シンカー: 米中の貿易紛争がグローバルに景気・マーケットの下押しとなる状況が続いている。米中の対立が、自由資本主義と国家資本主義のイデオロギー対立とみるのか、5G含めた新たな経済構造の覇権争いとみるのかによって、帰結はまったく違うものとなろう。イデオロギーの対立なのであれば、新冷戦として長期間の下押しとして残ってしまうリスクとなる。一方、新たな経済構造の覇権争いであれば、違った見方もできる。理由は、1年間でも中国の新たな経済構造への投資が米国からの圧力などで抑制されれば、新たな技術の黎明期ではその遅れは致命的で、決定的な差が生まれ、覇権争いは予想より早く決着がつく可能性があるからだ。更に、貿易紛争で企業心理をあまりに冷やせば、米国の投資まで抑制されてしまうため、適度なところで米国は圧力を緩めなければいけなくなる。そして、トランプ大統領がFEDの利上げに反対し、利下げを求めてきたのも、米国の投資を促進し、その決着を早めたいという意図があるのかもしれない。その日やその時がいつなのかわからないが、債券のリスクが高まっているのかもしれない。債券は多大な不確実性プレミアムや金融緩和を織り込んでおり、マーケットの心理が改善した場合、金利上昇圧力を受けやすい。まだ懸念は残り、アウトライトでデュレーション中立の投資スタンスが必要だとみられるが、オプションやスワップションを活用したコンディショナル・ポジションで金利上昇やイールドカーブのスティープ化に備えることが望ましいと考える。米中の貿易紛争の見方が、イデオロギーの対立から新たな覇権争いへ変化し、その決着が予想より早いと認識されることもその一因になるかもしれない。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

グローバル・フォーカスの解説

●関税引き上げの応酬

23日、中国商務省は米国から輸入する$75BN相当の製品に対して5-10%の追加関税を課すと発表した。中国当局は“米国の一国主義や保護主義により今回の決定を余儀なくされた”としている。今回の措置はトランプ大統領が9月1日から発動を予定している対中制裁関税第4弾に対する報復とみられる。一部製品に対する追加関税は9月1日、残りは12月15日に発動され、中国が輸入している農産物や小型航空機など計5078品目が対象となる。これに対し、トランプ大統領は10月1日からこれまでに課している$250BNにあたる中国からの輸入品に対する関税を30%(VS 現在: 25%)に引き上げると発表。9月1日(一部は12月15日)から発動予定の追加関税第4段($300BN)も10%から15%に引き上げるとした。トランプ氏はツイッターで“残念なことに、これまでの政権は中国が公正かつバランスの取れた貿易を出し抜くことを許し、これが米国の納税者の負担となってきた”とし、“大統領としてもはや許すことはできない!”と述べた。また、“偉大な米企業に対し、中国の代替先を即時に模索するよう命じる。事業を米国に戻し、米国内で生産することも含まれる”、“われわれに中国は必要ない。率直に言えば、中国がいない方が状況はましだろう”としている。だが、8月26日にはトランプ大統領が中国から協議再開に向けた電話を受け取ったと発表するなど、両国からの声明に振り回される展開はこれからも続くだろう。

●ECB議事録要旨

22日に発表された7月のECBミーティング議事録要旨では、データはQ3の経済成長は一段と減速する可能性を示しており、年後半からの回復見通しに懐疑的になっていることが示唆された。また、ダウンサイドリスクが強まっており、このようなリスクが長期化すれば基調的な成長見通しの修正に迫られる可能性があるとも言及されている。金融政策について、景気底上げのために、利下げ、資産買い入れ、金利ガイダンス変更に加えてマイナス金利政策による銀行への負の影響を和らげる策をパッケージとして考慮していることが示された。ただ、マイナス金利の負の影響軽減策(預金金利階層化)については未だ参加者内でも意見が割れており、警戒感を示すメンバーもいるようだ。ユーロ圏経済が軟調な中、ドラギ総裁やレーンフィンランド中銀総裁は9月にさらなる緩和策が発表される可能性を示しており、時間の会合への期待が高まっている。

グローバル・レポートの要約

●インドネシア経済(8/26):利下げは臨機の景気支援、追加の公算も

インドネシア銀行(BI、中央銀行)は22日、政策金利を2カ月連続で引下げた(利下げ幅は25BPで5.5%となった)。これは市場には驚きであり、BIのワルジヨ総裁は「予防的な」一打と呼んでいた。世界的な景気の弱さが(もちろんハト派的なFRBと共に)、BIの予期しない動きに大きく影響していた(ただし、アジア中銀全般のハト派色と同調するものではあった)。興味深いことにインド準備銀行(RBI)は、2018年には(利上げ幅がわずか50BPで)アジア中央銀行の中で最も動きが消極的だったが、2019年は最も積極的になっており、計110BPの利下げを実施したうえに追加利下げを公約している。一方でBIは、昨年には(計175BPの利上げを行い)最も積極的なアジア中銀の一角を占めていたが、今年はアジア中銀の中で動きが遅れており、7月にようやく初回利下げを実施した。とはいえ、2回目の利下げを実施したことには、自国景気を浮上させる重責の大半を担うというBIの意思が示されている(インドネシアの経済成長率は過去数年間、安定はしていたが迫力に欠けていた)。弊社も、(おそらくFRBがハト派的になる度合いと関連して)BIが追加利下げを行う可能性はあるとみているが、BIは今回の緩和サイクルでは、昨年の引締めほど積極的にならないと見込んでいる。今回の(追加利下げ)決定を受けて弊社は、金融政策見通しを変更した。弊社は現時点では、2019年第4四半期(10月と12月の可能性が高い)にあと2回25BP利下げが実施され、その後にBIが緩和サイクル終了を宣言すると見込んでいる。

