要旨

●2017年度の社会保障費用統計が公表された。17年度の給付費は120.2兆円と増加。高齢化のもとでの増加トレンドは変わっていない。一方で、経済規模に対する比率(GDP比)や社会保険料と給付費でみた収支は横ばいで推移しており、財政状況の一段の悪化には歯止めがかかっている。

●高齢化要因のうち、年金の増加ペースは緩やかになっており、これが一段の財政悪化を抑制している。これは高齢者人口の増加ペースが緩和していることに加え、60-64歳に支給されていた厚生年金の報酬比例部分が段階的に縮小されていることによるもの。

●国や地方公共団体が待機児童対策等を進めていることから、保育サービス関連給付を含む「家族」給付が明確に増加している。給付費全体でのシェアも高まっており、幼児教育無償化実施も相俟って同様の傾向が続くことが見込まれる。

●雇用環境の改善が続いたことから「失業」の社会支出は減少しており、1980年以降で最も少ない水準となった。職業紹介事業や障害者雇用支援、能力開発などが計上される「積極的労働市場政策」は6年ぶりに前年度から増加。キャリアアップ助成金や政府がリカレント教育推進の観点から拡充している教育訓練給付の増加などが影響している。

●2020年代に団塊世代の後期高齢者入りで給付費が急増するとの見方があるが、人口動態に鑑みればあくまで漸進的な増加にとどまると考えられ、極端に悲観視する必要は無いと思われる。将来の社会保障財政を考えたときに大きな山場は団塊ジュニア世代が高齢者になる2040年に掛けてだ。ここでの給付調整圧力を緩和するために、高齢者の就労長期化を中心とした施策を前に進めることが求められている。

社会保障
(画像=PIXTA)

社会保障給付費は120.2兆円、GDP比は低下

国立社会保障人口問題研究所から、2017年度の社会保障費用統計が公表された。この統計は日本の社会保障制度全般における給付や収入などの動向を包括的に見ることのできる統計である。

2017年度の社会保障給付費は120.2兆円(前年度比+1.6%)となった。額面ベースでは増加傾向が続いている。部門別に見ると、医療(前年度からの増加額+0.6兆円)や年金(同+0.5兆円)、福祉その他(同+0.8兆円)の給付がいずれも増加した。高齢化とともに社会保障給付費の増加が続く構図に変化はない。 一 方で、経済規模に対する比率(GDP比)をみると、2016年度の2.06%から2017年度は21.97%へ低下した。社会保障の純財源にあたる社会保険料と給付を比較してみると、両者が増加しているため、収支は横ばいで推移している。確かに給付費自体は増加しているが、経済規模の増加や社会保険料(賦課ベースは雇用や賃金)の増加程度に収まっている。少なくとも足もとでは、社会保障を巡る財政状況の悪化には歯止めがかかっている、とみるのが素直な数字の捉え方であろう。

社会保障統計にみる“じわりと進む構造変化”
(画像=第一生命経済研究所)

人口動態要因などで年金の増加幅が縮小

給付費のGDP 比率に低下がみられるようになったのは、まずアベノミクス始動以降、名目成長率が一段高まったためである。そして、給付費の伸び率が以前と比べて低くなった点も効いている。給付費の伸び率をGDP の伸び率が上回れば、給付費のGDP 比率は低下する。90 年代以降給付費の伸び率が名目成長率を大きく上回る状態が続いていたが、両者がこのところ近い水準になっており、これまでの上昇傾向が止まったことがわかる。

では、給付費の伸び率が低くなっているのはなぜなのか。より細かく機能別に社会保障給付費の伸びをみてみると、老齢年金などが含まれる「高齢」の伸びについて、2000 年代後半には+1兆円/年を上回る増加が常態だったが、このところ伸びが小さくなっていることがわかる。背景にあるのは人口動態である。団塊世代を中心とした人口ボリュームゾーンが年金受給を開始し、追加的な受給者の増加が小さくなっている。また、2004 年の年金改革によって60-64 歳の厚生年金(報酬比例部分)の廃止が段階的に進められている点も、年金給付額の増加を抑えている。高齢化の影響で社会保障給付費の増加が進んでいる点に変わりは無いが、そのペースが緩やかになっている。

「保健医療」は薬価改定等によって2016 年度に増加幅が縮小(前年度差+0.2 兆円)したが、2017年度は再び拡大(同+0.6 兆円)。給付の増加は後期高齢者医療制度からの給付増によってもたらされている。一方で、74 歳までの高齢者が多く加入する国民健康保険からの給付は減少。後期高齢者医療制度へのシフトが進んでいる形だ。

