国際通貨,IMF
(画像=WHYFRAME/Shutterstock.com)

筆者は先週3-4日、ブロックチェーンカンファレンス「b.tokyo 2019」に参加した。そこでの目玉講演の一つが、Facebookらがその発行に関わる仮想通貨「リブラ(Libra)」のウォレットなどを開発する「Calibra」の戦略ディレクターであるキャサリン・ポーターによるものであった。モデレーターの質問を自身の年齢を尋ねられたと誤解するというおちゃめな一面もあったが、各国で規制当局らから問題視されているというセンシティブな状況下にあるからか、各規制当局それぞれとの対話を行っていくとの発言以外、Calibraの公式見解を繰り返すような講演であった。

(図表1 「b.tokyo2019」で講演するキャサリン・ポーター女史)

国際通貨を主導するのはリブラでなくIMF

リブラを巡っては引き続き混乱が続くのは不可避であるが、そもそもリブラ問題が何かといえば様々なものがあるが、問題の一つが国際間(cross-border)取引に利用可能なことを巡るものである。

企業で外国送金を行った経験のある方ならば良く分かると思うが、外国への資金移動は非常にコストが高い。一部の国への送金においては時間がかかる上、送金料金が高いのみならず外為法が定める申告義務などのオペレーショナル・コストが高い。特に手数料については、相手から受領した外貨を円転せずにそのまま持つ場合であっても手数料を聴取される場合もあり、利用者にとっては非常に不便である(もっとも元銀行員の筆者からすれば、それだけ国際送金というのは銀行でも運用コストが掛かっているということでもある。電気代やガス代であれば違和感なく消費者が支払うのだから、個人的には銀行がこうしたことに対するパブリック・リレーションズが上手く出来ていないことが最も深刻な問題だと考えている)。

しかし、ビットコインを始めとする仮想通貨が一般化するにつれて、この問題は払拭されつつある。リブラもそこでの役割を狙っているわけである。しかしたとえばリップル(XRP)のように海外送金に特化した仮想通貨も存在するのであり、わざわざリブラを用いる必然性はない。前述した「b.tokyo2019」においても一部のパネリストの間で利用環境をFacebook上に限定した方が爆発的に普及するといった議論がなされたことを記憶している。

このようにクロスボーダー決済を巡っての議論は尽きないが、ここにきて外国為替取引において半分近くのシェアを誇るロンドン・シティ(City of London)に所在する公的機関であるOMFIF(The Official Monetary and Financial Institutions Forum)がクロスボーダー決済を巡る議論を突如として行ったのだ。

決済システムを強化する電子SDR(Digital SDR to enhance payment systems)」と題するこのコメンタリーは国際通貨基金(IMF)が管理する特別引出権(SDR)の電子化に関する議論である。

特別引出権(SDR)とは何か。IMFによるファクトシートを引用するとこうなる:

“特別引出権(SDR)は、加盟国の準備資産を補完する手段として、IMFが1969年に創設した国際準備資産です。これまでに2,042億SDR(2,910億ドル相当)が加盟国に配分されていますが、この額には世界金融危機後の2009年に配分された1,826億SDRが含まれます。SDRの価値は、5通貨(米ドル、ユーロ、中国人民元、日本円、英国ポンド)で構成されたバスケットに基づいて決められます”

これをデジタル化することについては、実は去る2017年に欧州を中心に席巻していたことが知られている。たとえばラガルド専務理事はグローバルな金融セーフティ・ネットにおいてSDRの電子化を検討すべき旨、同年9月28日に言及しているのだ。またいわゆるダヴォス会議(World Economic Forum)も昨年(2018年)にデジタルSDRを巡る議論が取り沙汰されている。

さて前述したコメンタリーで注目したいのが2点ある。まずすでにSDRを資産として保有する東南アジアの中央銀行がeSDRを発行し得ると言及している点である:

“Southeast Asian central banks, which already hold SDRs in their reserves, could issue eSDRs for regional cross-border payments. Foreign exchange costs could be reduced through direct settlement between central banks, as payments would move from currency A to eSDRs to currency B. Transactions would be instantaneous, peer-to-peer, round-the-clock, with enhanced transparency and data-sharing. Problem posed by multiple intermediaries would be eliminated. All providers could use the central bank-backed digital tokens”

実はロンドン・シティは今後10年の重点地域として、日本、韓国、そして東南アジア(特にマレーシアとインドネシア)を定めているのであり、それに符合する動きである。

またリブラとの比較という面でSDRは大きな相違を持っている。いずれも同じ通貨バスケットを裏付資産としているが、SDRが人民元をそのポートフォリオに加えている一方で、リブラは全く入れていないのだ。人民元の国際流通を支援してきたのがロンドン・シティえであったことを考慮すると、これもまた非常に興味深い。

双方からは否定され、実際にもそうはならなかったが、ラガルド専務理事の次の専務理事として、仏独がマーク・カーニー英イングランド銀行総裁の就任を推しているという話が“喧伝”されることがあった。これについてもこのeSDRを巡るサインだったのだと考えると符合が行くのである。国際通貨を巡り、eSDRが勃興する可能性について、注意して事態を見守っていきたい。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

大和田克 (おおわだ・すぐる)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2014年早稲田大学基幹理工学研究科数学応用数理専攻修士課程修了。同年4月に2017年3月まで株式会社みずほフィナンシャルグループにて勤務。同期間中、みずほ第一フィナンシャルテクノロジーに出向。2017年より現職。