消費増税が始まって気付くことは多い。やはり食料品の軽減措置は大きい。そして、キャッシュレス還元の恩恵は人によって大きなばらつきが生じる。キャッシュレスの中で利用額の大きなクレジットカードは高所得の人が多く使うので、その恩恵も偏ってしまう。公平性・効率性の観点から、軽減措置がこれで良かったのかを今一度吟味したい。

軽減税率
(画像=PIXTA)

感覚とのズレ

10 月1 日に消費税率が上がった。遅ればせながら、税率が上がり、各種の軽減措置が始まってみて初めて、筆者はいくつかの問題点に気が付いた。キャッシュレス決済と軽減税率に関して、恩恵を受ける人とそうではない人には大きなギャップが生じることがわかった。

まず、筆者は、増税とともにスタートしたキャッシュレス決済の恩恵が1世帯当たり2,000 円(正確には2,035 円/9 か月間)と試算した。この数字をみて、「小さすぎる」という指摘を受けた。根拠は、その人がクレジットカードなどでもっと多額の支出をしているということだった。自分はもっと大きな恩恵があると言いたかったようだ。ここでそうかと気付いた。

筆者は、総務省統計を使って、単身世帯を含めた総世帯平均の1世帯の支出額から2,000 円という数字を割り出した。ポイントは、あらゆる世帯の中にクレジットカードや電子マネーを全く使わない世帯、あるいは地域によってキャッシュレス決済のためのインフラがほとんどない所にある世帯を含んで、平均値を弾いていることだ。「自分はもっと恩恵が大きいはず」と思っている人は全体のうち一部分であり、キャッシュレス決済から縁遠い人もかなり多く居るのが実情だ。

一般の人には、平均値と実感の間にズレを感じることがある。統計学では有名な分布の偏りの効果である。大都会で日常的にキャッシュレス決済する、豊かな人は、平均値をみて、大きな感覚のズレを感じるのだと思う。分布の中で、全くキャッシュレスを使わない人が多くいると平均値は下がっていて筆者はキャッシュレス決済の還元に関して、人によって恩恵の巨大な格差が存在するという問題に気がついた。

お金持ちほど恩恵が多い

具体的に高所得層ほど、クレジットカードで買い物をすることが多い。クレジットカードは、借入返済能力が高い人ほど大きな金額を使うことができるからだ。高所得層は、キャッシュレス決済の割引・ポイント加算の金額は膨らむはずだ。きっちりと統計データで示しているのは、総務省「全国消費実態調査」(2014 年)である。

その中で、勤労者世帯の世帯年収1,500 万円以上の高所得層は、消費支出の26%がキャッシュレス決済(非現金、クレジットカード+電子マネー)である。実額で年間159 万円になる(図表1)。仮に、この全額に▲5%の値引きあるいはポイント加算を受けると約6万円(9か月分)になる。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

反面、世帯年収200万円未満の勤労者世帯は、消費支出の11%しかキャッシュレス決済をしていない。実額の年間キャッシュレス決済額は16.6万円である。そのすべてに▲5%の値引きがあったとして、6,200円(9 か月分)となる世帯年収によって10倍の差があることがわかるだろう。

なお、キャッシュレス決済のすべてが▲5%の還元を受ける訳ではない。中小企業だけを対象にしていて、さらに中小企業の中で制度に参加している先に限定される。小売り・サービスの売上高に占める中小企業の割合は約3 割。中小企業200 万店の中で10 月1 日時点で参加しているのは50 万店。両者を掛けると、消費支出のうち7.5%(=0.3×50÷200)が▲5%の還元が受けられる計算だ。

この割合を使うと、世帯年収1,500万円以上の世帯と、200万円未満の世帯の恩恵はぐっと小さくなる。年収1,500 万円以上の世帯は9か月で4,334 円、200万未満の世帯は451 円と試算される。この計算は、全体平均の中小企業割合を使っているので、「自分は▲5%の割引がある店だけで買い物をする」という人はもっと恩恵は大きくなる。いずれにしても、キャッシュレス決済を多用する人とそうではない人の間に大きな軽減格差が生じることがわかってもらえただろう。

独身男性への恩恵は乏しい

軽減税率は、今回10%になるに当たって導入された。食料品と新聞が対象である。食料品の中からは、酒と外食が除外される。個人的にどのくらい10%の税率で買い物をしたかを調べてみると、10月1日以降の約1週間で全く10%で買い物をしなかった日が数日あった。これは食料品の軽減税率のお陰である。しかし、10%の買い物から逃げられない人も多いはずだ。例えば、食料費に占める外食の割合が高い人は軽減税率の恩恵が薄い。一方で料理を家でつくる人は恩恵が厚くなる。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

外食・酒の割合が高い世帯を調べると、2人以上世帯では20歳代以下が28.0%、30歳代が29.4%と高い(2018 年の総務省「家計調査」、図表2)。逆に、外食・酒の割合が低く、自分で料理をつくるのは、60歳代(外食・酒割合20.4%)、70歳以上(同16.9%)である。シニアには、軽減の恩恵は大きい。

