1ドル7元台の人民元レートに安くなっていく理由は、中国の為替操作とみられている。しかし、ドルはこのところ高くなり、ドル高・人民元安となっている。すべて為替の人為的操作とは決めつけられない面もある。人民元が安くなる原因を中国に押しつけると、米中貿易戦争は出口がますます見えなくなり、トランプ大統領は自縄自縛に陥る。

金銭
(画像=PIXTA)

人民元安は操作だったか?

 トランプ大統領は、9月1日から第4弾の一部1,120 億ドルに15%の追加関税をかけた。これは、8月23 日に従来の追加関税にさらに+5%を上乗せすると、発表した報復措置の実行である。そこでは、第1~3弾は25%から30%へ、9月1日と12 月15 日から予定される第4弾は10%から15%へと引き上げることを決めている。

 +5%の関税上乗せに対応するかのように、人民元レートも元安方向に変化している。元が安くなれば、+5%の追加関税が減殺されると同時に、中国が輸入する米国製品の価格は押し上げられる。つまり、制裁の緩和と報復措置を同時に行うのと同じ効果になる。

 大方の見方は、この人民元安が中国の対抗措置だというものである。米国は、中国を為替操作国に指定して、人為的操作を批判する構えである。しかし、冷静になって考えると、人民元安の原因は人民元自身にあるのではなく、ドルの方にもある。ドル/人民元のレートを、名目実効ドルと重ねると、両者はかなり強く相関している(図表)。この関係は、ドル高基調が続く中で、ドルが高くなるから人民元が相対的に安くなることを示している。1ドル=7.0 元からさらに元安が進むのは、ドルが7月末の利下げ後も高くなっていったことを受けているのだろう。

人民元安と対中関税
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 人民元レートが貿易取引量に基づく通貨バスケットに準拠していることは衆知の事実である。人民元レートは、それによって通貨変動幅を決めて緩やかに動かしていくクローリングペッグ制である。通貨バスケットの中で相対的にウエイトが大きいドルや円が高くなる※と、その結果、人民元は安くなっていく。トランプ大統領は、ドル高を嫌い、FRBにも利下げを要求するが、皮肉なことにドル需要が意外なほど強いために、ドル高が進んでしまっている。米国が利下げをしているのに、ドルが対人民元で上昇するのはおかしなことに思えるが、それは人為的な操作だとは言い切れないとみられる。

※ドル高になるとき、円はさらにドルよりも強くなる傾向がある。そして、ユーロは売られる。

人民元が安くなる要因

 人民元が下落する背景には、もうひとつ、中国経済が悪化し、海外からの直接投資が増えにくくなっていることもあるだろう。米中貿易戦争の結果として、米国以上に中国の方にダメージが大きい。9月1日から対中制裁第4弾の一部が発動されたことは、そのダメージを広げる点で、人民元安の要因となる。人民元の下落がすべて人為的な為替誘導だと批判するのは無理がある。

 9月は、FRBが追加利下げを実施することがほぼ確実視される。利下げ→ドル安→人民元高にならなければ、トランプ大統領は利下げが思うような結果にならないことに苛立つだろう。9月には、米中貿易協議が再開される予定だ。その中で人民元安誘導を問題視すると、交渉はますます混乱することだろう。人民元の動きは、人為的にすべてが決まるものではないからだ。マーケットの動きに関しては、交渉のテーブルに載せないことが賢明である。また、何ごとでもそうだが、すべて問題の原因は相手側にあると責任を押しつけると、相手は自分の責任の範囲外のところまで対処を求められることになる。そして相手方は、合理的な解決を交渉から導くことが不可能に思えるようになる。トランプ流には、このように自縄自縛に陥る危うさがある。

有害な人民元の先安感

米中貿易戦争が激化する予想が、人民元の先安感を生み出していないかと不安を覚える。貿易取引で代金として人民元を保有する企業は、人民元の先安感があるときは、そこでヘッジしようとする動機が高まる。オフショアの人民元市場では、先物売りの圧力が生じる。以前に比べて、中国の貿易取引は著しく増えて、人民元の国際化も進んだ。ならば、人民元の先安感の背後では、大きなマネーの動きが起こることになり、予想外の変動を伴う可能性もある。今後、2015 年のチャイナショックを思い起こさせるような中国からの資金流出は起こるだろうか。

 トランプ大統領の思惑に従って、人民元レートが人為的に安く誘導されるという先入観が強まると、先安感は余計に大きくなる。人民元のオンショア市場は、中国人民銀行が管理しているので、オフショア市場の元安圧力がすぐに人民元安を促すことにはならない。それでも、人民元建ての資産を持つ企業、特に海外企業には元売りの誘因が生じる。それが資金流出につながると怯えるから、中国による為替管理を厳しくさせる。米中貿易戦争は、本当に無用の混乱を生んでいると、つくづく思わせる。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生