●インドネシア経済(8/22): 2020年度予算案…ジョコ大統領は有言実行を目指すが、 景気回復には不十分

インドネシアでは、金融政策の動きが効果的とはならない可能性についての議論が活発化し始めている。こうした中でジョコ・ウイドド大統領は、インドネシア銀行(BI、中央銀行)に重荷を全て負わせるのではなく、停滞する景気を自ら刺激する意向を示した。最近示された2020年度予算案は、ジョコ大統領の約束を実行する意思を示している。インフラストラクチュア投資と人的資本の開発に焦点を当て、政府見込みの2019年度実績より予算配分を急増させているからだ。とはいえ弊社の考えでは、2020年度予算案は保守的過ぎる。財政赤字目標がGDP比約1.8%で(2019年度見込みは同1.9%)、法定上限の同3.0%を大きく下回っているからだ。弊社も、2020年度財政赤字が結果的に目標よりも大きくなる可能性はあるとみているが(世界のGDP成長率が弱いと見込まれており、税収目標が過度に楽観的と考えられるため)、インドネシアは政府支出拡大の「バスに乗り遅れた」と考えられる。2020年度予算は支出規模が過小なだけではなく、(2019年度の支出が予算未達に終わる可能性があることを主因に)景気刺激的であるという誤った感触を与えるものだ。もっとも実際には、2019年度と比較すると2020年度予算は拡大傾向にあるとみられる(財政赤字は控えめになるとみられるほか、財政支出が仮に予算未達に終わる、という2点を考慮しても)。また弊社の目には、政府は補助金改革(ジョコ大統領1期目の早い時期で、最大の成果だった)にそれほど熱心ではない、および(意欲を見せていた)法人税減税を実施する意向は無いと映る。

●債券市場(8/26):スイートスポットがサワースポットに転じる

その日やその時がいつなのか我々にもわからないが、債券のリスクが高まっており、ロング・ポジションを売り戻すときが来ている。債券は多大な不確実性プレミアムや金融緩和を織り込んでおり、市場のセンチメントが改善した場合、金利上昇圧力を受けやすい。弊社はアウトライトでデュレーション中立の投資スタンスを構えているが、(オプションやスワップションを活用した)コンディショナル・ポジションで利回りの上昇やイールドカーブのスティープ化に備えることが望ましいと考える。

●グローバル・ストラテジー(8/23):現状は債券バブルなのか、何が債券バブルなのか

投資家は困惑している。国債利回りが、どうすればこのような短期間でこれほど低下するのか…。ユーロ圏を襲うマイナス利回りの波が注目を集めてきたが、30年物米国債利回りも一時2%をわずかに下回り過去最低となっている。これは、量的緩和(QE)に主導された壮大なバブルであり、崩壊が近いと見る向きが多い。だが筆者は賛成しない。この先に多くのことが控えている。あらゆる投資ユニバースで債券利回りのマイナス幅が拡大するのをみると、自身の正気を疑うことになる。筆者は、10年物以上の国債利回りのマイナス幅拡大ではなく、欧州のジャンク債利回りがマイナスになった時に、頭をかきむしり始めるだろう。筆者は、現在の国債価格上昇をバブルとみていない。(中国を含む)世界のレバレッジ過剰に対する懸念、ゼロに近づいたコアインフレ率、政策担当者が裁量で使用できるツールがほとんどない中、次にグローバル経済を襲うリセッションを市場が織込み始めた結果による、正常な反応である。バブルは、国債市場には発生していないと筆者はみている。その代わり株式市場と社債市場で発生している。全世界にデフレが拡散すれば金融市場を襲うことになる。次のグローバルリセッションで株式市場が崩壊しないと、真剣に信じている人がいるのだろうか。財政刺激策やヘリコプターマネーが、世界的な浮かれ騒ぎ(2008年には、ピクニックのような状況だと世間を錯覚させった)から我々を救出すると、市場参加者は本当に信じているのだろうか。また、最長の米国景気拡大サイクルにより投資家が完全に自己満足に陥ったのか。いずれの質問も、筆者はそうでない(答えがNOである)ことを望む。本レポートでは、米国、さらにはユーロ圏でさえも国債利回りが実際には(下方に)行き過ぎておらず( テクニカルでみると、行き過ぎでないことは確実) ファンダメンタルズ面をみるとさらに低下する見込みだと示す。もちろん筆者が間違っている可能性はある。グローバル経済や株式および社債投資家にとって、筆者の見方は悲惨な内容であるため、筆者も自身の見方が間違いであることを心から望んでいる。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司