もっとばらつくのは、単身世帯である。35歳未満の男性は、外食割合が51.4%と高い。35~59歳の男性は、45.4%とやはり高い。女性は、35歳未満が41.1%と高いものの、35~59 歳は25.3%、60歳以上は14.4%と低い。単身高齢女性は、すべての年齢層の中で恩恵が大きい。

地域別に外食・酒の割合が高いのは、東京都区部の勤労者世帯で、割合は29.6%を占める。東北(18.3%)と沖縄県(18.6%)は割合が低い。

軽減税率の適用は、食料品(除く酒・外食)と新聞への支出に対して、総世帯の消費支出の平均21.6%でかかってくる。しかし、単身男性のように、食料品から外食が外れる割合が大きくなると、食料への軽減措置が薄くなる。低所得の単身男性で外食が多い人に恩恵が小さくなることは、本来の軽減目的から考えて、アンバランスだと感じられる。

スーパー、コンビニのメリットは大きい

消費増税の痛み止めが食料品の軽減策によって、よく効いていることは、消費の購入先別内訳をみるとよくわかる(図表3)。家計の購入先の首位は、スーパーである。消費支出の15.8%を占めている。実は、スーパーで家計が買っている約8割(78.8%)は食料品だから、現在でも8%である。つまり、家計が最も多く支出し、かつ頻繁に通うスーパーで軽減税率のメリットが表れやすいということだ。特に、高齢者、無職世帯は、スーパーの利用が多く、軽減効果を享受している。「若者はコンビニを利用する」と思う人もいるだろうが、コンビニもまた家計が食料品を買っている割合が68.7%と高い。生協・購買も80.0%と高くなっている。

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食料品を除いた消費支出で購入先別内訳をみたところ、首位は一般小売店となる(図表4)。一般小売店は、スーパー、コンビニ、百貨店、ディスカウントストア・量販店以外の店頭販売をしている店である。サービスより物品販売が主である。こちらは、キャッシュレス還元の恩恵を受ける。

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ただし、中小小売店では、クレジットカードなどの決済手数料の高さを敬遠して、9か月間のキャッシュレス還元制度には参加しないところもある。制度に参加している店舗はコンビニが目立っていて、それを除くと本当の中小小売店はより少なくなる。全国のコンビニが5.6 万店だとすると、その制度に参加した50 万店のうち1割強がコンビニだということになる。中小スーパーやフランチャイズ加盟のコンビニは、食料品を8%の軽減税率に、さらに5%のキャッシュレス還元を使って、実質的に消費税3%で販売することができる。コンビニは3%の税負担によって集客力を高められるので、軽減対象以外の商品の販売の際にも有利に働くだろう。食料品以外の一般小売店の多くがキャッシュレス還元に参加していない点は、競争上の不利になっていくことだろう。

恩恵格差があって良いのか?

経済政策には、いくつかの原則がある。筆者は、税制と同じように、効率性と公平性、中立性が重要と考えている。税金を使う以上、それを無駄に使わないことが効率性。不公平だと思われる偏りをつくらないのが公平性。その政策があることで、民間活動を歪めないのが中立性である。

食料品への軽減税率の適用で大切なのは、公平性だろう。逆進性批判に対応した低所得者対策とも思える。しかし、外食を適用範囲から外したことで、単身男性の中で外食を多用する人は恩恵が受けにくくなった。

キャッシュレス決済への支援は、効率性と中立性に絡んで評価される。特に、キャッシュレスは、「民間がやるべきことになぜ政府が介入するのか」と問われると答えに窮する。「中国などがキャッシュレスで先行するから」とか、「ビッグデータを集めるのを支援する」というのは理屈として弱い。増税による消費減を防止する対策という理屈が、多くの人の納得を得やすい。ただ、お金持ちほど、キャッシュレス決済の恩恵が厚くなることは、所得再分配からみて、税金を使う理由として反対されやすい。低所得対策をしているもう一方で、お金を使う人を支援するのは正反対の行動だ。筆者は、キャッシュレス促進が9 か月の限定だから辛じて許されると思う。

政府が検討すべきなのは、キャッシュレス決済への支援をすることが、政府として最優先事項かどうかを今一度吟味することだろう。増税当初から「5%のキャッシュレス・ポイントと、民間のポイントを合わせて10%のポイントが付いた」と喜んでいる人を見かける。これは、呼び水効果が大だということだが、やり過ぎ感がある。

筆者は本来はキャッシュレスに税金投入は不要で、民間に完全に任せるべきとも思っている。少し複雑なのは、効率性が格段に劣っている対策に何兆円も使うより、約2,800 億円でメディアの大反響を呼んでいるキャッシュレス決済支援は全然ましだと筆者が思っていることだ。てんこ盛りになった消費税対策のメニューをみて、そこに投入された税金の恩恵格差が大きいことにも胸の痛みを感じる。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生