シンカー:グローバルに政治の不透明感が続く中、マーケットは中央銀行が追加緩和に踏み切り、景気拡大モメンタムを維持することを期待しているようだ。米中貿易摩擦が長期化する中、経済指標も貿易紛争が企業心理や投資スタンスに影響が確認され始めている。ECBは9月の会合で利下げに踏み切り、更に金融緩和政策を再開するだろう。主要国の金融政策が緩和的になることで、新興国も後追いの形で金融政策を緩和する必要性が増している。ただ、イールドカーブが逆転するなどマーケットでも景気減速を示す兆候は強まっているなか、ファンドのポートフォリオのリスク資産比率は高止まっている。マーケットは景気減速に対する警戒感を強めているようだが、まだ、大幅な資産シフトには踏み切っていない。政府や中央銀行の政策対応で近い将来、景気は好転するとまだ信じているようだ。今後、政治問題などが一服し、同時に金融緩和の効果も確認され始めると、景気加速の期待が生まれる、安全資産需要は更に低下し、イールドカーブのスティープ化などに急激に進む可能性があるだろう。
グローバル・フォーカスの解説
●【イタリア】五つ星党員が民主党との連立に賛成多数
火曜日に民主党と連立協議を進めている五つ星がオンラインで党員向けに行った民主党との連立を問う投票で、賛成が79.3%を上回った。両党は共通の政策綱領を発表、経済成長のためにやや拡張的な予算編成を目指し、EUの財政ルールに対して見直しを求めることや、最低賃金の導入、VAT引き上げの回避などを盛りこまれている。また、フランスで議論を呼んだIT関連大手に対する“デジタル課税”の導入も目指している。これを受けてコンテ首相が組閣に着手することになり、両議会で信任が得られれば新政権が誕生することになるだろう。
●【イタリア】コンテ首相が水曜までに新政権の閣僚リスト発表と報道
同盟のサルビーニ氏を発端として、イタリアのポピュリストによる連立政権は崩壊し、五つ星と民主党による中道左派連立政権の発足に向けた協議が進んでいる。五つ星が唱えていたコンテ氏の首相続投を民主党が認めたことで協議は大きく前進。連立政権誕生への期待感が高まったが、金曜日にディ・マイオ氏が民主党に対して、五つ星が掲げる20の政治目標への同意を求めたことが懸念を生んでいた。同氏は以前から政策目標として、国会議員の定数削減、運輸インフラ大手への高速道路の運営委託廃止、移民救助船の取り締まりを認める法令の受け入れなどを主張。だが、その後五つ星が発表した20の政治目標では移民救助船に関する部分が含まれておらず、五つ星内部でも意見の統制が取れていない可能性を示しているといえる。移民救助船への取り締まりはもともと同盟のサルヴィーニ氏が唱えたものだが、民主党は批判しており、五つ星内でも反対意見があるようだ。今後も移民をめぐるスタンスの違いが両党の緊張を高める可能性があるだろう。ただ、土曜日に行われた協議では両党ともに課題分野において合意に至ったとポジティブなニュースも流れている。日曜日の報道では、コンテ氏が新政権の閣僚名簿を火曜日から水曜日にマッタレラ大統領に提出するとされており、新政権の成立に近づいているといえるかもしれない。
グローバル・レポートの要約
●英国経済(9/3): ブレグジットは微妙な均衡の上に立つ、合意無き離脱の可能性は現時点で45%
英国では、9月9日から12日のどこかで議会を閉会するというショッキングな決定をジョンソン首相が下し、直ちに抵抗の波が広がった。 特に、「合意無きEU離脱」に反対するために策を凝らす余地が、非常に制限されるからだ。ジョンソン氏は英国を10月31日にEUから離脱させる意思が強く、そのために何でも実行するつもりでいる。残された時間は余りにも短く、すでにバトルが始まっている。反対派はまず、新しい法律の制定を目指すことでジョンソン首相(のEU離脱への動き)を妨害するだろうが、それが失敗に終われば、すぐに内閣不信任案を支持するとみられる。このため暫定政権が誕生して離脱時期の再延長を要請、その後に早期総選挙が実施される可能性もある。弊社は、「合意無きEU離脱の阻止」に成功する可能性が55%、10月31日に合意無き離脱となる可能性が45%とみている。また結果にかかわらず、早期総選挙の可能性が非常に高いと見込まれる。今後「合意無き離脱」となれば、英国は2020年に深刻なリセッションに入り、それに対抗するため、直ちに大規模な財政緩和が、その後すぐに金融緩和が実施されるとみられる。
●欧州経済(8/29):ECBプレビュー:マイナス金利幅の拡大が機能するのか
市場の期待が強く、経済指標の内容も転換しておらず、大きなリスクが今後控える中、ECBは9月12日の政策理事会で、(インフレ見通しの低下と戦うための)断固たる策を打ち出すことがほぼ確実だ。前倒しの政策アクションは好ましいことが多いが、今回は期待を超えることは難しいとみられる。とはいえ弊社には、ユーロ圏が直ちにリセッションやデフレに陥る兆しは見えない。また世界的に利下げが進み信頼感も弱い中で、マイナス金利幅の拡大が逆効果になるとも懸念している。とはいえECB政策担当者は、過去の政策や柔軟性の無い目標の枠組みが成功したという信念に基づき、道筋を変えることは無いとみられる(弊社は、政策をすぐに見直し、目標の柔軟性を拡大して金融安定性に焦点を当てる必要があるとみているが)。