社会保障統計にみる“じわりと進む構造変化”
(画像=第一生命経済研究所)
社会保障統計にみる“じわりと進む構造変化”
(画像=第一生命経済研究所)

保育等の需要増で家族給付の存在感が増している

また、近年の特徴として「家族」給付の存在感が増している。2017 年度は前年度から+0.6 兆円増加しており、「高齢」(同+0.8 兆円)に次ぐ伸び幅だ。家族給付の中身を細かく見てみると、増加しているのは「児童福祉サービス」(主に就学前教育・保育の給付)となっている。保育所の利用児童数の増加などに伴って、給付費が増加していると考えられる。国や地方自治体が待機児童対策を進める中で、同様の傾向は今後も続きそうだ。

機能別の給付費のシェアをみても、徐々に家族給付のシェアが高まっている(2015 年度:6.1%、2016 年度:6.4%、2017 年度6.9%)。シェアで見れば高齢者から子育て世帯などへの社会保障の移転が少しずつ進んでいる形になる。今年10月からは幼児教育無償化がスタートすることもあり、家族給付は更に拡大することになろう。

社会保障統計にみる“じわりと進む構造変化”
(画像=第一生命経済研究所)

積極的労働市場政策が6年ぶりに増加

労働関連のところでは、2017年度の「失業」の社会支出(OECD基準)は8,430億円であった。1980年以降で最も低い水準である。雇用環境の改善とともに失業給付の減少傾向が続いたことが背景にある。

職業紹介事業や障害者雇用支援、能力開発などが計上される「積極的労働市場政策」は8,141億円と、6年ぶりに前年度から増加した。大きく増加しているのは新規採用奨励にかかる雇用奨励金(前年度差+268億円)や、訓練給付(同+66億円)だ。雇用奨励金が増加しているのはキャリアアップ助成金の拡充が背景だ。有期契約労働者を正規雇用に転換した場合や教育訓練を実施した場合に事業主に助成金を給付する制度で、年々拡充されている。

雇用保険の教育訓練給付は2014年10月から制度が拡充され(支給開始は2015年4月から)、給付率が高く専門性の高い職業訓練を対象とした専門実践教育訓練給付が新設された。同時に、この給付を受ける際に離職している人を対象とした教育訓練支援給付の仕組みも設けられた。この2つの新制度の支給額が増加している。政府の推進するリカレント教育の強化を映じた形だ。専門実践教育訓練給付の支給率は2018年に引き上げられており、更に増えていく可能性が高いだろう。

社会保障統計にみる“じわりと進む構造変化”
(画像=第一生命経済研究所)

2025 年より2040 年が深刻

2020 年代に団塊世代が後期高齢者入りすることから、社会保障給付費が急増するのでは無いかという議論がある(2025 年問題)。確かに、高齢者がさらに高齢化することは、一人当たり費用の増加を通じて医療・介護費の増加につながる要因となる。しかし、74 歳から75 歳になった瞬間、医療費が急に増えるわけではなく、あくまで漸進的なものとなろう。医療・介護費の増加傾向自体は続くことになるが、2020 年代の給付費の“急進的な”増加を過度に懸念する必要はないと思われる1。より必要なのは人手不足やそれに伴うサービスの質低下への対応であろう。医療・介護サービスは労働集約的な部分が大きく、生産性の向上が容易ではない。

今後の社会保障財政を考えたときに、大きな山場となるのは2040 年にかけてだ。2030 年代に団塊ジュニアの世代が65 歳以上に到達、高齢者となる。人口のボリュームゾーンが社会保障を「支える側」から社会保障に「支えられる側」に一挙に転換すれば、財政のバランスは悪化する。年金給付などの大幅な調整が必要になるリスクがあり、この圧力を和らげることが求められる。根本的な対策は高齢者の就労長期化であろう。寿命の長期化が進む中で、年金の支給開始年齢や退職年齢を高齢者の定義である65 歳とした社会システムの維持はより難しくなっていく可能性が高い。就労期間の長期化を中心とした施策を、着実に前に進めていくことが求められている。(提供:第一生命経済研究所


1 この点は、Economic Trends「「2020 年代の社会保障費急増」は本当か?~人口要因はむしろ和らぐ~」(2018 年4 月19 日)で詳説。