5G配備が加速化している。我が国も無縁ではない。去る20日にはNTTドコモが「5Gプレサービス」を開始することを公表している。公的レベルでは「Society 5.0」を東京都が推進するとの所信表明を小池都知事が去る3日に公言したばかりであり、国家レベルでもデジタル化の対応が遅れているとの危機感を表明している。世界的にも、デジタル導入が遅いとされているキューバでもデジタル化の波は押し寄せているのであり、米中摩擦はあるとは言え、世界的現象として5G導入は不可避である。
しかし、これに反する動きがある国で生じていることを読者は知っているだろうか。軍部が反対しているためにロシア国内で5Gネットワークの導入に失敗しつつあるのだという。迅速なコミュニケーション・ツールが配備されることが軍隊にとって望ましいのは言うまでもない。特殊な利権が存在すると考えればよいのか?決してそうではないというのが卑見である。
本稿は5G導入に当たってのリスクの一つである健康リスクを議論するものである。5Gの導入を新たなビジネス・チャンスだということで安直に受入れてはいけないことを認識すべきである。
5G導入によるメリットやそれに伴うビジネス・チャンスに関しては実に広くかつ深く議論されているので、わざわざここで触れるまでも無いが、我が国においては来年(2020年)に本格的な5G商用サービスを開始するというロードマップを総務省が策定している。ソフトバンクは5G基地局の整備計画を2年前倒しして、2022年度までに11,000局配備する計画を発表している。また前述したNTTドコモによるプレサービスの実施を含め、ロードマップどおりに順調に進んでいることに触れておく。
では、こうした5G導入によるリスクは無いのだろうか。総務省は電波によるリスクとして健康リスクを議論している。総務省による議論を要点のみまとめるとこうなる:
●電波は健康に良くないのではないかという不安を抱いたり、電波の安全性について疑問を持ったりする人物に対して正しい情報を提供する
●電波は、エックス線などの電離放射線と違い、物質の原子をはぎとる電離作用を引き起こさない。では、まったく影響がないかといえば、短期的な影響として次のものがある:
(1)刺激作用
低周波(100kHz(キロヘルツ)以下)のきわめて強い電波を浴びることにより体内に電流が流れ、“ビリビリ”“チクチク”と感じる、刺激作用のことが知られている。この周波数帯は、船舶の航行用等の特殊な用途に使用されている
(2)熱作用
高周波(100kHz(キロヘルツ)以上)のきわめて強い電波を浴びると体温が上がる。この原理を応用したのが電子レンジです。なお、携帯電話基地局や放送局などから発射される弱い電波を長期間浴びた時の健康影響(非熱作用)については、現在のところ、熱作用による影響以外に根拠を示すことのできる影響は見つかっていない
●携帯電話端末は、基地局から近い時には、強い電波を出さなくても良好な通信をすることができるため、出力電力を最大出力の10分の1以下になるように制御するような仕組みになっている。したがって、基地局が近くにあり、通信が良好にできる状態であれば(アンテナバーが最大)であれば、携帯電話端末の発射する電波の強さは非常に弱くなっている
●健康リスクとは、人間が特定の有害性によって被害を受ける見込み、あるいは可能性をいい、有害性とは人の健康に害を与えうるもの、あるいは状況のことをいう。無線通信に使われている電波の健康への影響(有害性)で、現在はっきりしているものは熱作用に関連するもののみである。熱作用については、電波防護指針により守られているため、熱作用により健康に悪影響が生じることはなく、がんやその他の健康に対して悪影響を及ぼすとの根拠は見つかっていない
このように電波による健康リスクについては危険性が低いことを強調しているのが印象的である。もっとも、上述した説明以外に携帯電話の使用について「発がん性があり得る」と2011年5月に国際がん研究機関(IARC)が評価した議論に対する国立がんセンターの見解を紹介しており、そこでは子どもによる携帯電話利用のリスクを述べている。またそもそもこの研究は途上である中で、生体への影響を研究するセンターを有しているため、健康リスクに対する総務省の見解にバイアスがあるというのは間違っている。しかし、総務省が通信、特に5Gによるリスクを楽観視している可能性については留意しなければならない。
欧州においてはどうだろうか。たとえばフランスにおいては、5Gの健康リスクについて概ね総務省と同様の議論を行なっているのだという。すなわち熱効果は明らかに短期的リスクとして存在するという。総務省と相違するのは、現時点で把握できないリスクを軽視すべきではないと警告している点は強調しておきたい。
他方で、スイスにおいて反5Gデモ活動が頻発していることはあまり知られていない。アンテナからの被曝による健康被害について大きく反対しているからだという。
いずれにせよ、欧州は我が国よりも厳格な制約を5G通信に課している。そしてフランスなどでは幼稚園や小学校でのWi-Fi配備を禁止している。
他方で、前述したロシアにおける状況を考えれば、その可能性を想起するのは決して言いがかりではない。ロシアにおいて軍部が何を要求しているのかというと、5Gに利用すべき周波数帯を移動通信(mobile communication)へ割り当てることに対して反対しているのだという。
ロシアがソ連時代から音響兵器を開発し米国と争ってきたことは良く知られている。直近(今年2月)にもロシア海軍が新たな兵器を導入し、それはビームを放射することで対象者に幻覚と嘔吐感をもたらすと報道されている。また2016年以来、米国とカナダの在キューバ外交官がキューバ当局から音響攻撃を受けたとされる事件があったが、これがロシアによるものである可能性も“喧伝”されてきた。他方でその後の研究で被害者の脳が委縮していたことが判明している。このように低周波も利用の仕方によっては人体に大きな影響があることは否定できない。
こうした中でソ連(当時)は神経系への超低周波の影響についても多数の研究を重ねてきたことが知られているのである。実際、冷戦中に米国防総省や中央情報局(CIA)、国防高等研究計画局(DARPA)がソ連による研究を翻訳・調査した結果、そうした研究があったことが判明している。こうしたものは超低周波に関する研究であるが、高周波の研究をしていてもおかしくはない。
以上から、ロシア軍による5G介入に対してこのような仮説を立てられるのである:ロシアはモスクワにおいて5Gネットワーク網を整備しようとしている。しかしこれが人体に無視できない健康被害を与えるリスクがある。首都という重要拠点においてそのようなリスクを享受することはできない。だから軍部が妨害に入ったのだ、と。
これまでの議論はあくまでも推測に過ぎないと言えばそうである。しかし、5Gと同様のシステムを用いて衛星軌道から地球に向けて攻撃するという兵器の開発が進んでいたのだという。それを踏まえれば、少なくとも5Gの健康被害をより真摯に考えるべきであるというのは否定できない。
我が国においては5G導入についてあまりに友好的すぎるのではないか?少なくとも5Gを推進する企業はよりオープンにこうした議論を推進すべきであり、逆にこうした議論に対して誠意ある解答を出来る体制を構築すべきである。
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。
大和田克 (おおわだ・すぐる)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット
リサーチャー。2014年早稲田大学基幹理工学研究科数学応用数理専攻修士課程修了。同年4月に2017年3月まで株式会社みずほフィナンシャルグループにて勤務。同期間中、みずほ第一フィナンシャルテクノロジーに出向。2017年より現職。