弊社は現在、9月12日のECB政策理事会で、中銀預金金利の20BP引下げと金利階層化に加え、月額400億ユーロ・期間無制限の量的緩和(QE)プログラムが打ち出されるとみる。金利階層化の寛大な構造が、①市場に(ポジティブな)サプライズをもたらす、②銀行が小口顧客にマイナス預金金利を適用しないことを助ける、という可能性がある。より問題なのは、過去と同じく量的緩和(QE)の終わらせ方になる。弊社は、来年に米国がリセッション入りすると見込んでおり、2021年3月までにQE終了が実現する可能性はほとんど無いとみる。
だが果たしてそれが機能するだろうか。弊社は疑問視している。財政支援を受けても潜在成長率は弱く、政策乗数も損なわれている。とはいえECBには、自身の目標に対する信頼を守る以外の策はほとんど無い。主なインパクトは域内の信頼感で発生、現在の望ましい信用トレンドが続き、鉱工業セクターの見通しはECBが制御出来ない要因に左右されるだろう。今後の見通しだが、高水準の資産バリュエーションでリセッション深刻化のリスクがある一方、ECBの政策余地がさらに狭まるとみられる。マイナス金利という野心的な新しい世界が待っている。
●インド経済(8/28):RBIの目標が、財政政策の支援にも広がる
インドの中央銀行であるインド準備銀行(RBI)は、インド政府が財政面の義務を果たすことを支援するように要請されていた。そうした政府の義務は、停滞するインド経済を飛躍させることを目的に、最近発表した政策(および財政面での積極さ)に伴い生じた。需要の弱さは(過去の政策ミスが大きく響いた結果)構造問題による部分が大きいとみられるため、インドのシタラマン新財務相は先週、多数の策を発表した。発表された策の目的は総じて、経済全般が直面する流動性の問題を解決して、金融政策を貸出金利により速く波及させることと、政府支払を期限通り行うことだった。株式市場の視点からみると重要なことに、政府は外国人投資家に追加負担を課すという決定(2020年度~2019年4月から2020年3月まで~の最終予算では予想外に含まれていた)を撤回した。ただし、これは消費者、投資家、企業の信頼感回復が目的だが、政府の財政状況が非常に不安定であるため、財政へのインプリケーションが懸念される。これ(懸念)は、RBIが政府に1.76兆INR(配当金と余剰準備金)を移転(国庫納付)するよう要請した、ジャラン氏(RBI元総裁)が座長を務める委員会の決定に一致する。
●債券市場(9/2):リスクを覆い隠せ
米国やドイツの国債利回りが過去最低を記録し、債券市場でロング・ポジションのリスクが高まっている。多くの投資家はデュレーション・ロングによる大幅な時価評価益を享受しているが、デリバティブを利用してそれをプロテクトすることを勧めたい。さらに、我々はアウトライトでデュレーション中立型の投資スタンスを継続する一方、この割高な水準でもクロスカレンシー・スワップを通じて、あるいはイタリア国債のようなクレジット物を利用して、利回りの上昇に備えるエクスポージャーが望ましいと考える。
●アセット・アロケーション(9/3):ポートフォリオのリスク資産比率は今サイクルのピークに近く、あまりに高過ぎると思われる
ファンドのポートフォリオのリスク資産比率は高止まり:現在、EPFRが追跡するミューチュアルファンドとETFが運用する資産プール32.6兆ドルのうち64%をリスク資産(株式とクレジット)が占めている。今年に入ってからのボラティリティにもかかわらず、リスク資産比率は再び今サイクルのピーク(66%)に近付いている。特にリセッションの脅威と貿易戦争の小競り合いが急速に強まっているなかで、このような高いリスク資産比率は行き過ぎだと弊社は考える。それに比べて、弊社独自のリスク資産へのアロケーションは47%に過ぎない(MULTI ASSET PORTFOLIO (MAP)参照)。
リセッション見通しを無視:債券利回りの急低下、イールドカーブの逆転、世界の企業利益成長の減速(2019年8月21日付のGLOBAL EQUITY COMPASS参照)など、不吉な兆候には事欠かない。FRBが景気浮揚に成功すると信じるなら別だが、米国が来年リセッション入りする可能性は大きく高まっていると思われる。この曇った成長見通しを考えると、多くのファンド投資家はポートフォリオのリスク資産比率が高過ぎることに同意すると思われる。そうした投資家はアクティブにリスク資産比率を低減しようとしており、それが米国と欧州を中心に株式ファンド全体からの純資金流出につながっている(過去8ヵ月間で-2,780億ドル、英語レポート5ページの図参照)。一方、債券投資家が慢性的に利回り不足に苦しむなか、クレジットファンドには若干の純資金流入が再開している(同+400億ドル、5ページの図参照)。とはいえ、これらのフローは来年の米リセッションに対する有効なプロテクションを提供するには概して不十分である。
願い事には注意を:ファンド投資家の多くがポートフォリオのアロケーションをより抜本的に調整することに消極的なことを我々は喜ぶべきかもしれない。もしEPFRがカバーするファンドが突然、株式のウェイトを59%から直近のMAPと同じ35%まで引き下げることを決定したらどうなるか想像して頂きたい。弊社の試算では、それは理論的に約4兆ドルの売り圧力を生じさせ、できれば避けたい株式市場の大クラッシュにつながると思われる。
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司