との間には相関関係がみられることから、訪日外国人に占める欧米豪からの旅行者のウエイトを引き上げることも、一人当たり旅行消費額の増額に寄

与すると考えられる。欧米豪からの訪日外国人の平均泊数は、アジアからの訪日外国人の平均泊数と比較して長く、その平均日数は10日を超えている。そのため、欧米豪からの訪日外国人を増加させることは、一人当たり旅行消費額の増額に繋がる可能性が高い。

しかし、2018 年の訪日外国人の国別割合(図表8外円)をみると、85%以上がアジアからの外国人で占められており、欧米豪からの旅行者の割合は低い。観光客の誘致においては地理的条件を考慮する必要がある4ため、アジアからの訪日割合が高くなるが、同じくアジア圏に位置するタイ(図表8内円)と比較しても訪日外国人全体に占める欧米豪の割合は合わせて13.8%と低く、一人当たり消費額の高い欧米豪の需要を十分に取り込めていない可能性がある。

伸び悩む訪日外国人旅行消費額を増やすには
(画像=第一生命経済研究所)

欧米豪からの訪日外国人を増やすための施策としては、レジャーの充実が挙げられる。日本の観光業の多くは、日本人向けの一泊二日の滞在やアジアからの観光客を対象とした短期滞在を前提としたビジネスモデルを取っていることが多い。欧米豪からの観光客を増加させるにあたっては、長期滞在を前提とした、訪日外国人を飽きさせないレジャーを用意することなどが急務であろう。具体的な施策としては、ナイトタイムエコノミーの活用が考えられる。ナイトタイムエコノミーとは、18 時から翌日朝6時までの活動を指す5。日本では、深夜に営業している施設が少ないため、実際、欧米豪からの訪日外国人の中で、日本の夜を楽しみたいとの声が多く、街歩きや飲食、芸能鑑賞などに関心が持たれている(資料9)。特に、地方の観光地でのナイトタイムエコノミーは乏しい。例えば、旅館に宿泊した際、19 時に夕食を食べ始め、21 時に食事を終えた後、することが無くなったという状況は多くの人が経験したことがあるだろう。東京や大阪といった都市部においても、飲食店の営業は深夜まで行われているものの、ショービジネス等の営業終了時刻は海外に比べて早く、訪日外国人による需要を取り逃していることから、夜間に活動を提供できる場が求められるだろう。

伸び悩む訪日外国人旅行消費額を増やすには
(画像=第一生命経済研究所)

一人当たり旅行消費額を約1.3 万円押し上げ

以上のように、リピーターの増加と欧米豪からの訪日外国人の増加は、一人当たり訪日外国人旅行消費額の増加に寄与する可能性が高いと考えられるが、どの程度の増額が期待できるだろうか。アジアでのリピート率増加と訪日外国人に占める欧米豪割合の増加を前提に試算6すると、リピーターの増加と欧米豪からの訪日外国人の増加は、一人当たり訪日外国人旅行消費額を約15.3 万円から約16.6万円に上昇させるという結果になった(リピーターの増加は4,522 円、欧米豪からの訪日外国人の増加は8,373 円、それぞれ一人当たり訪日外国人旅行消費額を増額)。リピーター増加については中国に、欧米豪からの訪日外国人の増加については欧州に、それぞれ改善の余地が大きいことが分かる。

しかし、本試算の前提条件のもとでは、一人当たり消費額は、政府の掲げる目標である一人当たり消費額20 万円(訪日外客数を4,000 万人、訪日外国人旅行消費額8兆円)には達していない。では、目標達成の時期はいつになるのか。2020 年に訪日外客数4,000 万人を達成、その後訪日外客数を年200 万人ずつ増加し、2030 年に6,000 万人を達成することを前提とするならば、達成時期は2026 年頃にまで後ずれすることになるだろう(資料10)。

伸び悩む訪日外国人旅行消費額を増やすには
(画像=第一生命経済研究所)

【試算方法】

試算には訪日外国人消費動向調査、訪日外客数・出国日本人数を使用した。まず、リピーター増加後の単価を試算する。リピーターの増加による一人当たり旅行消費額の増額は、アジアからの訪日外国人(観光・レジャー目的)によって生じると仮定し、アジア各国のリピーター増加後の一人当たり旅行消費額を試算した(資料11)。

伸び悩む訪日外国人旅行消費額を増やすには
(画像=第一生命経済研究所)

次に、リピーターの増加や欧米豪からの訪日外国人の増加が、一般客全体の一人当たり旅行消費額にどの程度影響を与えるのかを試算した(資料12)。その結果、リピーターの増加による影響は4,522 円(資料12④157,551 円-①153,029 円)欧米豪からの訪日外国人増加による影響は8,373 円(資料12⑥165,924 円-④157,551 円)であり、一般客全体の一人当たり旅行消費額を約1.3 万円押し上げることが分かった。(提供:第一生命経済研究所

伸び悩む訪日外国人旅行消費額を増やすには
(画像=第一生命経済研究所)

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
副主任エコノミスト 小池 理人


1 訪日回数の増加と一人当たり消費額増加の相関はアジアの国からの訪日外国人(観光・レジャー目的)にみられるものの、欧米豪においては同様の関係がみられない。これは、欧米豪からの訪日外国人が長期滞在を前提としているため、初回来日時からコト消費に費やすウエイトが高いためであると考えられる。また、観光以外の目的(ビジネス等)の訪日外国人についても、訪日回数と消費額との相関がみられない。こちらについては、ビジネス等の主目的に大部分の滞在時間を費やすため、訪日回数が消費行動に与える影響が小さくなるためであると考えられる。

2 「施設等のスタッフとのコミュニケーションがとれない」を困ったことと回答した割合は訪日回数1 回で23%→2~4回目で20%→5回目以上で17%と、日本に慣れることによって徐々に困る割合が減少していく。

3 株式会社日本政策投資銀行、公益財団法人日本交通公社「DBJ・JTFB アジア・欧米豪 訪日外国人旅行者の意向調査(平成29 年版)」のアンケートによると、「どんなもの/サービスがあれば、日本に行きたい/また行きたいですか?」との問いに対し、「言葉」と「利便性の改善/旅行し易い環境整備」といった回答が上位に上げられている。これらの不満が日本への渡航を妨げる要因となっているとみられる。

4 国連世界観光機関(UNWTO)によると、観光客の5人中4人は居住地域内を旅行する。地理的な距離は観光客の欧米の観光客をアジアに呼び込むことは、アジアの観光客をアジアに呼び込むことよりも困難である。

5 国土交通省 観光庁 観光資源課「ナイトタイムエコノミー推進に向けたナレッジ集」

6 試算方法については次ページの【試算方法】に記載