キャッシュレス決済による恩恵を試算すると、総世帯平均でみて、1世帯当たり約2,000 円の還元になると見込まれる。この恩恵は、他の支援策に比べると相対的にみて大きいとは言えない。反面、そのことは少ない税金投入でより大きな効果を狙っているとも言える。

キャッシュレス決済
(画像=PIXTA)

キャッシュレス効果

 キャッシュレス決済への関心が高まっている。中小企業で消費者がキャッシュレス決済のツールで支払いをすると、5%の実質割引の恩恵が受けられる。最近は、この5%をポイントで貯める取扱いよりも、その場で割引く取扱いの方が優勢になっている印象がある。では、一体その恩恵はどのくらいになると見積もることができるのか。

 筆者が総務省統計を用いて計算したところ、クレジットカードと電子マネーの非保有世帯を含めた総世帯ベースでは、1世帯当たり2,035 円(約2,000 円)の恩恵が9か月間の実施期間中に見込まれる(図表1)。

1世帯当たりのキャッシュレス決済の恩恵
(画像=第一生命経済研究所)

 キャッシュレス決済による恩恵が、約2,000 円/世帯というのは、果たして税負担の軽減効果として大きいのであろうか。2018 年データを使った10%への消費税負担増(+2%相当)は、総世帯ベースで32,834 円(約3.3 万円)となった。それに対して、キャッシュレス効果は△6.2%ほど負担を軽減する。ただ、このキャッシュレス効果は、食料品などの軽減税率、臨時福祉給付金、プレミアム付き商品券と比べると、その対象世帯が受ける恩恵は必ずしも大きくはない(図表2)。確かに、インパクトとして幅広く、かつ大きいのは、食料品と新聞に対する軽減税率の適用である。総世帯平均で△12,935 円/世帯になる。

1世帯当たりのキャッシュレス決済の恩恵
(画像=第一生命経済研究所)

 また、臨時福祉給付金は、低年金者790 万人を対象に最大年間60,000 円の支援を行う。プレミアム付き商品券は、全国で2,450 万人を対象に5,000 円(2万円を支払って券面2.5 万円の商品券を得る)の支援が行われる。

キャッシュレス決済は衣料品・家電で活発化

 キャッシュレス決済を行うことで、1世帯当たり約2,000 円しか恩恵がないと聞いて、少し肩透かしを食らったと思う人がいるかもしれない。しかし、これは平均値であり、人によって差は大きい。また、今後大きくキャッシュレスが進む可能性もある。例えば、日常的にクレジットカードを利用する世帯では、カードのポイントだけで9か月間に5,634 円の還元額になる見込みである。

 また、世帯主年齢別にみると、30 歳代、40 歳代、50 歳代の恩恵が相対的に大きいことがわかった(図表3)。これは、電子マネーよりもクレジットカードを使って、この年齢層が多額の消費をするからだ。20 歳代は、スマホ決済を積極的に利用するイメージが強いが、消費金額は30~50 歳代の方が大きい。実は、クレジットカードを使って多額の消費をするのは高所得者であるから、キャッシュレス決済を通じた恩恵は、低所得者への対策とは違った作用をもたらす。

1世帯当たりのキャッシュレス決済の恩恵
(画像=第一生命経済研究所)

 キャッシュレス決済が活発に行われるのは、(1)被服及び履物(支払いの41.0%がキャッシュレス)、(2)交通(同40.5%)、(3)家具・家事用品(同30.1%)が目立っている。分類をもっと細かくしてみると、パソコン・テレビなど教養娯楽用耐久財(同51.5%)、家庭用耐久財(同47.4%)、宿泊(同38.2%)などが比較的高い。

 これらの分野では、政府のキャッシュレス決済による還元以外にも、小売・サービスの事業者によるポイント還元が活発になると予想される。政府のポイントが呼び水になって、実質的な値下げ競争が起こり、消費者の関心を引くことになるだろう。

政策として成功だったか?

 2019 年の消費増税は、軽減税率とキャッシュレス決済ポイントの導入が現場の混乱を助長した。しかし、問題の本質は、そうした対応が狙った政策意図がうまく実現されるかどうかにかかっている。食料品などの軽減税率は、それがなかった2014 年のときの逆進性批判を見事に封じている。筆者は、将来的に複数税率になったことで、あれもこれも軽減対象に加えてほしいという陳情活動が起こることは心配である。そうした不安は残るが、今のところは2019 年の消費税率の引き上げに際して、逆進性対策として食料品を8%に据え置いたことは効果ありと認めざるを得ない。政治的妥協がなければ、消費税率が上げられないことは日本の体質的弱さだと感じ、残念な気持ちになる。

キャッシュレス決済ポイントの政策意図は、消費てこ入れだと言われることが多い。消費者が、ポイントを増やすために消費拡大する行動に出ることは、消費刺激になると考えられているからだ。前述したように、ポイント加算よりもその場で割引く事業者の方が目立っているので、ポイントを集めることに力を注ぐ消費者は多くないという見方はある。冷静に考えると、ポイントを増やすために消費を無理に増やすことは損をすることになる。それでも、ポイントが貯まることを目当てに財布のひもが緩むかもしれないという意見は確かに存在する。

 皮肉な話だが、このキャッシュレス決済に対する予算の手当ては2019 年度2,798 億円(うち消費者還元1,786 億円)と他の支援策よりも相対的に少ない。図表2でも示したように、対象者への恩恵は限られるのだが、それが意外に消費刺激になると信じている人は多いのが実情である。ポイントを貯めるとお得という感覚が、政策的な消費刺激につながるかどうか、この実験的政策を注目してみたい。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生