間近に迫ってきた消費税率10%への引き上げには、いくつかの展望を見通すことができる。まず、駆け込みは小さいから、その反動も小さいだろう。税率アップによる負担増に対しては、小売サービス業の値引きが、消費の落ち込みを回避する対応として広がりそうだ。この値引きの広がりは、2014 年にはあまりなかった要因である。

増税
(画像=PIXTA)

駆け込みは目立たない

10 月の消費税率引き上げまで、あと1か月に近づいた。いくつかの材料に基づき、増税後の消費動向について想定されるシナリオを考えてみた。

まず、最近になって分かった判断材料を列挙すると

(1) 駆け込み需要は大きくなさそうだ。
(2) 消費マインドは強くない。
(3) キャッシュレスポイントの申請は低調である。

少し解説すると、今回は反動減対策が自動車・住宅に講じられているので、(1)は予想できていたことだ。家電やPC・スマホなどについては駆け込みが予想されたが、今のところは目立っていない。この点は、おそらく、量販店が10 月以降、割引やポイント還元キャンペーンを行って、2%の増税分を上回るようなお買い得セールを打ってくるのではないかと消費者が予想しているからだろう。

2014 年は日用品や化粧品などでも、広く駆け込み買いが起こった。そうした変化は、9月に入ると起こるかもしれないが、今のところは落ち着いている。日用品などは、金額が大きくなく、在庫を持っても数か月分なので、8%から10%の税率の差には敏感でないのだろう。

また、消費マインドを示している月次統計は、いずれも低調である。景気ウォッチャー調査は、ほぼ一貫して悪化している(図表1)。ただ、こうしたマインドの悪化は、消費支出などとは動きが整合的ではない。「消費マインドが弱いから駆け込み買いも起こりにくい」という説明は、一見信憑性を感じさせるが、消費支出の動きとは整合的でないので、場当たり的な説明にみえる。

消費税率引き上げ後の消費
(画像=第一生命経済研究所)

では、マクロの消費動向はどうか。内閣府の消費総合指数をみると、マインド指標と異なり、2019 年は順調に伸びている。特に、この4~6月は4月に前月比+1.7%と増えた後、5月△0.7%、6月△0.2%と10 連休後の反落が小幅になっている(図表2)。おそらく、7月は低気温もあって前月比マイナスだろうが、8月は急に高温になって前月比プラスを盛り返すだろう。9月はラグビーワールドカップが中旬から始まり、インバウンド消費と相まって消費は堅調とみられる。9月に駆け込みがほとんどなくても、7~9月の消費はそれなりに伸びそうだ。

消費税率引き上げ後の消費
(画像=第一生命経済研究所)

キャッシュレス決済のアナウンスメント効果

キャッシュレス決済に対してポイント還元を行うという方針は鳴り物入りで登場したが、ここにきて実務的な準備の遅れが指摘される。7月末はポイント申請件数が24 万件と少なく、8月下旬に43 万件と加速した。とはいえ、全国の200 万件まで伸びるには少し遠い実績である。

当初から中小企業のキャッシュレス決済への参加は、カード手数料の高さもあって参加が限定的とみられていた。2017 年度の小売業の売上高経常利益率は2.22%だが、資本金1,000 万円未満の中小企業では0.93%と薄い利鞘である。1,000~5,000 万円の中小企業でも1.25%とあまり厚くない。そこに、カード手数料が加わると、キャッシュレス決済の恩恵は乏しいというのが中小企業の見方だろう。この資本金1,000 万円未満と1,000~5,000 万円の中小企業だけで、小売業の売上の4割強を占めている。中小の小売業が、キャッシュレスに熱心でないことは頷ける。外食(飲食サービス業)でも、資本金1,000 万円未満の中小企業は利益率が薄い。やはり、それがキャッシュレス化に二の足を踏ませているのだろう。

反面、筆者はこのキャッシュレスで割引きを認めるというアピールが、多くのスーパー・量販店には刺激を与えていると考える。つまり、消費者に割引を認めれば、消費者に魅力を打ち出せるという展望を与えたのである。2014 年のときは、価格転嫁を優先して値引きを政府は抑制する立場であった。今回は、値引きに寛容であり、消費者もそれをいくらか見越している。中小の小売・飲食サービス業は、利益率が薄くて割引きに応じにくいが、中堅・大企業は2014 年のときよりも利益率を改善させていて、割引きに応じやすい。

キャッシュレス決済は、本当の役割とは別に、中堅・大企業に割引き・値引きに活路を見い出させるというアナウンスメント効果をもたらすとみている。

筆者は、キャッシュレス決済のポイント還元が、増税後の値引きを促す可能性は高いとみる。コンビニ各社は、直営店の2%ポイント還元を支払い時に割引くことに決めたと報じられる。大手ネット通販も、中小の出品に対して5%を即時に割引く方針だという。キャッシュレスの主体になるカード各社も、その場でポイント分を即時割引くことで、対応するようだ。こうした一連の動きは、事業者が値引きによるアピールが、消費者に対して最も有効だとみている証拠だろう。

こうした値引きの効果は、10 月以降の消費が落ちたときに、それを回復させる切り札になる。つまり、10 月以降の消費落ち込みは、値引きによって小幅になり、かつ回復も早いと予想される。

10 月以降の消費動向のシナリオ 今後の消費シナリオについて考えると、いくつかのことが予想できる。

(1) 駆け込みが小さいから、反動減も小さいだろう。
(2) 税率が上がり、その負担増が実質消費を下押しする効果は残るが、そちらも小売サービスの値引きによって改善しやすくなる。
(3) 消費トレンドが落ち込むことが短いと、その後の東京五輪のプラス効果で2020 年央の消費は盛り上がりやすい。

というシナリオである(図表3)。

消費税率引き上げ後の消費
(画像=第一生命経済研究所)

もちろん、トランプ大統領が仕掛ける米中貿易戦争は、引き続き波乱含みである。9月のFRBの緩和が成功して、株価を持ち上げるかどうかも見極めづらい。10月末のブレグジットも予断を許さない。増税による消費のダウンサイド・リスクがそれほど大きくならないことは、様々な不確実要因のひとつがリスクとして薄らぐに過ぎない。それに、消費の基調を上向かせる材料は、東京五輪程度とも言える。

敢えて好材料を考えると、消費増税がそれほど大きな波乱要因でなかったこと自体が、企業マインドには結構大きなプラスである。2014 年の増税以降、「消費増税によって何が起こるかわからない」と不安を述べることは景気弱気派の錦の御旗だったと思う。それに言及するだけで、印籠をかざしたように前向きな意見を沈黙させることができた。

もしも、その御旗がなくなれば、企業の金余りに象徴される消極的な投資・支出スタンスが少しは変化するだろう。そうしたマインド変化も期待してみたい。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生